虹の戦記

綾野祐介

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第6章 街道の要所エンセナーダ

陸路を行く

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第6章 街道の要所エンセナーダ

陸路を行く

 三人と一匹はキャラムに着いた。キャラムはロスよりは小さい港町だ。ロスとシャロン公国最大の港レントとの中間に位置して小型船の中継地になっていた。大きな船舶は停泊できる施設はなかったので、その意味でも小さい港だった。

「どうする?」

 ロックが問う。どうする、とはキャラムから南海道をこのまま東に向かうか、一旦北に向かいトレオンを経由して内陸を東に向かうか、もしくはキャラムから船と言う選択肢もある。

「どうしようか。本当はロスから船で、と思ってたから船というのも有りかもね。」

「私は船はちょっと。」

 ミロはどうも船酔いするらしい。実際にはほとんど船に乗ったことがないのだが。

「じゃあ南海道をこのままレントまで行くか。途中はあまり街はないけど。」

「トレオンにしない?内陸側って行ったことないから。」

「何でミロに決められるんだよ。」

「いいじゃない、どうせアテはない自由な旅なんでしょ。」

 ミロのいう事にも一理ある。二人には特に行く当てがあるわけではないのだ。

「判った、じゃあトレオンに向かうか、レントに向かうかはどうする?」

 このまま東に南海道を進めばシャロン公国最大の港町レントに、北に進路を取るとポトアモス平原とパース平原を繋ぐトレオンに至る。

 キャラムやトレオンはまだヴォルフ=ロジック狼公のアゼリア州だがレントやトレオンの先はカール=クレイ公爵が治めるガーデニア州となる。州都は街道の要所エンセナーダだ。

 ガーデニア州には聖都騎士団や各州の騎士団が剣の修行に訪れるマゼランがある。エンセナーダやレントのさらに東に位置するディアック山の麓の街だ。

「とりあえず目的地は修行の地マゼラン、そこに至る道はいくつかあるけどトレオンからエンセナーダを経て、ということで行こうか。」

 ロックの提案に誰も異議はなかった。

「でも、ミロはいつまで付いてくるつもりなんだ?」

「邪魔?」

「そうは言わないけど、俺たちと居ると危ない目にあうこともあるだろうから。」

「ロックが守ってあげればいいじゃないか。」

「そうは言うけど、四六時中見張っている訳にもいかないだろう。」

 ロックの心配は当然だった。終焉の地に目を付けられているのだ、ロックたちも気が抜けない。ただ、ルークを狙った件はもう解決したようなので、あとはただルシア=ミストの私怨が気がかりだった。



陸路を行く②

 キャラムでは馬車を用立ててすぐにトレオンに向けて出発した。順調にいけば10日ほどで付くはずだ。途中小さな街はいくつかあるが野宿を重ねて先を急ぐことにしていた。

「ミロ、野宿ばかりで平気か?」

「大丈夫、気にしないで。早くエンセナーダを抜けてマゼランに行きたいんでしょ、ホント修行馬鹿なんだから。」

「心配してやってるのに馬鹿とはなんだよ。」

「ロック、ミロは照れてるだけだよ。」

 ミロは何も言わないで離れて行ってしまった。

(ロックには女心は解るまいて)

「こんな時だけ出てくるんじゃないよ、ジェイ。」

 使い魔のブラウン=ジェンキン(本人曰く猛禽類の王)は見た目はネズミにしか見えないが少し魔道が使えることと、自らの姿を隠せるので偵察には打って付けだった。馬車での移動時も先行して何か異変が無いかを偵察してくれるのでロックたちも安心して旅ができるのだ。

(おい、ミロが居ないぞ)

 ジェイが慌てて伝えて来た。確かになかなかミロは戻ってこなかった。近くをジェイが探してくれていたのだろう、それが見つからないのだ。

「どうこまで行ったんだろう、ロック、探しに行こう。」

「判った、手分けして探そう。ジェイも頼む。」

 二人と一匹はバラバラに分かれてミロを捜しに出た。確かに近くに人の気配が無い。ただ用を足しに行っただけだと思っていたので、少し離れても気にしていなかったし、むしろ気配を探らないようにしていたのが仇になった。

