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第7章 マゼランの三騎竜
出稽古
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出稽古
「一応解決した、ってことでいいのか?」
「いや、多分終焉の地を使っていた黒幕がいる筈だけど、それを割り出すさないとね。けれど、彼らも闇ギルドとして依頼主のことは話さないと思うから、これ以上は無理かもしれない」
ロックたちはローカス道場に戻って残っていた三人に事情を説明していた。
「まあ、ヴォルデス道場も壊滅したし終焉の地の一派も捕まえたんだから、良しとしないと」
「俺は直接の仇を捕まえられたしな」
マコトの父親を襲った犯人はヴォルデス道場の関係者だった。そしてクスイーの父親の件も同じ関係者だった。クスイーからするとマコトの敵討ちを手伝っていたら父親の仇も一緒に捕まえられたことになる。
「まあ、一応は解決ってことでいいんじゃないか」
アクシズが纏める。アクシズには全く関係のない話だったが、次いでだと協力してくれている。何を内に秘めているのかは判らないが今のところは助かっているので問題は無かった。
「それじゃあ、やっと本格的に修行できるな」
「ちょっと待て、今までは本格的な修行じゃなかったのか?」
「マコト君、甘いね君は。ここからが地獄の特訓だよ」
「今までのが地獄じゃなかったって言うのか。ルークが言うと冗談に聞こえないから止めてくれないか」
「それが冗談じゃないんだな、これが。とりあえずはソニーに頼んであったアストラッド州傘下の道場に出稽古に行くから」
ソニー=アレスの手配によってアストラッド州傘下のスレイン道場で稽古をさせてもらえることになっていた。クスイーには特に実戦形式の修行が必要だ。いつも同じ相手では緊張感が足りない。
「よし、明日からは出稽古三昧だ」
ロックはすこぶる機嫌がいい。何にしても強い相手と試合えるのが嬉しくて仕方ないのだ。
次の日、朝から五人揃ってソニーから教えられたスレイン道場に向かう。途中、見知った顔に出会った。
「あら、こんなところで何をしているの?」
ルトア道場の師範ムルトワ=シュタインの娘、アイリスだ。
「あ、アイリス、おはよう。今からスレイン道場に出稽古に行くんだ」
「へぇ、ちゃんと修行しているのね。それで少しは強くなったのかしら」
「アイリス嬢、クスイーはちゃんと相手と打ち合えるようになったんですよ」
ル―クがフォローを入れる。
「打ち合えるようになったって、それは当たり前のことじゃないの?それで強くなったことになるのかしら?」
「い、いや、それは」
「クスイーの剣の速さは知っているだろ?それが打ち合えるようになったんだ、強いにきまっているじゃないか」
ロックもフォローに入る。
「そうなの?まあ、せいぜい剣士祭までに怪我とかしないことね」
そう言うと相変わらず護衛のリンク=ザードを連れて颯爽と消えて行った。
「あの子はランドルフ道場に狙われてたんじゃないのか?」
「そうなんだよ。そもそもあの子が襲われたことが発端だったんだけど」
「あの子はあの子なりにクスイーを心配しているんじゃないかな」
「そうだとしたら素直じゃないな。クスイー、あの子にも強い所をちゃんと見せないと駄目だぞ」
「判っています。ランドルフ道場には絶対に負けません」
強い口調でクスイーは言い切った。
出稽古②
ソニーの手配で実験形式の出稽古を受けて貰えたスレイン道場はローカス道場からはそれほど遠くはなかった。
「頑張ってきてよ」
ミロの声援を背に受けて意気揚々として五人はスレイン道場に向かった。ミロを一人にするのは心配だったがジェイを留守番に付けておいた。今日はジェイの出番はなさそうだったからだ。
「頼もう」
時代めいた掛け声でロックがスレイン道場の門を開けると、すぐに道場の関係者が出てきた。
「こちらへどうぞ」
ちゃんと話は通っているようだった。早速道場に通された。
「ようこそ来られました。私がこのスレイン道場の道場主ワット=スレインです。ソニー様から話はお聞きしております。ソニー様からは手加減なしで、と注文をいただいておれますが、それでよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。望むところです。叩きのめすくらいの気持ちでお願いします。僕はルーク=ロジック、彼がロック=レパード。クスイー=ローカスとアクシズ=バレンタイン、最後にマコト=シンドウの五人で来ました。ソニーの言う通り、手加減なしでお願いします」
生意気なくらいがちょうどいい、とルークは思っていた。それで相手が本気になってもらえれば、それに越したことはない。
「なるほど、よほどご自信がおありのようですな。よろしい、ではお望みの通りうちの精鋭を本気でお相手させることにしましょう」
それを聞いてロックの笑顔が止らない。
「では、さっそく」
ロックが直ぐにでも始めようとするが、流石にそうもいかない。
「ははは、せっかちな方ですね。こちらも準備がありますので、今しばらくお待ちください」
そういうとワット=スレインは奥へと引っ込んでいった。準備というか、打合せをしているのだろう。若造にほえ面をかかせてやれ、とでも言っているのかも知れない。
「ロック、手を抜いてとは言わないけど、やり過ぎは駄目だよ。折角ソニーが用意してくれた練習相手なんだから」
「でも、弱ければ練習にならないじゃないか。そもそもスレイン道場って言うのは強いのか?」
ロックは塾生がたくさんいる前で気にせずに話すのでルークは気が気ではなかった。激高した塾生がいきなり切り掛かって来るかもしれない。そうなればそうなったで、ロックは嬉しいのだろうが、ソニーの手前、そんな結果では申し訳ない。正々堂々とした試合で打ち負かすのは問題ないだろうが。
少し時間を掛けてワットが出てきた。ちょうど五人連れてきている。
「うちの師範シル=スレイン。師範代トルク=スレイン。もう一人の師範代メルク=トーチ。塾頭のトーク=サクノと第二席のサムス=マキノの五人だ。来たる剣士祭にも、この五人で出場することになるだろう、うちの精鋭たちがお相手しよう」
ワットは自信満々だった。実際のところ、昨年の剣士祭では道場設立以来初めて予選を突破して16位以内に入ったのだ。8位以内には入れなかったが道場史上最強の五人に間違いなかった。
「では始めようとしようか。五人が一人づつ、そちらの五人と試合う、ということでいいかな」
一対一を五人で一回づつ五戦行う、ということだ。
「俺が全員と一人づつ相手をしてもいいぜ」
ロックが嘯くが、多分冗談ではなく本気だ。
「ロック、それではみんなの練習にならないよ」
「そうか、それは残念」
「先鋒、次鋒、中堅、副将、大将という感じで一人づつ、でいいですよね」
「よかろう、それでは先鋒から行こう。こちらの先鋒は第二席サムス=マキノだ」
「判りました、ではこちらはマコト=シンドウを出しましょう」
マコトは、俺?、という顔をした。クスイーが最初だと思っていたからだ。実戦の経験からするとクスイーが一番浅い。自分は勝手に二番手だと思っていた。実力からしても二番手のはずだと考えていたのだ。
「俺からか、まあいいけど」
「マコト、相手の力量を図るのはクスイーでは荷が重いと思うんだ、先鋒頼むよ」
そういうことか、とマコトは納得した。スレイン道場の強さがやってみないと判らないのだ。マコトがその強さを図る役目、という訳だ。
「では、サムス=マキノ対マコト=シンドウの先鋒戦、始め!」
出稽古③
互いに一礼をして、木刀を正眼に構えたサムス=マキノがマコトと向き合う。自然体だ。マコト相手に隙を見せない。スレイン道場の力量がある程度図れる。今のクスイーには丁度いい強さだとマコトは思った。
「来ないのかい。ではこっちから行かせてもらうとしようか」
マコトが袈裟懸けに切り掛かる。サムスが受ける。直ぐさま反撃に出て来る。が、深追いはしない。
「なかなかやるね。じゃあ俺もちゃんと練習させてもらうよ」
マコトが攻め込む。相手に休む間を与えない連続の切り込みだ。マコトはスタミナには自信があった。この程度では息も切れない。
「君はいちいち煩いんだよ」
初めてサムスが喋った。
「なんだ話せるんじゃないか。楽しくやろうぜ、剣士祭じゃなくて練習なんだから。まあ、負ける気はないけどね」
マコトは道場破りを繰り返しているうちに相手を真剣にさせる、というか怒らせて本気にされることに長けていた。
「それが煩いって言っているんだ」
怒りで強くなる剣士もいるが大抵の場合は剣先が鈍る。怒りが先に立ってしまうからだ。前へ極端に出ようとしてしまい防御が疎かになる。そこに付け込むのだ。それでマコトは殆どの道場で勝ってきていた。
マコトの道場破りの唯一の負けがロック=レパードだった。ロックは別格としてアクシズにも稽古ではやられっぱなしだった。ルークとは直接試合ったことが無かったが、ロックとの試合を見て同じくらいの化け物だと思った。
