虹の戦記

綾野祐介

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第4章 厄災の街

港町ロス

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第4章 厄災の街

1 港町ロス①

 ロスにはほどなく無事に着けた。今までの旅が波乱万丈だったので、全く何事も起こらなかったことで拍子抜けすらしている一行だった。

「海が見える!」

 レイラは初めて見る海に興奮していた。大陸東部の大海は北のノーム海、東のエローム海、そして港町ロスが面しているサミア海の3つの海に面している。その中でもサミア海は南に位置しているので、とても温暖で穏やかな海だった。但し、南方特有の大嵐が時々やって来る、気まぐれな海でもあった。

「このサミア海ってルスカ湖よりも大きいんでしょう?」

「当たり前だろ、ここは海だよ。ルスカ湖はシャロン公国で一番大きい湖だけど海に敵うわけないじゃないか。」

 ロックがあきれ顔で答えた。

「だって海を見るの、初めてなんだもの。ロックは何回も見ているから感動がないのよ。」

「確かに俺はロスには何回も来ているけど、他の海は見たことないな。ルーク、一緒にいろんな海を見に行こう。」

「そうだね。というか、いろんな海があるの?」

「あるさ。北にはノーム海、中原にはエローム海、そして南にはこのサミア海。もっと北やもっと南、ずっと東にも海は広がっているというからな。」

「壮大だね。ロック、うんうん、いつか全部制覇しよう。」

 一行が港町ロスの入り口ではしゃいでいると黒装束の場所の一行とすれ違った。その一行は葬列のようだった。馬車の葬列が何両も連なっている。大勢の人が無くなったようだった。

「何かあったのかな。」

「ちょっと聞いてくるよ。」

 ロックが葬列を見送っている人の中の一人に話しかけている。そして、すぐに戻って来た。

「何か、病気が流行っていて大勢の人が死んでいるらしい。ロスの街には入らない方がいいと止められた。」

「そうなんだ、大変そうだけど、どうする?ここまで来て、また来た道を戻るの?」

「どうしたものかなぁ。このまま戻るってのも現実的じゃないしなぁ。馬も俺たちも体を休めたいのは間違いない。」

「そうだね、じゃあとりあえず宿を探そう。」

 一行は町中に入っていったが、どうも街中がどんよりとした空気で満たされていた。ロックの記憶とはまるで違う。別の街に来てしまったかのようだった。

 宿を見つけると早速聞いてみた。

「おやじさん、この街はどうしてしまったんだい?なんだか街中が沈んているみたいだけど。」

「旅の方、悪いことは言わない、すぐにこの街を出た方がいいよ。」

「街の入り口でも、ロスには入らない方がいいって言われたけど、一旦全体どうしてしまったんだ?」

「悪い流行り病だよ、先週から街中の人々がバタバタと倒れてね。もう年寄りや子供は全居なくなってしまった。若いもんも体力があるから大丈夫とか言ってたが、みんな病で倒れてしまった。この街に元気な人間なんて一人も居ないのさ。」

「そんなに。原因はなんなんだ?」

「そんなことわしに判る筈がない。医者は最初にみんな死んでしまって、もう誰も病気を診る者が居ないんだよ。」

「大変だ、州兵たちはどうしてるんだ?港湾局も居るだろうに。」

「みんな死んでしまったさ。ロスは半分は死んだ。アドニスに連絡に行った者も帰ってこない。多分途中で死んでしまったんだ。」

「まずいな、これは街に入ったことが間違いだったみたいだ。」

 後悔するロックとルークだったが、レイラたちを無事にラースに返す責任がある。状況を確認したうえで明日にでも街を出ることにした一行だった。


1 港町ロス②

(おい、お前たち、なんだか変だぞ。)

「ん?どうしたんだジェイ。」

(人の気配がしない。)

 確かにロックたち以外の人の気配がしないようだ。真夜中を過ぎているので寝静まっているだけ、ということも考えられたが、どうもそれだけではない様子だ。

「ホントだ。何かあったのか?」

(判らん。我も今さっき気が付いたのだ。)

「なんだよ、寝ないで見張ってくれてたんじゃなかったのかよ。」

(そんな訳がなかろう。我を何だと思っておるのじゃ。)

「ただ働きの見張り番?」

(お主とはいずれ決着を付けねばならんな。そんなことより、皆を起こした方がよいのではないか。)

「もう起きてるよ。確かに変だね、ロック。」

「うん。レイラたちを起こした方がいいかもな。」

「判った、僕が行ってくるよ、君が行ったら襲いに来たと思われるだろうから。」

「この扱いの違いは何なんだ?」

(日頃の行いの違いではないか?)

