上 下
1 / 105
第1章 始まりの章

第1話 始まり始まり

しおりを挟む
「なんだ?」

 自問してみた。

「何が起こった?」

 さらに自問。誰も応えはしない。当然だ、ここには俺一人しか居ない。

「ちょっと待ってくれ、ホントに何が起こっているんだ?」

 何が何だか判らない。

 整理してみよう。朝起きて仕事に出た。車通勤なので社用車に乗っていつもの道を走っていた。

 俺はしがないサラリーマンだ。勤務地は地方の中核都市ですらない小さな街だった。

 この県からは出たことはない。住所も学校も仕事先も、という意味だ。何回か職場は変わったが、同じ県内で移っただけだし、職種は冒険しない主義なので全部不動産業だった。

 大学も出ていない俺は、その不動産業も自ら選んでやりたかった職種ではなかった。ただ、なんとなく受けた会社が不動産業で、そのまま40年、いろいろと浮き沈みを経てあと2年で定年、というところまで漕ぎ着けたのだ。

 それが突然なんだ、この状況は。誰か説明してくれないのか。

 あれか、流行りの異世界転生、とかいうやつか。それならそれで説明してくれよ。それと異世界転生なんて若いやつの話じゃないのか。俺は定年2年前の、もう初老と呼ばれても頷きたくはないけど頷かないわけにもいかない微妙なお年頃なんだぞ。

「誰か、返事してくれよ~。」

 とりあえず辺りを見回してみるが、何もない。無、だ。真っ白だ、精神と時の部屋か。あれでも入り口の所には建物があったぞ。

 あれか、床と壁と天井が白いから錯覚していて実は狭い部屋ってやつか。

 そう思って真っすぐ歩いてみたが、歩けど歩けど何もない。ただの真っ白な世界だ。

「助けて、ホント、誰か助けてくれよ。せめて説明してくれ。俺は死んだのか?死んだんだよな。多分交通事故かなんかで死んでしまって、ここは死後の世界、ってやつなんだよな。」

 返事がない、ただの屍のようだ。違う、屍なんて無い。何もないのだ。


 ここへきて何時間経ったのだろう。それは突然現れた。

「あっ。」

「あっ、ってなんだよ、あっ、って。」

「ああ、って、あれ?なんで?」

「なんで?ってこっちが聞きたいんだけど。」

「ちょっと待ってね。」

 突然現れたのは、なんか変な服を着た女だった。これが異世界に誘う女神ってやつか?それにしては、ちょっとしょぼいんじゃないか。普通女神っていったらもっと絶世の美女だったりしないのか。割と平凡な、それほど若くもない女神(?)のようだ。

「わかった。そか。どうしよう。」

「どうしよう、って何が。」

「えっと。沢渡さん、沢渡幸太郎さん、あなたは死にました。」

 やっぱり、私は死んだのか。

「と言うところなのですが、実は手違いであなたは本来死ぬ時ではありませんでした。」

「えっ、それはどういう意味?」

「死ぬタイミングではないのに死んでしまった、とか?」

「とか、って冗談だろ?」

「ところが冗談ではなく、あなたは死んでしまったのです。予定のない死亡だったので気が付かなくて、もうあなたの身体は焼かれてしまいましたので、蘇生できません。」

「身体があったら蘇生できたのか。」

「そうですね、身体さえあれば。」

「ってことは、あれか、予定外の死亡でお前が気が付かなかったから、蘇生できるタイミングを逃してしまった、ってことか。」

「そうとも言います。」

「そうとしか言わないわ。で、どうするんだよ、俺は死んだままなのか。」

「そうですねぇ、実は予定にない死だったので、こっちに空きが無いんですよ。かと言って戻ることもできないし、さて、どうしましょう。」

 こいつは駄目だ。責任感もなければ判断能力もない。なんでこんな奴が女神なんてやってんだ。

「どうしましょう、じゃない。どんな選択肢があるんだよ。」

「そうですねぇ、どっかの異世界にでも転生します?」

「なんで疑問形なんだよ、他に選択肢はないのか。」

「他にですか、そうですねぇ、特にありませんねぇ。」

「無いのかよ。一択じゃないか。普通は死んだらどうなるんだよ。」

「普通は死んだら地獄行きですよ。」

「それも一択なのか?」

「そうですねぇ。とりあえず地獄に落としといたらいいかなぁ、なんて。」

「あんたさ、いつから女神やってんの?」

「女神?私は女神なんかじゃないですよ、私の名前は閻魔小百合といいます。閻魔大王の末娘ですよぉ。」

「そのしゃべり方、なんとかならないかね。というか閻魔様だって?」

「そうですよぉ、閻魔様は私の父です。そして私は108番目の娘、小百合です。」

「108人も娘が居るのか。息子はいないのか?」

「息子なんて居ないですよぉ。お父様は女の子しか欲しがらないので。」

「なんか鬼畜だな。まあいい、それで全員地獄に落ちてしまうのか。」

「そうですよぉ。一旦は全員地獄行きです。産まれてから一度も殺生していないならいきなり天国ってのもアリだと思うんですけど、あり得ないですしねぇ。生き物や植物を食べたり、小さな虫なんかを踏んで殺したりしない人は居ないですから、みんな一旦は地獄ですよ。その中で現世で徳を積んだ人だけ天国に登れるれるチャンスがあるんです。」