ローカス道場に来てから自己評価が下がりっぱなしのマコトだったが、ここではいい所を見せておかないとミロにも馬鹿にされそうだ。
サムスが本気で打ち込んでくるがマコトは難なく躱したり受けたりしている。こちらを倒そうとしてくる相手との試合はとてもいい練習になる。本気になってくれれば、くれるほどいい練習になるのだ。
サムスは少し短気ではあったが強さは本物だった。道場破りをしていた時のマコトであれば負けていたかもしれない。
これで第二席なのだから、この道場はそこそこ優秀な道場とみていい。マコトが道場破りをしてきた中で、これほど使える相手はいなかった。まあ、大きな道場や有名な道場には、そもそも中にさえ入れてもらえなかったのだが。
「あんた、なかなか強いね。有難い、いい練習になる」
褒めているようで、実は怒らせている。
「煩いと、ええい、もういい。黙られてやる」
サムスはマコトよりは三、四歳上くらいでまだ若い。まんまとマコトの作戦に乗ってしまっている。そして、サムスが渾身の力を込めて振り下ろした木刀をマコトが躱した時点で勝負が決まった。振り下ろされた木刀をマコトが更に上から打ち下ろしてサムスは思わず木刀を離してしまったのだ。そして木刀は遠くへ転がって行ってしまった。
「勝負あり、そこまで。マコト=シンドウの勝ち」
審判役のワット=スレインが苦虫を噛み潰したかのような顔で覇気もなく宣言した。
「二席とは言え、うちのサムス=マキノの攻撃をよく凌がれた。あっぱれだ。もしかして彼がローカス道場で一番の使い手なのかな」
悔し紛れとはいえ、少々無理がある。相手の先鋒にこちらの大将をぶつけて何とか一勝を得る作戦だとでも言うのだろうか。
「そうかも知れませんね。次もお手柔らかにお願いします。では次鋒戦といきましょうか」
ルークが少しの棘を込めて応えた。
出稽古④
「ではこちらは次鋒にクスイー=ローカスを出します」
ローカス道場側はルークが仕切っている。先鋒はクスイーには荷が重いと思っていた。マコトのお陰で相手の力量の一端が見えた。クスイーが本来の力を出せれば塾頭にでも勝てるだろう。問題は普段に力が発揮できるかどうかに掛かっている。
「うちは塾頭トーク=サクノがお相手しましょう。うちのエースです。先ほどの様には行きませんよ」
ワットは自信満々だった。マコトの剣を見てまだその自信なのであれば、塾頭は第二席とは違う、ということか。
「よろしくお願いします」
クスイーが審判と相手に一例をする。相手のトークは頭も下げない。プライドだけは高いようだ。
「では、次鋒戦、始め!」
二人が対峙する。どちらもしばらくは動かなかった。クスイーは道場では相手に合わせることが多かったので、切り掛かって来てくれないと対処できない。自分から掛かっていくことがあまりなかったのだ。その辺りがクスイーの弱点でもある。
逆にトークはそのプライドから自分からは仕掛けて行かない。相手を隠したとみているので相手の剣を躱すなり往なすなりしてから圧倒したいのだ。
「クスイー、相手はお前から来てくれるのを待っているようだ、遠慮なく倒して来い」
ロックが嗾ける。ロックとしてはクスイーの剣の速さで相手の度肝を抜きたいのだ。
「判りました。僕の方が格下ですから僕から行かせていただきます」
そういうとクスイーはトークに切り掛かった。それを流石に塾頭を張ることはあるのか紙一重でトークが避ける。但し、紙一重で避けようとしたわけではない。余りの剣の速さに辛うじて避けられただけだった。
驚愕の表情でトークが少し引いて間を取った。
「なっ、なんだその速さは」
それはロックたちも最初にクスイーの剣を見た時に感じたものだった。但し、あの時からクスイーの剣は更に速さと鋭さを増している。
そこからはクスイーの剣が止らない。異常な速さで連続して様々な角度から剣をは放つ。
普通の剣士なら上段から振り下ろすと次はそこから跳ね上げないといけないがクスイーの剣は一度戻ってまた上段から振り下ろされたりする。相手は堪ったものではない。想像していない角度から剣が来るのだ。
トークか対応できなくなってしまうのに時間はかからなかった。下段から突き上げられた剣に対応するのに精一杯だったトークに対してクスイーの剣がトークの額の寸前で止まった時、ワットから「それまで」という声が掛かった。
「おい、ローカス道場の息子だったか、なんなんだお前は」
ワットが信じられないという表情で呟く。
「確か少し前に没落したと聞いていたが」
「先日捕まったヴォルデス道場の連中に師範だった父が衝撃されて、その後塾生が一人も居なくなってしまいました」
「ヴォルデス道場が闇討ちをしていたという件か、それは聞いている。あいつらに襲われたのか、それは気の毒にな」
「いえ、もう終わった事ですから。今はこの人たちと有意義にやらせていただいています」
「それにしても君の剣は異常だ。速さだけで言えばマゼラン一かも知れんな」
それはお世辞ではなかった。ワットとしては実際には一番だと思っている訳ではなかったが、その位の衝撃があったのだ。
「ありがとうございます。今後も精進します」
「さて、次は中堅戦ですが、このまま続けてもよろしいですか?」
スレイン道場としては二連敗で最早後が無い。次の中堅戦で負ければ五戦やるにしても負け越しが決定してしまう。正直なところソニー=アレスからは叩き潰す気持ちで真剣に相手をしてください、と言われていたがローカス道場の事前の噂も聞いていたので軽く見ていたのだ。
「少しだけ時間をくれないか」
ワットは作戦を再考することにした。
出稽古⑤
ワットが決意を込めて中堅の名前を告げる。
「うちの中堅はシル=スレインが務めさせていただく」
シル=スレインはワットの長男だった。幼いころから英才教育を施し、シルも才能に恵まれていたのか実力でスレイン道場の師範になっている。四十歳を超えた今でも道場一なのは変わらない。次男のトルク=スレインとともに道場を支えていた。本来ならばシルは大将格の筈だか、もう一敗もできない状況で中堅として出てきたのだ。
「なるほど、そう来ましたか。ではこちらは予定通り僕が出ましょう」
ルークが言う。しかしそれはルークの予定だった。
「ちょっと待てよ、大将格が出て来たんだ、俺にやらせてくれないか」
ロックが口を挟む。ワットとしては、相手の力量は十分知った。その大将にこちらの大将を当てたくはなかったのだ。
「ロック、我が儘ですね。では、こうしましょう。五人のうち何人勝ったかは問題にはせずに大将が勝った方が勝ち、ということでどうです?」
ルークがワットに向かって提案する。ワットとしてもシルが相手の大将に負けるとは思っていない。ただ確実に勝ち数を増やすための中堅だった。
「判った、それでいい。では中堅は改めてメルク=トーチを出すとしよう」
「では、お相手は僕が」
「いや待て、中堅は俺が行かせてもらおう」
今度はアクシズが口を挟んだ。
「お前たち二人の化け物は後の楽しみに取っておいてもらうとして、中堅までは普通の剣士同士の試合で行こうじゃないか」
アクシズの提案はワットには理解できなかった。普通の剣士同士とはどういう意味なのか。確かにマコトやクスイーは強かった。普通の剣士とは言えないほどの強さの筈だ。その中堅に出て来るアクシズという剣士も相当な腕であることは容易に想像できる。それを普通の、と表現するという事は残りの二人は化け物ということか。
嫌な予感がすることも含めてワットはアクシズの提案に乗ることにした。
「ではメルク=トーチとアクシズ=バレンタインの中堅戦で良かろう。では、始め」
数度打ち合う間に二人の力量は知れた。アクシズは息を切らせていないがトーチは息が荒い。両者とも打ち込み、両者ともそれを受けてはいるが、アクシズは受けるだけではなく躱せる剣は躱している。それも紙一重でだ。
徐々にトーチが道場の端へと追い詰められていく。回り込もうとするトーチをアクシズが逃さない。
「力の差は歴然だな」
今までいた誰でも無い声にルークは驚いた。何の気配も感じ取れなかったからだ。振り向くとそこには見知らぬ顔の男性が立っていた。
「悪いな、なんだか面白そうなことをしているのが外から見えたので入らせてもらったよ」
悪びれず男が言う。
「これはジェイルさん、お久しぶりです。今日はどうされましたか?」
どうもワットの知り合いのようだ。ワットの額に汗が湧き出ている。
「久しぶりだねワット=スレインさん。いや、ただの通りすがりだよ、特段この道場に用があった訳ではない」
「そうでしたか。今日は御覧のとおりうちの剣士とローカス道場から来ていただいた五人とで試合形式で練習をしてもらっています。アストラッド州太守のご子息であるソニー様のお知り合いだということなので」
「なるほど、ローカス道場は閉めてしまったのだと思っていたが、こんな剣士がいるのなら安泰というものだな」
ワットとジェイルと呼ばれた男が話をしているうちにアクシズはトーチを打ち伏せてしまった。アクシズが入って来たジェイルに気を取られた隙をトーチが狙って打ち込んだのだか逆に打倒されたのだ。
「そこまで、アクシズ=バレンタインの勝ち」