「黙れ、この化けネズミ。」

(齧歯類ではないと何度も言っておろうが。我は誇り高き猛禽類の王である。)

「はいはい。」

(お主は我の話をまともに聞く気がないな。)

「ご名答!」

「何二人で漫才やってんのよ。どうでもいいけど寝不足はお肌の天敵なんだからね。」

「おいルーク、どんな説明して起こしたんだよ。」

「話は判っているわ。何か不穏なことになっているようね。」

 急にレイラが声のトーンを落として真顔になった。ルークは、やれやれ、と言いたげな顔をして肩を竦めた。

「それで、どうするのよ。」

「とりあえずは現状把握と情報収集だろうね。今ロスで何が起こっているのか、この宿で今夜何が起こったのか。」

「ジェイ、少し辺りを見てきてくれるか、姿は消して。」

(判っておる。いま暫らく我が戻るのを待っておれ。)

「さすが、猛禽類の王さま!」

 ジェイはロックの冷やかしを無視して、ふっと消えた。

「みんな急に病気になって連れて行かれちゃったのかな。」

「それなら俺たちも気が付いたはずだ。まあ、ジェイの帰りを待とう。」

 ほどなくジェイが戻ってきた。

(何も居らんし誰も居らんぞ。)

「そうか、やっぱり。ルーク、どう思う?」

「情報が少なすぎて判断が付かないよ。」

「じゃあどうするの?このまま、出る?」

「ちょっと待って。誰かが来る。」

 四人は息をひそめて聞き耳を立てた。確かに複数の人間が階段を上ってくるようだ。こんな時間の来訪者には悪い予感しかしなかった。


1 港町ロス③

「あとは、ここの4人だけだな。」

 ドアの外で声が聞こえる。但し、中に聞こえないように声を抑えているようだ。

「こっちにの部屋には誰もいません。」

「なんだと?2人づつ2部屋に、という報告だったが。すると、こちっちに集まっているのか。」

「さっさと捕まえればいいだろう。」

「わかっておる。急かすでないわ。中に知れたらどうする。」

「いや、もうどこかに逃げてしまっておるかも。気が付かれたかも知れん。」

 何者かが合鍵でドアを開けようとしている。

「ん?鍵は開いたが扉は開かないぞ。どうなっておる?」

「どれ、どいてみろ。ん、確かに開かんな。何かで扉が開かないようにしているようだ。」

「やはり、気が付かれたか。どうする?」

 黒づくめの僧服のような格好の三人はひそひそと相談している。

「とりあえず、これで扉は開かないと思う。」

「それって魔道か?」

「そう、応用だけどね。扉が開くことを禁止したんだ。でも、そんなには持たないよ。」

「判ってる、すぐにでもここを出よう。」

「でもどうやって?ここ、三階だよ。」

「飛び降りるか?」

「僕やロックはまだしもレイラやフローリアには無理だよ。」

「だよな。わかった、窓越しに隣に逃げよう。」

 少し間は空いていたが隣の窓にはなんとか手が届く距離だった。レイラたちの部屋は鍵を開けられてしまっているから逆の部屋に逃げるしかない。但し鍵がかかっている。

「ジェイ、お願い。」

(皆まで言うでない、わかっておるわ、窓の鍵を開ければよいのであろう。)

「さすが猛禽類の王。」

(今の言い方には多少の尊敬が入っておるようだの、まあ、追々我の力を頼ってくるようになろうよ。)

「頼むよ、ジェイ。」

 ジェイのお陰でなんとか隣の部屋に逃げることが出来た。が、隣の部屋には人が居た。

「ごめんなさい、人が居るとは思わなかった。ちょっと追われているんだ、大きな声を出さないでもらえると助かるんだが。」

 確かジェイも宿には他に誰も居ないと言っていたはずだが、見落としていたのだろうか。

(違うぞ、確かにこんな奴はさっきまで居らなんだ。こやつ、気を付けるがよいぞ。)

