虹の戦記

綾野祐介

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第4章 厄災の街

ナミヤ教グレデス教会

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第4章 厄災の街

2 ナミヤ教グレデス教会①

 グレデス教会はロスの街中では一番大きい建物だった。ロス港湾庁よりも大きい建物はこの教会のみだ。
 
 ロスの街にもナミア教徒は大勢いた。そもそもシャロン公国全人口の五人に一人はナミア教徒だ。多くの宗教の中でも最大のものだった。特に港町にはその加護を受けたい信者が大勢いた。

 ナミヤ教は主神アースを中心として複数の神を崇める多神教だった。各地の各教会ごとに祭る神は違っていてグレデス協会は運命の神ソーンを祭っている。ソーンは運命の神だが、商売や博打の神でもあった。運命の神は骰子を振るのだ。

 シャロン公国の宗教としては他にも月の女神サラを信仰する一派や闇を司るカースを信仰する者たちも居たが、ナミア教はそのすべての神を教義に盛込むことによって多くの信徒を得ていたのだ。

 サマム=シャイロック大司教はセイクリッド大聖堂を司るレフ=シャイロック教皇の弟だった。世襲ではないナミヤ教の枢機卿や大司教たちのなかで特段権力を持っている訳ではなかった。
 
 シャイロック教皇の弟でありながら、辺境と言われるほどではないがセイクリッドとは遠く離れたロスに駐在させられているのは、それほど能力を買われてはいない、という証だった。教皇も弟を本人の能力以上の地位につける気がなかったのだ。それが弟のためだと考えているのだ。

 サマムは不満だった。教皇の弟であること以外、誰も自分自身に関心を持ってはくれなかったからだ。ただ、自分にそれほど才覚がないことも自覚していた。聖職者としては欲があり過ぎた。

 ナミヤ教の聖職者はどの地位であれ婚姻を認められていた。サマムも若くして妻帯してはいたが、妻はセイクリッドを離れようとはしなかった。サマムが各地の教会に転属になる都度、妻に同行を求めたが一度も応じてはくれなかった。当然ロスにも来ていない。

 サマムは妻がそばに居ないことを理由として身の回りの世話を信徒にさせていた。サマムの目に留まった若くて綺麗な女性を必ず指名して、世話以上のことも強引にさせていたのだ。飽きたら次の信徒を指名した。一度に二人は選ばない、というのがサマムの信条だった。

 教徒たちは大司教であり教皇の弟でもあるサマムには一切逆らえなかったのだ。サマムが指名するのは独身の女性だけでなかった。逆らえば「神敵」として糾弾され「神罰」だとして拷問が待っていた。

 悪い意味でロスでは有名となっていたサマムが、彼以外の顔役がみんな疫病に倒れてしまって居なくなったことでナミヤ教徒以外のロスの住民も彼の管理下となってしまった。

 疫病とは別の厄災の始まりだった。


2 ナミヤ教グレデス教会②

「まいったな、これは監禁じゃないが軟禁だな。」

 六人は一室に通されていた。そこは調度品なども整っていて応接室のような大きな部屋だった。

「ドアの外には見張りが居るわよ。」

「そうだな。一度に全員が部屋を出たり、建物の外には出させてはもらえないだろう。危険だとかなんとか理由を付けて。」

「それで、どうする?」

 誰にも妙案はなかった。相手は名目上は保護してくれているのだ。断るにはそれなりの理由も必要だろう。こちらの身分も把握しているようなので無茶が出来なかった。

「ルークのことは知らないみたいだったね。使用人の体で部屋を出て教会内部を探ってきてもらうかな。」

「僕が?」

「俺たちは顔も身元も知れているからな。お前かフローリアしか居ないだろ。彼女にさせる気か?」

「わかったよ、僕が行ってくるから、騒ぎは起こさないでよ。」

 ルークが代表として教会内を探ることにした。ルークも騒ぎを起こせない。部屋を普通に出るのではなく通気口を通っていくことにした。

「ぶふっ。埃だらけだよ。」

「文句言ってないで早く行っておいで。」

「ロックやアークじゃなく君に言われるとは思わなかったよ、ソニー。」

「僕も言うときは言うさ。」

「判ったって。ロックとアークをちゃんと抑えておいてね。」

「なんで俺たちは暴れ者扱いなんだよ。」

「アーク、自覚してなかったのか。」

「お前にだけは言われたくないぞ。」

 ロックとアークはなんだかとても似ているようだ。顔ではなく性格がだが

「ルークはとっくに行ったよ。」

 二人が言い合っているうちにルークは通気口に消えていた。

「ルークが居ないんだから、誰が来ても悟られないようにしなくちゃ駄目よ。」

「君にまで言われるとはね。」

「レイラが一番危ないと思うぞ、ねぇ、フローリアさん。」

「いえ、私は、そんな。」

「フローリア、ロックの言うことなんて相手にしなくてもいいのよ。」

 自分がしっかりしなければ、と思うソニーだった。


2 ナミヤ教グレデス教会③

「ブラインドの魔道を覚えておいてよかった。」

 ルークは姿を消すことが出来た。但し気配は魔道では消せない。ルークの腕を上回る達人には気配を読まれてしまうかも知れない。ルークは慎重に慎重に換気口を進むのだった。

 途中いくつかの部屋の上を通った。幾部屋かは誰も居なかったが人のいる部屋もあった。少し緊張しながら通り過ぎようとすると部屋に居る二人の人物の声が聞こえて来た。

「殺してしまうと、それはそれで拙い事態になるだろうに。」

「いや、殺しはそうですが、病死なら問題ないのでは?」

「全員か。」

「そうですね、ここの秘密でも知られない限りはそのまま返してもいいのですが。」

「記憶操作もしないでか。」

「できる魔道士が今ここには居りませんので。」

「肝心なときに役に立たないギルドだな。それでは最恐の闇ギルドの名が泣くぞ。」

(闇ギルド?)

「その名はあまり口になされない方がお互いの為だと思いますが。」

「判っておる。お前たちの儂の関係は絶対に教会には知られるわけにはいかん。だが、奴らを亡き者にするのは儂の手の者で、との思いが強いのだ。儂はロスに儂の王国を作る。お前たちはその手助けをして報酬を得る。それでいいではないか。」

「ご布教の方はいかがなされますので。」

「布教?そんなものどうでもいいわ。兄が教皇をやっているからこんな宗教の要職に就いてやっているだけで儂は元々カース信者だ。だからお前たちとも付き合うのだ。」

 カースは闇、絶望、邪悪の神だ。闇ギルド『終焉の地』も崇めている。邪教の一派が信仰するシャロン十神の一柱だ。本来まともな神経の者が信仰するものではない。破滅を呼ぶ神なのだ。

(このままだと全員殺されてしまうな。)

 来た部屋からのルートと脱出できるルートを頭に叩き込んでルークは元の部屋へと戻るのだった。


2 ナミヤ教グレデス教会④

「なんだ、もう戻って来たのか。それで何か判ったのか?」

「危険が迫っている、ということだけね。なんか僕たちを殺す算段をしていた。闇ギルドを使うみたい。」

「闇ギルド?」

「暗殺を生業にしているギルドのことだよ。」

「ソニーは何でも知っているな。」

「何でもは知らない。知っていることだけ。」

「何当り前のことを仰々しく言ってるんだ、そんな場合か。」

 この男たちはあまりにも緊張感が足りないと本来一番緊張感のないレイラは思った。

「それでどうするの?私とフローリアは戦えないわよ。」

「レイラ様は私がお守りします。」

 健気にもフローリアが言う。但し、少し震えながらだった。

「あなたは戦う必要はないって。こいつ等に任せておけばいいのよ、強さは間違いないんだから。」

「俺とルークとアーク、ソニーはよく判らないが、まあ生半可な暗殺者には引けを取らないさ。」

「そうは言うけど魔道で来られたらどうするの?」

「そのときはお前に任せる。それとソニーか、前より結界を張るのは上手みたいだしな。」

 そうだ。ルークにも気が付かれない結界をホテルでソニーは張っていたのだ。ルークはアゼリア公の養子だがソニーは正真正銘アストラッド州のディーン=アレス侯爵の嫡男だった。それが魔道に長けているとは、本来公言出来ないことだ。