 離れた時に向かった方向を含めて、どこを探してもミロの姿はなかった。

「誰かに攫われた、ってことかな。」

「まさか、終焉の地か。」

「可能性はあるけど、ルシアはザトロス老師が連れて行ったから別行動だと思うんだ。」

「そうだよな。ルシアと別れた終焉の地の残党、ってとこかな。」

「かも知れないね。もしそうなら僕たちを脅す人質にしようとしているのか、裏切ったミロを粛正しようとしているのか、によってミロの扱いが変わりそうだ。」

 元々ミロはロックたちを罠に嵌めるためにルシアが用意したのだった。それを最終的には裏切って、今はロックたちと旅をしている。終焉の地の構成員としては面白い筈がなかった。

「俺たちへの人質ならいいが、そうじゃないなら急がないとミロがどんな目に遭わされているか解ったもんじゃないな、急いで所在を掴まないと。」

「そうだね、ジェイにも手伝ってもらって広域の探索魔道を掛けてみるから、ちょっと待ってて。」

 そう言うとルークはジェイと同時に詠唱を始めた。同時詠唱をすることでより広域の探索が可能になるのだ。

「見つけた。やっぱり終焉の地の残党みたいだ、見覚えのある顔が見える。街道を離れて北東に向かって馬車を走らせているみたいだ。このまま街道を北に向かっていたら全く追いつけない。」

「判った、直ぐに同じ方向で追おう。」

 二人と一匹は道なき道を追うのだった。


陸路を行く③

 同じように道なき道を行く二台の馬車。その距離は御者の腕とは関係なく縮まらなかった。逃げる方はただただ逃げる。追う方は時折探査魔道で確認しながら追う。どう足掻いても距離は縮まるはずがない。

 そして、二台の馬車とはかなり離れた場所、道なき道ではない街道を急ぐ別の馬車があった。

「私をどこに連れて行くつもりですか。」

 少年(童顔なので年齢がよく判らない)が聞くが誰も何も応えない。少年は後ろ手に縄で縛られており身動きが出来なかった。

「大人しくしていてくれませんか。」

 やっとリーダーと思しき青年が口を開く。少年はロスからずっとこの質問を繰り返しているが一度も応えてもらっていない。

「ロスを出てもう20日ほども経ちます。いい加減行先を教えてはくれませんか。」

「だから、大人しくしていてください、と言っているでしょう。」

 少しいイラついて青年が応える。青年はシェラック=フィットという。本来このような南方に居る筈がない北方のグロシア州騎士団参謀長の長男であり自らも参謀を務めている。ロスでの黒死病騒ぎの中、抜け出したアーク=ライザーとソニー=アレスを追って来たのだが途中で見失ってしまった。遠距離の移動魔道を使われては追う術がなかった。ただ海路ではなく陸路なのは確実だったのでエンセナーダを目指すことにしたのだ。

 少年はロスでシェラックが拾った、というか無理やり拉致した。黒死病が流行っているとき、そしてキスエル老師がそれを収めるまでの間、ロスの医者が誰も対処できなかった流行り病をこの少年が一人水を沸騰させて消毒する方法で感染を防ぎ始めていたのだ。

 その姿を見て、何かの役に立つか、と拉致してきたのだが特に今のところ使い道が無かった。

「そういえば名前も聞いてなかったですね。あなた、名は何と言うのですか。」

 シェラックはやっと少年本人に興味が出て来た。アークたちに追いつくまでの暇つぶしではあったが。

「僕ですか。僕の名前はユスティニアヌス、ユスティニアヌス=ローランです。」

「ローラン?聞いたことがありますね。いったいあなたは何者ですか?」

「僕はロンドニアの学者です。東方で見聞を広げる為にやって来ました。」

「見聞を広げるため?そんなことのために遥々ロンドニアから来たというのですか。カタニア通って数か月はかかったでしょうに。」

「そうですね、2年かかりました。途中カタニアでも色々と教えを乞うていたので時間がかかります。やっとシャロン公国のロスに着いた途端、例の黒死病の蔓延に遭遇してしまったのです。」

「2年も。それにしても黒死病の駆除方法をよく知っていましたね。いったい何歳なのですか?」

「黒死病はずいぶん前にロンドニアでも流行ったことがあります。国民の1割が亡くなったそうです。僕の祖父もその際に亡くなりました。その時の経験が文献として残っていましたから対処方法は知っています。幸い薬もいくつか持ち合わせていましたので。でも魔道師の方が対応してくださって収まったのですよね、僕の薬には限りがありましたので本当に良かった。」