「こんな夜分に非常識極まりないね。追われているのは君たちが何かやらかしたからだろう。それなら自業自得というものだ。さっさと出て行ってくれないか。」

「どうしたの、アーク。」

 もう一人の宿泊客が起きて来た。二人ともロックたちと同年代の若者だった。しかし、二人も気配を見落とすなんて、さすがにあり得ない。

「ソニー、起きたのか。なんだか、こいつらが窓から入って来て、追われているから助けてほしい、とかいうんだ。」

「ふーん、そうなんだ。いいんじゃない?変な人には見えないし。そこに浮いてるネズミには少し興味があるけど。」


「えっ、君はジェイが見えてるの?」

「ああ、姿を隠してたんだね。うん、見えてるよ。」

 もう一人の身のこなしも普通じゃないし、二人とも若いが要注意のようだ。


1 港町ロス④

「一つ質問してもいいかな?」

「深夜の無理やりな訪問者に、答える義務はないぞ。」

「アーク、まあ、聞くだけでも聞いたらいいじゃない。」

「お前はいつも優しすぎるんだよ。まあいい、で、何?」

「さっきこの宿の中には全く人の気配がなかったんだけど、ずっとここに居たの?」

「ああ、結界を張っていたからね。感知できなくても仕方ないよ。」

「やっぱり。ジェイにも僕にも気づかれないなんて君はかなり高位の魔道士なの?」

「それには答える気はないよ、生憎だけど。君たちが敵か味方か判らないうちは、ね。」

 ソニーと呼ばれた青年が相当な使い手であることは明らかだった。今も廊下を捜している男たちからはこの部屋が認知できないようだ。ルークたちも逆側の部屋がレイラたちの部屋じゃなかったらこの部屋の窓に気が付けなかったかも知れない。

「判った、自己紹介が先か、俺の名前はロック=レパード、こいつはルーク=ロジック、そっちはレイラ=イクスプロウドと侍女のフローラ、そんでもってそこで浮いてるのがブラウン=ジェンキン、ジェイだ。」

「そんな名前だけ紹介されても。でも、ロック=レパードって聞いたことがあるかも。」

「なんだ、ソニー。知ってるのか?」

「確か今年の御前試合の優勝者がそんな名前だったはず。その時決勝で負けたのがシオン=イクスプロウド、ガリア公の嫡男だったけどレイラってもしかして。」

「シオンは兄です。」

「なるほど本物の優勝者って訳か。」

「俺が出ていたら俺の優勝だったがな。」

「アークが出ていたら、まあ準決勝あたりが順当じゃない?」

「なんだと!」

 アークは本気で怒っている訳ではないが、そっぽを向いてしまった。

「でも、まさかロジックってアゼリア公の関係者とか?」

「彼はヴォルフ=ロジック公の養子だよ。」

「へぇ、面白い取り合わせだね。そしてアークはアストラッド騎士団長の嫡男。」

「そう言うお前はアストラッド公の跡取りだろうが。」

 何か運命的と言っても過言ではない出会いだった。


1 港町ロス⑤

(何か錚々たる面々が集まっているようだが、この状況は誰か何とか出来ないもんかの。)

 ジェイが堪りかねて話を進めようとした。確かに現状を打破することは容易ではないと思われる。

「廊下の連中は何者なのかな?」

「僕たちにも判らないんですよ。でもあなたたちには気が付いていなかったとしたら僕たちを探しに来たことは間違いないようです。」

「それで今のこの街の状況は把握している?」

「それも残念ながらいいえです。昨日着いたところで何もわかっていないのが正直なところです。少しでも情報をお持ちなら共有していただけると助かります。」

「そんな虫のいい話はないだろ。」

「いや、アーク、ここは協力した方がいいと思う。僕たちも足止めをくらって途方に暮れていたじゃないか。」

「馬鹿、こっちの実情を無償でばらすやつがいるか。協力するにしてもこっちに有利に。」

「そんなこと言ってる場合じゃないって。」

「そうですよ、アークさん。ここはお互いの利益のために条件なしで協力し合うことが必要ですよ。」

 アークは不満顔だったが、確かに協力する方が得策だとは理解していたから、それ以降は口出しをしなくなった。

「何か疫病が発生している、とは聞いたのですが。ロスの半数が死んだ、とも。」

「そうだね、確かに半数は大げさだけどかなりの人が疫病に倒れているらしい。僕たちもロスに戻ってきてすぐに騒ぎに巻き込まれてしまって仕方なしに結界を張ってこの部屋でやり過ごしていたんだ。」

「何日くらいここで?」

「まだ5日目だよ。それでこの有様だ。この病の流行り方は尋常じゃない。」

「普通の病気じゃないと?」

「そうだね。医者が話しているのを少し聞いたけど全く原因が判らないそうだ。どうしたらうつるのか、どうしたらうつらないのか、どうしたら治るのか、何一つ判らない未知の病だそうだ。」