「ワットさん、その方は?」
ジェイルという名前には聞き覚えがあった。そしてロックたちにも気取られない気配の絶ち方。その男はマゼランの三騎竜筆頭ガスピー=ジェイル大隊長に間違いなかった。
出稽古⑥
「彼はガーデニア騎士団のガスピー=ジェイル大隊長だよ」
やはりマゼランの三騎竜筆頭のガスピーだ。
「君はもしかしてロック=レパードくんか?」
ロックを見てガスピーが問う。
「ええ、初めまして、ロック=レパードです」
「おお、やはり。君のことはクリフに聞いているよ、彼と立合ったそうだね」
「ええ、全然敵いませんでしたけど」
ロックがマゼランに来て初めて力の差を思い知らされた相手がマゼランの三騎竜の一角クリフ=アキューズだった。
「おいおい、クリフに敵う者なんてマゼランにもそうは居ないぞ。君は相当自信があるのだね」
「いいえ、俺は強い人と剣を交えたいだけです。勿論あなたとも」
ロックはダメもとで挑発している。ただクリフの時の様には行かない。
「私も君とは一度手合わせしたいと思っているよ。クリフは剣士祭に出るつもりだと言っていたが、君と戦いたいんだろうね」
「ええ、俺も彼ともう一度戦いたいと思っています」
ここでガスピーと試合う、ということにはならないようだ。
「多分彼も楽しみにしていると思うよ。その時は存分にやってくれ。では私はこれで」
「えっ、最後まで見て行かれないのですか?」
不意を突かれて思わずルークが聞く。最後のロックの試合まで見て行くものと思っていたからだ。
「ああ、少し急ぐものでね。剣士祭、私もたのしみにしているよ」
そう言い残すとガスピー=ジェイルは去って行った。
「相当強いね」
「ああ、筆頭だからな。三騎竜全員と試合えないものかな」
ロックは本気で言っている。ただ、相手が同じチームで出場されてしまうと個人戦が無い剣士祭では三騎竜全員が出場しても一人としか当たれない。
「それはちょっと難しいかも知れないね」
「じゃあ、剣士祭でなくてもいいから全員とやりたいな、ルーク、何か考えてくれよ」
三騎竜全員と試合うとしたら、その場を整えるのはルークの仕事だった。
「無理言わないでよ」
「無理は言ってない。任せた」
ロックは言い出したら聞かない。
「それでは続きやります?」
なんだか気が抜けてしまっている状況で副将戦になるのは既に戦意を削がれてしまっているルークは避けたかったが、相手は一勝も出来ていない手前、こちらから止めるとは言い出せない。
「聞くまでもない。トルク=スレイン師範代と、そちらは?」
「副将戦は僕の出番ですね」
アクシズの言う化け物の一人の出番だった。
出稽古⑦
スレイン道場の師範代トルク=スレインはワット=スレインの次男だ。兄で師範のシル=スレインはその体躯でも判るが剛剣で有名なのだが、そのシルと比べると線がかなり細い。その分俊敏で技では弟の方が多彩だと言われている。ただ兄の手前、前に出るようなことは絶対にしない。
「ではトルク=スレイン対ルーク=ロジックの副将戦始め!」
試合が始まると直ぐにトルクがルークに打ち込む。その剣は変幻自在だ。右から来た瞬間、さらに右から剣が飛んで来たりする。剣の速さはクスイーには及ばないにしても相当なものだ。いずれマゼランでも名を残す存在になるかも知れない。
「凄い、強いですね。受けるだけで精一杯だ」
ルークは意地が悪い。余裕をもって避けるか受けているのに精一杯だと言われると馬鹿にしているとしか思えない。
ルークはロックと違って剣を楽しんでいる訳ではない。だからどんな試合でも真剣でも早く終わらせたい。彼我の力量の差はもう判ったので、これ以上続けることもない。
ルークがトルクの剣を余裕で躱してクスイー並みの速さで相手の喉元に剣を当てたところで早々に試合は終わった。
「それまで、ルーク=ロジックの勝ち」
「前座はこのくらいにしておきます。では最後に真打の登場、頼んだよロック」
ロックはなんだか気分が乗っていなかった。
相手の師範であるシル=スレインは確かに強い。今のロックでも少し梃子摺るかもしれないくらいには十分強いとルークは見ていた。
スレイン道場も剣士祭で上位に食い込むだけの実力はあるのに間違いなさそうだ。もう少し底上げが出来ればもっと上を目指せるかも知れない。
そんなスレイン道場の師範を前にしてもロックの意欲は削がれたままだった。ロックの意識はガスピー=ジェイルに向けられたままだったのだ。
拙いな、とルークは思ったが、こればかりはどうしようもない。別の相手に気を取られて目の前の強敵に後れを取ることになりかねない。
「ロック、少し休憩してから大将戦にしようか?」
ロックは不思議そうな顔をする。自分は一試合もしていないのに休憩も何もないだろう、という顔だ。
ロック自身、自分がガスピーに気を取られてこれから始まる自分の試合に集中していないことに気が付いていない。
逆にワットはその辺りの機微を完全に把握していた。大将戦は直ぐに始める必要がある。トルクはなぜ負けたのか、よく判らない内に試合が終わってしまった。とても相手が強いようには思えなかった。
結果は結果として、四連敗。最後の大将戦で勝った方が勝ちだという特別なルールに、本来意味は無い。確かにどちらも絶対的な信頼を寄せている二人の対戦結果が全てだというのは一つの見方ではある。
ワットにしてみるとソニーの依頼で弱小道場に練習を付けてやろう程度の認識で受けた出稽古だったが、こんな結果になるとの想像していなかった。
確かにソニーはローカス道場について『手加減なしで』という指示だったが、もしかするとそれは『手加減できない相手だ』という事だったのかも知れない。ソニーがワットのプライドを傷つけないよう、そんな言い方をしたのだ。
ワットにしても、このまま全敗してしまうとも思ってはいない。我が息子とはいえ、全盛期の自分を遥かに超えているシルに全幅の信頼を寄せていることは確かだ。
ルークはよく判らなかったがローカス道場の他の三人は確かに強かった。特にアクシズ=バレンタインは相当な使い手だ。マコト=シンドウはまだまだ発展途上に見えるが、粗削りでも十分強い。クスイー=ローカスの剣の速さは異常だ。
そんなローカス道場の大将として出て来るロック=レパード。御前試合の優勝者ということを考えてもシルに分があるとは思えない。
シルはトルクと違い、もうある程度完成されつつある。今、ロックと戦い、自信を無くさせることが今年の剣士祭にどう影響するのか判らなかった。
ソニー=アレス様も無碍なことをされる。事ここに到ってアストラッド州騎士団配下の道場の自信を砕いてしまった。最後、大将戦だけはなんとか形にできればいいのだが。ワットは目まぐるしく思いを馳せながら試合開始を宣言する。
「シル=スレインとロック=レパードの大将戦、始め!」
出稽古⑧
試合が始まってもロックは上の空だった。それでもシル=スレインの剣を全て受けている。但し、ロックからは攻撃をしない。できないのではなく、しないのだ。
シルとしては、ただの1勝で勝ちとなるので勿論負けられない。最初から本気で打ち込んでいる。
その真剣なシルの剣を悉くロックは受けてしまう。上の空であっても生来の負けず嫌いが勝って身体は動いているのだ。
ただ、シルもスレイン道場の師範だけあってロックの今の状態では反撃が出来ない。ただ、シルも勝ち筋が全く見えなかった。何処に打ち込んでも受けられてしまう。普通の相手なら到底反撃が来ないくらいの連続攻撃をしているのだが、それもいつまでも続かない。
相手の剣を受けきって疲れさせて勝つのはロックが前に得意としていた戦法だが、今回は無意識にそれをやっているかのようだ。しかし本人は意識していない。ただ惰性で相手の剣を受けているだけだ。
「ロック、大丈夫ですか?」
「えっ?、どうした?」
なぜ自分が心配されているのかロックには判らない。
「何かあったか?」
シルの剣を受けながらロックが応える。会話が出来るほど余裕があるということだ。
「でも流石に師範、強いね」
ロックが一応相手を評価する。確かにシル相手ではアクシズとは互角、マコトやクスイーでは勝てないかも知れない。
ロックの意識がどうやらこちらの試合に戻って来たようだ。目の前の相手も、なかなかの使い手ではあるのだ。
「ルーク、済まない、集中が切れていたようだ」
ルークの心配も理解した。折角出稽古に応じてくれたのだ、ちゃんと練習しないと意味が無い。
「よしっ」
そこからのロックは集中が切れない。相手の剣はすでに速度を落とし始めている。体力の限界が近いようだ。
十分相手の剣を受けきってロックはやっと反撃に出る。
もうその時にはシルの動きは鈍くなっている。ロックは簡単にシルの首元に剣を突き付けた。
「それまで。ロック=レパードの勝ち」
ワットはロックの技に最早賛美の眼差しを向けながら宣言した。マゼランの三騎竜には及ばないかも知れないが、彼らに匹敵する技量であると認めざるを得ない。
「素晴らしい。君はまだまだ強くなるだろうな。どうだ、たまにでいいからうちの道場に来て塾生たちを教えてくれないか?」
ワットの提案に少し思案するロックだった。
「申し訳ありません、俺はまだまだ修行の身で誰かを教えるなんて、まだまだ早すぎますよ」
ロックにすれば謙遜でも何でもない。本当にそう思っているのだ。シャロン公国一の剣士になる、という目標まではまだまだ遠いと感じている。
勿論マゼランの三騎竜も越えなければならない壁だ。身近に感じて、その壁の高さを痛感している。
「そうか、それは残念だ。では、いつでも出稽古に来てくれたまえ。うちの道場も来てくれるとありがたい」
「判りました、時々来させていただきますよ」
ロックにはもう学ぶところはないがマコトやクスイーには十分練習になるだろう。
それから剣士祭までの間、実際にロックとルークを除く三人はアクシズの引率でスレイン道場に出稽古に数度訪れるのだった。
出稽古⑨
「ソニー様、これで良かったのですか?」
「ありがとう、十分だよ。僕の我が儘を聞いてくれて助かった」
「でも、あのロックと言う若者はうちのシルでは元々勝てる見込みはありませんでしたよ?」
「それは判っているよ、アークでも勝てないとね。でも、どの程度の化け物なのかを知りたかったんだ。それも三騎竜筆頭のガスピー=ジェイルのお陰で台無しになってしまったけどね」
ロックたちが出稽古に来ていた時、ソニー=アレスはスレイン道場に来ていた。ルークにさえ見破られない魔道で隠れていたのだ。
ロックたちが出稽古をした方がいい修行になる、というのは本当のことだったし、その意味では協力しているつもりだったが、ソニーの本意は今まであまり本気を出して戦っていないロックの底を少し見てみたい、ということだった。
「それでは、あまりお役に立てませんでしたな」
「いや、いいよ。ロックとルークは別格だけど他の三人とはスレイン道場の方でもいい修行になった筈だし」
「ロックは判りますが、あのルークという青年もですか?」
「判らなかったかい?だとしたらルークは爪を隠すのが相当巧いことになるね」
「そうなのですか?」
「うん。彼はロックと引き分けられるほどの腕だと思うよ」
「まさか」
「まあ、いつか、そう剣士祭を待てば判るさ」
「判りました、楽しみにしておきます。それでアーク=ライザーは剣士祭にも戻らないので?」
アーク=ライザーは本来マゼランではスレイン道場の塾生ということになっている。アストラッド州配下の道場ではスレイン道場が一番なのだ。
「ごめんね、今年はアークが出ればもっと上を目指せるかも知れなかったとは思うんだけど、彼には別のことをアストラッドでやってもらっているから、多分戻れないかな。本人は出たかったと思うんだけどね」
アーク=ライザーは御前試合にも出ていない。初めて出場するはずだった剣士祭も出場できそうもない。ソニーは悪いとは思っていたが、彼にしか頼めないことが有る。そして彼もソニーの期待に応えようとしてくれている。本来の剣闘好きは我慢してくれているのだ。幼馴染としてソニーは本当に感謝していた。
「シルも悪かったね」
「ソニー様、私はいいのですが、弟が納得していない様子なので少し心配しています」
シル=スレインは自分の力量を正確に把握していた。自分ではロック=レパードには勝てない。しかし弟のトルク=スレインはなぜ自分がルーク=ロジックに負けたのか理解していない。相手との力量の差を正確に測ることが出来ないでいた。
トルクはアーク=ライザーとも立合ったことがある。そのときはトルクが勝った。ロックはアークとは同じ歳だ、まだ若い。
前回の御前試合もアークが出ていたらロックの優勝では終わらなかった、とアーク本人が言っていた。それが本当だとするとトルクはロックにさえ勝てることになる。まあ、相性やその日の調子というものもある、と一応は慎重に思ってはいても、トルクの自尊心は膨れ上がっていた。
それが何が何だか判らない内にルーク=ロジックに負けてしまった。ルークの動きで特筆すべきことが有るとすれば最後の動きだけだ。それまでは特に剣を合わせても強さや怖さを感じなかった。
ソニー言わせれば、その強さや怖さを感じさせないルークが下手をすればロックよりも恐ろしい、と思うのだがトルクにはその辺りのことが判らなかった。
「何か面倒なことを起こさなければいいのですが。父上からも釘を刺しておいていただけますか」
「判った、任せておけ。しかし、トルクにはその度胸は無いとおもうがな」
「僕からもお願いします。彼らには剣士祭前に怪我などしてほしくありませんから。まあ、ロックたちに怪我を負わせることが出来る相手はそうは居ないと思いますが」
「何か思う所がおありなのでしょうね」
「ええ。でも本当に彼らには剣士祭で優勝してほしい、とさえ思っていますよ」
「それは聞き捨て成りませんな、剣士祭で優勝するのは我がスレイン道場だと私は信じております」
「それは勿論、アストラッド騎士団の強さを存分に見せつけてください」
ソニー=アレスが何を企んでいるのか、その心の内はワット=スレインには想像も付かなかった。
出稽古⑩
ソニーは一通り話し終えると自分の宿に戻るために夜道を歩いていた。
「ソニー様」
「なんだ、戻って来たのか。向こうは大丈夫なのか?」
「大丈夫です。彼らは私を信頼してくれていますので問題ありません」
「それで、アクシズさん、どうしましたか?」
「いえ、対した事ではないのですが、ソニー様がさきほどスレイン道場にいらっしゃいましたので、皆の前ではできなかったご挨拶をとお待ちしておりました」
ルーク=ロジックにすら感知されないソニーの隠形魔道を簡単に感知で来てしまう、アクシズの魔道の腕はルークを超えている。
ロックたちの前ではアクシズ=バレンタインは魔道が使えないことらなっている。剣の腕だけで十分役に立つと思わせている。それがソニーの指示だった。
「挨拶などいいといつも言っているじゃないですか、本当にあなたは律儀ですね」
「そういう訳にも参りません。私の悲願にはソニー様のお力添えがどうしても必要なのですから」
ソニー=アレスとアクシズ=バレンタインは共闘関係であったが、どちらかと言うとアクシズの目的に対して絶大な権限を有する、というか有する予定のソニーの力を借りる為にソニーの意向の通り動いているのだ。
アクシズの悲願は単純にバレンタイン家の復興と汚名を晴らすことだった。
第二次レークリッド王朝の建国の王マーク=レークリッドに対して前王朝であるハーミット王朝で最後まで抗ったのは宰相を務めていたレリック=バレンタインだった。アクシズはそのレリックの直系だった。
マーク=レークリッドはレリック=バレンタインを朝敵として討ったのだが、それはあくまで相対的な事であって君主を守るレリックを憎んでいたわけではない。
ただハーミット王朝の末期には圧政が続き民は疲弊していた。その一端をレリックが担っていたことも事実だった。それに対して立ち上がったのがハーミット王朝に倒された第一次レークリッド王朝の傍系であったマーク=レークリッドだった。
第一次レークリッド王朝の主だった王族や貴族は幼子までほぼ皆殺しの憂き目にあっていたがマークの祖先は取るに足らない傍系であったため見逃され、というか見落とされて生き残ったのだ。
マーク=レークリッドはレークリッドの名を隠してガーデニアで農夫をやっていた父に育てられた。マークが16歳になった時、父から自分がレークリッド朝の傍系であることを聞かされて、苦しむ民を救う為に立ち上がったのだ。
その際、敵として立ちふさがったのがレリックだった。ハーミット王朝を打倒した後、マークはバレンタイン家も貴族の特権などは剥奪したが断絶させることはなかった。王族であるハーミット家も今でも公爵家として聖都セイクリッドに居を構えているくらいだ。
マークの建国時には民衆の敵としてレリック=バレンタインの名前を広く使わせてもらったこともあり、バレンタイン家は完全に没落してしまったのだった。
実際にはレリックは有能で私腹を肥やすこともなかった。ただ自身の責務に忠実に励んでいただけだったのだ。
アクシズとしては歴史の闇に葬られてしまったレリックのことをちゃんと正当に評価してもらい没落したバレンタイン家を復興したいのだった。
それにはソニー=アレスが、というよりは太守などの高い爵位を持った人間の推薦が必須だった。アストラッド侯の嫡男であるソニーにマゼランで偶然出会えたことは、アクシズにとって運命だとしか思えない。そうでなければ庶民として暮らしているアクシズに太守の嫡男と出会えるはずがない。
ローカス道場に入って剣士祭に出る、という任務というかソニーの頼みは、その真意を測りかねていたがアクシズにとってもいい刺激になっている。
ロック=レパードの父親は爵位こそないが聖都騎士団副団長のバーノン=レパード大将軍だ。シャロン公国の中枢に近い立場で間違いない。
ルーク=ロジックに至っては養子とはいえアゼリア公の息子になる。ロックとルーク、この二人と誼を結べたことはアクシズの目的にとって良い影響しかないだろう。
「まあ、事を性急に運んでもいいことはないと思うから、気長に行こう。僕も出来る限りのことはさせてもらうから」
「よろしくお願いします。では私は道場に戻りますので」