 ユスティニアヌスは安堵の表情と少しの涙を浮かべた。


陸路を行く④

「それで結局僕は何処につけていかれるのでしょうか?」

 何度問うても答えを貰えなかった問いだった。

「いや、君をあの場所に置いておけない、と思ったから連れて来ただけで、特に君をどこかに連れて行こうという目的はない。」

「そうなんですか。まあ確かに僕を誘拐しても身代金を出してくれる人はいませんしね。」

「そうなんですか。」

 少しはそのことも考えていたシェラックだった。

「ええ。天涯孤独の身ですからロンドニアを離れて戻らなくても誰も困らないし悲しまないと思います。」

 少年は何かを諦めているかのような口調だった。好奇心と知識欲だけでシャロン公国まで来たが、特に故郷に何かを持って帰る使命を帯びている訳ではなかった。

「君を開放してもいい。でも、ここで一人開放されても行く宛があるのかい?」

「行く宛も目的も何もありません。」

「じゃあ、私たちと一緒に来るかい?」

 シェラックは何故だかこの少年に親近感を覚え出していた。放っておけない、という感覚なのかも知れない。シェラックは部下に少年の縄を解かせた。

「そうですね。それもいいかも知れません。」

 少年の知識は有用だ、とシェラックは判断した。幸い少年も拉致されたことを怒っていないようだ。何か自らの運命の全てを受け入れる決心をしているかのようだった。

「シェラック様。」

 随員の一人が声を掛ける。

「どうかしましたか。」

「先行している者がマゼランで二人を発見したようです。ただアーク=ライザーとソニー=アレスは二手に分かれてしまったようで、一応どちらも追ってはいますが、どうなさいますか。」

「だれがどこに向かっていますか?」

「アーク=ライザーはミロールに向かったようです。海路でアストラッドに戻るつもりではないでしょうか。ソニー=アレスはマゼランに残っています。」

「ではソニー=アレスですね。絶対に見失わないように伝えてください。私たちはマゼランに急ぎましょう。」

 グロシア州騎士団参謀のシェラック一行はトレオンからマゼランに向かうため街道の要所エンセナーダを目指すのだった。

 

陸路を行く⑤

「なかなか追いつけないな、このまま追うか、少し街道に出て先回りするか。」

「行先は判るの?」

「トレオンを回避するにしても北東に向かっているのは確かだから最後はエンセナーダだと思うんだが、ジェイ、ちょっとあいつらの様子を見て来て
くれないか。」

(判った、少し待っておれ。)

 ジェイはそういうとふっと消えた。ルークの探査魔道ではもう届かない距離を離されてしまっていたのだ。

 道なき道を馬車で走るには速度は出せないし馬車も傷んでしまう。先行している終焉の地は気にせずに走り続けているようだ。幹部であるルシアが居ないので誰が指示を出しているのか判らないが、できるだけロックたちを引き離したいのだろう。

 しばらくしてジェイが戻って来た。

(北東に向かっているのは間違いないな。だが馬車がもう持たないのではあるまいか。そのような話をしておった。)

「そうか、じゃあ追いつけるかも知れないな。方向は間違っていないよな。」

(うむ。このまま進めば大丈夫じゃが、こちらの馬車も持たないのではないか。)

