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第一章 白道
天使が通る、大行進! その3
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天城先輩は、部長の言葉にかすかに笑みを浮かべて軽く頭を下げる。
部長も部長で、小さく肩をすくめただけでそれ以上責めはしなかった。
「あらためて自己紹介いたします。3年A組の天城桐香です。黄塚陽介君、白道笹良さん、よろしくお願いしますね」
朝の時を同じように、姿勢正しく美しく頭を下げる天城会長。
僕と白道さんはなぜか導かれるように席を立ち、できる限り丁寧に頭を下げながら名乗った。
どうも朱沼部長とは違う迫力があって、問答無用に引きずられる。
部長が在籍していた時のパワーストーン同好会ってどんな感じだったんだろう。
この二人が並び立つところを想像すると、あふれるカリスマ性に土下座してしまいそうだ。
「ですから、朱沼さん達が同好会を出て行ったのも、PS倶楽部として活動し始めたのも問題ないのです」
「ま、蒼川の人気が予想外だったんだよね。来るやつ来るやつほとんど笑えるぐらい蒼川狙いで、パワーストーンに興味があるなんて人は、ほんの一握り。しかも入部を許可しようとすると、あっちから断ってくる始末」
「一部に熱狂的な蒼川さんファンがいたのが大きな原因だったんです。入れそうな人は裏で脅されたりしたみたいで。だから朱沼さんは全員落とす事にしたんですよね」
「蒼川のせいじゃない。でもさすがに影響が大きすぎてね。そうするしかなかった。主犯格の男子は卒業して県外の大学に行ったし、卒業式で引導をくれてやったからもう大丈夫と思うけどね」
流石に開いた口が塞がらなかった。
確かに蒼川先輩は雑誌の表紙を飾ってもおかしくない美人だし、今日一日で人気の程は理解できたつもりだった。
でもまさか学校内社会現象にまでなっていたとは、想像もできない。
朱沼部長の似合わない開き直った苦笑や、柳眉ににじみ出る天城会長の苦悩っぷりはとても嘘とは思えなかった。
当の蒼川先輩はどこ吹く風だったけど、玄丘先輩の心配そうな眼差しを見れば、たぶん表面だけの空元気なのは推測できる。
しかし、なんというか。ファン心理って恐ろしいんだな。
でも、それってつまり問題は全然解決してないんじゃないだろうか。
僕は恐る恐る質問してみる。
「その熱狂的ファンはいなくても、蒼川先輩の人気はそのままですよね。じゃ、結局今年も同じような結果になんじゃないですか?」
「だーかーら、黄塚。あんたが必要なのよ!」
「へ?」
椅子を倒すぐらいの勢いで立ち上がる部長の一言に、再び唖然となる僕を誰が責める事ができるだろうか。
どう考えても僕の仮入部との関係性がわかりません。それとも僕の頭が悪いのか?
戸惑う僕に、重苦しくも思いやりのこもった声がかけられた。
「……黄塚君、4日前のこと覚えてる?」
「え、4日前って言えば、僕が入部申請に来た日ですよね」
「……そう」
あの日、倶楽部の活動内容を誤解した僕は、この地学準備室に駆け込んで一気呵成に入部届けをだしたんだ。
思い出すと未だに恥ずかしくてたまらない。
けれど、その他に何か特別なことがあっただろうか。
「……あの日、初めのうち、黄塚君は宝珠の存在に気がつかなかった」
「うんうん! 陽介クン、入ってくるなり私に部長は誰かと問いかけてきたけど、教えたらお礼だけ言って」
「あたしのもとへ直行! 申請書出して、あとは見学させてくれって、岩石標本や地質学、鉱物学の本棚に釘付けだったね」
うわ……。そうだった。
とにかく準備室に置いてある本とか資料とか標本とかが見たくて見たくて、入部届けを出したらもう他に何も眼に入らないくらいだった。
しょうがないと思ってほしい。
これでも本当に糸川高校地学研究会に入るのが一つの夢みたいなもので、受験勉強だってそれを励みに頑張った。
中学二年の頃の成績ではワンランク足りないって分かって、必死になって毎日予習復習を欠かさず、過去問なんて何度チャレンジしたことか。
糸川高校地学研究会の存在は、僕にとってそれぐらい大切なことだったんだ。
『あの人』につながる、たった一本の糸だったから。
でも、確かに我ながら新入生の態度じゃないよな。
やばい。なんか顔が赤くなってきたのがわかる。
蒼川先輩がものすごく楽しそうに僕を見てる。
絶対からかってるよ、この表情は。