 シャロン公国において魔道士は剣士よりも下に見られることが多い。自らの身を守れない若輩者や老齢者が魔道に頼る、という認識だった。また、魔道士はその知識から術士というよりも為政者の相談相手としての地位を確立していた。但し、あくまで相談者としてということであり、為政者そのものにはなり得なかったのだ。

 アストラッド侯の嫡男が魔道に関わっているなどとの噂が立てば家名に傷がついてしまう。

「僕が魔道が得意だなんて噂を広げたらだめだよ。」

 ソニーはお道化て言うが、本当のところは結構切実に思っているはずだ。ルークにはその辺りの機微は判らなかった。


2 ナミヤ教グレデス教会⑤

「ブラインドの魔道を全員にかけるのは無理だよ。」

「じゃあどうするんだ。」

「僕とソニーでレイラとフローリアの二人は隠せるから、四人は正面から突破するしかないね。」

「ちょっと待って、僕も一緒に?細剣なんてただの飾りで持っているだけだよ?」

「仕方ないじゃなか。君の代わりにレイラかフローリアに剣を持たせるつもり?」

 ソニーは剣には自信がなかった。アークに一度も勝てたことがない。同世代のアストラッド騎士団訓練生の中でも最弱といってもいいくらいだった。但し、彼らとの訓練の中で痛いことが嫌いなソニーは避けることに関しては誰にも負けないようになった。勝てなかったが負けることもなくなったのだ。

「とりあえずロックとアークに道を切り開いてもらって、僕は君と彼女たちを守ることに専念するから、ブラインドの魔道の方は頼んだよ。」

「わかった。そっちは得意だから。」

 結局ソニーは剣より魔道であることを認めざるを得なかった。

「じゃ、行くよ。」

「なんでルークが仕切ってるんだ?」

「いいじゃない、ロックは剣だけ振るってなさい。」

「その言い方は酷い。」

「いいから、行くよ。」

 六人(見た目には四人)は一斉に部屋を出た。ドアは鍵が掛かっていたが誰も意に介しない。ぶち壊して出た。ドアの前には二人の見張りが居たが、ドアが蹴破られる音に驚いた瞬間にロックに倒されていた。

 廊下を出口の方に進む。何かが起こっているのか、人が出払っていた。チャンスだ。人に出くわさない方がいい。

「闇ギルドの奴らも居ないようだ。このまま出るぞ。」

 教会の中は誰も居なかったが外が妙に騒がしい。六人は誰にも会わずに出口が見えるところまで来られた。

「どちらへお出かけですか。」

 不意に出口の方から人影が現れた。ルークがさっき見た、サマム=シャイロックと話をしていた男だ。

「いつまでも、お邪魔しても悪いと思ってね。お世話になった、ありがとう、では。」

「はいそうですか、と言うとでも?皆さんにはここから出てもらっては困ります。大司教が仰っていませんでしたか?街は疫病が蔓延しているので危険なのです。お部屋に戻ってください。」

「いや、疫病の件は十分注意するから、このまま出させてもらうよ。」

「今は大司教もお出かけになっています。駄目だと言っているでしょう。」

 急に途中から声の質が変わった。丁寧に話すことは諦めたようだ。

「たった一人で俺たちを引き留められるとでも?」

「可能かどうか、試してみますか?」

 ロックたちの素性はバレているはずだ。それでもこの自信はどこから来るのだろう。何か秘策でもあるのか。

 結論は単純な人海戦術だった。教会の外には百人近い教徒たちが取り囲んでいる。彼ら全員が人の壁だった。

「ある程度の剣の使い手や魔道を少し齧ったものには効きませんが出来るだけ眠らせてみましょう。ソニーもお願いします。」

 ルークは詠唱を始めた。ソニーも続く。声の届く範囲なら一般人には多少効果があった。半数以下に減らすことには成功したが、まだまだ数が多い。全員を殺すわけにも行かないのでどうしようかとルークたちは考えあぐねていた。