アクシズの立ち去る後姿を見送るソニー=アレスの顔には微笑みはなかった。
「一応解決した、ってことでいいのか?」
「いや、多分終焉の地を使っていた黒幕がいる筈だけど、それを割り出すさないとね。けれど、彼らも闇ギルドとして依頼主のことは話さないと思うから、これ以上は無理かもしれない」
ロックたちはローカス道場に戻って残っていた三人に事情を説明していた。
「まあ、ヴォルデス道場も壊滅したし終焉の地の一派も捕まえたんだから、良しとしないと」
「俺は直接の仇を捕まえられたしな」
マコトの父親を襲った犯人はヴォルデス道場の関係者だった。そしてクスイーの父親の件も同じ関係者だった。クスイーからするとマコトの敵討ちを手伝っていたら父親の仇も一緒に捕まえられたことになる。
「まあ、一応は解決ってことでいいんじゃないか」
アクシズが纏める。アクシズには全く関係のない話だったが、次いでだと協力してくれている。何を内に秘めているのかは判らないが今のところは助かっているので問題は無かった。
「それじゃあ、やっと本格的に修行できるな」
「ちょっと待て、今までは本格的な修行じゃなかったのか?」
「マコト君、甘いね君は。ここからが地獄の特訓だよ」
「今までのが地獄じゃなかったって言うのか。ルークが言うと冗談に聞こえないから止めてくれないか」
「それが冗談じゃないんだな、これが。とりあえずはソニーに頼んであったアストラッド州傘下の道場に出稽古に行くから」
ソニー=アレスの手配によってアストラッド州傘下のスレイン道場で稽古をさせてもらえることになっていた。クスイーには特に実戦形式の修行が必要だ。いつも同じ相手では緊張感が足りない。
「よし、明日からは出稽古三昧だ」
ロックはすこぶる機嫌がいい。何にしても強い相手と試合えるのが嬉しくて仕方ないのだ。
次の日、朝から五人揃ってソニーから教えられたスレイン道場に向かう。途中、見知った顔に出会った。
「あら、こんなところで何をしているの?」
ルトア道場の師範ムルトワ=シュタインの娘、アイリスだ。
「あ、アイリス、おはよう。今からスレイン道場に出稽古に行くんだ」
「へぇ、ちゃんと修行しているのね。それで少しは強くなったのかしら」
「アイリス嬢、クスイーはちゃんと相手と打ち合えるようになったんですよ」
ル―クがフォローを入れる。
「打ち合えるようになったって、それは当たり前のことじゃないの?それで強くなったことになるのかしら?」
「い、いや、それは」
「クスイーの剣の速さは知っているだろ?それが打ち合えるようになったんだ、強いにきまっているじゃないか」
ロックもフォローに入る。
「そうなの?まあ、せいぜい剣士祭までに怪我とかしないことね」
そう言うと相変わらず護衛のリンク=ザードを連れて颯爽と消えて行った。
「あの子はランドルフ道場に狙われてたんじゃないのか?」
「そうなんだよ。そもそもあの子が襲われたことが発端だったんだけど」
「あの子はあの子なりにクスイーを心配しているんじゃないかな」
「そうだとしたら素直じゃないな。クスイー、あの子にも強い所をちゃんと見せないと駄目だぞ」
「判っています。ランドルフ道場には絶対に負けません」
強い口調でクスイーは言い切った。
出稽古②
ソニーの手配で実験形式の出稽古を受けて貰えたスレイン道場はローカス道場からはそれほど遠くはなかった。
「頑張ってきてよ」
ミロの声援を背に受けて意気揚々として五人はスレイン道場に向かった。ミロを一人にするのは心配だったがジェイを留守番に付けておいた。今日はジェイの出番はなさそうだったからだ。
「頼もう」
時代めいた掛け声でロックがスレイン道場の門を開けると、すぐに道場の関係者が出てきた。
「こちらへどうぞ」
ちゃんと話は通っているようだった。早速道場に通された。
「ようこそ来られました。私がこのスレイン道場の道場主ワット=スレインです。ソニー様から話はお聞きしております。ソニー様からは手加減なしで、と注文をいただいておれますが、それでよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。望むところです。叩きのめすくらいの気持ちでお願いします。僕はルーク=ロジック、彼がロック=レパード。クスイー=ローカスとアクシズ=バレンタイン、最後にマコト=シンドウの五人で来ました。ソニーの言う通り、手加減なしでお願いします」
生意気なくらいがちょうどいい、とルークは思っていた。それで相手が本気になってもらえれば、それに越したことはない。
「なるほど、よほどご自信がおありのようですな。よろしい、ではお望みの通りうちの精鋭を本気でお相手させることにしましょう」
それを聞いてロックの笑顔が止らない。
「では、さっそく」
ロックが直ぐにでも始めようとするが、流石にそうもいかない。
「ははは、せっかちな方ですね。こちらも準備がありますので、今しばらくお待ちください」
そういうとワット=スレインは奥へと引っ込んでいった。準備というか、打合せをしているのだろう。若造にほえ面をかかせてやれ、とでも言っているのかも知れない。
「ロック、手を抜いてとは言わないけど、やり過ぎは駄目だよ。折角ソニーが用意してくれた練習相手なんだから」
「でも、弱ければ練習にならないじゃないか。そもそもスレイン道場って言うのは強いのか?」
ロックは塾生がたくさんいる前で気にせずに話すのでルークは気が気ではなかった。激高した塾生がいきなり切り掛かって来るかもしれない。そうなればそうなったで、ロックは嬉しいのだろうが、ソニーの手前、そんな結果では申し訳ない。正々堂々とした試合で打ち負かすのは問題ないだろうが。
少し時間を掛けてワットが出てきた。ちょうど五人連れてきている。
「うちの師範シル=スレイン。師範代トルク=スレイン。もう一人の師範代メルク=トーチ。塾頭のトーク=サクノと第二席のサムス=マキノの五人だ。来たる剣士祭にも、この五人で出場することになるだろう、うちの精鋭たちがお相手しよう」
ワットは自信満々だった。実際のところ、昨年の剣士祭では道場設立以来初めて予選を突破して16位以内に入ったのだ。8位以内には入れなかったが道場史上最強の五人に間違いなかった。
「では始めようとしようか。五人が一人づつ、そちらの五人と試合う、ということでいいかな」
一対一を五人で一回づつ五戦行う、ということだ。
「俺が全員と一人づつ相手をしてもいいぜ」
ロックが嘯くが、多分冗談ではなく本気だ。
「ロック、それではみんなの練習にならないよ」
「そうか、それは残念」
「先鋒、次鋒、中堅、副将、大将という感じで一人づつ、でいいですよね」
「よかろう、それでは先鋒から行こう。こちらの先鋒は第二席サムス=マキノだ」
「判りました、ではこちらはマコト=シンドウを出しましょう」
マコトは、俺?、という顔をした。クスイーが最初だと思っていたからだ。実戦の経験からするとクスイーが一番浅い。自分は勝手に二番手だと思っていた。実力からしても二番手のはずだと考えていたのだ。
「俺からか、まあいいけど」
「マコト、相手の力量を図るのはクスイーでは荷が重いと思うんだ、先鋒頼むよ」
そういうことか、とマコトは納得した。スレイン道場の強さがやってみないと判らないのだ。マコトがその強さを図る役目、という訳だ。
「では、サムス=マキノ対マコト=シンドウの先鋒戦、始め!」
出稽古③
互いに一礼をして、木刀を正眼に構えたサムス=マキノがマコトと向き合う。自然体だ。マコト相手に隙を見せない。スレイン道場の力量がある程度図れる。今のクスイーには丁度いい強さだとマコトは思った。
「来ないのかい。ではこっちから行かせてもらうとしようか」
マコトが袈裟懸けに切り掛かる。サムスが受ける。直ぐさま反撃に出て来る。が、深追いはしない。
「なかなかやるね。じゃあ俺もちゃんと練習させてもらうよ」
マコトが攻め込む。相手に休む間を与えない連続の切り込みだ。マコトはスタミナには自信があった。この程度では息も切れない。
「君はいちいち煩いんだよ」
初めてサムスが喋った。
「なんだ話せるんじゃないか。楽しくやろうぜ、剣士祭じゃなくて練習なんだから。まあ、負ける気はないけどね」
マコトは道場破りを繰り返しているうちに相手を真剣にさせる、というか怒らせて本気にされることに長けていた。
「それが煩いって言っているんだ」
怒りで強くなる剣士もいるが大抵の場合は剣先が鈍る。怒りが先に立ってしまうからだ。前へ極端に出ようとしてしまい防御が疎かになる。そこに付け込むのだ。それでマコトは殆どの道場で勝ってきていた。
マコトの道場破りの唯一の負けがロック=レパードだった。ロックは別格としてアクシズにも稽古ではやられっぱなしだった。ルークとは直接試合ったことが無かったが、ロックとの試合を見て同じくらいの化け物だと思った。
ローカス道場に来てから自己評価が下がりっぱなしのマコトだったが、ここではいい所を見せておかないとミロにも馬鹿にされそうだ。
