8 / 17
第一章
第八話
しおりを挟む
そして、ひと月足らずのあいだに、王立学院入学の日がやって来ました。
学院は毎年新入生を募集しているわけですが、わたしというか「リラマリア」は学期途中からの転入になります。
特にめずらしいことではないようですが、すでに人間関係ができあがっているところに飛び込んでいくのにはいくらか勇気がいることはたしかです。
また、それ以上にリラマリアさまになりきらなくてはならないことは気が滅入ります。わたしに貴族の令嬢など務まるでしょうか。
もっとも、リラマリアさま自身が必ずしも令嬢らしい人ではなかったから、案外、そういうものなのかもしれません。
いや、単に彼女が特殊な例外という可能性もありますが。
その日、わたしはたくさんのフリルが付いた白い可憐なブラウスとスカートで着飾りました。
ブラウスの袖はふんわりとひろがった袖飾りが付いていていかにもお姫さまの装束という印象です。スカートは左右非対称の前衛的なデザインで、過剰なまでにオシャレでした。
リラマリアお嬢さまが残していった服はサイズが合わないので、すべてあらためて新調したものです。
普段、モノトーンのメイド服ばかり着ているわたしとしてはただ着るだけでも緊張しましたし、わたしのような地味な娘にはあまりに可愛らしすぎるデザインなのではないかとも思いましたが、伯爵夫人が嬉々として奨めてくれたので断われませんでした。
どうも彼女はわたしを着せ替え人形か何かと見なしているのではないかと思えてなりません。
「とっても可愛いわ。お人形さんみたい」
夫人はわたしの恰好をじっくりと眺めて、満足げに呟きました。
わたしとしては、お世辞にしても云い過ぎではないかと思えましたが、とりあえず褒めてもらえることはありがたかったです。
よほど滑稽に見えるのではないかと不安でなくもなかったのです。わたしはお嬢さまのような美女ではありませんし。
その恰好のまま、御者の手を借りて豪奢な二頭立て馬車に乗り込みます。
学院は全寮制なので、この家から通うわけにはいきません。わたしも寮舎に入るのです。
自室はふたり部屋だと聞いています。ルームメイトになる子と、うまくやれると良いけれど。
馬車はゆっくりと王都の道を進み、やがて学院の正門のまえまでたどり着きました。
「ここで良いです」
わたしが云うと、御者はわずかに頭を下げました。
「はい。それでは、お嬢さま、行ってらっしゃいませ」
「はい」
学院の敷地は想像以上に広く、またその建物は巨大でした。
いくつもの大きな硝子窓がある茶色い屋根の建築物で、人の背丈の倍ほどもある壮麗な正門の中央にはグリフォンの校章が嵌め込まれています。
そのなかにはどうも庭園もあるようです。わたしはまず寮舎の受付に行かなくてはならないはずでした。
しかし、その受付はどこでしょう? ふらふらと学院の敷地内へ入っていきました。
あたりまえのことですが、わたしのまわりを幾人もの学生たちが歩んでいます。
学院には特定の制服がないため、あきらかにその恰好から貴族であるとわかる者もいましたし、その反対に質素な格好であたりまえの平民だろうと察せられる者も混ざっていました。
それでいてそのだれもが優秀で自然そうに見えるのは、わたしの劣等感のためだったでしょうか。
いや、わたしも、もしわたし自身として入学したのならここまで引け目を抱くことはなかったでしょう。
しかし、いまのわたしは「ライナ」ではなく「リラマリア」なのです。
わたしの一挙手一投足に伯爵家の名誉がかかっているとすら云える状況です。
しかも、もし正体が発覚したら放校は間違いないところなのです。貴族としての品格は保ちながら、なるべく目立たないようにしなくてはならないのでした。
ところが、気づくとわたしは学院の建物のなかで迷っていました。
寮の受付をめざしていたはずが、いつのまにか自分がどこを歩いているのかさっぱりわからなくなっていたのです。
学院は毎年新入生を募集しているわけですが、わたしというか「リラマリア」は学期途中からの転入になります。
特にめずらしいことではないようですが、すでに人間関係ができあがっているところに飛び込んでいくのにはいくらか勇気がいることはたしかです。
また、それ以上にリラマリアさまになりきらなくてはならないことは気が滅入ります。わたしに貴族の令嬢など務まるでしょうか。
もっとも、リラマリアさま自身が必ずしも令嬢らしい人ではなかったから、案外、そういうものなのかもしれません。
