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第1章 始まりの章

第3話 始まりの街で安定したい

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「それで俺はどうなるんだ?」

 ゼノンは少し考えて答えた。

「お前は食い逃げの罪で捕まったのだ。この国では食い逃げは大した罪ではないが、金を払え無いのだろう。払えないと牢屋行きが確定する。」

「金なんて持っている訳ないだろう。今日異世界から転生してきたばかりなのに。それだと牢屋行きか。寝泊まり出来て食事があるならそれもいいかもな。」

「おいおい、正気か。牢屋では食事など本当に粗末なものしか与えられないし昼間は監視付きで強制労働もあり得るんだぞ。」

 少し困り顔でゼノンが言う。助けて、と言って欲しいのかな。

「それでもいいさ、衣食住が確保できるなら十分満足だ。働くにも言葉が通じないしゼノンみたいにここの言葉をそれほど早く覚える自信は全くないからな。」

 俺はゼノンの言葉を待った。縋って借りを作りたくなかったし、割と本気で牢屋生活も悪くないと思っていたからだ。

「わかった、俺の負けだ。お前の身柄を引き取ろう。店の支払いは肩代わりしてやる。罪に問われないよう便宜も図ってやる。」

「だからその代わりに?」

「そうだ。だからその代わりに俺に異世界のことを色々と話してくれ、それが条件だ。」

 これ以上は無い思い通りの結果だった。ゼノンは前に遭ったアメリカ人からの情報だけでは物足りなかったのだ。俺から更に情報を得たい、知識欲がふつふつと湧いているのだろう。それが見ていて痛いほど判った。

 それからゼノンは俺を開放する手続きをして店に支払いも済ませ自分の屋敷に連れていった。下級騎士程度だと思っていたのだが、結構大きな御屋敷だった。使用人が数名はいるようだ。

「金持ちなんだなゼノンは。貴族か何かか?」

「貴族?ああ、そうだ、貴族の一員ではある。ケルン領主のルーデシア・ケルン子爵とも親戚だ。うちの父親は准男爵と言って正式な貴族ではないが貴族待遇というようなものだ。俺はこの家の長男でケルン守護隊騎士長をやっている。」

「貴族待遇ね、色々と複雑なのだな。」

「まあ、中流階級程度と思ってもらって間違いない。少なくとも上流階級ではないな。領主様からして子爵なのだから地方の街としてもあまり大きな街ではない。アステアの国都アステアールなどとは比べようもないな。」

 異世界転生を少しは理解しているゼノンはこの世界のことをレクチャーしてくれた。固有名詞は普通に発音できれば通じるようで助かった。発音云々で通じないことも十分考えられたのだ。

 剣のことは聞いても仕方ないので魔法のことを聞きたかったのだが、ゼノンは魔法が使えなかった。魔法使いはごく少数で国都でもそうは居ないらしい。魔法部隊を持っているのは、この国の周辺にはあまり無く、アステアの魔法部隊は最強だと自慢していた。魔法部隊を束ねる魔法省の大臣は伝説の魔法使いでもう彼是百年以上生きているらしい、まあ、ありガチだ。

「ゼノン様、そちらのお方は?」

 メイドが紅茶を二人分持って部屋に入って来た。ゼノンにそういうことを気兼ねなく聞ける立場、というか、そういう関係なのだろう。」

「サラ、この人はコータローと言って遠くから旅をしてケルンに来られた方だ。しばらくは屋敷に滞在するから私の友人と思って大切に世話をしてくれよ。」

「そうでしたか、畏まりました。旦那様にはご報告なさいましたか?」

「いや、父上は御身体の調子が良くないようなのでまたの機会にする。今日は彼とまだ少し話をするから客室だけ用意をしておいてくれ。」

「判りました、ではお客様、ゼノン様のお相手をよろしくお願いします。」

 そういうとサラと言うメイドは出て行った。歳はまだ若そうだったがとてもしっかりしているようだ。あまり歓迎されてはいない気がした。

「父親は病気なのか。」

「うむ。最近は起き上がれないくらい悪いな。もう長くはないのかも知れない。」

「そうか、何かの病気か?」

{それがよく判らないんだ。徐々に動けなくなって今では寝たきり、何も悪いことをしていないと本人は言うのだがな。」

 少し考えて俺は聞いてみた。

「父上はお酒をよく飲まれるのかな?」

「そうだな、底なしだ。」

「もしかしたら脚気かも知れない。豚肉とか豆料理を食べさせてみないか?」

「豚肉か、まあ本人が食べたいと言えば食べさせなくもないが。」

「まあ、騙されたと思って食べさせてくれ。」

 それからゼノンの父親は徐々に元気になっていった。ビタミンB1不足だったのだ。

「コータロー、お前のお陰だ、父上の命の恩人だな。」

「いや、ただの脚気だよ。」

「脚気?」

「そう。ビタミンB1不足で起こるんだが、まあ今時普通は脚気なんて誰もかからないんだが。」

「ビタミン?そうか、異世界の知識なのだな。いずれにしても助かった。」

 ゼノンはずっと異世界の情報を欲しがった。代わりに俺はこの世界の情報を得られた。それに加えて脚気の件で絶大な信用を得られた。これでとりあえず衣食住は安定的に確保できたはずだ。このまま何事もなくこの屋敷に世話になっていければ万々歳だ。

 この世界はまあ有り勝ちだが中世ヨーロッパあたりの文化や風俗のようだ。もう少し近世に近いかもしれない。但し俺の知識がいい加減なのでその認識もかなり怪しい。


「ふぁあ。」

「今頃お目覚めですかコータロー様。」

「おはようシノン、今日も綺麗だね。」

 元の世界ならセクハラで訴えられそうなセリフもここでは全然問題ない。シノンはサラと同じメイドで俺の世話を担当してくれている。

 ゼノンの御屋敷にはメイドが他に数人、執事も一人いる。居住者はゼノン、その父、妹の三人だけだった。母親はまだ妹が小さいころに病気で亡くなったらしい。父親が元気になって屋敷の中が明るくなった。居候としても居やすい雰囲気は大切だ。

「天気がいいから朝飯前に散歩でも行ってくるよ。」

 少しずつ言葉も覚えて簡単な日常会話を、まあ思っている四分の一くらいは伝えられるようになってきた。異世界に来てそろそろ半年が過ぎようとしていた。
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