「そっか、で俺は地獄にも行けないんだったな。」

「そうなんですよぉ。定員ってのがありましてい予定のない死人に入る余地は無いんですよぉ。」

「それで異世界、ってことか。異世界は一つなのか?」

「異世界は一つですねぇ。でも現世より遥かに広いので何でもアリの世界です。」

「なんでそんな世界があるんだよ。」

「そうですねぇ、気まぐれ?」

「暇を持て余した神様の遊びか。」

「ああ、そんな感じです。」

「そんな感じなのかよ。それで、俺はそこに転生するんだな。お約束のチート能力とかはあるんだろうな。」

「チート能力?なんですか、それは。」

「俺だけが使える超特別な魔法とか、反則級の能力のことだよ。」

「そんなのある訳ないじゃないですか。普通の世界ですよ、異世界は。」

「えっ、魔法と剣の世界じゃないのか?」

「ああ、それはそうですけど、あなただけの特殊能力なんて、そんな簡単に手に入る訳ないじゃないですかぁ。」

 やはり駄目だ、こいつは。完全にやる気がない。

「では、行きますね。」

「ちょっと待ってくれよ。本当にこのまま異世界に転生させられてしまうのか?」

「だからぁ、さっきからそう言ってるじゃないですかぁ。文句言われてもどうしようもないんですよぉ。いきますよぉ。」

 一瞬だった。そこはもう異世界だった。日本の田舎の風景のような、まあ外国でも田園地帯は似たようなもんだろう。異世界なんて大抵はこんなもんだ。

 俺はRPGとかアドベンチャーのゲームからはとうに足を洗っていたから最近の流行りはよく判らない。知識はドラクエⅢあたりで止まっている。大丈夫か?魔法とかは普通に使えるのだろうか。

 MPとかHPとか初期値はどうなってる?職業やスキルは?結局何の説明も無しかよ。

 少し歩いてみた。ただの田舎道だ。舗装もされていない。まあ、剣と魔法の世界なんて大体こんなものだろう。

 しばらく道のように続いているところを歩いていると街が見えて来た。始まりの街か。ここで装備をそろえて近くの弱いモンスターを倒して経験値を上げて強くなるんだな。

 ん?そもそもここでの最終目的はなんだ?

 魔王を倒す、とか世界が滅びるのを阻止する、とか色々とあるだろうに。あいつ、何の説明もしやしなかった。何を目的に冒険を続ければいいんだ?

 まあいい、とりあえずは街だ。

 始まりの街はそれほど大きな街ではないようだった。入り口に門のようなとろこあった。看板が掛かっている。読めない。おいおい、何語だ?見たことない。そこからかよ。もしかしたら言葉が通じないとか?マジか。これはかなり拙い状況かも知れない。

 こうして俺の異世界生活が始まった。直ぐに終わりそうだが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【草】限定の錬金術師は辺境の地で【薬屋】をしながらスローライフを楽しみたい!

黒猫
ファンタジー
旅行会社に勤める会社の山神 慎太郎。32歳。 登山に出かけて事故で死んでしまう。 転生した先でユニークな草を見つける。 手にした錬金術で生成できた物は……!? 夢の【草】ファンタジーが今、始まる!!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

3×歳(アラフォー)、奔放。

まる
ファンタジー
これは職業・主婦(3×歳)の物語。 結婚妊娠後、家事育児パートにと奔走し、気が付いたらアラフォー真っ只中。 夫は遊び歩き午前様、子供たちも自由気まま。何の為に生きているのか苦悩する日々。 パート帰りの川縁でひとり月を見上げた主婦は、疲れた顔で願った。 —このままくたばりたくない。 と。 月明かりなのか何なのか、眩しさに目を閉じると主婦の意識はそこで途絶えた。 眼前に広がる大草原。小鳥の囀り。 拾われ連れられた先、鏡に映る若い娘の姿に、触れた頬の肌のハリに、果たしてアラフォーの主婦は— 開放感と若さを手にし、小躍りしながら第二の人生を闊歩しようと異界の地で奮闘するお話です。 狙うは玉の輿、出来れば若いイケメンが良い。 空回りしながらも青春を謳歌し、泣き笑い苦悶しアラフォーも改めて成長を遂げる…といいな。 *この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

異世界に行ったら【いのちだいじに】な行動を心がけてみた

渡琉兎
ファンタジー
幼馴染みの高校生三人組、弥生太一、鈴木勇人、榊公太は、気づかないうちに異世界へ迷い込んでいた。 神と対面し転生したわけでもなく、王族に召喚されたわけでもなく、何かしら使命を与えられたわけでもなく、ただ迷い込んでしまった。 多少なり異世界を題材にしたマンガやゲームを知っている三人は、最初こそ気持ちを高ぶらせたものの、その思いはすぐに消え失せてしまう。 「「「……誰も、チートとかないんだけどおおおおぉぉっ!?」」」 異世界の言語を聞き分けることはできる――安堵。 異世界のスキルを身に着けている――ありふれたスキル。 魔法は――使えない。 何をとっても異世界で暮らす一般人と同等のステータスに、三人はある答えを導き出した。 「「「【いのちだいじに】で行動しよう!」」」 太一、勇人、公太は異世界で冒険を堪能するでもなく、無難に生きていくことを選択した。 ……だって死ぬのは、怖いんだもの。 ※アルファポリス、カクヨムで公開しています。

処理中です...