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第一章

第八話

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 そして、ひと月足らずのあいだに、王立学院入学の日がやって来ました。

 学院は毎年新入生を募集しているわけですが、わたしというか「リラマリア」は学期途中からの転入になります。

 特にめずらしいことではないようですが、すでに人間関係ができあがっているところに飛び込んでいくのにはいくらか勇気がいることはたしかです。

 また、それ以上にリラマリアさまになりきらなくてはならないことは気が滅入ります。わたしに貴族の令嬢など務まるでしょうか。

 もっとも、リラマリアさま自身が必ずしも令嬢らしい人ではなかったから、案外、そういうものなのかもしれません。

 いや、単に彼女が特殊な例外という可能性もありますが。

 その日、わたしはたくさんのフリルが付いた白い可憐なブラウスとスカートで着飾りました。

 ブラウスの袖はふんわりとひろがった袖飾りが付いていていかにもお姫さまの装束という印象です。スカートは左右非対称の前衛的なデザインで、過剰なまでにオシャレでした。

 リラマリアお嬢さまが残していった服はサイズが合わないので、すべてあらためて新調したものです。

 普段、モノトーンのメイド服ばかり着ているわたしとしてはただ着るだけでも緊張しましたし、わたしのような地味な娘にはあまりに可愛らしすぎるデザインなのではないかとも思いましたが、伯爵夫人が嬉々として奨めてくれたので断われませんでした。

 どうも彼女はわたしを着せ替え人形か何かと見なしているのではないかと思えてなりません。

「とっても可愛いわ。お人形さんみたい」

 夫人はわたしの恰好をじっくりと眺めて、満足げに呟きました。

 わたしとしては、お世辞にしても云い過ぎではないかと思えましたが、とりあえず褒めてもらえることはありがたかったです。

 よほど滑稽に見えるのではないかと不安でなくもなかったのです。わたしはお嬢さまのような美女ではありませんし。

 その恰好のまま、御者の手を借りて豪奢な二頭立て馬車に乗り込みます。

 学院は全寮制なので、この家から通うわけにはいきません。わたしも寮舎に入るのです。

 自室はふたり部屋だと聞いています。ルームメイトになる子と、うまくやれると良いけれど。

 馬車はゆっくりと王都の道を進み、やがて学院の正門のまえまでたどり着きました。

「ここで良いです」

 わたしが云うと、御者はわずかに頭を下げました。

「はい。それでは、お嬢さま、行ってらっしゃいませ」

「はい」

 学院の敷地は想像以上に広く、またその建物は巨大でした。

 いくつもの大きな硝子窓がある茶色い屋根の建築物で、人の背丈の倍ほどもある壮麗な正門の中央にはグリフォンの校章が嵌め込まれています。

 そのなかにはどうも庭園もあるようです。わたしはまず寮舎の受付に行かなくてはならないはずでした。

 しかし、その受付はどこでしょう? ふらふらと学院の敷地内へ入っていきました。

 あたりまえのことですが、わたしのまわりを幾人もの学生たちが歩んでいます。

 学院には特定の制服がないため、あきらかにその恰好から貴族であるとわかる者もいましたし、その反対に質素な格好であたりまえの平民だろうと察せられる者も混ざっていました。

 それでいてそのだれもが優秀で自然そうに見えるのは、わたしの劣等感のためだったでしょうか。

 いや、わたしも、もしわたし自身として入学したのならここまで引け目を抱くことはなかったでしょう。

 しかし、いまのわたしは「ライナ」ではなく「リラマリア」なのです。

 わたしの一挙手一投足に伯爵家の名誉がかかっているとすら云える状況です。

 しかも、もし正体が発覚したら放校は間違いないところなのです。貴族としての品格は保ちながら、なるべく目立たないようにしなくてはならないのでした。

 ところが、気づくとわたしは学院の建物のなかで迷っていました。

 寮の受付をめざしていたはずが、いつのまにか自分がどこを歩いているのかさっぱりわからなくなっていたのです。
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