「そうだね、少し速度を緩めないと駄目かも知れない。」

 ロックたちの馬車も悲鳴を上げだしていた。

「ジェイには悪いけどときどき様子を見てきてもらって、こっちは街道に戻って馬車を傷めない程度にできるかぎり急いで行こう。」

 二人はミロのことも気になるが今のところ本人をどうこうしようとする様子はないようなので、とりあえずトレオンからエンセナーダに至る中街道に出て先を急ぐことにした。


「シェラック様。」

「今度はどうした。」

「実は街道を外れていた馬車がこちらに向かって来ているのですが。」

「街道を外れていた?どこから来たというのだろう。」

「判りませんが、かなり急いでいる様子です。もうすぐ追いつかれそうです。」

 シェラックたちの馬車五台は隊列を組んで移動していたが、その馬車は一台で限界を超えて速度を出しているようだ。

 そして、シェラック一行にロックたちの馬車が追い付くのだった。


 
陸路を行く⑥

「珍しい馬車の一行だな。キャラバンでもなさそうだ。」

 ロックたちの馬車に先行して街道を走る一行があった。キャラバンにしては少ない。またロックたちのような一輛立ての馬車も珍しかった。普通は隊列を組むのだ。

 先行しているシェラック一行もロックたちの馬車に気が付く。

「シェラック様、馬車が一台、追いついてまいります。」

「一台ですか。もしかするとロック=レパードたちかも知れませんね。」
 
 シェラックは正確に馬車の正体を見抜いていた。ロスを出て、そろそろ追いつかれても可笑しくないとは思っていたのだ。そしてロックたちの馬車が追い付く。

 街道で石が敷き詰められていて馬車が通れる幅はそれほど広くはない。外れると泥濘に嵌まってしまう可能性もある。すれ違うことも少ないが追い越されることはもっと少なかった。

「少し真ん中を走ってください。」

 シェラックは御者に指示した。勿論ロックたちの馬車の行方を遮るためだ。

「なんだ、通れないぞ。」

 ロックは馬車の速度を緩める。そしてとうとう止まってしまった。先行する馬車から人が降りて来た。ロックたちも降りる。

「なんだ、何か用なのか?」

「用と言うか、少し話をしませんか?」

 シェラックは丁寧に話しかけた。

「こっちは急いでいるんだ、先に行かせてくれないか。」 

「少し話をするだけですよ。あなたたちはどちらに向かってらっしゃるのですか?」

「だから先を急いでいるんだって。この先にいる筈の奴らに追いつきたいんだ。」

「先に居る奴ら。あなたたちが追いかけているのは終焉の地ですか。」

「なんだ、何か知っているのか?」

 ロックはシェラックに少し詰め寄った。

「色々と情報を分析すると解が求められるものです。あなたたちと敵対していておいかけているとしたら終焉の地、ルシア=ミストしかありませんでしょう。」

 ロックたちは最大限の警戒をする必要を感じた。この男は危険だ。ロックが見るに剣の腕は大したことが無いと思われる。この男の恐ろしさは剣の腕には無いようだ。

「お前、何者だ?」

「私ですか。私はただの商人ですよ。」
 
 全く信用できない男だった。確かに恰好は商人を真似てはいるが年齢はロックたちと変わらないようだ。そして感じるのは老獪さだった。

「そんな訳が無いだろう。それに俺たちのことも知っているようだし。」

「勿論知っていますよ、ロック=レパード様。お連れの方はどなたか存じ上げませんが。」

「確かに俺はロック=レパードだ。こっちはルーク=ロジック。名乗ったのだから、そちらも名乗るべきだろう。」

「私などは名乗るほどのものではございません。終焉の地を追いかけておられるのは何か訳が?」

「同行者が攫われたんだ。だから急いで追いつかないといけないんだ。早く通してくれないか。」

「なるほど終焉の地らしいですね。判りました、どうぞお通りください。」

 そういうとシェラックは指示してロックたちの馬車を通させた。

「お気をつけて。何かお手伝いできることがあるといいのですが。」

「いや、とりあえずは通してくれてありがとう。先を急ぐので。」

 ロックたちはシェラック一行を追い越して先を急いだ。

「シェラック様、よろしかったのですか?」

「ええ、誰か彼らを追わせてください。場合によっては終焉の地を先に捕まえて人質をこちらの手に、ということもできるように。」

 自分の知らない所で事が起こっているのが腹立たしいシェラックだった。


 

陸路を行く⑦

 ロックたちの馬車はトレオンからエンセナーダに向かう陸内街道の街ギーブを超えてサイラスの手前を走っていた。キャラムから街道を外れた終焉の地を追いかけているのだがキャラムから真っ直ぐエンセナーダを目指すとしてもサイラスとその次のソノの間辺りには街道に戻るはずなのだ。いずれにしても街道を通って遠回りをするロックたちと道なき道を行く終焉の地の速度はそれほど差が出るとは思えなかった。
 
「サイラスには居ないようだね。」

「ジェイも見つけられないと言ってるし、サイラスは素通りして先に進むか。」

「いや、馬を休ませないとこの先進めないよ。焦る気持ちはわかるけど明日朝早くに立とう。」

「わかった。じゃあ宿は取らないで野営しよう。それにしても奴らはミロを攫ってどうしようと言うのだろう。それにもうルシアも居ないというのに誰が取り仕切っているのか。」