サムスが本気で打ち込んでくるがマコトは難なく躱したり受けたりしている。こちらを倒そうとしてくる相手との試合はとてもいい練習になる。本気になってくれれば、くれるほどいい練習になるのだ。
サムスは少し短気ではあったが強さは本物だった。道場破りをしていた時のマコトであれば負けていたかもしれない。
これで第二席なのだから、この道場はそこそこ優秀な道場とみていい。マコトが道場破りをしてきた中で、これほど使える相手はいなかった。まあ、大きな道場や有名な道場には、そもそも中にさえ入れてもらえなかったのだが。
「あんた、なかなか強いね。有難い、いい練習になる」
褒めているようで、実は怒らせている。
「煩いと、ええい、もういい。黙られてやる」
サムスはマコトよりは三、四歳上くらいでまだ若い。まんまとマコトの作戦に乗ってしまっている。そして、サムスが渾身の力を込めて振り下ろした木刀をマコトが躱した時点で勝負が決まった。振り下ろされた木刀をマコトが更に上から打ち下ろしてサムスは思わず木刀を離してしまったのだ。そして木刀は遠くへ転がって行ってしまった。
「勝負あり、そこまで。マコト=シンドウの勝ち」
審判役のワット=スレインが苦虫を噛み潰したかのような顔で覇気もなく宣言した。
「二席とは言え、うちのサムス=マキノの攻撃をよく凌がれた。あっぱれだ。もしかして彼がローカス道場で一番の使い手なのかな」
悔し紛れとはいえ、少々無理がある。相手の先鋒にこちらの大将をぶつけて何とか一勝を得る作戦だとでも言うのだろうか。
「そうかも知れませんね。次もお手柔らかにお願いします。では次鋒戦といきましょうか」
ルークが少しの棘を込めて応えた。
出稽古④
「ではこちらは次鋒にクスイー=ローカスを出します」
ローカス道場側はルークが仕切っている。先鋒はクスイーには荷が重いと思っていた。マコトのお陰で相手の力量の一端が見えた。クスイーが本来の力を出せれば塾頭にでも勝てるだろう。問題は普段に力が発揮できるかどうかに掛かっている。
「うちは塾頭トーク=サクノがお相手しましょう。うちのエースです。先ほどの様には行きませんよ」
ワットは自信満々だった。マコトの剣を見てまだその自信なのであれば、塾頭は第二席とは違う、ということか。
「よろしくお願いします」
クスイーが審判と相手に一例をする。相手のトークは頭も下げない。プライドだけは高いようだ。
「では、次鋒戦、始め!」
二人が対峙する。どちらもしばらくは動かなかった。クスイーは道場では相手に合わせることが多かったので、切り掛かって来てくれないと対処できない。自分から掛かっていくことがあまりなかったのだ。その辺りがクスイーの弱点でもある。
逆にトークはそのプライドから自分からは仕掛けて行かない。相手を隠したとみているので相手の剣を躱すなり往なすなりしてから圧倒したいのだ。
「クスイー、相手はお前から来てくれるのを待っているようだ、遠慮なく倒して来い」
ロックが嗾ける。ロックとしてはクスイーの剣の速さで相手の度肝を抜きたいのだ。
「判りました。僕の方が格下ですから僕から行かせていただきます」
そういうとクスイーはトークに切り掛かった。それを流石に塾頭を張ることはあるのか紙一重でトークが避ける。但し、紙一重で避けようとしたわけではない。余りの剣の速さに辛うじて避けられただけだった。
驚愕の表情でトークが少し引いて間を取った。
「なっ、なんだその速さは」
それはロックたちも最初にクスイーの剣を見た時に感じたものだった。但し、あの時からクスイーの剣は更に速さと鋭さを増している。
そこからはクスイーの剣が止らない。異常な速さで連続して様々な角度から剣をは放つ。
普通の剣士なら上段から振り下ろすと次はそこから跳ね上げないといけないがクスイーの剣は一度戻ってまた上段から振り下ろされたりする。相手は堪ったものではない。想像していない角度から剣が来るのだ。
トークか対応できなくなってしまうのに時間はかからなかった。下段から突き上げられた剣に対応するのに精一杯だったトークに対してクスイーの剣がトークの額の寸前で止まった時、ワットから「それまで」という声が掛かった。
「おい、ローカス道場の息子だったか、なんなんだお前は」
ワットが信じられないという表情で呟く。
「確か少し前に没落したと聞いていたが」
「先日捕まったヴォルデス道場の連中に師範だった父が衝撃されて、その後塾生が一人も居なくなってしまいました」
「ヴォルデス道場が闇討ちをしていたという件か、それは聞いている。あいつらに襲われたのか、それは気の毒にな」
「いえ、もう終わった事ですから。今はこの人たちと有意義にやらせていただいています」
「それにしても君の剣は異常だ。速さだけで言えばマゼラン一かも知れんな」
それはお世辞ではなかった。ワットとしては実際には一番だと思っている訳ではなかったが、その位の衝撃があったのだ。
「ありがとうございます。今後も精進します」
「さて、次は中堅戦ですが、このまま続けてもよろしいですか?」
スレイン道場としては二連敗で最早後が無い。次の中堅戦で負ければ五戦やるにしても負け越しが決定してしまう。正直なところソニー=アレスからは叩き潰す気持ちで真剣に相手をしてください、と言われていたがローカス道場の事前の噂も聞いていたので軽く見ていたのだ。
「少しだけ時間をくれないか」
ワットは作戦を再考することにした。
出稽古⑤
ワットが決意を込めて中堅の名前を告げる。
「うちの中堅はシル=スレインが務めさせていただく」
シル=スレインはワットの長男だった。幼いころから英才教育を施し、シルも才能に恵まれていたのか実力でスレイン道場の師範になっている。四十歳を超えた今でも道場一なのは変わらない。次男のトルク=スレインとともに道場を支えていた。本来ならばシルは大将格の筈だか、もう一敗もできない状況で中堅として出てきたのだ。
「なるほど、そう来ましたか。ではこちらは予定通り僕が出ましょう」
ルークが言う。しかしそれはルークの予定だった。
「ちょっと待てよ、大将格が出て来たんだ、俺にやらせてくれないか」
ロックが口を挟む。ワットとしては、相手の力量は十分知った。その大将にこちらの大将を当てたくはなかったのだ。
「ロック、我が儘ですね。では、こうしましょう。五人のうち何人勝ったかは問題にはせずに大将が勝った方が勝ち、ということでどうです?」
ルークがワットに向かって提案する。ワットとしてもシルが相手の大将に負けるとは思っていない。ただ確実に勝ち数を増やすための中堅だった。
「判った、それでいい。では中堅は改めてメルク=トーチを出すとしよう」
「では、お相手は僕が」
「いや待て、中堅は俺が行かせてもらおう」
今度はアクシズが口を挟んだ。
「お前たち二人の化け物は後の楽しみに取っておいてもらうとして、中堅までは普通の剣士同士の試合で行こうじゃないか」
アクシズの提案はワットには理解できなかった。普通の剣士同士とはどういう意味なのか。確かにマコトやクスイーは強かった。普通の剣士とは言えないほどの強さの筈だ。その中堅に出て来るアクシズという剣士も相当な腕であることは容易に想像できる。それを普通の、と表現するという事は残りの二人は化け物ということか。
嫌な予感がすることも含めてワットはアクシズの提案に乗ることにした。
「ではメルク=トーチとアクシズ=バレンタインの中堅戦で良かろう。では、始め」
数度打ち合う間に二人の力量は知れた。アクシズは息を切らせていないがトーチは息が荒い。両者とも打ち込み、両者ともそれを受けてはいるが、アクシズは受けるだけではなく躱せる剣は躱している。それも紙一重でだ。
徐々にトーチが道場の端へと追い詰められていく。回り込もうとするトーチをアクシズが逃さない。
「力の差は歴然だな」
今までいた誰でも無い声にルークは驚いた。何の気配も感じ取れなかったからだ。振り向くとそこには見知らぬ顔の男性が立っていた。
「悪いな、なんだか面白そうなことをしているのが外から見えたので入らせてもらったよ」
悪びれず男が言う。
「これはジェイルさん、お久しぶりです。今日はどうされましたか?」
どうもワットの知り合いのようだ。ワットの額に汗が湧き出ている。
「久しぶりだねワット=スレインさん。いや、ただの通りすがりだよ、特段この道場に用があった訳ではない」
「そうでしたか。今日は御覧のとおりうちの剣士とローカス道場から来ていただいた五人とで試合形式で練習をしてもらっています。アストラッド州太守のご子息であるソニー様のお知り合いだということなので」
「なるほど、ローカス道場は閉めてしまったのだと思っていたが、こんな剣士がいるのなら安泰というものだな」
ワットとジェイルと呼ばれた男が話をしているうちにアクシズはトーチを打ち伏せてしまった。アクシズが入って来たジェイルに気を取られた隙をトーチが狙って打ち込んだのだか逆に打倒されたのだ。
「そこまで、アクシズ=バレンタインの勝ち」
「ワットさん、その方は?」
ジェイルという名前には聞き覚えがあった。そしてロックたちにも気取られない気配の絶ち方。その男はマゼランの三騎竜筆頭ガスピー=ジェイル大隊長に間違いなかった。