いや、単に彼女が特殊な例外という可能性もありますが。
その日、わたしはたくさんのフリルが付いた白い可憐なブラウスとスカートで着飾りました。
ブラウスの袖はふんわりとひろがった袖飾りが付いていていかにもお姫さまの装束という印象です。スカートは左右非対称の前衛的なデザインで、過剰なまでにオシャレでした。
リラマリアお嬢さまが残していった服はサイズが合わないので、すべてあらためて新調したものです。
普段、モノトーンのメイド服ばかり着ているわたしとしてはただ着るだけでも緊張しましたし、わたしのような地味な娘にはあまりに可愛らしすぎるデザインなのではないかとも思いましたが、伯爵夫人が嬉々として奨めてくれたので断われませんでした。
どうも彼女はわたしを着せ替え人形か何かと見なしているのではないかと思えてなりません。
「とっても可愛いわ。お人形さんみたい」
夫人はわたしの恰好をじっくりと眺めて、満足げに呟きました。
わたしとしては、お世辞にしても云い過ぎではないかと思えましたが、とりあえず褒めてもらえることはありがたかったです。
よほど滑稽に見えるのではないかと不安でなくもなかったのです。わたしはお嬢さまのような美女ではありませんし。
その恰好のまま、御者の手を借りて豪奢な二頭立て馬車に乗り込みます。
学院は全寮制なので、この家から通うわけにはいきません。わたしも寮舎に入るのです。
自室はふたり部屋だと聞いています。ルームメイトになる子と、うまくやれると良いけれど。
馬車はゆっくりと王都の道を進み、やがて学院の正門のまえまでたどり着きました。
「ここで良いです」
わたしが云うと、御者はわずかに頭を下げました。
「はい。それでは、お嬢さま、行ってらっしゃいませ」
「はい」
学院の敷地は想像以上に広く、またその建物は巨大でした。
いくつもの大きな硝子窓がある茶色い屋根の建築物で、人の背丈の倍ほどもある壮麗な正門の中央にはグリフォンの校章が嵌め込まれています。
そのなかにはどうも庭園もあるようです。わたしはまず寮舎の受付に行かなくてはならないはずでした。
しかし、その受付はどこでしょう? ふらふらと学院の敷地内へ入っていきました。
あたりまえのことですが、わたしのまわりを幾人もの学生たちが歩んでいます。
学院には特定の制服がないため、あきらかにその恰好から貴族であるとわかる者もいましたし、その反対に質素な格好であたりまえの平民だろうと察せられる者も混ざっていました。
それでいてそのだれもが優秀で自然そうに見えるのは、わたしの劣等感のためだったでしょうか。
いや、わたしも、もしわたし自身として入学したのならここまで引け目を抱くことはなかったでしょう。
しかし、いまのわたしは「ライナ」ではなく「リラマリア」なのです。
わたしの一挙手一投足に伯爵家の名誉がかかっているとすら云える状況です。
しかも、もし正体が発覚したら放校は間違いないところなのです。貴族としての品格は保ちながら、なるべく目立たないようにしなくてはならないのでした。
ところが、気づくとわたしは学院の建物のなかで迷っていました。
寮の受付をめざしていたはずが、いつのまにか自分がどこを歩いているのかさっぱりわからなくなっていたのです。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
【完結】転生令嬢はハッピーエンドを目指します!
かまり
恋愛
〜転生令嬢 2 〜 連載中です!
「私、絶対幸せになる!」
不幸な気持ちで死を迎えた少女ティアは
精霊界へいざなわれ、誰に、何度、転生しても良いと案内人に教えられると
ティアは、自分を愛してくれなかった家族に転生してその意味を知り、
最後に、あの不幸だったティアを幸せにしてあげたいと願って、もう一度ティアの姿へ転生する。
そんなティアを見つけた公子は、自分が幸せにすると強く思うが、その公子には大きな秘密があって…
いろんな事件に巻き込まれながら、愛し愛される喜びを知っていく。そんな幸せな物語。
ちょっと悲しいこともあるけれど、ハッピーエンドを目指してがんばります!
〜転生令嬢 2〜
「転生令嬢は宰相になってハッピーエンドを目指します!」では、
この物語の登場人物の別の物語が現在始動中!
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる