虹の戦記

綾野祐介

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第3章 放浪の二人

放浪の始まり

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第3章 放浪の二人

1 放浪の始まり①


 旅立つにはそれなりの準備が必要だった。まずもってルークは師匠のドーバに許しを請わなければならなかった。師匠と言ってもまだほんの数日のことであったが。

「ドーバ老師、このロックと旅に出ることにしました。お世話になったご恩は忘れません。老師を訪ねたことでヴォルフ公と知り合いになれて養子にまでしていただきました。こんな急に旅立つことになってしまってお名残り惜しいのですが、公弟の罪を暴いてしまいましたのでこのままアドニスに留まることも色々と差支えが生じることがあると思い決断を
しましたので、相談もせずに決めてしまいましたがお許しをいただきますよう、お願いします。」

「よいよい、長々と話すで無い。全部判っておる。この状況も含めてな。元から儂はそのつもりであった。その者の同行は心強いであろう。ロックとやら、この男は自らを失っておることでこれからも様々な運命が待ち構えておることであろう。力になってやってくれるか。」

「もちろんです、老師。但し僕の修行にも付き合ってもらいますけどね。」

 ロック=レパードにとっては全て修行が基準なのであった。

「お主が来た時に持ってきた荷物はそのままにしてある。持っていくがよい。いずれまたここに戻ることもあろう。置いていくものは置いていくがよい。行く先々で魔道師に会ったら、何か不都合が生じたときのみ儂の名を出すがよい。正しい道を歩んで居る者たちは無下にはせんであろう。ただ、儂にも敵対している魔道師はおる。相手から一方的に恨まれておって儂が知らんこともあるだろう。迂闊に名前を出すと逆に騒動に巻き込まれることもあるやもしれん。心しておくことじゃ。」

「わかりました、老師。問題は基本自分たちで解決するようにします。老師やヴォルフ公のお名前に頼るようなことでは修行にもなりませんので。」

「わかっておればよい。では、早々に旅立つがよい。どこに向かって旅立つのかは知らんがな。」

「とりあえずはロスを目指そうかと。そこで舟に乗せてもらって東に向かおうかとロックと話をしているのです。」

「ロスか。まあ港町じゃて気の荒い者も多く居るじゃろう。お前たちならそう心配はないが、まあ気を付けるに越したことはない。」

「そうですね、ありがとうございます。それと老師、ヴォルフ公のことですが。」

「分っておる。儂が居る間は任せておけばよい。どこぞへ行くときは、それなりの事を施したうえで行くことにしよう。」

「老師、ありがとうございます。公弟を誰が操っていたのか、まだ分っていませんので、それだけが気がかりなので。」

 ルークもロックも公弟が主犯だとは思っていなかった。ヴォルフ公本人も希望も含めて影で公弟を操っていた黒幕がいる、と言っていた。公弟が幽閉されただけでは安心できないのだ。

「狼公ともレムス老とも話をしておくから、心置きなく行ってくるがよい。」

 こうしてルーク=ロジックとロック=レパードの二人は連れ立ってアゼリア州の州都アドニスから港町ロスに向かい旅立った。

 二人は街道を歩いていた。この時代、道は整備されていない。レンガが引き詰められているのは街中だけであり、街と街を結ぶ街道にはかろうじて道と判別できるよう石やレンガのかけらが敷き詰められただけだった。特にセイクリッドなどシャロン公国の中心はまだ整備されているが南方のアゼリア州ではまだまだ未整備な街道が多かった。シャロン公国建国時に轍の幅が全国的に統一され、その跡が街道であることを示していた。枝道になると轍の跡は薄くなって地図が整備されていない地方では迷うことも多かったのだ。

 歩く二人の後ろから近づく姿があった。ロックは嫌な予感がしたが、振り向いた。

「やっぱり。」

 頭を抱えてしまった。レイラがフローリアと一緒に後を追ってきたのだ。

「修行の旅だから付いて来るな、って言っただろ?」

「ロックに付いてきた訳じゃないわ。元々私はロスに行く予定だったんだから、予定通り向かっているだけよ。」

 そうだった。確かにアゼリア州の州都アドニスにヴォルフ公を訪ねた後ロスに向かって海を見る、というのがガリア州の州都ラースを(許可も相談もなく)出たときの目的だった。ロックも忘れていたわけではないが、まさかそのまま予定を遂行するとは思ってなかったのだ。

「それはそうだが。」

「でしょ?だから私たちの旅の邪魔をしないでね。どうしても一緒に、というのなら考えなくもないわ。」

 レイラには理屈も都合も関係なかったのだ。


1 放浪の始まり②


 アゼリア州の州都であるアドニスから港町ロスまでは広大なポトアモス平原が続く。見渡す限りの平地であり、高い山は丘程度しかない。気候も温暖で麦がよく育つ肥えた土地が多い。アドニスの北、キース山脈から流れるパロム河も氾濫を起こすことも含めて、この地域を豊かなものにしていた。

 ルークを拾ってくれた魔道師クロークの居る時の都ラグもパロム河の沿岸に出来た街であり、河は農業都市シノンを通ってアドニスを経由しロスに続いていた。

 ロスは西方貿易の中心であり、カタニアや更に西方のロンドニアの珍しい織物、果物がたくさん集まる港町だ。アゼリア州に属していることもあり、港町としては治安がいいと言われている。現太守ヴォルフ=ロジックが苦心して細かな地域毎に監察官事務所を設置し裏家業の人々に徹底的に商売の真っ当なやり方を教え込んだ結果だった。

 シャロン公国最大の港町であるレントや東
方貿易の中心であるレシフェの治安がお世辞
にもいいとは言えないことを考えるとロスの
治安の良さは奇跡のようだった。


「まだ着かないのかしら。」

 馬車に乗ることに飽きたレイラ=イクスプロウドが愚痴を溢す。

「お嬢様、あと2日はかかるそうです、申し訳ありません。」

「フローリア、あなたが謝る必要はないわ、悪いのはロックだもの。」

「おい、それはどういう意味だよ。僕が何をしたって言うんだ。」

 勝手に着いてきて、目的地が遠い、なんてことを自分の所為にされたら堪ったものではない。

「だって、ロックがロスまでならそんなに時間がかからない、ってラースを出るときに言ってたんじゃない。アドニスまででも遠かったのに、馬車で5日もかかるなんて思ってなかったわ。」

 ロックがロスに向かう時間をあまりかからないと言ったのは自分一人だけが馬で飛ばせば、という前提だった。それを聞いたレイラが勝手に着いてきただけだ。

「はいはい、俺が全部悪いんです、申し訳ありません、お嬢様。」

「何よ、バカにしてるの?」

「いいえ、とんでもない。」

 ロックとレイラの仲の良さと仲の悪さにはルークも辟易していた。フローリアはレイラの言いなりでしかない。二人は一刻も黙って旅することができないのだ。

「ほんとに二人は仲がいいんですね。」

「ルーク、何よ。あなたまでバカにするっていうの?」

「いえいえ、ただ二人を見ていると、単純にそう思うだけです。ねえ、フローリア。」

「私などが言うことではありませんが、お二方とも、とても仲がよろしいと思います。私もルークさんの意見に賛成です。」

「もう、いいわ、勝手にそう思ってたら。」

 旅の間、終始このような会話が続くのだった。

 ロスまであと半日の距離まで近づいたときそれは突然起こった。元々乾燥している地域ではあったが、砂漠ではない。それなのに向かう方向に黒い何かが見えてきた。近づくにつれて少しづつ姿が確認できるようになってくると、それは竜巻にしか見えなかった。

「あ、あれは竜巻じゃないか?」

「ええ、確かに。この辺りは竜巻が発生するような場所なのですか?」

「いや、あまり聞いたことはないが。いずれにしてもこっちに向かってくるみたいだ。巻き込まれたら大変なことになるぞ、急いで離れないと。」

 しかし、竜巻はみるみるみうちに近づいて来る。街道を外れて避けようとすると、どうも竜巻も進路を変えて追ってきているかのようだ。

「これは本格的に拙いな。ルーク、なんとかならないか?僕の力は役に立ちそうにない。」

 そういわれてもルークにに成す術はなかった。4人を場所ごと移動できるような術が使えればいいのだが、今のルークには無理な相談だ。

「うっ、うわぁ~~。」

 4人と1頭と馬車は襲い掛かる竜巻を避けられず、簡単に宙に浮いてしまうのだった。


1 放浪の始まり③


「ううっ。」

 最初に目を覚ましたのはロックだった。

「みんな大丈夫か?」

「ええ、僕は大丈夫。ロックは怪我してない?」

「俺は大丈夫。あちこち擦り傷とか打ち身とかはひどいけど。あれ、馬車は粉々に壊れてしまったな。馬も居ないし。」

「ロック、ロック、そんなことより、レイラとフローリアさんの姿がないよ。」

「ええ、何だって。どうりで静かだと思ったよ。」

「そんな冗談言ってる場合じゃないって。二人を探さないと。」

 ロックとルークの二人は何とか無事だった剣と手持ちの荷物をもって周辺を探し出したが、やはり二人の姿は見当たらない。

「どうしようか。そもそもここは何処なんだろう。ロスの町に近づいたんだろうか。」

「全然判らないよ。近くには民家もなさそうだし、街道もどこにも見えない。あの森に行ってみるしかないね。」

「夜が近いぞ、ルーク。知らない森に夜中に入るのは自殺行為じゃないか。」

「そうなの?森って危険なんだね。」

「喰種(グール)や魍魎たちがわんさか居る森もあるんだ。」

「剣でなんとかなるものかな?」

「まあ、ある程度はなんとかなるだろう。魔道を使うような奴らもいるから、ルークが一緒じゃないと俺だけでは無理だ。」

「当然行くなら一緒に行くさ。二人を探すのが最優先だからね。」

 二人は夕暮れが深まってきた中、遠くに見えている森へと向かうのだった。








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