出稽古⑥
「彼はガーデニア騎士団のガスピー=ジェイル大隊長だよ」
やはりマゼランの三騎竜筆頭のガスピーだ。
「君はもしかしてロック=レパードくんか?」
ロックを見てガスピーが問う。
「ええ、初めまして、ロック=レパードです」
「おお、やはり。君のことはクリフに聞いているよ、彼と立合ったそうだね」
「ええ、全然敵いませんでしたけど」
ロックがマゼランに来て初めて力の差を思い知らされた相手がマゼランの三騎竜の一角クリフ=アキューズだった。
「おいおい、クリフに敵う者なんてマゼランにもそうは居ないぞ。君は相当自信があるのだね」
「いいえ、俺は強い人と剣を交えたいだけです。勿論あなたとも」
ロックはダメもとで挑発している。ただクリフの時の様には行かない。
「私も君とは一度手合わせしたいと思っているよ。クリフは剣士祭に出るつもりだと言っていたが、君と戦いたいんだろうね」
「ええ、俺も彼ともう一度戦いたいと思っています」
ここでガスピーと試合う、ということにはならないようだ。
「多分彼も楽しみにしていると思うよ。その時は存分にやってくれ。では私はこれで」
「えっ、最後まで見て行かれないのですか?」
不意を突かれて思わずルークが聞く。最後のロックの試合まで見て行くものと思っていたからだ。
「ああ、少し急ぐものでね。剣士祭、私もたのしみにしているよ」
そう言い残すとガスピー=ジェイルは去って行った。
「相当強いね」
「ああ、筆頭だからな。三騎竜全員と試合えないものかな」
ロックは本気で言っている。ただ、相手が同じチームで出場されてしまうと個人戦が無い剣士祭では三騎竜全員が出場しても一人としか当たれない。
「それはちょっと難しいかも知れないね」
「じゃあ、剣士祭でなくてもいいから全員とやりたいな、ルーク、何か考えてくれよ」
三騎竜全員と試合うとしたら、その場を整えるのはルークの仕事だった。
「無理言わないでよ」
「無理は言ってない。任せた」
ロックは言い出したら聞かない。
「それでは続きやります?」
なんだか気が抜けてしまっている状況で副将戦になるのは既に戦意を削がれてしまっているルークは避けたかったが、相手は一勝も出来ていない手前、こちらから止めるとは言い出せない。
「聞くまでもない。トルク=スレイン師範代と、そちらは?」
「副将戦は僕の出番ですね」
アクシズの言う化け物の一人の出番だった。
出稽古⑦
スレイン道場の師範代トルク=スレインはワット=スレインの次男だ。兄で師範のシル=スレインはその体躯でも判るが剛剣で有名なのだが、そのシルと比べると線がかなり細い。その分俊敏で技では弟の方が多彩だと言われている。ただ兄の手前、前に出るようなことは絶対にしない。
「ではトルク=スレイン対ルーク=ロジックの副将戦始め!」
試合が始まると直ぐにトルクがルークに打ち込む。その剣は変幻自在だ。右から来た瞬間、さらに右から剣が飛んで来たりする。剣の速さはクスイーには及ばないにしても相当なものだ。いずれマゼランでも名を残す存在になるかも知れない。
「凄い、強いですね。受けるだけで精一杯だ」
ルークは意地が悪い。余裕をもって避けるか受けているのに精一杯だと言われると馬鹿にしているとしか思えない。
ルークはロックと違って剣を楽しんでいる訳ではない。だからどんな試合でも真剣でも早く終わらせたい。彼我の力量の差はもう判ったので、これ以上続けることもない。
ルークがトルクの剣を余裕で躱してクスイー並みの速さで相手の喉元に剣を当てたところで早々に試合は終わった。
「それまで、ルーク=ロジックの勝ち」
「前座はこのくらいにしておきます。では最後に真打の登場、頼んだよロック」
ロックはなんだか気分が乗っていなかった。
相手の師範であるシル=スレインは確かに強い。今のロックでも少し梃子摺るかもしれないくらいには十分強いとルークは見ていた。
スレイン道場も剣士祭で上位に食い込むだけの実力はあるのに間違いなさそうだ。もう少し底上げが出来ればもっと上を目指せるかも知れない。
そんなスレイン道場の師範を前にしてもロックの意欲は削がれたままだった。ロックの意識はガスピー=ジェイルに向けられたままだったのだ。
拙いな、とルークは思ったが、こればかりはどうしようもない。別の相手に気を取られて目の前の強敵に後れを取ることになりかねない。
「ロック、少し休憩してから大将戦にしようか?」
ロックは不思議そうな顔をする。自分は一試合もしていないのに休憩も何もないだろう、という顔だ。
ロック自身、自分がガスピーに気を取られてこれから始まる自分の試合に集中していないことに気が付いていない。
逆にワットはその辺りの機微を完全に把握していた。大将戦は直ぐに始める必要がある。トルクはなぜ負けたのか、よく判らない内に試合が終わってしまった。とても相手が強いようには思えなかった。
結果は結果として、四連敗。最後の大将戦で勝った方が勝ちだという特別なルールに、本来意味は無い。確かにどちらも絶対的な信頼を寄せている二人の対戦結果が全てだというのは一つの見方ではある。
ワットにしてみるとソニーの依頼で弱小道場に練習を付けてやろう程度の認識で受けた出稽古だったが、こんな結果になるとの想像していなかった。
確かにソニーはローカス道場について『手加減なしで』という指示だったが、もしかするとそれは『手加減できない相手だ』という事だったのかも知れない。ソニーがワットのプライドを傷つけないよう、そんな言い方をしたのだ。
ワットにしても、このまま全敗してしまうとも思ってはいない。我が息子とはいえ、全盛期の自分を遥かに超えているシルに全幅の信頼を寄せていることは確かだ。
ルークはよく判らなかったがローカス道場の他の三人は確かに強かった。特にアクシズ=バレンタインは相当な使い手だ。マコト=シンドウはまだまだ発展途上に見えるが、粗削りでも十分強い。クスイー=ローカスの剣の速さは異常だ。
そんなローカス道場の大将として出て来るロック=レパード。御前試合の優勝者ということを考えてもシルに分があるとは思えない。
シルはトルクと違い、もうある程度完成されつつある。今、ロックと戦い、自信を無くさせることが今年の剣士祭にどう影響するのか判らなかった。
ソニー=アレス様も無碍なことをされる。事ここに到ってアストラッド州騎士団配下の道場の自信を砕いてしまった。最後、大将戦だけはなんとか形にできればいいのだが。ワットは目まぐるしく思いを馳せながら試合開始を宣言する。
「シル=スレインとロック=レパードの大将戦、始め!」
出稽古⑧
試合が始まってもロックは上の空だった。それでもシル=スレインの剣を全て受けている。但し、ロックからは攻撃をしない。できないのではなく、しないのだ。
シルとしては、ただの1勝で勝ちとなるので勿論負けられない。最初から本気で打ち込んでいる。
その真剣なシルの剣を悉くロックは受けてしまう。上の空であっても生来の負けず嫌いが勝って身体は動いているのだ。
ただ、シルもスレイン道場の師範だけあってロックの今の状態では反撃が出来ない。ただ、シルも勝ち筋が全く見えなかった。何処に打ち込んでも受けられてしまう。普通の相手なら到底反撃が来ないくらいの連続攻撃をしているのだが、それもいつまでも続かない。
相手の剣を受けきって疲れさせて勝つのはロックが前に得意としていた戦法だが、今回は無意識にそれをやっているかのようだ。しかし本人は意識していない。ただ惰性で相手の剣を受けているだけだ。
「ロック、大丈夫ですか?」
「えっ?、どうした?」
なぜ自分が心配されているのかロックには判らない。
「何かあったか?」
シルの剣を受けながらロックが応える。会話が出来るほど余裕があるということだ。
「でも流石に師範、強いね」
ロックが一応相手を評価する。確かにシル相手ではアクシズとは互角、マコトやクスイーでは勝てないかも知れない。
ロックの意識がどうやらこちらの試合に戻って来たようだ。目の前の相手も、なかなかの使い手ではあるのだ。
「ルーク、済まない、集中が切れていたようだ」
ルークの心配も理解した。折角出稽古に応じてくれたのだ、ちゃんと練習しないと意味が無い。
「よしっ」
そこからのロックは集中が切れない。相手の剣はすでに速度を落とし始めている。体力の限界が近いようだ。
十分相手の剣を受けきってロックはやっと反撃に出る。
もうその時にはシルの動きは鈍くなっている。ロックは簡単にシルの首元に剣を突き付けた。
「それまで。ロック=レパードの勝ち」
ワットはロックの技に最早賛美の眼差しを向けながら宣言した。マゼランの三騎竜には及ばないかも知れないが、彼らに匹敵する技量であると認めざるを得ない。
「素晴らしい。君はまだまだ強くなるだろうな。どうだ、たまにでいいからうちの道場に来て塾生たちを教えてくれないか?」
ワットの提案に少し思案するロックだった。
「申し訳ありません、俺はまだまだ修行の身で誰かを教えるなんて、まだまだ早すぎますよ」
ロックにすれば謙遜でも何でもない。本当にそう思っているのだ。シャロン公国一の剣士になる、という目標まではまだまだ遠いと感じている。
