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本章

ハンマープライス

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どれほどの時が流れただろうか、扉が開き、体臭のきつい男が入ってきた。
足の縄をナイフでブツリと断ち切ったかと思うと、喉にその刃を向けられた。
「立て」
フラつきながら立ち上がると、背に刃物の切先を感じる。
「そのまま真っ直ぐだ、扉を出たら階段を上がりな」
命じられるままにアンリは足を運ぶ。
逃げ隠れできる広さもない屋内、階段を登っても街の一軒家といった内装、やや大き目のテーブルには酒盛りの跡が見受けられるだけだった。
戸口に寄せられた馬車に押し込まれ、どこかも分からない場所から更に移動させられる。
「いまからアンタの競が始まんのさ」
無言で俯いているアンリに、手持ち無沙汰だったのか、男はナイフを仕舞って話しかけて来た。
「せいぜい可愛がってもらうんだな、従順にしてればそこそこ良い暮らしはできると思うぜ」
泣き崩れるでもなく、激昂もしないどころか一言も発さないアンリが面白くないのか、舌打ちをして男は黙り込んだ。

馬車から降ろされると、暗い通路を進んだ。
積まれた木箱の中には何が入っているのだろう?
鉄の檻ではガシャガシャと音を立てる獣の姿があった、タペストリーにある獅子のそのままがそこに居た。
他の檻にも珍しい生き物が捕らえられているのが見える。
更に進んだ先の扉を潜ると、香水臭い女が2人立ち上がってこちらに近づいた。
「ここからはアタシらがやるよ」
「男は扉の外だ、さあ、出てけよ」
蓮っ葉な口調が2人の女の子育ちを示しているようだった。
服を剥かれ、洗われて、濃い化粧を施される。
ビスクドールが着ているような衣装を着せられ、鏡に写る姿は自分ではないようだが、彼女らの腕は確かなようだ。
「さあ、用意できたよ。連れていきな!」
仕上げに鎖付きの首輪を嵌められた。
完成の声を待ちかねたように、男がやってきて舞台袖まで引き摺られるように歩いた。
(チャンスなんて無かったわね)
いよいよ競りに出品されるのだ。
司会者の軽妙なトークで呼び出され、面で顔を隠した客達の前に出される。
首を繋いだ鎖は司会者の男の手に握られていた。
「さあ!最初は金貨50枚から、人形のような可愛らしい生娘だ、味付けは思いのまま!さあ、どうだ?」
面白いように値は上がって、金貨500枚を超えたころ、少しずつ参加者は減っていった。
「1000!」
よく通る声が響く。
「なんと、金貨1000枚?!」
司会者の声が、驚きで少し震えた。
「他には居ないか?居ないな?では、貴方!そちらの紳士でーー決定だ!」
カーンッと木槌が打ち鳴らされ、壇上に落札者の男が呼び寄せられる。
司会者の手から鎖が手渡されたのを合図に、落札者の男は仮面を跳ね除けた。
「全員動くなぁっ!!確保ぉぉおおっ!」
いきなりの出来事に場が凍りつく、アンリは反射的に仮面のない落札者の男の顔を見上げた。

ーーレニングラード様!!
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