「少し聞いた症状からすると黒死病に近いようです。」

「黒死病?」

「そうです。ただここで何と呼ばれているのかは定かではありませんが。」

「ここで?」

「なんだお前はどこから来たんだ?」

 ルークの物言いにひっかかったアークが尋ねた。

「どこから、というと直接にはラグやアドニスになるのですが、出自を聞いているのなら判らない、としか答えようがないのです。」

「ルークは記憶がないんだよ。ラグで気が付いた時より前は何も覚えていないそうだ。」

「記憶喪失?まあ、そんなこともあるでしょう。不思議ではありますね。」

「まあいい、それより黒死病とはなんだ、どうしたら防げる、治るものなのか?」

「僕も詳しくは判りません、専門家ではないので。ただ肌が黒く変色したり、死亡率が高かったり病状を見ると黒死病の可能性は高いと思います。もしそうなら感染経路はネズミかも知れません。病原体を持った蚤をネズミを媒介として広げている、と言うことだと思います。」

「そうなのか?」

「僕にも判らないよ、アーク。僕にはそんな知識は無いし薬師でもないから治療方法は皆目だね。でも、君はなんでそんなことを知っているの?」

「さあ。一般的な知識程度は知っている、としか言えないのです。」

「一般的じゃないだろ。いいさ、それでどうしたらいい?」

「街中を殺菌してネズミとかの媒介するものを排除するしかないでしょうね。」

「ネズミ駆除か。大掛かりでやらないと意味がないよね。」

「そうですね。」

「でもルーク、誰がそれをこの街の人々に伝
えて実行してもろうんだ?」

「僕たちはただの旅人だから、そんな若造の話は聞いてくれないだろうね。」

 一行にはなかなか妙案が思いつかなかった。


1 港町ロス⑥

「他に現状で知っていること、判っていることはないの?」

「ロス港湾局長は亡くなったらしい。港湾局もほとんどが疫病の餌食で機能していない。あと、医者たちも全滅らしい。」

「だしとたら、ロスは今誰が管理しているんだろう?」

「今はナミヤ教の司教が指揮を執って治安を守っているという話だ。大司教だったかも知れない。」

「司教でも大司教でもいいが、そのナミヤ教がなぜ?」

「街の有力者が悉く疫病に倒れて、ナミヤ教のご加護で健全だった大司教が、という話の流れらしい。」

 ナミヤ教とは聖都セイクリッドにセイクリッド大聖堂がありシャロン公国全土に信者を持つ公国で一番の宗教だった。

 また、聖都には教皇庁があり、レフ=シャイロック教皇の元、数人の枢機卿が教団を司っている。主要な都市には教会があり、大司教や司教が布教の拠点としている。

 ロスにもグレギス教会が置かれサマム=シャイロック大司教が全てを司っている。そのサマム大司教が今のロスを取り仕切っているのだった。

「それで、さっきから俺たちを捜しまわっているのは、もしかしたらその大司教様の仕業なのか?」

「どうもそうらしいね。ナミヤ教が僕たちに何の用があるんだろう。いずれにしても真夜中の来訪にいい知らせは期待できそうもないね。」

「じゃうどうする?」

「ここにずっと居る訳にもいかないだろうから、とりあえずは、逃げるしかないかな。」

「ソニー、そう言うが、実際ここから逃げるとなると事だぞ。」

「判っているよ、だから彼らにも手伝って貰うとしよう。」

 ソニー=アレスはロックたちを見て少し意地悪そうに笑った。


1 港町ロス⑦

「囮に、って意味だね。」

「そう。ロック君とアークには囮になってもらう。僕とルーク君で彼女たちを連れて街を出る、ってところかな。二人なら自分の身も守れるし十分逃げ切れるはずだ。夜が明けないうちの方が紛れやすいだろうから、すぐにでも出よう。ルーク君は魔道で身を隠せるよね、君と彼女一人くらいなら。」

