4 / 17
第一章
第四話
しおりを挟む
そこでは、かなりのところ形式的ではあるにせよ、王侯貴族と平民の平等が実現していると云われています。平凡な一庶民のわたしからすると夢のような話です。
可能であればわたしも行きたいくらい。
しかし、これから入学するお嬢さまにはまったくやる気がありませんでした。
学問好きのわたしなどにはあまり理解できないことですが、お嬢さまは勉学がお嫌いなのです。
「リラマリアお嬢さま。どうかもう少しマジメにお勉強なさってください。そんな態度ではいくら学院に入っても、すぐに退学になってしまいます」
「大丈夫、貴族の子息はどんなに成績が悪くても退学になったりはしないわ」
お嬢さまはほとんど液体と化して長椅子の端から溶け崩れかけているように見えるほどだらけていました。
よほど学ぶことがいやでたまらないのでしょう。
たしかにだれにでも得意なことと苦手なことはあります。
お嬢さまは人と話をするのが得意で、彼女と話をすると大方の人間が好意を持ちます。どちらかというと地味で内気なわたしなどには真似のできないことです。
だから、お嬢さまは勉強嫌いではあっても決して愚かではありません。
しかし、だからといってまったく勉強をせずに済ませるわけにはいかないでしょう。
もうすぐ専任の在宅教師が戻って来ます。そのまえにどうにかお嬢さまの液体化を阻止しなくては。
「お嬢さま、お気持ちはわかります。わたしも好きではないことを強要されると良い気分はしません。しかし、人の上に立つ者にはそれなりの義務があるのです。ただやりたいことだけをやって生きていくわけにはいきません。ご理解ください」
「うーん、それってほんとうにそうなのかな? やりたいことだけをやって生きていくことはできないの?」
リラマリアさまは正面からわたしの目をのぞき込んできました。そのきれいな眸で見られると、思わず言葉に詰まってしまいます。
ですが、簡単に説得されてしまうわけにはいきません。
「で、でもお嬢さま、あなたさまには伯爵家の代表としての立場があります。あまりにひどい成績を取ったらそれは伯爵家の恥。そういうことも考えていただかないと」
「それはそうだけど、でもね」
お嬢さまは云いかけて、ちょっと顔をしかめて頭を押さえました。
「どうされました?」
「うん。何だかこの頃、たまに頭痛がするの。それに、何だか変な感じ。どう云ったら良いかな、そう、何か大切なことを忘れていて、もう少しで何とか思い出せるような」
「大切なこと?」
わたしは首をかしげました。
あとから思えば、それはひとつの「予兆」だったのですが、このときはもちろん、そうとはわかりませんでした。
そう、そのときはわたしは何も気づかず、リラマリアお嬢さま自身も何を思い出そうとしているのかまったくわかっていなかったのでした。
わたしたちは自分の運命が変わるときも、はっきりそうと悟ることはできないのです。
それを知ることができるのは、ただ天上の神々のみ。
わたしたち人間は、それが王であれ奴隷であれ、自分の人生の変転に対し、徹底して無知なのでしょう。
可能であればわたしも行きたいくらい。
しかし、これから入学するお嬢さまにはまったくやる気がありませんでした。
学問好きのわたしなどにはあまり理解できないことですが、お嬢さまは勉学がお嫌いなのです。
「リラマリアお嬢さま。どうかもう少しマジメにお勉強なさってください。そんな態度ではいくら学院に入っても、すぐに退学になってしまいます」
「大丈夫、貴族の子息はどんなに成績が悪くても退学になったりはしないわ」
お嬢さまはほとんど液体と化して長椅子の端から溶け崩れかけているように見えるほどだらけていました。
よほど学ぶことがいやでたまらないのでしょう。
たしかにだれにでも得意なことと苦手なことはあります。
お嬢さまは人と話をするのが得意で、彼女と話をすると大方の人間が好意を持ちます。どちらかというと地味で内気なわたしなどには真似のできないことです。
だから、お嬢さまは勉強嫌いではあっても決して愚かではありません。
しかし、だからといってまったく勉強をせずに済ませるわけにはいかないでしょう。
もうすぐ専任の在宅教師が戻って来ます。そのまえにどうにかお嬢さまの液体化を阻止しなくては。
「お嬢さま、お気持ちはわかります。わたしも好きではないことを強要されると良い気分はしません。しかし、人の上に立つ者にはそれなりの義務があるのです。ただやりたいことだけをやって生きていくわけにはいきません。ご理解ください」
「うーん、それってほんとうにそうなのかな? やりたいことだけをやって生きていくことはできないの?」
リラマリアさまは正面からわたしの目をのぞき込んできました。そのきれいな眸で見られると、思わず言葉に詰まってしまいます。
ですが、簡単に説得されてしまうわけにはいきません。
「で、でもお嬢さま、あなたさまには伯爵家の代表としての立場があります。あまりにひどい成績を取ったらそれは伯爵家の恥。そういうことも考えていただかないと」
「それはそうだけど、でもね」
お嬢さまは云いかけて、ちょっと顔をしかめて頭を押さえました。
「どうされました?」
「うん。何だかこの頃、たまに頭痛がするの。それに、何だか変な感じ。どう云ったら良いかな、そう、何か大切なことを忘れていて、もう少しで何とか思い出せるような」
「大切なこと?」
わたしは首をかしげました。
あとから思えば、それはひとつの「予兆」だったのですが、このときはもちろん、そうとはわかりませんでした。
そう、そのときはわたしは何も気づかず、リラマリアお嬢さま自身も何を思い出そうとしているのかまったくわかっていなかったのでした。
わたしたちは自分の運命が変わるときも、はっきりそうと悟ることはできないのです。
それを知ることができるのは、ただ天上の神々のみ。
わたしたち人間は、それが王であれ奴隷であれ、自分の人生の変転に対し、徹底して無知なのでしょう。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
すべては、あなたの為にした事です。
cyaru
恋愛
父に道具のように扱われ、成り上がるために侯爵家に嫁がされたルシェル。
夫となるレスピナ侯爵家のオレリアンにはブリジットという恋人がいた。
婚約が決まった時から学園では【運命の2人を引き裂く恥知らず】と虐められ、初夜では屈辱を味わう。
翌朝、夫となったオレリアンの母はルシェルに部屋を移れと言う。
与えられた部屋は使用人の部屋。帰ってこない夫。
ルシェルは離縁に向けて動き出す。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
10月1日。番外編含め完結致しました。多くの方に読んで頂き感謝いたします。
返信不要とありましたので、こちらでお礼を。「早々たる→錚々たる」訂正を致しました。
教えて頂きありがとうございました。
お名前をここに記すことは出来ませんが、感謝いたします。(*^-^*)
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる