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第8章 剣士祭
剣士祭Ⅳ
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「なんだ、新しい塾生なのか?」
アクシズは戻って直ぐトリスティアに気が付いた。どこかで見た覚えがあったからだ。確かクスイーに勝った子だ。
「ミロに付いていて貰おうと思ってね。ここに住み込んでもらうことになったんだよ」
ルークから少し事情を聞いていたアクシズは直ぐに理解した。
「ふーん、よろしくな」
マコトはあまり関心がなさそうだった。二人とも出かけていたか夜にはちゃんと戻って来た。
「アクシズ、どこ行ってたんだ?」
「言う必要があるか?」
「いや、いい。ソニーに宜しくな。今度ちゃんとお礼を言いに行くから、そう伝えておいてくれ」
「判った」
アクシズは剣士祭が終わったら道場を去るだろうとロックは思っている。そしてそれは正解だった。
「トリスティア、一旦戻って荷物を持ってきてくれるか?」
「あっ、はい、判りました」
「クスイー、トリスティアに付いて荷物持ちをお願い」
「はい、判りました」
クスイーはミロのことを頼めるトリスティアの役に立てることを素直に単純に喜んでいる。
「気を付けて行ってきて」
二人を送り出してルークは作戦会議を始める。
「明日は先鋒と次鋒はそのまま、ロックが中堅、アクシズが副将、僕が大将で行くから」
「判った。クリフは中堅のまま、ということだな」
「うん、本人から聞いたから間違いない」
「おいおい、事前にそんなことを相手に漏らして大乗なのか?」
「クリフもロックと試合たい、ってことじゃないかな。二人とも大将だと2勝2敗にならない限り出番がないから」
「まあ、俺はいいが、ルークは大丈夫か?ルトアの大将は見た目と違ってあれはあれで化け物じみているぞ。見た目が弱そうだから相当やり難いだろう」
「そうだね。でも彼の実力は見せてもらったから」
ルークは、大丈夫、という言葉を発しなかったがアクシズには聞こえたような気がした。ルトア道場でルークが負けることを覚悟しなければならないのはただ一人クリフ=アキューズだけなのだ。
「今日は眠れそうにないかもな」
ロックは明日の試合が楽しみ過ぎて眠れなさそうだ。ただ、実際には万全の体調で試合に臨むため、直ぐに寝入ってしまうのだった。
剣士祭Ⅳ②
「寝過ぎた」
試合時間に間に合うギリギリにロックが起きてきた。熟睡していたようだ。ルークたちもあえて起こさなかった。
「快眠だったか?」
アクシズが揶揄う。
「ああ、万全だ。行こう」
ローカス道場の全員7名で試合会場であるクレイオン道場に向かった。
「ああ、やっときた。もう試合が始まりますよ。棄権かと思いました」
係の人に急かされて一行は会場入りした。早めに入って緊張する時間を長く過ごすよりはずっといい、とルークは思った。ただ少しギリギリ過ぎたか。失格になっては元も子もない。
「では剣士祭本選準決勝第一試合、クレイオン道場対カンタロア道場の試合を開始します」
昨年五位のカンタロア道場は少し籤運に恵まれてここまで来ていた。その実力はクレイオン道場には及ばないことは明らかだった。
カンタロア道場としてはなんとか一勝、という事だったようだがクレイオン道場はそれほど甘くない。三戦全勝で決勝へと駒を進めた。マシュの出番はまたなかった。
そして第二試合が始まる。
クリフ=アキューズは予定通り中堅で出てきた。そしてローカス道場はロック=レパードが初めて中堅に座る。ロックの我が儘を誰一人咎めない。
「では第二試合ローカス道場対メスト道場を始める」
審判が宣言する。
「先鋒戦ローカス道場マコト=シンドウ対ルトア道場マーラ=トーレス、始め」
マコトとマーラの力量の差は明らかだった。但しマコトもただでは負けたりしない。自分よりも格上の相手との試合は道場で何度も何度も繰り返して来たのだ。
二人は闊達に打ち合う。そして少しづつマーラが上を行く。マコトはそれを辛うじて受けている。なかなか反撃には出られない。
「なんで、こんなに強い奴ばかりいるんだよ」
マゼランで一番を目指す、と公言しているマコトには上が多すぎると感じていた。ただ、出来ないとも思っていない。
「マコト、粘れよ」
アクシズが声を掛ける。マコトにとっては格好の修行だと思っていた。実戦に勝る修行は無いのだ。
「判ってるって」
マコトも十分理解している。本気で自分を倒そうとして来る相手との試合は本当にいい練習になる。命のやり取りをしている訳ではないが、どちらも本気なのだ。
マコトは出来る限り、今の自分の力の限り粘って決着が付いた。
「そこまで、マーラ=トーレスの勝ち」
これでルトア道場の一勝となった。
剣士祭Ⅳ③
「マコト、いい修行になったな」
マコトは本選が始まってまだ勝てていないがとてもいい経験になっている。何よりも得難い経験だ。
「来年はちゃんと本選でも勝つさ」
マコトはそう言い切った。いい経験が自信につながっているようだ。来年も剣士祭本選に出る、という決意だが、今のところ誰も同意してはいない。来年同じ五人で剣士祭に出場できるとは限らないのだ。
アクシズも敢えてそのことには触れないでいた。ソニー=アレスから頼まれてローカス道場が剣士祭に出場できるように手伝っているだけで、いつまで居るのかは判らないし剣士祭が終わった時点で去ってしまう可能性は高い。
「お前ならできるだろう。頑張れ」
アクシズはマコトを激励する。その言葉には裏は無いが自分がその時に多分居ない、ということは言わない。言う必要がないと思っていた。
「次鋒戦ローカス道場クスイー=ローカス対ルトア道場アースト=リース、始め」
クスイーの試合はほぼパターンが決まってきている。相手もそれを十分理解しているようだ。クスイーの剣速は異常に速い。ただ、それを凌ぎ切れば勝ちが見えて来る。クスイーの体力が持たないのだ。異常な剣速に消費する体力は相当なものだった。
相手がクスイーの剣速に堪え切れれば相手の勝ち、クスイーが動ける時間内に相手が受けきれなければクスイーの勝ち、ということだ。
そしてクスイーの剣技に経験がいい作用をし始めている。アクシズからは剣速を抑えて相手と打ち合う事を憶えろ、とは言われていない。とりあえず自分が今出来る最速で打ち込むように言われている。
普通に戦えばアーストの勝ちは揺るがない。まだまだクスイーには経験が足りない。ただ今回はクスイーの剣速が落ちない。それにアーストが対応仕切れなくなりつつある。
それまでのクスイーならそろそろ剣速が少しだけ落ちるかちょっとした隙が生まれて、そこを突かれて負けてしまっていた。
それが落ちないので相手のアーストも少し焦りだしていた。今までのクスイーの戦い方を見ていたアーストはとりあえず異常なまでに速い剣をなんとか凌げれば問題なく勝てると思っていたのだ。
「クスイー、頑張っているね」
「そうだな、少しづつ相手に対応する時間が伸びて居る様だ。あのクラスの剣士に勝てるのも時間の問題だな」
アクシズはクスイーが勝つとは思っていない。ただ直ぐにアーストは追い越してしまうだろう、と思っていた。今日は負けても明日は勝つのだ。
クスイーは相手に反撃する暇を与えない。ただ相手もクスイーの剣をちゃんと受けたり躱したりしている。クスイーの剣は真っ直ぐ過ぎてフェイントが無いのでとんでもなく速くても受けやすいのだ。
いつまで経っても落ちない剣速にアーストの方が疲れて来て対応できなくなってきたとき、やっとクスイーの剣が少し鈍ってきた。すでにマコトの試合の倍以上の試合時間が経っていた。が、先にアーストの疲れが勝ったようだ。
「そこまで、クスイー=ローカスの勝ち」
負けたアーストの方が疲れ果てて倒れ込んでしまった。
「やったな」
「はい。アクシズさんたちのお陰です」
真っ直ぐアクシズを見るその瞳には驕りはなかった。ただ自信と確信があっただけだ。その姿を見つめるトリスティアの姿もあったが、クスイーは気づいてはいない。
そしてついに中堅戦が始まる。ここまでクリフ=アキューズは全試合に出場し一敗もしていない。ロック=レパードも一敗もしていないが試合数が少なかった。大将戦まで縺れ込まなかったからだ。
クリフは試合勘を取り戻すため中堅として出場し全試合を戦ってきている。もう万全と言ってもいい。
ロックはマゼランに来るまで、それこそ実戦を幾度となく経験して来た。マゼランに来てからはそれほど実戦は無かったがアクシズあたりと稽古するのは楽しかった。
強い剣士と試合たい、ただ一つのロックの望みが叶う時がやっと来たのだ。
「ロック、頑張って」
「ああ、少しでも長く試合えるように頑張るさ。クスイーの試合には負けられないからな」
ロックもクスイーに刺激を受けたようだった。
「中堅戦ローカス道場ロック=レパード対ルトア道場クリフ=アキューズ、始め」
剣士祭Ⅳ④
やっとロックの念願が叶った。マゼランの三騎竜の一角クリフ=アキューズとの一戦だ。一度練習のような感じで試合ったことがあるが、あの時は様子見でしかなかった。今回は剣士祭本選での戦いだ。
試合は静かに始まった。余り打ち合わない。
ロックが打ち込んでクリフが受ける。クリフが打ち込んでロックが受ける。それが緩慢とも言うべき速さで行われている。
「おい、あれはいったいなんだ?」
アクシズがルークの顔を見て問う。
「僕にも判りませんよ。速すぎてゆっくりに見える、とか?」
「そんなことが有り得るのか?」
「いや、違うでしょう。ただ単にゆっくり打ち合っているようにしか見えません。二人で楽しんでいるんじゃないですか?」
そうなのだ。二人は打ち合っているが、実はただ楽しんでいる。
「クリフさん!」
何かに気が付いてリンク=ザードが声を掛ける。
「判っている」
クリフは一言だけ応えた。そしてギアを上げる。
「流石だ、いいね!」
反応が上がりだしたクリフに対してロックが言う。ロックも当然ギアを上げる。そのギアのあげ方も丁度同じように見えた。前もって打ち合わせをしてあるようにしか見えない。
二人の打ち合いは徐々に速さを増していく。ルークにもその差が見えない。ロックの腕が上がったのか、クリフがロックに合わせているのか。
二人の打ち合いは演舞の様に切れることなく打ち合い続けている。どんどん速さが増す。普通の剣士なら前もって練習していてもこれだけ打ち合い続けられない速さに達している。
上段から、中段から、下段から打ち込む。身体を一回転させて遠心力で横から撫で切る。どんな打ち込みをしても相手が対応して受けてしまう。
ロックが打ち込みクリフが受ける。クリフが打ち込みロックか受ける。その順番が狂わない。どうみても打合せしていたかのように見える。
ただその動きが速くなりすぎて目で追うのも付いていけなくなってくる。そして、その速さのまま動きが全く止まらない。人間が、その限界の速さで動ける時間はそれほど長くはない。それが全く止まらなかった。
クリフが打ち込みロックが受けた順番の後、二人はやっと一旦離れて止まった。流石に二人とも息が荒い。
「じゃあ行くよ」
ロックが上段から打ち込む。それはロマノフ=ランドルフとの試合で見せた技だ。ロマノフはしっかりと受けたはずだが、その剣は手から離れて落ちてしまった。ルークにも理屈はよく判らないロックの特別な技だった。
その上段からの打ち込みをクリフが受ける。クリフの顔が少し怪訝な表情を浮かべた。しかしクリフの剣は落ちなかった。
「凄い!」
思わずロックが叫ぶ。取って置きだった技を受けきられて感動すら覚えている。マゼランの三騎竜と言う名は伊達ではないことを実感していた。
「そろそろかな」
クリフが言う。
「そろそろだね」
ロックが応える。そして夢のような楽しい試合は決着した。
剣士祭Ⅳ⑤
今までの闊達な打ち合いが嘘のように二人が動かなくなった。あと一撃で決める、それが共通の認識のようだ。もうそれほど体力も残ってはいないのだ。
動いたのは同時だった。同じように袈裟懸けで二人が打ち込む。その剣が打ち合った瞬間、ロックの剣がほんの少し押された。単純な膂力の問題だった。身体はクリフの方が少し大きい。体重も背丈に合わせて少しだけクリフが重い。ここでの差は、単純にその差だった。
ただ、その差の付け方はクリフが敢えて付けた差だった。それ以外は同等、と認めた差だった。手を抜いていた訳ではないが死に物狂いでもない。ロック=レパードと言う将来有望な剣士をいい方向に導く為だった。
そして試合は決着した。
「そこまで。クリフ=アキューズの勝ち」
審判の宣言を受けてもロックは動けなかった。全てを出し切っていたのだ。そのロックの手をクリフが取って立たせる。クリフにはまだ余力があった、ということだ。
「楽しかったよ」
「楽しかったな」
ロックが真剣に戦って負けたのは師匠との修行以来初めてだった。前回はあくまで様子見だった。クリフもそれを判っていて今日を迎えたのだ。
「また試合えるかな」
「もう私は剣士祭には出ないよ。次やったら君にも負けそうだからね」
冗談とも本気とも変わらない口調でクリフが言う。確かに次はロックの勝ちかも知れない。ただロックにはクリフはまだまだ遠い存在に思えた。
「ロック、惜しくなかったね」
ルークが煽るように言う。
「ああ、まだまだ修行が足りない。ルーク、付き合えよ」
ルークはしまったという顔をした。クリフに到るまでのロックの修行に付き合うことは並大抵のことではない。
これでローカス道場とルトア道場は1勝2敗になった。ローカス道場は後がない。
「アクシズ」
ロックがアクシズに向かって手を合わせて名を呼ぶ。次にアクシズが負ければそれで終わってしまうのだ。
「まあ、怪我をしない程度には頑張るさ」
アクシズはそれだけ言うと中央に出て行った。
「副将戦ローカス道場アクシズ=バレンタイン対ルトア道場タキレア=ローラム、始め」
副将戦が始まった。大きな動きは無い。じっと動かない訳でも無い。タキレアは剣士としては強い部類に入る。特段何かの得意な技が無る訳ではないが外連味の無い戦い方をする。
クリフに修行を付けてもらっている効果が存分に出ていると言っても過言ではない。剣筋はクリフに近い。
「おい、ちょっと拙いぞ」
アクシズの声に少し焦りがある。タキレアの実力を見誤っていたらしい。クリフやリンク=ザードの影に隠れているが副将は伊達ではないのだ。
アクシズがマゼランでも有数の実力を備えていることは確かだが、上には上が居ることも確かだ。そしてタキレアも地味だがその一人なのかもしれない。
「アクシズ、無理か?」
ロックが声を掛ける。ここで負ければクレイオン道場との試合が出来なくなる。
「無理、とは言わないけどな」