「自己紹介がまだでしたね、私はこの教会で雑務を司っておりますルシア=ミストと申します。お見知りおきを。」

「嘘だ。」

「嘘だ?何を仰っています?」

「終焉の地、だろ?」

 ルークは正直に言いすぎる、とルーク以外の全員が思ったが、もうどうしようもない。

「終焉の地?そうですか、ご存知でしたか。それなら話は早い。そうです、私は闇ギルド終焉の地の幹部を拝命しております。そしてあなたたちの中に私の目的の方がいらっしゃる、ということになります。私どもは目的のためには少し回りの方を巻き込んだとしてもあまり気に掛けてはおれません。もうお判りですね。皆さまにはここで全員死んでいただきます。」

「誰が目的なのか、依頼主は誰なのか、と聞いてもいいかい?」

「聞いていただくのはご自由ですが、答えることはありませんね。お判りだと思いますが。」

「では、お前を捕まえて身体に聞くしかないってことだな。」

 心当たりがあるのか、アークが脅すように言った。

「ご自由に。」

 やはり自信は揺らいでいない。後ろの人数が半数になっても同じだ。別の秘策があるのか。そんな思惑は関係なしにロックはルシアにいきなり切り付けたのだった。


2 ナミヤ教グレデス教会⑥

「危ない、危ない。さすがですね、あなたの腕は十分理解しています。まともにやり合う気はありませんよ。」

 ルシアはそう言いながら人の壁の中に紛れた。ロックの打ち込みをよけたのだ。ルシアも只者ではなかった。暗殺を生業にしているので無理な命のやり取りはしないのだ。

「逃げるな。」

「ロック、駄目だ。彼らに紛れられたら、もう追えない。追いかけて倒すことが目的じゃないだろ。」

 アークにだけは言われたくなかったが、確かにルシアを追いかけている暇はなかった。

「ここを抜けるには、この人数をなんとかしないと。裏に回った方がいいかな。」

「ソニー、この建物の裏口が判っているの?」

「いや、知らないけど、裏口くらいあるでしょ。」

「行き当たりばったりか。ソニー、あんたの良さは冷静なところだと思っていたけど案外イケイケなんだな。」

「君に言われたくない。アークにもね。」

 言う前に機先を制された形のアークは、行動を起こした。ロック以外にとりあえず裏口を探しに行かせる。ロックたちは殿で教会に入ってくる者たちを制していた。狭い入口なので一度に入れる人数が絞られる。二人で十分だった。

「しかし、キリがない。ルークたちは裏口を見つけられたのかな。」

「大丈夫だろ、ソニーも居るんだ。しかし、さっきの奴は相当な使い手ではあるな。ちゃんと試合をしてみたい。」

「アーク、お前も相当なもんだな。ここを抜けたら俺と試合ろう。」

 そこにルークが戻って来た。

「あったよ、ここの扉を閉めて向かおう。」

 三人でなんとか扉を閉めて奥へと向かう。複雑な建物だったがどうもいくつか裏口があるようだった。ソニーたちが見つけた裏口に迷わずにたどり着いた。迷路のようだったがルークはトレースの魔道をかけていたので問題なかったのだ。