「正直判らない。ただルシアはザトロス老師が連れて行ったとはいえ、そのまま終焉の地の配下たちと合流していることもあり得るからね。」

「そうだな。ルシアが居るなら逆に俺たちへの人質にミロを、ということになるから判り易いし俺たちに会うまでは無事だと思うんだが、ルシアが居ない方が目的が判らない分、不気味だな。」

「ルシアならミロをもう一度洗脳して、という手もあるからね。まあ、あれこれ考えても手があるわけでもないし一刻も早く見つけるしかないと思うよ。」

「そうだな、ジェイ、大活躍するチャンスだぞ。」

(言われなくとも判っておる。次の街まで先行して探しておこう。)

「頼んだよ、ジェイ。」


「シェラック様。」

「どうでした?」

「奴らはまだサイラスです。終焉の地も発見していないようです。ただ我らも終焉の地を見つけるには至っておりません。」

「そうですか。わかりました、引き続きロックたちを見張ってください。それと終焉の地も。ノルン老師には連絡が取れますか?」

「ノルン老師は一旦ヨークにお戻りになられました。」

「そうでしたね。よろしい、では私たちも先を急ぐとしましょう。そろそろこの魔道のによる変装も解きたいものですが老師のお陰でロックたちにも正体を見破られなかったのは幸いでした。」

「私どもでもシェラック様とは判らないお姿です、奴らに判るはずがありません。」

「まあ私の力ではありませんから次の折には使えないかも知れません。場合によっては再度老師にこちらに来ていただく必要もあるでしょう。いつでも連絡が取れるようにしておいてください。」

 ロックたちとは違いシェラック=フィット一行は普通に宿屋に泊まっている。シェラックたちの目的地はエンセナーダだった。本来ソニー=アレスの動向を探るのがシェラックの目的だったのだが、エンセナーダからシャロン公国全土に張り巡らされた情報網の整備を優先するようノルン老師に指示を受けたのだった。

 ノルン老師の心の内は計り知れない。グロシア州に利する深慮遠謀の筈だが魔導士などは信用できるものではない、とシェラックは割り切っていた。ノルン老師とシェラックの関係は子弟ではない。お互いが相手を利用している、という刹那的な関係だった。

 ロックたちとシェラック一行はそれぞれの思いを抱きサイラスからソノへと向かう。そして終焉の地一行もミロを連れソノに近づきつつあった。



陸路を行く⑧

 ソノの街にロックたちが着いた時には終焉の地一行も既に街に入っていた。当然ルークの探索魔道の範囲だ。

「見つけたよ、この先の宿屋に居る。」

「よし、強襲するぞ。」

 ロックたちは終焉の地が入った宿屋に向かった。宿屋に近づくとなにやら騒ぎが起こっていた。

「何かあったのか?」

 取り巻いている野次馬に訊いてみた。

「よくは知らないが戦闘があったらしいよ。それで女の子が一人連れ去られたみたいだ。」

 倒れているうちの一人は見覚えのある男だった。終焉の地に間違いない。そうすると連れ去られたのはミロということになる。つくづく攫われる運命にある娘だ。

 ロックは見覚えのある男に話しかけてみた。

「おい、どうした、何があった。」

「うっ、お前は確かロック=レパード。」

「覚えていてくれてありがとう、話が早い。で、何があった?」

「言う必要はない。」

「いいのか?ミロを攫われたんだろ?失態を重ねたお前を組織はどう扱うのだろうな。」

「いや、それは。しかしお前に話しても私の失態が帳消しになることはない。」

「それはそうだな。だがこのまま話さないと俺の不興を買うことになるがそれでもいいか?」

 ロックの口調は穏やかだが、それが逆に怖かった。ナルミナスは色々と諦めてしまった。

「判った、話す。私たちはミロを攫ってここに着いたのだが誰だか判らない一行に突然襲われたんだ。心当たりはない。ただ私たちよりもこういったことに慣れているようだった。どちらかと言うと騎士団らしくはないが強さは騎士団並という感じだ。」