 ソニーはレイラを指していった。

「それで彼女は僕が隠すから皆で出よう。」

「君も魔道は大丈夫そうですね。」

「うん、それくらいなら大丈夫。まだまだ駆け出しだけど、修行はしているから。」

「アストラッド侯の嫡男が魔道士を目指している、なんて父上は嘆いておられたぞ。」

「アーク、それを言うのはやめてくれないかな。父上の後を僕は継ぐ気がない。パーンに継がせるつもりだからね。」

「お前の弟は少し病弱じゃないのか。それに母親は、」

「アーク!」

「悪かったよ、もう言わない。それでも魔道士になるのは辞めないか。せめて剣士を目指してくれれば。」

「もうその話はここまでにしよう。行くよ、アーク。」

 六人は二手に分かれて、まずロックとアークが部屋を出て外の連中を引き連れて宿を出て行った。そのあとを目隠しの魔道を自らにかけたルークとソニーがそれぞれレイラとフローリアを連れて宿を出る。ロックたちが葬列に出会った街外れの飲み屋前で合流する手はずだ。

 ロックとアークは、こちらも二手に分かれて追っ手を引き連れながらわざと路地を迷ったように逃げていた。逃げている人数を悟らせないためだ。自分一人が逃げるのならロックもアークも容易だった。

「アークさん、そろそろいいんじゃないか。合流場所に向かおうか。」

 一旦二人で合流しロックとアークは皆との合流場所に向かう。

「止めた方がいい。」

 突然後ろから声を掛けられた二人はとっさに身構えた。二人ともが気配に気が付かない、という事実に驚きながら。

「誰だ?」

「今、向かうと疫病に罹った集団に取り囲まれるよ。」

「なんだと。じゃあ、あいつらも危ないじゃないか。急いで合流しないと。」

「だから今行くと危ないと言っている、人の話は聞くものだ。」

「いや、それが本当なら逆に急がないといけないだろう。誰だか知らないが邪魔しないでくれ。」

 声を掛けてきた男もロックたちとかわらない年齢のようだったが、黒ずくめで異様な雰囲気を纏っている。ナミヤ教がらみかも知れない。相手にしている暇はなかった。

 声を掛けてきた男を置いて合流場所に急ぐと確かにそこには異様な集団が犇めき合っていた。疫病に感染しているのは見ただけで判るが、どうも意識が朦朧として自分の意思で集まっている風ではない。まるで何かに操られているかのようだ。

「これはさっきの男の言う通りだな、ここを抜け目のは至難の業だぞ。」

「臆したか、俺は行くぞ。」

「無茶をする奴だな。冷静な相方のソニーとは大違いだ。」

「ソニーは頭のいい奴だから、あいつが考えて俺が動くんだ。ただ、俺は魔道士が嫌いだ。これだけがあればいい。」

 アークはそう言うと腰の細剣を叩いた。


1 港町ロス⑧

 ロックが疫病で朦朧としている群衆の中を誰にもぶつからずにすり抜けていく。それをみたアークも続いた。

「やるなぁ。」

「そっちこそ。やはり御前試合に出ればよかった。お前と決勝で当たりたかったぞ。」

「決勝は無理だな。シオンが居たから。」

「シオンとは誰だ。」

「シオン=イクスプロウド、レイラの兄貴だ
よ。」

「イクスプロウド。ガリア公の。」

「そう。公の嫡男だ。強いぞ。」

「でもお前が勝った。」

「まあ、それは時の運さ。それより急ごう、ルークたちが待っている。」

 二人は群れから離れている罹患者たちを避けながら合流場所と向かうのだった。


「今のがロック=レパードとアーク=ライザーだ。」

「聖都騎士団副団長とアストラッド騎士団長の息子、ということですか。」

「そして、その連れがソニー=アレスとレイラ=イクスプロウドとその侍女。」

「アストラッド侯とガリア公の。」

「そうだ。あと一人は、情報がない。」

「シェラック様にもお判りになられないことがあるのですね、少し安心しました。」

「お前は私を何だと思っている?神だとでも言うのか。」

「私にとっては神のごときお方だと。お父上より若様のことをぐれぐれも頼む、と言い遣っておりますゆえ。」

「お前、若いのに言い回しが年寄りくさいぞ。まあいい、遠目に跡を追う。あのメンバーがこんな辺境の港町で揃ったのは偶然ではないだろうし、タイミングもタイミングだ。」

「そうですね。ロスの街はどうなるのでしょうか。」

「街ごと、いっそ焼いてしまうか。」

「物騒なことを。」

「いや、案外本気だ。それしかこの疫病を終結させる方法がないかもしれない。」

「そうなのですか。」

「判らん。ただ、あの中の誰かが言っていたが、ネズミが病気を媒介している、というのも強ち的外れではないかもな。」

「そんなことがあるのですか。」

「私にわかるわけがないだろう。お前も少しは自分で考えろ。おい、見失うなよ。」

 一人はシェラック=フィット。聖都セイクリッドより北の位置するガリア州よりもさらに北にあるグロシア州の騎士団参謀長を父に持ち自らも参謀としてウラル=ダッシング侯爵に仕えている。