「来たね、じゃあ行くよ。」

 六人が外に出ると、そこには誰も居なかった。終焉の地の関係者たちはみんな表口に殺到していたのだ。

「街を出るよ。」

「それはいいけど、馬車はどうする?」

 ロックたちの馬車、アークたちの馬車、どちらもホテルに置いたままだ。ホテルに戻る訳にもいかない。ホテルの周りは疫病の感染者で溢れてしまっていた。

「迎えに来てもらう手はずになっていたんだが、時間が経ってしまったからもう無理だろうね。」

「そんな手はずになっていたのか。」

「そう。なんとかあの時間に街はずれまで辿り着いていたら問題なかったんだけど、着いた時には間に合ってなかったから。」

「君の関係者?」

「アストラッド騎士団の手の者だからどちらかと言うとアークの関係者かな。帰れなくなったことは伝えられていたから。」

「もう無理か。」

「そうだねずっとあの場所で待ってくれているとは思えない。さて、ホントにどうしようか。」

「船はどうかな。元々船を見つけて旅を続けるためにロスに来たのだけれど。」

 ロックとルークは修行の旅をつづける為にロスで船を見つけて東に向かうつもりだったのだ。

「船か。ちょっとそれは問題だな。」

「どうして?あなたたちはアストラッドから来たのでしょ?だったら船で東に向かった方が速いじゃない。ロスへも船で来たんじゃないの?」

「えっ、いや、まあ、そうなんだけど。」

 ソニーはなにかを誤魔化そうとしているようだった。

(何かがくるぞ)

 久しぶりに出て来たジェイが叫んだ。

「なんだよ、どこに行ってたんだ、ジェイ。」

(気を付けろ。何か、とんでもないものが来るぞ)

「とんでもないもの?」

(そうだ。尋常ではない魔道力を感じる。)

 確かにとんでもない力を持って何かが近づいて来るのに気が付いた。確実にこちらに向かっている。

「逃げるか。」

「無駄だよ。迎え撃つしかない。」

 とんでもない何かがもう目の前に迫っていた。


2 ナミヤ教グレデス教会⑦

(お前たちは何者だ?)

 頭に直接その思考が流れ込んできた。ジェイとの会話と同じだ。

「あなたこそ、誰ですか?」

(ほほう、儂に問うのか。ちょっと待て、そこのお前、もしかしたらドーバの弟子ではないか?)

「はい、そうです、ほとんど何も教えていただきませんでしたが、一時期老師の元にお世話になっていました。その前はラグでクローク老師に基本を教えていただきました。」

(クロークとな。それではあ奴も健在なのだな。よいよい、皆壮健であればよい。)

「あなたは、ドーバ老師たちのお知合いですか?」

(まあ、知り合いと言えば知り合いではある。特にドーバとはオーガ老師の元で修業をした仲間だ。クロークは、まあ、不肖の弟子、と言ったところか。)

「クローク老師の師匠でしたか。でも確かクローク老師はドーバ老師のことを師匠と言っておられたと記憶していますが。」

(あ奴、そんなことを。あれほど儂が世話をしてやったことを忘れておるのか。今度会ったらまた指導してやらんといかんな。)

 膨大な魔道力はドーバの師匠と言っても嘘には聞こえないほどだ。いずれにしても敵かどうかが一番の問題だった。

「それで老師はここで何を?」

(儂か。儂はロスが大変な厄災に見舞われていることを知って出張ってきたのだ。普段は眠っておって世事には関わらないようにしておるのだが、どうもその域を超えているようだったのでな。)

「すると老師がこの疫病をなんとかしていただけるのですか。」

(まあ、任せておれ。とょっと街中を回ってきてやる。少し話もあるので、ここで待っておれ。)

 そういうと名乗りもしなかった魔道士は一瞬で消えてしまった。

「なんだったんだ、ルーク、知り合いか?」

 老師との会話はルークにしか聞こえていなかったようだ。

「いや、知り合いの知り合い、かな。ロックも会ったことあるドーバ老師と一緒に修行していたらしい。それで、ロスの疫病をなんとかしてくれるみたい。」

「よかったじゃないか。それは助かる。でも信用できるのか?」

「とんでもない魔道力だったから、信用しないと敵対なんてしたら僕たちでは到底太刀打ちできないよ。」

(行ったか?)