「騎士団らしくない騎士団、か。」

「あくまで私の感想だがな。だからミロの行方はしらない、これでいいか?」

 終焉の地の粛正から逃れるために早く逃げ出さなくてはいけない。いつまでもここでロックの相手をしている訳にはいかなかった。

「あと一つ。どうしてミロを攫った?」

「それは。ルシア様の命令だ。理由は知らない。私は裏切り者には死を、と主張したのだが許されなかった。」

 ロックとルークが睨む。

「それが我が組織の掟だったから当然だろう。なぜルシア様はミロを生きて攫わせたのかは判らないが一番の可能性はお前たちへの人質だろうな。」

「それ以外は考えられないね。」

「それでルシアは一緒じゃないのか。」

「ルシア様はザトロス老師が連れて行ってしまった。その後連絡が途絶えているので私たちは元の命令のままミロをエンセナーダまで連れて行くだけだったのだ。」

 これ以上はミロについての情報も得られないとロックたちは終焉の地一味をロスでの黒死病を蔓延させた犯人としてソノ駐留のガーデニア騎士団に引き渡した。

 その際ロックは名乗ったのだがルークはソノがガーデニア州なので変な軋轢の原因になっても困ると思い名乗らなかった。ガーデニア州のカール=クレイ公爵とアゼリア州のヴォルフ=ロジック公爵は犬猿の仲でもないが特に良好と言うわけでもなかったからだ。

 元々年上のガーデニア州太守よりも年下のアゼリア州太守の名声が高いことが気に入らない、程度の話ではあった。剣の腕の評価は剣聖ヴォルフとは相当開きがあった。市政官としてのカール=クレイ公爵は暗愚ではなかったが特筆すべきこともなかった。

 終焉の地一味の身柄はアゼリア州であるトレオンまでガーデニア騎士団が連行し、そこでアゼリア州騎士団に引き継ぐことになった。





陸路を行く⑨

「誰か女の人が攫われた先を見ていなかっただろうか。」

 ロックたちは手分けして聞いて回ってみたが無駄だった。誰もあっけにとられて覚えていないのだ。それほどの早業だったらしい。終焉の地も一般的に見ればそれほど弱いわけではないはずなのだがそれ以上の手練れが揃っていたのだろうか。

 ルークの探査魔道では人が多すぎてミロを見つけるのは難しかった。人が居る、居ないは判るのだがミロを特定できないのだ。ジェイと別れて地道に探すしかない。

 ロックたちが街からエンセナーダ側へ向かう街道の出口に向かうと見たことがある馬車の一行が居た。途中で追い抜いた一行だった。

「ロック、あの馬車。」

「ああ、見たことあるな。俺たちより後に着いたはずなのにもうソノを出るなんて、よほど急いでいるか、」

「急いで出なければいけない理由が出来た、とか。」

「ジェイ、ジェイ!」

 ロックはジェイを呼んだ。ジェイは街の逆方向に行っていたはずだ。しかし、ジェイは直ぐに現れた。

(なんじゃ、どうした、見つけたのか?)

「いや、今街を出て行った馬車、途中で追い抜いた馬車みたいなんだが、もしかしたら、と思うんだ、見て来てくれないか。」

 自分たちの馬車は置いてきてしまっている。走って追いかける訳にも行かない。

(よし、まかせておけ)

 とりあえずロックたちは馬車に戻って街の東出口に向かう。しばらくするとジェイが戻ってきてきた。

(何かの魔道がかけられておるようで中の様子は判らなんだが、逆に何かを隠している、ということになるまいか。)

「そうだね、どうするロック、追ってみる?」

「賭けだが確率は高そうだ、行こう。」

 ロックたちは謎の馬車一行を追いかけることにした。


「シェラック様。」

「どうしました?」

「何者かがこの馬車を探っていたようです。」

 セヴィア=プレフェスはグロシア州騎士団参謀であるシェラック=フィット付きの魔道士で参謀補佐という立場だった。シェラックはあまり魔道を使えないので、その意味での補佐だったのだ。

「ルークというロック=レパードの同行者でしょうか。」

「いえ、なんといいますか、人ではないと。」

「人ではない?」

「はい、多分使い魔の類かと。」

「なるほど、それでこの娘のことは相手に判ってしまったまですか?」

「いいえ、確かなことは魔道で隠していますので判らないとは思いますが、逆にそれが何かを隠している証になるのかもしれません。」

「魔道というものは使い方次第、ということでしょうか。よろしい、このまま馬車を走らせてとりあえずエンセナーダを目指しましょう。途中で追いつかれたらその時はその時です。それと、やはりノルン老師にはこちらに来ていただきましょう、何か嫌な予感がします。」