アクシズがギアを上げる。それまで侮っていたタキレアを同等若しくは自分以上の剣士として認めたうえで自分の底を上げたのだ。
タキレアの剣は教科書通りの剣だった。クリフの教えを正直に守っているのだ。それだけに剣筋が判り易い。普通であればそれでも十分通用する剣だった。
ただアクシズは意地が悪い。フェイント一つでも普通はあり得ない方向から剣が戻ってくる。正当な試合では在り得ないことの連続だ。タキレアからすると見たこともない剣技についていけなくなる。
「アクシズはこんなこともできるんだな、何者なんだあいつ」
ロックが呆れて言う。
「そこまで、アクシズ=バレンタインの勝ち」
ついにタキレアが対応できなくなって決着が付いた。
剣士祭Ⅳ⑥
これで二勝二敗の対になった。大将戦に勝った方が剣士祭本選の決勝に進める。
「ルーク、頼んだ」
「ロック、我が儘ばかり言ってると」
「どうなるんだ?」
「僕が笑うよ」
「なんだよ、笑うのか」
いつになくルークが緊張しているように見える。それを隠すための軽る口だ。
「大将戦ローカス道場ルーク=ロジック対ルトア道場リンク=ザード、始め」
大将戦が始まった。アイリス=シュタインの護衛役としてしか認識されていなかったリンクだが、これまでの試合で見せた実力は本物だった。
打ち合いながらリンクが言う。
「クリフさんの言う通り、お前が出てきたな」
クリフは自分が中堅で出るからにはロックは中堅で出て来る筈だ、その場合大将はルークだろう、とリンクに伝えていた。
「僕が予想通り出てきたから、どうなんだ?」
ルークも打ち合いながら答える。
「事前に十分対策済み、ということだ」
リンクはそう言ったが実は何の対策も無い。ルークの試合が少なすぎたからだ。そして、その少ない試合も時間が極端に短かった。勝てる時にさっさと勝つ。相手の実力が発揮される前に勝つ。それがルークの試合だった。
ルークは少し不思議そうな顔をした。相手が対策をしているとは思えなかったからだ。実際のところローカス道場でロックと立合った時以外は殆ど誰とも剣を合わせてさえいなかった。
「どう対策してくれたのかな?」
リンクの力量は高い。軽薄な印象とは全く違う。今まであっという間に決着を付けてきたルークが普通に打ち合っている。勝てる隙、が見つからないのだ。
「ルーク、大丈夫か?」
思わずアクシズが声を掛ける。ロックは腕組みしたまま動かない。ただ表情は暗くなかった。
「アクシズに代わってもらった方がよかったかも」
見た目にもルークが苦戦している風に見える。このままではルークの方が分が悪そうだ。
「リンク=ザード、本物だよ」
ルークはなんとかリンクの剣を捌いている。反撃が出来ていない。
ただ、リンクも打つ手が無くなってきている。どう打ち込んでもルークが受けてしまうのだ。それも辛うじて受けている、というタイミングなのだが、リンクはそこに少しの違和感を感じ始めていた。
リンクからすると勝てそうで勝てない、それがいつまで経っても変わらないのだ。
剣士祭Ⅳ⑦
試合は打ち合ってはいるがどちらも決め手に欠けている、と言う感じになって来た。全体的にはリンクが優勢に見える。ルークからはほぼ反撃できていない。
「ルーク」
ロックが叫ぶでもなく普通にルークに声を掛けた。するとルークはスルリとリンクの剣を避けて打ち込んだ。
「えっ?」
思わずリンクが声を放つ。突然の出来事に理解が追い付いていない。周囲の人間、審判でさえ何が起こったのか頭では理解できていなかった。
「あっ、そこまで、ルーク=ロジックの勝ち」
突然決着が付いた。リンクは呆然と立ち尽くしている。
「リンク=ザード、君は強いね。僕が勝てたのは偶然だ、運が良かったよ」
ルークが言う。その言葉をリンクは聞いていなかった。
「ルーク、どういうことだ?」
アクシズの問いに、ルークは(後で)と目で合図を送った。
これでローカス道場は決勝に進む。先に進出を決めていたクレイオン道場との決戦は二日後だ。
「よし。次は大将でいくぞ」
ロックが宣言する。マシュ=クレイオンとの大将戦を望んでいるのだ。それにはまた二勝二敗に持ち込む必要がある。クレイオン道場に対して二勝しなければならない。至難の業だった。
「とりあえず戻ろう」
出場組五人とミロ、トリスティアの七人は揃ってローカス道場に戻るのだった。
「ルーク、さっきの大将戦は何だったんだ?」
「ああ、あれはリンク=ザードが十分強いって事を周知したかった、ということです」
アクシズは意味が解らなかった。リンクが強いことで何か良いことでもあるのか?
「ちゃんと教えてくれ、よく判らん」
「ああ、そうですね。ただの防御壁ですよリンクは。アイリスの護衛役は見た目はアレだが実は相当強い、という噂があれば手を出しにくくなるんじゃないかと思って」
「それで苦戦している振りをした、ということか」
「できるだけリンクには実力差を感じさせないようにしたかったんだけど、彼は本当に強かったんで勝つ時には彼に少し違和感を感じさせてしまったかも知れません」
「気を遣う、というか難しいもんだな」
「そうですね。でもほんとにあの腕ならアイリスの護衛を任せても問題ないと思います」
「でもそのアイリス嬢はクスイーの」
「そこが少し問題です。彼は自分で守りたい、そのために強くなりたいと思っているでしょう」
「だよな」
「まあ僕としてはクスイーの相手がアイリスでもトリスティアでも、どちらでもいいんですが」
「おい」
「なんです?」
「お前実は悪い奴なのか?」
「僕がですか?いたって普通だと思うのですが」
ルークは剣の腕も含めて相当変な奴だと改めて思うアクシズだった。
剣士祭Ⅳ⑧
次の日はまた全員好き勝手に過ごすことにした。一日完全休養をして決勝戦に臨む。
ただマコトは本選に入ってから負け続けているのでクスイーと修行をするという。トリスティアも付き合ってくれるようだ。
アクシズはまた出かけて行った。ルークは一応ジェイに跡を付けるようお願いしてある。何か危ない目に遭ったら大変だからだ。
但し、決勝戦の相手は名実共にマゼラン一のクレイオン道場なので、そう言う意味では心配してはいない。問題はヴォルデス道場の残党やランドルフ道場だ。
ロックは一人クリフ戦を回想していた。自分とクリフの差を検討しているのだ。次は負けない、とは思うのだが何をどうすれば勝てるのかが見えてこない。
「まだまだ修行が足りないな。それとも実戦か?」
試合ではなく本当に命を掛けた実戦を数多く経験しないと到達できない高みがあるとは思う。
ただ試合形式での頂点は剣士祭本選にあるとも思う。マゼランの他にこれほどの剣士が集まっている場所は無い。
「剣士祭が終わったら、また旅に出ないとな」
試合形式での限界を感じているロックには来年の剣士祭に出場する気がすでになかった。後はクレイオン道場の大将マシュ=クレイオンとの試合が実現すればマゼランでの目的は達成だ。
「ロック、何をぶつぶつ独り言を言ってるの?」
ミロが近づいてきた。そうだ、ミロのことはどうしよう。出来ればローカス道場で落ち着いてくれると助かるんだが。
「いや、今日は負けてしまったからな」
「ロックが負ける所なんて初めて見たわ。でも相手がすごく強い、ってだけでしょ?ロックが弱い訳じゃないわ」
「それはそうなんだが負けは負けさ。それでなんだが」
「私はマゼランに置いていかれる、ってことかしら」
ロックは思わずミロの顔を見た。自分の考えていることが判るのか?