「ジェイ、どこ行ってたんだよ。」

(あの者の力が凄まじかったので、少し外しておった。なんだあの者は、人間としてはとんでもないぞ。)

「そうだね。ドーバ老師もすごかったが、あの人はもっと、かな。ドーバ老師と同じオーガの弟子って言ってたから、一体何歳なんだろうね。」

 そこに先ほどの魔道士が戻って来た。

「さて、遠話ではまどろっこしい。普通に話そう。街は疫病が蔓延しておったが、儂が全部治してきてやった。水が原因だったので、とりあえずは一度煮沸してから使えと指示しておいた。あとはネズミの駆除だな。ネズミが疫病を媒介している。おい、そこに隠れておるやつ、お前もネズミではないのか?」

(わっ、我は誇り高き猛禽類の王なり。決して下劣な齧歯類ではない。)

「そうか、それはすまなんだな。それでだ。少し事情を聴こうか。」

 少し宙に浮いた状態で魔道士が見下ろしながら言った。


2 ナミヤ教グレデス教会⑧

「老師、ここでは目立ちすぎます、どこか場所を変えませんか。」

 ルークの提案に老師は即答した。

「よし、判った。」

 次の瞬間、一同は元の教会に戻って居た。見覚えのある部屋だった。一同が軟禁されていた、あの部屋だ。

「どっ、どうしてここに。」

「お前たちの記憶にあったからな。ここの主は儂の知り合いの弟だ、まあよかろう。」

「そうなんですね。僕たちがここに居た時の状況は?」

「知らん。聞かせろ。」

「そうですか、では僕から。」

 ルークはロスに入ってからの出来事をかいつまんで話した。
 
「なるほどな。儂が居眠りをしておる間に、そんな事態になっておるとは。儂はそもそもこの教会の地下に居たのだ。」

「そうなんですか。」

「ここの主も知らんことだがな。兄は知り合いだが弟は大して知らん。」

「兄というとナミヤ教のレフ=シャイロック教皇のことですか。」

 思わずソニーが口を挟む。

「宗教のことはよく判らんが、以前少し魔道の手ほどきをしてやったことがある。なかなか筋が良かったので褒めてやると喜んでおったが教皇とな。偉くなったものだ。」

「それで老師はこの教会の地下に勝手に住んでおられると。」

「勝手にというのは、まあ、そうとも言うか。まあ、あいつには何も断りを入れてはいないな。」

「それで老師、居眠りしている間とは、この騒動はもう1か月以上も続いているようですが。」

「儂が居眠りしていたのは、まあ、大体二年というところかの。」

「二年も居眠りしておられたのですか。」

「二年くらい普通眠るだろう。」

「普通は二年も眠りませんよ、老師。」

「そうか、そんなものか。まあよい。ロスの街は儂の住処だ。こんなことになっていると知って追ったらもっと早くに対処しておったのだがな。」

 少し悔しそうに老師が言った。

「ところで、老師、お名前をお聞きしていないのですが。」

「そうだったか?儂か、儂の名前はキスエル、皆は水のキスエルと呼ぶぞ。」

「水のキスエル、数字持ちの魔道士序列第4位の、あの水のキスエル老師ですか。」

 ソニーが驚きながら確認する。数字持ちの魔道士とは、ほぼ皆が伝説となっている魔道士たちで序列12位までが認知されている。魔道士たちの中でも別格の魔道士のことだった。ドーバが序列第7位、クロークも末席の序列第12位だった。ドーバやクロークはその魔道力を周囲にひけらかすことが無かったがキスエルは何も気にしていないのか魔道力を周囲が容易に感じ取れた。それがとんでもなく強大なものだった。

「老師、少し魔道力を抑えていただけませんでしょうか、あまり魔道に長けていないものに取っては意味も分からず生力を取られてしまいます。」

「おお、そうか、起きたばかりでうっかりしておった。悪いの。」

「ありがとうございます。」

 キスエルが魔道力を抑えてくれたことによって一言も発することが出来なかったレイラやフローリアの顔色が戻って来た。

「助かったわ、もうなんだか指一本動かせないような感じだった。老師様、お力が凄すぎます、本当に私のような非力なものには身動きすらできませんわ。」

「すまん、すまん。ところでお前はガイアの娘だな。」

「そうです。父上をご存知なのですね。」

「ガイアが若いころにちょっとな。そしてお前はゼナとの間の娘、ということか。」

「母上もご存じなのですか。」

「ご存知、ご存知。二人は息災か。」

「はい、二人とも元気にしております。」

「それは重畳。」

 何か少し含みのある言い方をするキスエルだったがレイラは気が付いてはいなかった。

 






 







 


 






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