「連絡を入れておきます、エンセナーダで合流、ということでよろしいでしょうか。」

「そうですね。さっきの使い魔の件は引き続き注意しておいてください。」

「承知しました。使い魔とはいえ、なかなかの使い手の様でしたので注意しておきます。」

 セヴィアはシェラックの父であるラング=フィット参謀長からくれぐれも息子を守るよう言い遣っていたのでシェラックを危険な目に遭わせるわけには行かなかったが本人は自らが危ない目に遭うことに頓着していないので困っていた。

 フィット家は太守であるウラル公爵家に次ぐグロシア州でも名家中の名家であり子供のころからの食客という形で養っている者が大勢いる。シェラックに今従っている者たちは全てその一部でありシェラックの為には命を惜しまないのだった。




陸路を行く⑩

「レイズ殿下。」

「なんだ。」

「やはりまずいのではありませんか。」

「何故だ。」

「少なくともクレイ公にはご連絡をしておくべきでしょう。」

 レイズ=レークリッドは現公王ロウル=レークリッドの嫡男だった。

「友人のグロウスに会いに行くのに問題は何もないだろう。」

「そういう訳には行きません。相手のグロウス様はクレイ公のご子息であらせられます。先触れも無しにご訪問されるのは問題があるのではありませんか。」

「そういうものか。」

 レイズは突然思い立ってガーデニア州太守のカール=クレイ公爵の次男であり既にガーデニア騎士団の大隊長に就いているグロウス=クレイを訪ねてきたのだ。

 レイズとグロウスは聖都セイクリッドの貴族の子弟のみが通う幼年学校で知り合った。歳はグロウスが一つ上だったが、すぐに打ち解けて友人となった。グロウスには少し打算があったのかも知れない。公太子であるレイズとの誼を結ぶことは将来的に色々と有利に働くはずだからだ。

 カール=クレイ公爵も次男であるグロウスは太守を継ぐことはないのだから広い世界を見せて見聞を広げさせたいとセイクリッドの幼年学校に入れたのだから、公太子と縁が出来たのは目論見通りだっただろう。青年学校も卒業してガーデニアに戻ると直ぐにガーデニア騎士団に中隊長として入団させ、一年も経たずに大隊長に昇任させていた。長男よりも頭もよく剣の腕も優れている次男が可愛くて仕方なかった。

 レイズは供回りも連れずにお忍びでの旅だった。一応公王には連絡をしておいたが、付き従うのは公王の親衛隊の副隊長で公太子付のダーク=エルク一人だった。ダークにしても夜中に一人で馬を走らせたレイズを追いかけるのが精いっぱいだったのだ。

「明後日にはエンセナーダに入ります。既にガーデニア州に入ってしまっておりますので私の手の者もおりません。とりあえず街に入りましたら落ち着き先を決めて、私が先触れをしてまいのますので、しばらくはお待ちください。」

 レイズはあまり納得は行かなかったがダークのいう事はいつも正しいとも思っていたので言う通りにすることにした。

 ロウル公王があまり気に掛けなかったこともありレイズは自由奔放に育ってしまっていた。レイズは18歳になったこの年、御前試合に出場が許されなかったことが不満で仕方なかった。会場に招待もされなかったのだ。実はダークの手配で内密に見に行ったのだが優勝者の他数名には勝てる気がしなかった。自分が強いと思っていたレイズはそれが思い上がりだったと知ったのだ。

 父ロウルはひとり息子であるレイズが負けるところを見るに忍びなかったのだろう。それで御前試合に出場させなかったのだ。ロウルはレイズに挫折を経験させることも必要かと思ったのだが自らが出場した御前試合で決勝で負けて味わった挫折感は相当なものだったので、それを息子に味合わせたくはなかった。

 翌々日、レイズとダークがエンセナーダに入ると目の前を一台の馬車が相当な速さで横切った。

 ダークは(公太子の御前で不敬な)と思うのだが、お忍びなので仕方がない。すると、さっきの馬車よりもさらに早い速度で馬車が横切った。

「ダーク、エンセナーダの馬車はいずれもあのような速さで走っているのか?」

「いいえ、そのようなことは無いと思います。いずれも特別に急いでいる何かの理由があるのでしょう。お気になさるようなことではありません。」

「そういうものか、判った。」

 ダークは直ぐにエンセナーダでも高級な宿屋を見つけて公太子を落ち着かせた。グロウスに会えれば黒鷲城に入れるはずだった。ダークはグロウスを訪ねる為にガーデニア騎士団に向かうのだった。゜



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