「部室を閉める頃になって、やっと私に気がついて。話をしても何となく気もそぞろ。視線は本棚や標本棚にばかり行くし、加えて初めての褒め言葉が『髪、黒曜石のようですね』だったんだもん!」
「……隣で聞いていた私も確信した。これは本当に石が好きなんだって」
「新鮮だったね。蒼川を前にここまで平然としていた男子なんて今までいなかったよ」
いや、平然としていた訳じゃなくて、十分見とれてもいたんだけど。
髪の褒め言葉だって、一応よく使われる表現じゃないだろうか。
そこまで注目されるような事かな。
朱沼部長がめちゃくちゃいい顔で隣に歩いてくる。
それはもう、世界に一匹しかいない希少な動物を眺めるような、好奇心と楽しさをブレンドしたような表情で。
「とどめが地学研究会じゃないと分かって、入部取り消しを願い出てきた事」
「……宝珠のこと、眼中になし」
「私もちょっと反省したもん。今まで自惚れていたんだな、って。同時にすごく安心した。普通に友達になれそうな男の子だなーって!」
ほめられているのかな、これは。すごく微妙な表現だと思う。
つまり、僕があまりにも蒼川先輩に無反応だから、入部させてもトラブルを起こさないだろうと見込まれた、って訳なんだろうか。
うーん。納得できるような、できないような。今一歩釈然としない。
なんだかまだ何か隠されているような気がする。
ふと視線に気がついてそちらを向くと、白道さんが安心したような、満足したような、見る方がほっとする優しい笑顔をして頷いていた。
「ね、やっぱり運命なんだよ。黄塚くん」
「いや、その。こういうの運命っていうのかな」
「運命っていえば運命だね。下手すれば、新入部員なしで廃部の可能性だって考えてた。でも、笹ちゃんと黄塚が来てくれた」
朱沼部長が僕の肩を軽く2度程叩く。
なんだろう。痛くはないけど、とても重く感じた。
見れば、部長が昨日も見た大輪のひまわりのような明るい笑顔を浮かべている。
気になるのはその瞳。
真剣で、しかも微かにすがるような必死な光を奥に秘めているような気がする。
部長の性格を考えると信じられないけれど。
部長も部長で、小さく肩をすくめただけでそれ以上責めはしなかった。
「あらためて自己紹介いたします。3年A組の天城桐香です。黄塚陽介君、白道笹良さん、よろしくお願いしますね」
朝の時を同じように、姿勢正しく美しく頭を下げる天城会長。
僕と白道さんはなぜか導かれるように席を立ち、できる限り丁寧に頭を下げながら名乗った。
どうも朱沼部長とは違う迫力があって、問答無用に引きずられる。
部長が在籍していた時のパワーストーン同好会ってどんな感じだったんだろう。
この二人が並び立つところを想像すると、あふれるカリスマ性に土下座してしまいそうだ。
「ですから、朱沼さん達が同好会を出て行ったのも、PS倶楽部として活動し始めたのも問題ないのです」
「ま、蒼川の人気が予想外だったんだよね。来るやつ来るやつほとんど笑えるぐらい蒼川狙いで、パワーストーンに興味があるなんて人は、ほんの一握り。しかも入部を許可しようとすると、あっちから断ってくる始末」
「一部に熱狂的な蒼川さんファンがいたのが大きな原因だったんです。入れそうな人は裏で脅されたりしたみたいで。だから朱沼さんは全員落とす事にしたんですよね」
「蒼川のせいじゃない。でもさすがに影響が大きすぎてね。そうするしかなかった。主犯格の男子は卒業して県外の大学に行ったし、卒業式で引導をくれてやったからもう大丈夫と思うけどね」
流石に開いた口が塞がらなかった。
確かに蒼川先輩は雑誌の表紙を飾ってもおかしくない美人だし、今日一日で人気の程は理解できたつもりだった。
でもまさか学校内社会現象にまでなっていたとは、想像もできない。
朱沼部長の似合わない開き直った苦笑や、柳眉ににじみ出る天城会長の苦悩っぷりはとても嘘とは思えなかった。
当の蒼川先輩はどこ吹く風だったけど、玄丘先輩の心配そうな眼差しを見れば、たぶん表面だけの空元気なのは推測できる。
しかし、なんというか。ファン心理って恐ろしいんだな。
でも、それってつまり問題は全然解決してないんじゃないだろうか。
僕は恐る恐る質問してみる。
「その熱狂的ファンはいなくても、蒼川先輩の人気はそのままですよね。じゃ、結局今年も同じような結果になんじゃないですか?」
「だーかーら、黄塚。あんたが必要なのよ!」
「へ?」
椅子を倒すぐらいの勢いで立ち上がる部長の一言に、再び唖然となる僕を誰が責める事ができるだろうか。
どう考えても僕の仮入部との関係性がわかりません。それとも僕の頭が悪いのか?
戸惑う僕に、重苦しくも思いやりのこもった声がかけられた。
「……黄塚君、4日前のこと覚えてる?」
「え、4日前って言えば、僕が入部申請に来た日ですよね」
「……そう」
あの日、倶楽部の活動内容を誤解した僕は、この地学準備室に駆け込んで一気呵成に入部届けをだしたんだ。
思い出すと未だに恥ずかしくてたまらない。
けれど、その他に何か特別なことがあっただろうか。
「……あの日、初めのうち、黄塚君は宝珠の存在に気がつかなかった」
「うんうん! 陽介クン、入ってくるなり私に部長は誰かと問いかけてきたけど、教えたらお礼だけ言って」
「あたしのもとへ直行! 申請書出して、あとは見学させてくれって、岩石標本や地質学、鉱物学の本棚に釘付けだったね」
うわ……。そうだった。
とにかく準備室に置いてある本とか資料とか標本とかが見たくて見たくて、入部届けを出したらもう他に何も眼に入らないくらいだった。
しょうがないと思ってほしい。
これでも本当に糸川高校地学研究会に入るのが一つの夢みたいなもので、受験勉強だってそれを励みに頑張った。
中学二年の頃の成績ではワンランク足りないって分かって、必死になって毎日予習復習を欠かさず、過去問なんて何度チャレンジしたことか。
糸川高校地学研究会の存在は、僕にとってそれぐらい大切なことだったんだ。
『あの人』につながる、たった一本の糸だったから。
でも、確かに我ながら新入生の態度じゃないよな。
やばい。なんか顔が赤くなってきたのがわかる。
蒼川先輩がものすごく楽しそうに僕を見てる。
絶対からかってるよ、この表情は。
「部室を閉める頃になって、やっと私に気がついて。話をしても何となく気もそぞろ。視線は本棚や標本棚にばかり行くし、加えて初めての褒め言葉が『髪、黒曜石のようですね』だったんだもん!」
「……隣で聞いていた私も確信した。これは本当に石が好きなんだって」
「新鮮だったね。蒼川を前にここまで平然としていた男子なんて今までいなかったよ」
いや、平然としていた訳じゃなくて、十分見とれてもいたんだけど。
髪の褒め言葉だって、一応よく使われる表現じゃないだろうか。
そこまで注目されるような事かな。
朱沼部長がめちゃくちゃいい顔で隣に歩いてくる。
それはもう、世界に一匹しかいない希少な動物を眺めるような、好奇心と楽しさをブレンドしたような表情で。
「とどめが地学研究会じゃないと分かって、入部取り消しを願い出てきた事」
「……宝珠のこと、眼中になし」
「私もちょっと反省したもん。今まで自惚れていたんだな、って。同時にすごく安心した。普通に友達になれそうな男の子だなーって!」
ほめられているのかな、これは。すごく微妙な表現だと思う。
つまり、僕があまりにも蒼川先輩に無反応だから、入部させてもトラブルを起こさないだろうと見込まれた、って訳なんだろうか。
うーん。納得できるような、できないような。今一歩釈然としない。
なんだかまだ何か隠されているような気がする。
ふと視線に気がついてそちらを向くと、白道さんが安心したような、満足したような、見る方がほっとする優しい笑顔をして頷いていた。
「ね、やっぱり運命なんだよ。黄塚くん」
「いや、その。こういうの運命っていうのかな」
「運命っていえば運命だね。下手すれば、新入部員なしで廃部の可能性だって考えてた。でも、笹ちゃんと黄塚が来てくれた」
朱沼部長が僕の肩を軽く2度程叩く。
なんだろう。痛くはないけど、とても重く感じた。
見れば、部長が昨日も見た大輪のひまわりのような明るい笑顔を浮かべている。
気になるのはその瞳。
真剣で、しかも微かにすがるような必死な光を奥に秘めているような気がする。
部長の性格を考えると信じられないけれど。
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