「ああ、そうだな、できればここに落ち着いていてくれると助かる。これからの修行の旅はもっと過酷になってくるだろうから女の子では付いて来れないと思うんだ」
「判ってる。もしこの後もついて行く気が合ったら私も剣の修行をしていたところだわ。でも、やっぱり自分で戦ったりするのは無理だし魔道も使えないから足手まといにしか成らない」
「足手まといとは言わないけどミロを庇って戦うことで窮地に陥ってしまうような相手が出て来るとも限らない、ってところかな」
「いいよ、判っているから。明日の決勝が終わって直ぐに発つの?」
「いや、ソニーやアクシズに礼をしなければならないと思っているし、ローカス道場の今後も少し気にはなるからな。剣士祭後の道場への入塾希望者が沢山来てくれると助かるんだが」
「そうなったら私とトリスティアで塾生の面倒を見なくちゃいけないわね。アイリスさんは手伝ってはくれないかしら」
「彼女は無理だろう。ルトア道場があるからな」
ルークは二人の会話を微笑ましく見ていた。お互いに「好きだ」とか言わないのかな、と思いながら。
ロックは自分の気持ちには気が付いていないだろうし、ミロもロックの重荷になることを恐れて気持ちを伝えたりしないだろう。
ただルークも剣士祭が終れば再び旅に出るつもりだったし、そうなるとロックはどうしても付いてくるだろう。ミロにはローカス道場か、本当はエンセナーダのグロウス=クレイの元にでも居てくれれば安心なのだが。
ルークはまだ戻らないアクシズとジェイを少し心配しながら、いい雰囲気の二人を残して一人で外に出るのだった。
剣士祭Ⅳ⑨
「決勝が終われば、そこまででいいんだな?」
「悪いね、アクシズ。ロックやルークの本性と実力をちゃんと把握しておきたかったから君に付き合ってもらったんだが、どうだった?」
「ロックはただの剣士ですね。強いことは間違いありませんが剣の他にはあまり興味がないようです。多分あなたも思っておられた通りの男です」
「まあ、ロックはそうか。裏は無さそうだものな」
「ありませんね。奴の頭の中には強くなることしかありません。ただ、それが飛んでもなく強い、ということでしょう」
アクシズはローカス道場に居ない時はほぼソニー=アレスの元に居た。ルークねそれが判っているのであまり心配してはいないのだ。
「ルークの方はよく判りません。確かに昔の記憶は無いようです。何回かカマを掛けてみましたが全く反応はありませんでした。本当に記憶を無くしているようです」
「そうか。やはり問題はルークの方だね。二人を仲間にするかどちらか一人を取り込むか。いずれにしても敵対することは良作ではない、ということか」
「個人としての二人は、二人とも脅威でしょう。ただ組織として相対するのであれば如何様にでも対策はあると思いますが」
「ロックやルークと戦いたい、ってこと?」
「いいえ、個人的に戦いたいとは思っていませんよ。それは私の望みではないことを、よくご存じだと思いますが」
「判った、悪いね、少し意地悪を言った。ただ特にルークはアレス家の後ろ盾が得られなかった場合の僕と遜色ないと思うのだが」
「彼はロジック家を巻き込む様な事はしないでしょう。ということは私の協力者としてロジック家を巻き込めないことは確実、ということです」
「アレス家も、どこまで当てになるかは判らないよ」
「ソニー様は今のところは歴としたアレス家の嫡男でしょう」
「継ぐつもりはないんだけどな。パーンがもう少ししっかりしてくれればいつでも次期太守の地位を譲るつもりなんだ」
「それは待っていただくお約束です」
「判っているよ、君の願いも」
ソニーとアクシズの会話は、誰かに聞かれているかも知れないことを考慮してあまり確信を突いたようなことは言わないことになっている。
「盗み聞きは感心せぬの」
ルークはジェイから直接報告を聞くためにソニーの部屋の傍まで来ていた。直接中の会話を聞いていた訳ではないが、ジェイに中継してもらっていたので盗み聞きには違いない。
「これは老師。ソニー=アレスの後見人、という感じのお方ですか?」
「ほう、驚かんのだな。儂の名はガルド、人は影のガルドと呼ぶ」
「ガルド老師、失礼をしました。僕はルーク、ルーク=ロジックといいます」
「ロジックとな。狼公の縁者の者とでもいうのか?」
「一応養子ということになっています」
「ほほう、そういうことか。まあよい、お主がソニーの邪魔をするというのであれば儂はお主に敵対することになる、それだけを憶えておいてくれればな。今日のところはこのまま帰るといい、明日の本選決勝もあるのであろう」
「判りました、ありがとうございます。ソニーには改めてお礼に伺うとしましょう」
実は冷や汗をかきながらルークはローカス道場に戻るのだった。
剣士祭Ⅳ⑩
「よし、行くか」
ロックの気合の入った掛け声とともにローカス道場の出場者五人とミロ、トリスティアの計七人は会場であるクレイオン道場に出向くのだった。
「今日は大将でしょうね?」
道場に着くとマシュ=クレイオンが話しかけてきた。
「準決勝は特別さ、今日は普通にも行くよ」
「僕の所まで届きますか?」
「何とも言えないな、それは。手を抜いてはくれないだろ?」
「当り前です」
それだけ言うとマシュは道場の奥に引っ込んでしまった。試合まではまだ少し時間がある。
「マシュ=クレイオンは強いよ」
ロックにクリフ=アキューズが話しかけたきた。決勝を見学しに来たのだ。
「強いだろうね、あんたよりも強いかい?」
「そうですね、今日現在という事であれば私が勝つでしょう。でも明日は判らない、そんな感じです」
マシュはマゼランの三騎竜の一角クリフに自分よりも強くなるかもしれないと言わしめるだけの才能を有しているのだ。
ただクリフも今の自分が強さの限界だとは思っていない。自分もまだまだ強くなる余地を残している、と思っている。
そして自分の上に君臨する三騎竜の他の二人やシャロン公国の頂点リード=フェリエスにもいつかは勝ちたいと思っていることはロックと変わらない。
「なるほどな。でも、次は俺もあんたに勝つよ」
「楽しみにしておきましょう。でも来年は私は剣士祭には出ませんよ」
「俺も来年は出ないよ。というかその時期にマゼランには居ないんじゃないかな」
「総なのですか?ここでずっと修行するものかと」
「いや、今日が終わったらまた修行の旅に出るつもりだから。次の機会は、次にマゼランに来た時、かな」
「いいでしょう。それまでに私はもっと強くなっておきましょう」
「いいね。俺はそれを超えてみせるさ」
試合時間が迫ってきている。クリフはロックたちから離れて行った。
「やっぱりマゼランを出られるんですね」
クスイーが言う。うすうす気づいていたことだ。決勝が終わればアクシズもルークもロックも居なくなってしまう。道場はどうなるのか。
「そうだな、最初から決めていたことだ。クスイー」
「はい」
「道場は任せたからマコトとミロを頼む。トリスティアも協力してくれるだろう。塾生も増える筈だ。ただ今日の頑張りも絶対必要なことだ。お前が強い、ということを知れわたらせないと塾生は増えないぞ」
「判っています。元々は私怨で始まった僕の剣士祭ですが今は本当に強くなりたい。それには道場を続けられるように頑張らないと駄目だと思っています」
「判ってるじゃないか。じゃ今の自分にできる精一杯の試合を見せてくれよ」
