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本章

子爵家の人々

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その日は屋敷中が大騒ぎになった。
翠玉宮でのお茶会で、特に戦果のなかった次女のアンリの元へ、翌日豪華な花束が届いたのだ。
送り主は、今をときめく英雄レニングラード・エルザルド。
入婿を迎え家督を継いだ長女アネモネも、早々に隠居を決め込んで、王都暮らしを始めた父や母も浮き足立っている。
「やったじゃない!これを機に、上手く近づけば、貴女は伯爵家の女主人になれるのよ?!」
「アネモネ姉様、大袈裟な…気絶してしまった私を心配されて、お見舞いの花を贈って下さっただけですわ」
「いいや!でかした、しっかり上手くやるんだぞ?」
「お父様まで…」
「ひとまずお花はお部屋に飾りましょう。ウインターコスモスね、花言葉は淡い恋よ?」
「お母様、もうっ、偶然ですってば」
やいのやいのと冷やかされ、部屋に戻った所で、ゾフィーが紅茶を入れてくれた。
「ありがとう」
ティーカップを受け取って、ソーサーから持ち上げた所で、ゾフィーはテーブルに手紙をそっと添えた。
「これは?」
「花束に付けてありました。中身はお一人で確認されたいかと思いまして、他の方の目には触れないよう、先に預かっておりました」
「ありがとう、開けてくれる?」
頷くと有能な侍女は、ペーパーナイフで封を開き、中身をアンリに差し出した。

ーーロックス子爵家令嬢 アンリ嬢へ

突然の花束に驚かれたと思うが、どうか受け取って欲しい。

どうやら猫を助けて木から落ちたのだと思うが、怪我などは無かっただろうか?
気を失っていた貴女の身体に触れてしまった事と、意識が戻る前に場を辞した事への詫びと思ってこの花を選んでみた。
花言葉は「真心」なのだそうだ。
どうか、伝わりますように。

レニングラード・エルザルドよりーー

「あ、危なかったぁぁぁあ!」
いきなりの声に、控えていたゾフィーがびっくりした様子でこちらを見てきた。
(花言葉もいくつかあるものね!レニングラード様が伝えたかったのは真心の方よね?勘違いする所だった!!)
恥ずかしさで染まった頬を両手で押さえてゾフィーに手紙を渡した。
「読んでもいいわ、その後は手紙箱に入れておいて?」
「はい、分かりました」
手紙を受け取って内容をサッとみたゾフィーがプーッと吹き出した。
「成程、お嬢様は淡い恋の方を期待されておいででしたか、見事に裏切られましたね」
「そ、そんなこと思ってない!レニングラード様は確か今年26才、私とは9つも離れているのよ?こんな小娘眼中にない事くらい、分かっているわ」
「はいはい、そういう事に致しましょう。旦那様とアネモネ様は11歳の差がありますけれどね」
「もうっ!ゾフィーのイジワルっ」
ぷくっと膨れてみせるアンリの可愛らしい仕草に、ゾフィーは更にクスクスと笑って、その表情を受け止めた。
「それはそうとして、早くお礼の品とお手紙を贈りませんとね」
「ええ、そうね」
アンリは既にお礼の品に見当を付けていた。
早速、今日街に買いに出ようと思っていたのである。
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