勿論マゼランの三騎竜も越えなければならない壁だ。身近に感じて、その壁の高さを痛感している。
「そうか、それは残念だ。では、いつでも出稽古に来てくれたまえ。うちの道場も来てくれるとありがたい」
「判りました、時々来させていただきますよ」
ロックにはもう学ぶところはないがマコトやクスイーには十分練習になるだろう。
それから剣士祭までの間、実際にロックとルークを除く三人はアクシズの引率でスレイン道場に出稽古に数度訪れるのだった。
出稽古⑨
「ソニー様、これで良かったのですか?」
「ありがとう、十分だよ。僕の我が儘を聞いてくれて助かった」
「でも、あのロックと言う若者はうちのシルでは元々勝てる見込みはありませんでしたよ?」
「それは判っているよ、アークでも勝てないとね。でも、どの程度の化け物なのかを知りたかったんだ。それも三騎竜筆頭のガスピー=ジェイルのお陰で台無しになってしまったけどね」
ロックたちが出稽古に来ていた時、ソニー=アレスはスレイン道場に来ていた。ルークにさえ見破られない魔道で隠れていたのだ。
ロックたちが出稽古をした方がいい修行になる、というのは本当のことだったし、その意味では協力しているつもりだったが、ソニーの本意は今まであまり本気を出して戦っていないロックの底を少し見てみたい、ということだった。
「それでは、あまりお役に立てませんでしたな」
「いや、いいよ。ロックとルークは別格だけど他の三人とはスレイン道場の方でもいい修行になった筈だし」
「ロックは判りますが、あのルークという青年もですか?」
「判らなかったかい?だとしたらルークは爪を隠すのが相当巧いことになるね」
「そうなのですか?」
「うん。彼はロックと引き分けられるほどの腕だと思うよ」
「まさか」
「まあ、いつか、そう剣士祭を待てば判るさ」
「判りました、楽しみにしておきます。それでアーク=ライザーは剣士祭にも戻らないので?」
アーク=ライザーは本来マゼランではスレイン道場の塾生ということになっている。アストラッド州配下の道場ではスレイン道場が一番なのだ。
「ごめんね、今年はアークが出ればもっと上を目指せるかも知れなかったとは思うんだけど、彼には別のことをアストラッドでやってもらっているから、多分戻れないかな。本人は出たかったと思うんだけどね」
アーク=ライザーは御前試合にも出ていない。初めて出場するはずだった剣士祭も出場できそうもない。ソニーは悪いとは思っていたが、彼にしか頼めないことが有る。そして彼もソニーの期待に応えようとしてくれている。本来の剣闘好きは我慢してくれているのだ。幼馴染としてソニーは本当に感謝していた。
「シルも悪かったね」
「ソニー様、私はいいのですが、弟が納得していない様子なので少し心配しています」
シル=スレインは自分の力量を正確に把握していた。自分ではロック=レパードには勝てない。しかし弟のトルク=スレインはなぜ自分がルーク=ロジックに負けたのか理解していない。相手との力量の差を正確に測ることが出来ないでいた。
トルクはアーク=ライザーとも立合ったことがある。そのときはトルクが勝った。ロックはアークとは同じ歳だ、まだ若い。
前回の御前試合もアークが出ていたらロックの優勝では終わらなかった、とアーク本人が言っていた。それが本当だとするとトルクはロックにさえ勝てることになる。まあ、相性やその日の調子というものもある、と一応は慎重に思ってはいても、トルクの自尊心は膨れ上がっていた。
それが何が何だか判らない内にルーク=ロジックに負けてしまった。ルークの動きで特筆すべきことが有るとすれば最後の動きだけだ。それまでは特に剣を合わせても強さや怖さを感じなかった。
ソニー言わせれば、その強さや怖さを感じさせないルークが下手をすればロックよりも恐ろしい、と思うのだがトルクにはその辺りのことが判らなかった。
「何か面倒なことを起こさなければいいのですが。父上からも釘を刺しておいていただけますか」
「判った、任せておけ。しかし、トルクにはその度胸は無いとおもうがな」
「僕からもお願いします。彼らには剣士祭前に怪我などしてほしくありませんから。まあ、ロックたちに怪我を負わせることが出来る相手はそうは居ないと思いますが」
「何か思う所がおありなのでしょうね」
「ええ。でも本当に彼らには剣士祭で優勝してほしい、とさえ思っていますよ」
「それは聞き捨て成りませんな、剣士祭で優勝するのは我がスレイン道場だと私は信じております」
「それは勿論、アストラッド騎士団の強さを存分に見せつけてください」
ソニー=アレスが何を企んでいるのか、その心の内はワット=スレインには想像も付かなかった。
出稽古⑩
ソニーは一通り話し終えると自分の宿に戻るために夜道を歩いていた。
「ソニー様」
「なんだ、戻って来たのか。向こうは大丈夫なのか?」
「大丈夫です。彼らは私を信頼してくれていますので問題ありません」
「それで、アクシズさん、どうしましたか?」
「いえ、対した事ではないのですが、ソニー様がさきほどスレイン道場にいらっしゃいましたので、皆の前ではできなかったご挨拶をとお待ちしておりました」
ルーク=ロジックにすら感知されないソニーの隠形魔道を簡単に感知で来てしまう、アクシズの魔道の腕はルークを超えている。
ロックたちの前ではアクシズ=バレンタインは魔道が使えないことらなっている。剣の腕だけで十分役に立つと思わせている。それがソニーの指示だった。
「挨拶などいいといつも言っているじゃないですか、本当にあなたは律儀ですね」
「そういう訳にも参りません。私の悲願にはソニー様のお力添えがどうしても必要なのですから」
ソニー=アレスとアクシズ=バレンタインは共闘関係であったが、どちらかと言うとアクシズの目的に対して絶大な権限を有する、というか有する予定のソニーの力を借りる為にソニーの意向の通り動いているのだ。
アクシズの悲願は単純にバレンタイン家の復興と汚名を晴らすことだった。
第二次レークリッド王朝の建国の王マーク=レークリッドに対して前王朝であるハーミット王朝で最後まで抗ったのは宰相を務めていたレリック=バレンタインだった。アクシズはそのレリックの直系だった。
マーク=レークリッドはレリック=バレンタインを朝敵として討ったのだが、それはあくまで相対的な事であって君主を守るレリックを憎んでいたわけではない。
ただハーミット王朝の末期には圧政が続き民は疲弊していた。その一端をレリックが担っていたことも事実だった。それに対して立ち上がったのがハーミット王朝に倒された第一次レークリッド王朝の傍系であったマーク=レークリッドだった。
第一次レークリッド王朝の主だった王族や貴族は幼子までほぼ皆殺しの憂き目にあっていたがマークの祖先は取るに足らない傍系であったため見逃され、というか見落とされて生き残ったのだ。
マーク=レークリッドはレークリッドの名を隠してガーデニアで農夫をやっていた父に育てられた。マークが16歳になった時、父から自分がレークリッド朝の傍系であることを聞かされて、苦しむ民を救う為に立ち上がったのだ。
その際、敵として立ちふさがったのがレリックだった。ハーミット王朝を打倒した後、マークはバレンタイン家も貴族の特権などは剥奪したが断絶させることはなかった。王族であるハーミット家も今でも公爵家として聖都セイクリッドに居を構えているくらいだ。
マークの建国時には民衆の敵としてレリック=バレンタインの名前を広く使わせてもらったこともあり、バレンタイン家は完全に没落してしまったのだった。
実際にはレリックは有能で私腹を肥やすこともなかった。ただ自身の責務に忠実に励んでいただけだったのだ。
アクシズとしては歴史の闇に葬られてしまったレリックのことをちゃんと正当に評価してもらい没落したバレンタイン家を復興したいのだった。
それにはソニー=アレスが、というよりは太守などの高い爵位を持った人間の推薦が必須だった。アストラッド侯の嫡男であるソニーにマゼランで偶然出会えたことは、アクシズにとって運命だとしか思えない。そうでなければ庶民として暮らしているアクシズに太守の嫡男と出会えるはずがない。
ローカス道場に入って剣士祭に出る、という任務というかソニーの頼みは、その真意を測りかねていたがアクシズにとってもいい刺激になっている。
ロック=レパードの父親は爵位こそないが聖都騎士団副団長のバーノン=レパード大将軍だ。シャロン公国の中枢に近い立場で間違いない。
ルーク=ロジックに至っては養子とはいえアゼリア公の息子になる。ロックとルーク、この二人と誼を結べたことはアクシズの目的にとって良い影響しかないだろう。
「まあ、事を性急に運んでもいいことはないと思うから、気長に行こう。僕も出来る限りのことはさせてもらうから」
「よろしくお願いします。では私は道場に戻りますので」
アクシズの立ち去る後姿を見送るソニー=アレスの顔には微笑みはなかった。
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