「はい」
「トリスティアも見ているしね」
ルークが横から入って来た。
「はい、頑張ります」
相変わらずクスイーは意味が解っていないようだった。
アクシズは戻って直ぐトリスティアに気が付いた。どこかで見た覚えがあったからだ。確かクスイーに勝った子だ。
「ミロに付いていて貰おうと思ってね。ここに住み込んでもらうことになったんだよ」
ルークから少し事情を聞いていたアクシズは直ぐに理解した。
「ふーん、よろしくな」
マコトはあまり関心がなさそうだった。二人とも出かけていたか夜にはちゃんと戻って来た。
「アクシズ、どこ行ってたんだ?」
「言う必要があるか?」
「いや、いい。ソニーに宜しくな。今度ちゃんとお礼を言いに行くから、そう伝えておいてくれ」
「判った」
アクシズは剣士祭が終わったら道場を去るだろうとロックは思っている。そしてそれは正解だった。
「トリスティア、一旦戻って荷物を持ってきてくれるか?」
「あっ、はい、判りました」
「クスイー、トリスティアに付いて荷物持ちをお願い」
「はい、判りました」
クスイーはミロのことを頼めるトリスティアの役に立てることを素直に単純に喜んでいる。
「気を付けて行ってきて」
二人を送り出してルークは作戦会議を始める。
「明日は先鋒と次鋒はそのまま、ロックが中堅、アクシズが副将、僕が大将で行くから」
「判った。クリフは中堅のまま、ということだな」
「うん、本人から聞いたから間違いない」
「おいおい、事前にそんなことを相手に漏らして大乗なのか?」
「クリフもロックと試合たい、ってことじゃないかな。二人とも大将だと2勝2敗にならない限り出番がないから」
「まあ、俺はいいが、ルークは大丈夫か?ルトアの大将は見た目と違ってあれはあれで化け物じみているぞ。見た目が弱そうだから相当やり難いだろう」
「そうだね。でも彼の実力は見せてもらったから」
ルークは、大丈夫、という言葉を発しなかったがアクシズには聞こえたような気がした。ルトア道場でルークが負けることを覚悟しなければならないのはただ一人クリフ=アキューズだけなのだ。
「今日は眠れそうにないかもな」
ロックは明日の試合が楽しみ過ぎて眠れなさそうだ。ただ、実際には万全の体調で試合に臨むため、直ぐに寝入ってしまうのだった。
剣士祭Ⅳ②
「寝過ぎた」
試合時間に間に合うギリギリにロックが起きてきた。熟睡していたようだ。ルークたちもあえて起こさなかった。
「快眠だったか?」
アクシズが揶揄う。
「ああ、万全だ。行こう」
ローカス道場の全員7名で試合会場であるクレイオン道場に向かった。
「ああ、やっときた。もう試合が始まりますよ。棄権かと思いました」
係の人に急かされて一行は会場入りした。早めに入って緊張する時間を長く過ごすよりはずっといい、とルークは思った。ただ少しギリギリ過ぎたか。失格になっては元も子もない。
「では剣士祭本選準決勝第一試合、クレイオン道場対カンタロア道場の試合を開始します」
昨年五位のカンタロア道場は少し籤運に恵まれてここまで来ていた。その実力はクレイオン道場には及ばないことは明らかだった。
カンタロア道場としてはなんとか一勝、という事だったようだがクレイオン道場はそれほど甘くない。三戦全勝で決勝へと駒を進めた。マシュの出番はまたなかった。
そして第二試合が始まる。
クリフ=アキューズは予定通り中堅で出てきた。そしてローカス道場はロック=レパードが初めて中堅に座る。ロックの我が儘を誰一人咎めない。
「では第二試合ローカス道場対メスト道場を始める」
審判が宣言する。
「先鋒戦ローカス道場マコト=シンドウ対ルトア道場マーラ=トーレス、始め」
マコトとマーラの力量の差は明らかだった。但しマコトもただでは負けたりしない。自分よりも格上の相手との試合は道場で何度も何度も繰り返して来たのだ。
二人は闊達に打ち合う。そして少しづつマーラが上を行く。マコトはそれを辛うじて受けている。なかなか反撃には出られない。
「なんで、こんなに強い奴ばかりいるんだよ」
マゼランで一番を目指す、と公言しているマコトには上が多すぎると感じていた。ただ、出来ないとも思っていない。
「マコト、粘れよ」
アクシズが声を掛ける。マコトにとっては格好の修行だと思っていた。実戦に勝る修行は無いのだ。
「判ってるって」
マコトも十分理解している。本気で自分を倒そうとして来る相手との試合は本当にいい練習になる。命のやり取りをしている訳ではないが、どちらも本気なのだ。
マコトは出来る限り、今の自分の力の限り粘って決着が付いた。
「そこまで、マーラ=トーレスの勝ち」
これでルトア道場の一勝となった。
剣士祭Ⅳ③
「マコト、いい修行になったな」
マコトは本選が始まってまだ勝てていないがとてもいい経験になっている。何よりも得難い経験だ。
「来年はちゃんと本選でも勝つさ」
マコトはそう言い切った。いい経験が自信につながっているようだ。来年も剣士祭本選に出る、という決意だが、今のところ誰も同意してはいない。来年同じ五人で剣士祭に出場できるとは限らないのだ。
アクシズも敢えてそのことには触れないでいた。ソニー=アレスから頼まれてローカス道場が剣士祭に出場できるように手伝っているだけで、いつまで居るのかは判らないし剣士祭が終わった時点で去ってしまう可能性は高い。
「お前ならできるだろう。頑張れ」
アクシズはマコトを激励する。その言葉には裏は無いが自分がその時に多分居ない、ということは言わない。言う必要がないと思っていた。
「次鋒戦ローカス道場クスイー=ローカス対ルトア道場アースト=リース、始め」
クスイーの試合はほぼパターンが決まってきている。相手もそれを十分理解しているようだ。クスイーの剣速は異常に速い。ただ、それを凌ぎ切れば勝ちが見えて来る。クスイーの体力が持たないのだ。異常な剣速に消費する体力は相当なものだった。
相手がクスイーの剣速に堪え切れれば相手の勝ち、クスイーが動ける時間内に相手が受けきれなければクスイーの勝ち、ということだ。
そしてクスイーの剣技に経験がいい作用をし始めている。アクシズからは剣速を抑えて相手と打ち合う事を憶えろ、とは言われていない。とりあえず自分が今出来る最速で打ち込むように言われている。
普通に戦えばアーストの勝ちは揺るがない。まだまだクスイーには経験が足りない。ただ今回はクスイーの剣速が落ちない。それにアーストが対応仕切れなくなりつつある。
それまでのクスイーならそろそろ剣速が少しだけ落ちるかちょっとした隙が生まれて、そこを突かれて負けてしまっていた。
それが落ちないので相手のアーストも少し焦りだしていた。今までのクスイーの戦い方を見ていたアーストはとりあえず異常なまでに速い剣をなんとか凌げれば問題なく勝てると思っていたのだ。
「クスイー、頑張っているね」
「そうだな、少しづつ相手に対応する時間が伸びて居る様だ。あのクラスの剣士に勝てるのも時間の問題だな」
アクシズはクスイーが勝つとは思っていない。ただ直ぐにアーストは追い越してしまうだろう、と思っていた。今日は負けても明日は勝つのだ。
クスイーは相手に反撃する暇を与えない。ただ相手もクスイーの剣をちゃんと受けたり躱したりしている。クスイーの剣は真っ直ぐ過ぎてフェイントが無いのでとんでもなく速くても受けやすいのだ。