 もう一人はセヴィア=プレフェス。フィット家に代々仕える執事の家系で現執事長の息子だった。

 シャロン公国の北の果てのグロシア州の騎士団員が、南の果てアゼリア州のさらに最南端であるロスに居ること自体、本来はあり得ないことだった。そして二人は身分を隠すように商人隊の恰好をしている。公務で訪れてはいない、ということだった。


「よかった、ロック、無事だったんだね。」

「当り前さ。こいつもそこそこ強いしな。」

「そこそことは何だ。決着をここで付けてもいいんだぞ。」

「止めなよ、アーク。彼は君を煽って剣を交えたいだけなんだから。今ここでどちらかが怪我でもしたら、助かる可能性が低くなる。ロック、君も自重してもらえるかな。」

「わかったよ。」

 ロックはバツが悪そうに返事をした。確かにアークの腕を確かめたかったのだ。

「相変わらずだね、ロック。彼は初めて会った時、僕に無言で切り付けてきたんだよ。」

「それは酷いね。」

「それを言うなって。ルークはちゃんと避けたじゃないか。」

「避けたからいい、ってもんじゃないよ。誰彼構わず挑むのは止めないといつか痛い目に会うよ。」

「痛い目かぁ、合ってみたいもんだなぁ。」

 そこにいた全員(隠れて様子を伺っているフィットたちも含めて)が呆れてしまったのだった。


1 港町ロス⑨

「それで、どうする?」

 宿を脱出して当面の危機からは逃れたようだが馬車もなくロスの街を脱出する術がない一行だった。また、それぞれの逃れる先も違うはずだ。
 
 レイラとフローリアはガリア州都ラースに戻る、ロックとルークは修行の旅、自分探しの旅を続ける、アークとソニーはアストラッド州都レシフェに帰還する。

「こんなところに集まっておられましたか。」

 そこにいた全員が声を聴いて驚いた。誰も気配に気が付かなかったのだ。

「失礼、私はナミヤ教グレギス教会で大司教を拝命しておりますサマム=シャイロックと申します。」

「いま、どうやって現れた?」

「どうやって?何もおかしなことはしておりませんが。あなたたちを見かけましたので、お声を掛けさせていただいただけですよ。」

 そんなはずがなかった。ロックやアークは相当な剣の使い手であり、気配を隠して近づくなど並大抵の使い手でも無理だろう。この初老の宗教者が達人だとでもいうのだろうか。

「いや、そんなはずはない。俺たちに気づかれずに近づくなんて無理な話のはずだ。」

「私はただの老人ですよ。あなたたち青年を導く者でありたい、と思っているだけの。」

 何もかも胡散臭かった。魔道の達人、ということも十分に考えられる。

「それで、その大司教様が何のようですか?」

 魔道の気配を探りながらルークが尋ねた。今のところ魔道を使った形跡がなかった。

「何、今このロスの街は疫病が蔓延していることはご存知だと思います。あなたたちのような旅の人をお守りするのは私どもの役目だと心得ております。それで昨夜からお探ししておりましたところ、ここでお見かけした次第です。」

 自ら問われることもなく昨夜の騒動が自分の手の者の仕業だと認めている。というか、隠すつもりがない、ということだろうか。

「確かに疫病が流行っているようですね。だからすぐにでも街を出ようかと思っているのです。」

「それは無理です。」

「えっ、どうしてですか?」

 思わずソニーが聞いた。何かの理由を付けて拘束するつもりだとは思っていたが、あからさまに行ってくるとは思っていなかったからだ。

「この街を出ても他の街に入れないのですよ。疫病を患っているかも知れない、ということで、どの街にも入れないのです。」

「それじゃあ、ここから出れないってことですか。」

「疫病が収まるまでの間、ということですが、そうなりますね、残念ながら」

 確かに情報が近くの街に伝わっているのなら十分考えられる話だった。人間としての胡散臭さとは別に、丸っきりの嘘とも言い切れない話だった。

「いずれにしても、ここは色々と危ないので教会にお越しください。そこで今後のお話をしましょう。」

 いつの間にか教団員に囲まれていた。十分突破できる人数ではあったが危害を加えられている訳でもないので、悪戯に抵抗する訳にも行かない。六人は大人しく付いて行くしかなかった。


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