僕のイシはどこにある?!

阿都

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第一章 白道

四面楚歌ならず、四面美花? その2

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 後から確認したのだけれど、地学準備室前の連絡版に張ってあった紙には、はっきりその旨が明記されていた。
 読まなかったのは僕のミスだ。

 新入生歓迎会で発表がなかったのも災いした。
 どうやらまだ発足したばかりで同好会扱いなので、舞台上でアピールする枠がもらえなかったらしい。

 配られた学校案内パンフレットに載っていた、地学準備室という単語だけで一気に駆け込んだ僕が悪いのは分かってる。

 でもあえて言わせてほしい。
 生徒会の先輩方。パンフレットにはせめて各同好会の正式名称と、もうちょっとだけ詳しい活動内容を書いておいてください。
 僕のような間抜けな新入生のために。

「だからといって入部申請が取り消しできないって、どういうことなんですか!」

 必死で食い下がる僕に対して、朱沼部長は、はっきり言った。

「だって倶楽部存続のために、新入生が二人どうしても必要なんだもの」
「1人は期待の新人、白道笹良ちゃん。もう1人は黄塚陽介クン。これで決まり」
「……地学の勉強もしようと思えばできる。黄塚君の心次第」
「ね、黄塚くん、一緒にパワーストーン勉強しよ!」

 僕だって一般的な15歳の男子だ。
 魅力的な女の子たちにこれほど望まれるなんて、嫌なはずは断じてない。
 求められているのは僕個人ではなく、新入生の頭数でしかないと分かっているけれど。

 でも、それでも。

 僕は入学前から決めていたことがあったんだ。
 もし、この糸川高校に合格できたら、ある部活に入りたい、って。

 僕はとにかく頭を下げた。

「勘違いしたのは僕が悪いです。期待させてしまったのも申し訳ないと思っています。でも、先輩方や白道さんがパワーストーンに興味があるのと同じように、僕は地学を学びたいんです!」

 ついに伝わったのか。朱沼部長は小首をかしげた後、1度手を引っ込めた。

 いや、どうも違うらしい。部長は変に芝居がかった大げさな動作で、深いため息をつく。
 そして、僕の後ろの先輩に声をかけた。

「ねぇ、玄丘。うちに地学研究会なんてあったっけ?」

 その質問だけで、すでに嫌な予感が背筋を駆け上がっていった。
 戦慄と共に玄丘先輩の冷たい雨のような言葉が、頭上から降りかかってくる。

「……昨年、部員不足でつぶれたみたい。黄塚君には悪いけど」
「玄丘先輩、嘘じゃないんですか」
「……本当」 

 声色の片隅に同情の響きを聞き取って、僕は先輩が真実を言っていると感じた。
 そもそも嘘をついたって、後から調べればすぐ分かる。

 それはつまり、中学校からの夢の1つがつぶれたって事だった。

 夢なんて言うのは大げさだけれど、糸川高校では古くから部活動として地学研究会があるって『あの人』から聞いていたから、かなり期待していた。

 僕はけっして頭がいい方じゃない。

 独学で地学や鉱物学を勉強するのも、なかなか難しくて。
 だからこそ、高校では基礎からきっちり教わりたかったし、先輩や先生から色々な話を聞きたいと思っていた。

 周りで地学が好きな友達なんて、『あの人』以外、1人もいなかったから。

 でも、どうやら入学1週間にして、希望は潰えたみたいだ。

「ね、分かったでしょ。曲がりなりにも地学っぽいことができるのは、もうこのPS倶楽部しかないのよ」

 朱沼部長が、ここぞとばかりに畳み掛けてくる。

 パワーストーンのどこが地学っぽいのか、よく分からないけれど、少なくとも希望通りの部活がないのははっきりした。

「ねぇ、陽介クン、もう決めちゃいなよ。居心地いいよ~」
「わたしもいいと思うよ。ここにこうしてきたのも運命だよ!」

 両側からステレオで勧誘される。

 っていうか、白道さんは僕と同じ新入生じゃなかったっけ?
 なんでこんなに蒼川先輩と息が合っているんだ?

 いや、なにをテンパっているんだ僕。問題はそこじゃない。

 こまった。本気で困った。
 こんな状況は考えていなかった。

 まさか、いきなり入ろうと思っていた部活がなくて、よく分からない同好会に誘われる羽目になるなんて。

「……地学なら私が教えてあげる」
「え?」
「そうそう、玄丘の知識はハンパじゃないから。きっと満足できるわよ! さぁ、どうする黄塚!」

 朱沼部長の言葉が終わる前に、僕は振り向いて玄丘先輩を見上げた。
 ほとんど表情は動かないのに、見下ろす目は優しいように思えた。

 今まで同じ興味を持ってる人なんて、『あの人』以外にいなかった。
 地学って何だよ、それ面白いのか? って茶化されてきた。
 知識は全部、自分で町立図書館に通って本を探したり、ネットで調べてきたんだ。