いつまで経っても落ちない剣速にアーストの方が疲れて来て対応できなくなってきたとき、やっとクスイーの剣が少し鈍ってきた。すでにマコトの試合の倍以上の試合時間が経っていた。が、先にアーストの疲れが勝ったようだ。
「そこまで、クスイー=ローカスの勝ち」
負けたアーストの方が疲れ果てて倒れ込んでしまった。
「やったな」
「はい。アクシズさんたちのお陰です」
真っ直ぐアクシズを見るその瞳には驕りはなかった。ただ自信と確信があっただけだ。その姿を見つめるトリスティアの姿もあったが、クスイーは気づいてはいない。
そしてついに中堅戦が始まる。ここまでクリフ=アキューズは全試合に出場し一敗もしていない。ロック=レパードも一敗もしていないが試合数が少なかった。大将戦まで縺れ込まなかったからだ。
クリフは試合勘を取り戻すため中堅として出場し全試合を戦ってきている。もう万全と言ってもいい。
ロックはマゼランに来るまで、それこそ実戦を幾度となく経験して来た。マゼランに来てからはそれほど実戦は無かったがアクシズあたりと稽古するのは楽しかった。
強い剣士と試合たい、ただ一つのロックの望みが叶う時がやっと来たのだ。
「ロック、頑張って」
「ああ、少しでも長く試合えるように頑張るさ。クスイーの試合には負けられないからな」
ロックもクスイーに刺激を受けたようだった。
「中堅戦ローカス道場ロック=レパード対ルトア道場クリフ=アキューズ、始め」
剣士祭Ⅳ④
やっとロックの念願が叶った。マゼランの三騎竜の一角クリフ=アキューズとの一戦だ。一度練習のような感じで試合ったことがあるが、あの時は様子見でしかなかった。今回は剣士祭本選での戦いだ。
試合は静かに始まった。余り打ち合わない。
ロックが打ち込んでクリフが受ける。クリフが打ち込んでロックが受ける。それが緩慢とも言うべき速さで行われている。
「おい、あれはいったいなんだ?」
アクシズがルークの顔を見て問う。
「僕にも判りませんよ。速すぎてゆっくりに見える、とか?」
「そんなことが有り得るのか?」
「いや、違うでしょう。ただ単にゆっくり打ち合っているようにしか見えません。二人で楽しんでいるんじゃないですか?」
そうなのだ。二人は打ち合っているが、実はただ楽しんでいる。
「クリフさん!」
何かに気が付いてリンク=ザードが声を掛ける。
「判っている」
クリフは一言だけ応えた。そしてギアを上げる。
「流石だ、いいね!」
反応が上がりだしたクリフに対してロックが言う。ロックも当然ギアを上げる。そのギアのあげ方も丁度同じように見えた。前もって打ち合わせをしてあるようにしか見えない。
二人の打ち合いは徐々に速さを増していく。ルークにもその差が見えない。ロックの腕が上がったのか、クリフがロックに合わせているのか。
二人の打ち合いは演舞の様に切れることなく打ち合い続けている。どんどん速さが増す。普通の剣士なら前もって練習していてもこれだけ打ち合い続けられない速さに達している。
上段から、中段から、下段から打ち込む。身体を一回転させて遠心力で横から撫で切る。どんな打ち込みをしても相手が対応して受けてしまう。
ロックが打ち込みクリフが受ける。クリフが打ち込みロックか受ける。その順番が狂わない。どうみても打合せしていたかのように見える。
ただその動きが速くなりすぎて目で追うのも付いていけなくなってくる。そして、その速さのまま動きが全く止まらない。人間が、その限界の速さで動ける時間はそれほど長くはない。それが全く止まらなかった。
クリフが打ち込みロックが受けた順番の後、二人はやっと一旦離れて止まった。流石に二人とも息が荒い。
「じゃあ行くよ」
ロックが上段から打ち込む。それはロマノフ=ランドルフとの試合で見せた技だ。ロマノフはしっかりと受けたはずだが、その剣は手から離れて落ちてしまった。ルークにも理屈はよく判らないロックの特別な技だった。
その上段からの打ち込みをクリフが受ける。クリフの顔が少し怪訝な表情を浮かべた。しかしクリフの剣は落ちなかった。
「凄い!」
思わずロックが叫ぶ。取って置きだった技を受けきられて感動すら覚えている。マゼランの三騎竜と言う名は伊達ではないことを実感していた。
「そろそろかな」
クリフが言う。
「そろそろだね」
ロックが応える。そして夢のような楽しい試合は決着した。
剣士祭Ⅳ⑤
今までの闊達な打ち合いが嘘のように二人が動かなくなった。あと一撃で決める、それが共通の認識のようだ。もうそれほど体力も残ってはいないのだ。
動いたのは同時だった。同じように袈裟懸けで二人が打ち込む。その剣が打ち合った瞬間、ロックの剣がほんの少し押された。単純な膂力の問題だった。身体はクリフの方が少し大きい。体重も背丈に合わせて少しだけクリフが重い。ここでの差は、単純にその差だった。
ただ、その差の付け方はクリフが敢えて付けた差だった。それ以外は同等、と認めた差だった。手を抜いていた訳ではないが死に物狂いでもない。ロック=レパードと言う将来有望な剣士をいい方向に導く為だった。
そして試合は決着した。
「そこまで。クリフ=アキューズの勝ち」
審判の宣言を受けてもロックは動けなかった。全てを出し切っていたのだ。そのロックの手をクリフが取って立たせる。クリフにはまだ余力があった、ということだ。
「楽しかったよ」
「楽しかったな」
ロックが真剣に戦って負けたのは師匠との修行以来初めてだった。前回はあくまで様子見だった。クリフもそれを判っていて今日を迎えたのだ。
「また試合えるかな」
「もう私は剣士祭には出ないよ。次やったら君にも負けそうだからね」
冗談とも本気とも変わらない口調でクリフが言う。確かに次はロックの勝ちかも知れない。ただロックにはクリフはまだまだ遠い存在に思えた。
「ロック、惜しくなかったね」
ルークが煽るように言う。
「ああ、まだまだ修行が足りない。ルーク、付き合えよ」
ルークはしまったという顔をした。クリフに到るまでのロックの修行に付き合うことは並大抵のことではない。
これでローカス道場とルトア道場は1勝2敗になった。ローカス道場は後がない。
「アクシズ」
ロックがアクシズに向かって手を合わせて名を呼ぶ。次にアクシズが負ければそれで終わってしまうのだ。
「まあ、怪我をしない程度には頑張るさ」
アクシズはそれだけ言うと中央に出て行った。
「副将戦ローカス道場アクシズ=バレンタイン対ルトア道場タキレア=ローラム、始め」
副将戦が始まった。大きな動きは無い。じっと動かない訳でも無い。タキレアは剣士としては強い部類に入る。特段何かの得意な技が無る訳ではないが外連味の無い戦い方をする。
クリフに修行を付けてもらっている効果が存分に出ていると言っても過言ではない。剣筋はクリフに近い。
「おい、ちょっと拙いぞ」
アクシズの声に少し焦りがある。タキレアの実力を見誤っていたらしい。クリフやリンク=ザードの影に隠れているが副将は伊達ではないのだ。
アクシズがマゼランでも有数の実力を備えていることは確かだが、上には上が居ることも確かだ。そしてタキレアも地味だがその一人なのかもしれない。
「アクシズ、無理か?」
ロックが声を掛ける。ここで負ければクレイオン道場との試合が出来なくなる。
「無理、とは言わないけどな」
アクシズがギアを上げる。それまで侮っていたタキレアを同等若しくは自分以上の剣士として認めたうえで自分の底を上げたのだ。
タキレアの剣は教科書通りの剣だった。クリフの教えを正直に守っているのだ。それだけに剣筋が判り易い。普通であればそれでも十分通用する剣だった。
ただアクシズは意地が悪い。フェイント一つでも普通はあり得ない方向から剣が戻ってくる。正当な試合では在り得ないことの連続だ。タキレアからすると見たこともない剣技についていけなくなる。
「アクシズはこんなこともできるんだな、何者なんだあいつ」
ロックが呆れて言う。
「そこまで、アクシズ=バレンタインの勝ち」
ついにタキレアが対応できなくなって決着が付いた。
剣士祭Ⅳ⑥
これで二勝二敗の対になった。大将戦に勝った方が剣士祭本選の決勝に進める。
「ルーク、頼んだ」
「ロック、我が儘ばかり言ってると」
「どうなるんだ?」
「僕が笑うよ」
「なんだよ、笑うのか」
いつになくルークが緊張しているように見える。それを隠すための軽る口だ。
「大将戦ローカス道場ルーク=ロジック対ルトア道場リンク=ザード、始め」
大将戦が始まった。アイリス=シュタインの護衛役としてしか認識されていなかったリンクだが、これまでの試合で見せた実力は本物だった。
打ち合いながらリンクが言う。
「クリフさんの言う通り、お前が出てきたな」
クリフは自分が中堅で出るからにはロックは中堅で出て来る筈だ、その場合大将はルークだろう、とリンクに伝えていた。
「僕が予想通り出てきたから、どうなんだ?」
ルークも打ち合いながら答える。
「事前に十分対策済み、ということだ」
リンクはそう言ったが実は何の対策も無い。ルークの試合が少なすぎたからだ。そして、その少ない試合も時間が極端に短かった。勝てる時にさっさと勝つ。相手の実力が発揮される前に勝つ。それがルークの試合だった。
ルークは少し不思議そうな顔をした。相手が対策をしているとは思えなかったからだ。実際のところローカス道場でロックと立合った時以外は殆ど誰とも剣を合わせてさえいなかった。
「どう対策してくれたのかな?」
リンクの力量は高い。軽薄な印象とは全く違う。今まであっという間に決着を付けてきたルークが普通に打ち合っている。勝てる隙、が見つからないのだ。
「ルーク、大丈夫か?」
思わずアクシズが声を掛ける。ロックは腕組みしたまま動かない。ただ表情は暗くなかった。
「アクシズに代わってもらった方がよかったかも」
見た目にもルークが苦戦している風に見える。このままではルークの方が分が悪そうだ。
「リンク=ザード、本物だよ」
ルークはなんとかリンクの剣を捌いている。反撃が出来ていない。
ただ、リンクも打つ手が無くなってきている。どう打ち込んでもルークが受けてしまうのだ。それも辛うじて受けている、というタイミングなのだが、リンクはそこに少しの違和感を感じ始めていた。
リンクからすると勝てそうで勝てない、それがいつまで経っても変わらないのだ。
剣士祭Ⅳ⑦
試合は打ち合ってはいるがどちらも決め手に欠けている、と言う感じになって来た。全体的にはリンクが優勢に見える。ルークからはほぼ反撃できていない。
「ルーク」
ロックが叫ぶでもなく普通にルークに声を掛けた。するとルークはスルリとリンクの剣を避けて打ち込んだ。
「えっ?」
思わずリンクが声を放つ。突然の出来事に理解が追い付いていない。周囲の人間、審判でさえ何が起こったのか頭では理解できていなかった。
「あっ、そこまで、ルーク=ロジックの勝ち」
突然決着が付いた。リンクは呆然と立ち尽くしている。
「リンク=ザード、君は強いね。僕が勝てたのは偶然だ、運が良かったよ」
ルークが言う。その言葉をリンクは聞いていなかった。
「ルーク、どういうことだ?」
アクシズの問いに、ルークは(後で)と目で合図を送った。
これでローカス道場は決勝に進む。先に進出を決めていたクレイオン道場との決戦は二日後だ。
「よし。次は大将でいくぞ」
ロックが宣言する。マシュ=クレイオンとの大将戦を望んでいるのだ。それにはまた二勝二敗に持ち込む必要がある。クレイオン道場に対して二勝しなければならない。至難の業だった。
「とりあえず戻ろう」
出場組五人とミロ、トリスティアの七人は揃ってローカス道場に戻るのだった。
「ルーク、さっきの大将戦は何だったんだ?」
「ああ、あれはリンク=ザードが十分強いって事を周知したかった、ということです」
アクシズは意味が解らなかった。リンクが強いことで何か良いことでもあるのか?
「ちゃんと教えてくれ、よく判らん」
「ああ、そうですね。ただの防御壁ですよリンクは。アイリスの護衛役は見た目はアレだが実は相当強い、という噂があれば手を出しにくくなるんじゃないかと思って」
「それで苦戦している振りをした、ということか」
「できるだけリンクには実力差を感じさせないようにしたかったんだけど、彼は本当に強かったんで勝つ時には彼に少し違和感を感じさせてしまったかも知れません」
「気を遣う、というか難しいもんだな」
「そうですね。でもほんとにあの腕ならアイリスの護衛を任せても問題ないと思います」
「でもそのアイリス嬢はクスイーの」
「そこが少し問題です。彼は自分で守りたい、そのために強くなりたいと思っているでしょう」
「だよな」
「まあ僕としてはクスイーの相手がアイリスでもトリスティアでも、どちらでもいいんですが」
「おい」
「なんです?」
「お前実は悪い奴なのか?」
「僕がですか?いたって普通だと思うのですが」
ルークは剣の腕も含めて相当変な奴だと改めて思うアクシズだった。
剣士祭Ⅳ⑧
次の日はまた全員好き勝手に過ごすことにした。一日完全休養をして決勝戦に臨む。
ただマコトは本選に入ってから負け続けているのでクスイーと修行をするという。トリスティアも付き合ってくれるようだ。
アクシズはまた出かけて行った。ルークは一応ジェイに跡を付けるようお願いしてある。何か危ない目に遭ったら大変だからだ。
但し、決勝戦の相手は名実共にマゼラン一のクレイオン道場なので、そう言う意味では心配してはいない。問題はヴォルデス道場の残党やランドルフ道場だ。
ロックは一人クリフ戦を回想していた。自分とクリフの差を検討しているのだ。次は負けない、とは思うのだが何をどうすれば勝てるのかが見えてこない。
「まだまだ修行が足りないな。それとも実戦か?」
試合ではなく本当に命を掛けた実戦を数多く経験しないと到達できない高みがあるとは思う。
ただ試合形式での頂点は剣士祭本選にあるとも思う。マゼランの他にこれほどの剣士が集まっている場所は無い。
「剣士祭が終わったら、また旅に出ないとな」
試合形式での限界を感じているロックには来年の剣士祭に出場する気がすでになかった。後はクレイオン道場の大将マシュ=クレイオンとの試合が実現すればマゼランでの目的は達成だ。
「ロック、何をぶつぶつ独り言を言ってるの?」
ミロが近づいてきた。そうだ、ミロのことはどうしよう。出来ればローカス道場で落ち着いてくれると助かるんだが。
「いや、今日は負けてしまったからな」
「ロックが負ける所なんて初めて見たわ。でも相手がすごく強い、ってだけでしょ?ロックが弱い訳じゃないわ」
「それはそうなんだが負けは負けさ。それでなんだが」
「私はマゼランに置いていかれる、ってことかしら」
ロックは思わずミロの顔を見た。自分の考えていることが判るのか?
