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第2章 回り始める物語の章

第26話 ルスカナの街を後にした

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「ちょっとここで待っておれ」

 ヴァルドアは街の壁の外に俺を待たせて消えてしまった。俺は今なら逃げ出せるかとも思ったが、まあジョシュアの邪魔もしたくは無いし、他に遣りたいこともなかったので素直について行き事に決めたのだ。ケルンで待っている人が何人かは居るが、まあ元々居なかった男だ、居なくなっても問題は無いだろう。

「殊勝な事じゃな、ちゃんと待って居ったか」

 ヴァルドアが馬車に乗って戻って来た。

「儂は少し荷物もあったのでな。お主は荷物はいいのか?」

「別にいいさ、大事にしているものは無い」

 本当のことだ。セリスを助け出して、そのまま逃げる算段だったので必要なものは持ってきている。必要なもの、と言っても通行証の他には路銀だけだった。

「軽いもんじゃな、よい、よい。では行くとしようか」

 こうして俺と師匠になったヴェルドアのシルザールに向かう旅が始まった。

「師匠、シルザールにはどのくらいで着きますか?」

「なぜじゃ?」

「なんだか、食料が心許ない気がするんですが」

 ヴァルドアも俺も小食な方だが、それでも三日ほどで底を尽きそうな程度しか馬車には無かった。慌ててルスカナを発ったので仕方ないことなのだが。

「なるほどな。まあ、腹が減れば採って食べればよかろう」

「何をですか?」

「木の芽や食べられる植物は多いぞ。それに川には魚も居るだろう。肉が食いたければ猪でも仕留めればよかろう」

 この世界のスタンダードは割とサバイバルだ。自給自足というか現地調達というか。

「まあ、路銀を使わなくていいから、それもいいですね」

 ヴァルドアと俺の所持金は、こちらも心許なかった。俺は元々自分のマナを増加させることにつぎ込んでしまっていたので底を尽いていたし、ヴェルドアも持ち合わせがある方ではない。いずれにしても貧乏旅に変わりは無かった。

「師匠、それで何故シルザールなんですか?そろそろ教えてくださいよ」

 ヴァルドアは定住地を持たなかった。ずっと旅を続けているのだ。シルザールから来たのだから、次はシルザールではない街になるはずだった。それがシルザールに戻ると言うのだ、何か理由があるはずだった。

「シルザールは儂の生まれ故郷じゃ。10歳まではひこで暮らしておった。」

「そうだったんですか」

 シルザールにはヴァルドア・サンザールのルーツがあったのだ。とするとアステアを各地回っていて、たまに故郷に戻っている、という感じなのか。

「ただ、10歳で街を出てから、シルザールに戻っるのはつい先日を含めても二度目じゃがな」

 少し違った。シルザールを拠点にしている訳ではないのだ。それだとやはり戻る意味が判らない。

「生家は現存しているんですか?」

「生まれた家はもう無い。儂の家は旧家でな。歴史は古いんじゃが、それももう昔の話じゃ。今は我がサンザール家から分かれた傍系のシルザールが治める街になってしまった。だから、今のシルザール公爵家からすると儂の家は本家筋に当たる。ただ、そんなことを知っている者は、最早誰も居るまい。古い歴史書に記載が残っておるだけじゃ」

 ヴァルドアは少し遠くに目線を送って、何かを懐かしむように笑った。

「師匠は名家のご出身なのですね。でも、なぜ魔法使いになられたんですか?」

 現領主の主筋にあたり名家の出のヴァルドアが魔法使いを目指す理由が判らなかった。没落してしまって、何かで身を立てる必要があったのだろうか。

「いや、我が家は名家とはいえ、代々魔法使いを輩出している家系でな。高名な魔法使い、伝説の魔法使いなどと呼ばれている者を何人も出している家系でもあるのじゃよ。そしてその家系の中でも儂は飛びぬけて優秀でな、10歳でアステアール魔法学院に推薦で入学したのじゃ。もう490年も昔の話じゃがな」

 五百歳という設定は守り続けるつもりらしい。弟子としては付き合わなければならないのだろうか、面倒この上ない。

「さすが師匠、優秀だったんですね。そういえば師匠は階級で言うと何級魔法士になるんですか?」

「儂か?何級とは魔法士ギルドが発行している魔法士証に書いてあるアレのことかの」

「いや、俺も良くは知らないけど、そんな感じなのか?」

 実物は見たことが無かった。

「あんなものは儂は持っておらん。ギルドにも行ったことが無いからな」

 そんな魔法使いも居るんだ。でも確か弟子のワルトワは中級とか言ってなかったか。

「ワルトワは中級と聞いたんだけど」

「あ奴にはほとんど教えたことが無いわ。儂のところに来たときはまだ初級だったはずじゃが、少しは使えるようになったのであろうか」

 こうなるとヴァルドアが高位の魔法士であることには間違いないが、どの程度高位なのかは不明、ということになる。まあ、魔法で身を立てようとか考えている訳ではないので、問題は無かった。ただ修行が辛くなければいい。

 シルザールまでは馬車で9日ということだったので、4日からは魚を取ったりしながらの旅となった。そのため9日のところが11日掛かってしまった。旅の途中は特に修行をさせられることもなかったので基本的には快適な旅だった。

 ルスカナでの日々を思うと拍子抜けしてしまうくらい平穏な日々だ。ただし、嵐の前の静けさ、ということもある。高位の魔法士の修行が温いはずがない。俺は覚悟を決めてシルザールの街に入った。

 シルザールの街はルスカナと比べても遜色ないほど大きな街だった。そしてルスカナとは比べ物にならない程賑やかな街だった。領主が派手好きなのだそうだ。男色家で有名だったが芸術や音楽にも寛容で保護したり援助したりするので多くの芸術家が集まっていた。極端な話、犯罪者であっても芸術家であれば保護してしまうくらいなのだ。

「師匠、何処に向かいますか?」

「とりあえずは宿を確保しなくてはならんな。その道を右じゃ、ずっと真っ直ぐ進めば宿屋街に着く」

 ヴァルドアの言う通りに進むと宿屋街に入った。領主の主筋なのだから領主のお屋敷にでも泊めてもらえばいいのに、とも思うのだが、何か事情があるのだろう。

 宿を決めて師匠の荷物を運びこみ、一段落して寛いていた。ヴァルドアは何処かに行ってしまった。すると扉をノックする音がした。

「はい、どうぞ」

 宿屋の人かと思ったのだが違った。何やら数人の男がドカドカと入って来た。ゼノンのような守護隊の服装だ。

「おい、お前一人か、もう一人居ただろう」

 隊長格の男が強い口調で問う。何か拙いことになっていないか?

「今は出ていて居ませんが、何か御用ですか?」

「お前には用はない。話す必要もない。だが、そうだな、おい、こいつを詰所に連れていけ。宿屋の主人に、こいつは詰所で預かっていると伝えさせろ」

 何やら不穏な空気に冷や汗しか出ない。こんな時にヴァルドアは何処に行っているのだ。そもそもヴェルドアを探して守護隊は来たんだから原因は師匠だろうに。

 抵抗しても仕方ないので俺はただ大人しく連れられてシルザール守護隊詰所に向かった。


 

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