 誰かと話をしたかった。
 もっと知識ある人に、教わりたかった。

「本当に教えてもらえるんですか?」
「……黄塚君が入部してくれるなら」
「甲美にここまで言わせるなんて、陽介クン凄いわ。ね、もう決定でしょ、これは」

 玄丘先輩の肩に手をかけて、しなだれかかるようなポーズをとる蒼川先輩。
 これもまた異性の理性をとろけさせるには十分な仕草だったけど、僕はほとんど気にならなかった。

 それよりも大事なことがあったから。

「玄丘先輩。活断層ってなんですか?」
「……新生代第四紀まで地殻変動を繰り返した断層。今後も活動する可能性が高い」
「発見されている中で1番古い岩石は?」
「……カナダで見つかったアカスタ片麻岩。約四十億年前のもの」

 いくつか質問してみたけれど、玄丘先輩はまったく迷うことなく答えを返してきた。
 しかも全て当たっている。

 少なくとも、僕が知っている程度の知識は持っている。
 いや、言葉の端々に、わざと分かりやすい単語に置き換えているような不自然さがあったから、僕のレベルに合わせてくれたのかもしれない。

「……どう? 私は合格?」
「あ、すいません! 凄く失礼なことを」
「……いい。黄塚君の気持ちはわかってるつもり」

 思わず見惚れた。
 ほんの少しだけ唇の端をあげて、目を細める。それだけで重苦しい雰囲気が消えて、玄丘先輩はマシュマロのように柔らかい笑みを浮かべていた。

 微笑みはそのままに、視線をそらされる。

 しまった。女の子の顔を凝視するなんて失礼極まりない。
 しかも先輩に対して質問攻めしてしまって、たった数分で二重三重の礼儀知らずな行いだ。

 慌てて謝って正面に向き直ると、部長が片眉上げて顔面痙攣でもおこしそうな表情で睨んでいた。

 ……なんでこんなに不機嫌そうなんだろう。

「と、に、か、く! 黄塚! 入るの? 入らないの? どっち!」

 またもや僕の頭に拳を捻りこんでくる。
 本気で痛いです。勘弁してほしい。

 頭蓋骨を突き破りそうな圧力と痛みに堪えながら、僕は懸命に考えていた。

 確かに先輩達の言う通りなんだろう。

 地学研究会は潰れていて、地質学や鉱物学を学べる部活はない。
 方向性はかなり違う気がするけど、似たようなことを教えてもらえるのはもうこのPS倶楽部だけなんだ。

 でも、だけど。
 僕はどうしても気が乗らなかった。

「……」
「ふーん。ここまで言っても入る気ないみたいね」
「すいません」

 朱沼先輩の顔を直視できず、俯きながら謝る。

 どんな思惑があろうともここまで求められていて、なお断るというのだから恨まれてもしょうがない。
 今度こそグーパンされたって文句言えないと思う。

 そんな覚悟をしていた僕に、妙に明るい声がかけられた。

「よし、そこまで言うなら仕方が無いわ。でも、こっちも簡単に部員を逃すわけにはいかない。そ・こ・で!」
「はい?」

 何を言い出すのかと視線を上げた僕の前に、今世紀最大のイタズラを思いついた悪ガキのような意地の悪い笑顔を浮かべた朱沼先輩がいた。

「黄塚! あんた、仮入部しなさい!」
「は、はい?」
「仮入部よ、仮入部! 期間は部活動予算会議が終わる1学期末まで! もちろん他の部活と掛け持ちもOKだし、1学期が終われば、あとは残るもよし、やめるもよし。どう? お互い悪くないと思うけど?」

 僕は言われた意味がすぐに理解できなくて、呆然としてしまった。

 きっと相当変な顔をしたんだろう。左側から堪えきれずに噴出す音が聞こえてくる。

「仮入部ですか?」
「そうよ。何度も言わせないで」

 戯れ言はここまでよ。答え次第では……分かってるでしょうね。

 そんな台詞がバックに浮かんで見えるような壮絶な圧力感を纏いながら、薄く微笑む朱沼部長。
 冗談抜きで怖いです。

 だけど、この申し出自体は妥当に思えた。

 実際に玄丘先輩と話をしたり、パワーストーンの実践とやらの中で、地学的なアプローチがあるのかどうか確かめられる。
 すでに地学研究会がつぶれているとわかった以上、他に入る部活も今は思いつかない。

 試してみて損はないはずだった。
 ちゅうぶらりんで1学期を無駄に過ごすよりも、何倍もまともではないだろうか。

 部長の目が徐々に細められていく。
 別に恐怖に後押しされたわけではないけれど、僕は一気に決断していた。

「わ、わかりました! 改めて仮入部希望します! よろしくお願いします!」

 僕の申請を聞いた途端、朱沼先輩は、一瞬だけど物凄く嬉しそうな顔をした。

 それこそ大輪のヒマワリ。真夏の太陽。
 眩しい位に生き生きとした生命力豊かな笑顔だ。

 何がそんなに嬉しいのか、まったく分からない。
 最近のパワーストーン人気から考えれば、入部希望者はそれなりにあるだろうに。
 新入部員2名なんて簡単だと思うのだけど。
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