「ああ、そうだな、できればここに落ち着いていてくれると助かる。これからの修行の旅はもっと過酷になってくるだろうから女の子では付いて来れないと思うんだ」
「判ってる。もしこの後もついて行く気が合ったら私も剣の修行をしていたところだわ。でも、やっぱり自分で戦ったりするのは無理だし魔道も使えないから足手まといにしか成らない」
「足手まといとは言わないけどミロを庇って戦うことで窮地に陥ってしまうような相手が出て来るとも限らない、ってところかな」
「いいよ、判っているから。明日の決勝が終わって直ぐに発つの?」
「いや、ソニーやアクシズに礼をしなければならないと思っているし、ローカス道場の今後も少し気にはなるからな。剣士祭後の道場への入塾希望者が沢山来てくれると助かるんだが」
「そうなったら私とトリスティアで塾生の面倒を見なくちゃいけないわね。アイリスさんは手伝ってはくれないかしら」
「彼女は無理だろう。ルトア道場があるからな」
ルークは二人の会話を微笑ましく見ていた。お互いに「好きだ」とか言わないのかな、と思いながら。
ロックは自分の気持ちには気が付いていないだろうし、ミロもロックの重荷になることを恐れて気持ちを伝えたりしないだろう。
ただルークも剣士祭が終れば再び旅に出るつもりだったし、そうなるとロックはどうしても付いてくるだろう。ミロにはローカス道場か、本当はエンセナーダのグロウス=クレイの元にでも居てくれれば安心なのだが。
ルークはまだ戻らないアクシズとジェイを少し心配しながら、いい雰囲気の二人を残して一人で外に出るのだった。
剣士祭Ⅳ⑨
「決勝が終われば、そこまででいいんだな?」
「悪いね、アクシズ。ロックやルークの本性と実力をちゃんと把握しておきたかったから君に付き合ってもらったんだが、どうだった?」
「ロックはただの剣士ですね。強いことは間違いありませんが剣の他にはあまり興味がないようです。多分あなたも思っておられた通りの男です」
「まあ、ロックはそうか。裏は無さそうだものな」
「ありませんね。奴の頭の中には強くなることしかありません。ただ、それが飛んでもなく強い、ということでしょう」
アクシズはローカス道場に居ない時はほぼソニー=アレスの元に居た。ルークねそれが判っているのであまり心配してはいないのだ。
「ルークの方はよく判りません。確かに昔の記憶は無いようです。何回かカマを掛けてみましたが全く反応はありませんでした。本当に記憶を無くしているようです」
「そうか。やはり問題はルークの方だね。二人を仲間にするかどちらか一人を取り込むか。いずれにしても敵対することは良作ではない、ということか」
「個人としての二人は、二人とも脅威でしょう。ただ組織として相対するのであれば如何様にでも対策はあると思いますが」
「ロックやルークと戦いたい、ってこと?」
「いいえ、個人的に戦いたいとは思っていませんよ。それは私の望みではないことを、よくご存じだと思いますが」
「判った、悪いね、少し意地悪を言った。ただ特にルークはアレス家の後ろ盾が得られなかった場合の僕と遜色ないと思うのだが」
「彼はロジック家を巻き込む様な事はしないでしょう。ということは私の協力者としてロジック家を巻き込めないことは確実、ということです」
「アレス家も、どこまで当てになるかは判らないよ」
「ソニー様は今のところは歴としたアレス家の嫡男でしょう」
「継ぐつもりはないんだけどな。パーンがもう少ししっかりしてくれればいつでも次期太守の地位を譲るつもりなんだ」
「それは待っていただくお約束です」
「判っているよ、君の願いも」
ソニーとアクシズの会話は、誰かに聞かれているかも知れないことを考慮してあまり確信を突いたようなことは言わないことになっている。
「盗み聞きは感心せぬの」
ルークはジェイから直接報告を聞くためにソニーの部屋の傍まで来ていた。直接中の会話を聞いていた訳ではないが、ジェイに中継してもらっていたので盗み聞きには違いない。
「これは老師。ソニー=アレスの後見人、という感じのお方ですか?」
「ほう、驚かんのだな。儂の名はガルド、人は影のガルドと呼ぶ」
「ガルド老師、失礼をしました。僕はルーク、ルーク=ロジックといいます」
「ロジックとな。狼公の縁者の者とでもいうのか?」
「一応養子ということになっています」
「ほほう、そういうことか。まあよい、お主がソニーの邪魔をするというのであれば儂はお主に敵対することになる、それだけを憶えておいてくれればな。今日のところはこのまま帰るといい、明日の本選決勝もあるのであろう」
「判りました、ありがとうございます。ソニーには改めてお礼に伺うとしましょう」
実は冷や汗をかきながらルークはローカス道場に戻るのだった。
剣士祭Ⅳ⑩
「よし、行くか」
ロックの気合の入った掛け声とともにローカス道場の出場者五人とミロ、トリスティアの計七人は会場であるクレイオン道場に出向くのだった。
「今日は大将でしょうね?」
道場に着くとマシュ=クレイオンが話しかけてきた。
「準決勝は特別さ、今日は普通にも行くよ」
「僕の所まで届きますか?」
「何とも言えないな、それは。手を抜いてはくれないだろ?」
「当り前です」
それだけ言うとマシュは道場の奥に引っ込んでしまった。試合まではまだ少し時間がある。
「マシュ=クレイオンは強いよ」
ロックにクリフ=アキューズが話しかけたきた。決勝を見学しに来たのだ。
「強いだろうね、あんたよりも強いかい?」
「そうですね、今日現在という事であれば私が勝つでしょう。でも明日は判らない、そんな感じです」
マシュはマゼランの三騎竜の一角クリフに自分よりも強くなるかもしれないと言わしめるだけの才能を有しているのだ。
ただクリフも今の自分が強さの限界だとは思っていない。自分もまだまだ強くなる余地を残している、と思っている。
そして自分の上に君臨する三騎竜の他の二人やシャロン公国の頂点リード=フェリエスにもいつかは勝ちたいと思っていることはロックと変わらない。
「なるほどな。でも、次は俺もあんたに勝つよ」
「楽しみにしておきましょう。でも来年は私は剣士祭には出ませんよ」
「俺も来年は出ないよ。というかその時期にマゼランには居ないんじゃないかな」
「総なのですか?ここでずっと修行するものかと」
「いや、今日が終わったらまた修行の旅に出るつもりだから。次の機会は、次にマゼランに来た時、かな」
「いいでしょう。それまでに私はもっと強くなっておきましょう」
「いいね。俺はそれを超えてみせるさ」
試合時間が迫ってきている。クリフはロックたちから離れて行った。
「やっぱりマゼランを出られるんですね」
クスイーが言う。うすうす気づいていたことだ。決勝が終わればアクシズもルークもロックも居なくなってしまう。道場はどうなるのか。
「そうだな、最初から決めていたことだ。クスイー」
「はい」
「道場は任せたからマコトとミロを頼む。トリスティアも協力してくれるだろう。塾生も増える筈だ。ただ今日の頑張りも絶対必要なことだ。お前が強い、ということを知れわたらせないと塾生は増えないぞ」
「判っています。元々は私怨で始まった僕の剣士祭ですが今は本当に強くなりたい。それには道場を続けられるように頑張らないと駄目だと思っています」
「判ってるじゃないか。じゃ今の自分にできる精一杯の試合を見せてくれよ」
「はい」
「トリスティアも見ているしね」
ルークが横から入って来た。
「はい、頑張ります」
相変わらずクスイーは意味が解っていないようだった。
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