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心傷風景
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「ブリス・フォン・ハインベル子爵…」
散歩に出ていた王子を呼び止めて、ユリアが伝えた名を聞くと、星灯の下、王子は眉を顰めた。
「なぜ、今その名を?」
「少し気になって…坑道を掘るルートを決めた責任者だって聞いたんです。ほら、地脈の滞りもわざとだったんじゃないかって話しがあったので、それで調べたくなって」
上手く言えないもどかしさを抱えながら、ユリアは一生懸命に伝える。
「前にお茶会に招かれた事があって、その時も違和感を感じたんです。アルセイン家から招待に応じてやって来たのがリカルド先生一人だけだったから」
(他の人は婚約者選びのために来たと思っていたけど、あの時のリカルド先生には、そんなつもりがなかった事を私は知っている)
「なぜ、弟の方なんだろうって」
弟というフレーズを聞いて、アクシアは反応を示す。
しばらく沈黙が二人の間に訪れた。
参ったな、と先に折れたのは王子の方だった。
「ユリア嬢は、これまでの出来事が、王位を巡る争いに関与しているということまで気づいたんだね。そしてその首謀者がハインベル子爵ではないかと思っている」
「そう、思ってます」
ハインベル子爵が怪しいと知らせて来たのはタイランだが、王子の反応からその情報に間違いはないと確信した。
「ハインベル子爵はね、現アルセイン公爵の弟なんだ。それでなのか、弟という立場の者を贔屓している所があるようだ」
「だから、王弟派なんですか?なんだか安直な理由ですね」
「切っ掛けとはそんなものなのかも知れない。自分と境遇が似ていたからとか、私が嫌いだからだとか…でも、その後も支持を維持できているのは、アンドレ自身にそれだけの力を認めたからだろうね」
前世、アンドレが執政に出てから少しの間その手腕を見ていたユリアは納得する。
少し強引なところもあったけど、皆を引っ張って行くだけの力があったと思う。
「それで、ハインベル子爵が主犯だとして、君は協力者にも心当たりがあるんじゃないかな?」
突然歩みを止めたかと思うと、王子はユリアを覗き込む。
「それは!ーーはい、でも…言いたくありません」
「言いたくないなら仕方ないね、私だって、そうでないといいなと思っているよ」
王子も既に見当をつけているのだろう。
互いにその答え合わせをするのを躊躇っている。
いつかは答えを知るとしても。
「そうだとしても、きっと何か理由があると思うんです、だから、まだ今は…」
そこからは黙って二人で森を歩いた。
野営地に着くまでの道のりは、夜の帳の静寂に包まれて、ふとユリアは思い出す。
(前世でもこんな事あったな)
ゲーム内では、夏場に林間学校があり、その時点で好感度の高い相手と夜に偶然出会って散歩をするのだ。
前世、王子ルートを進んでいたユリアは、当然王子と散歩を共にした。
状況は全然違うけど、また同じように並んで歩いている。
(確か、あの時のイベントスチルは…)
「きゃっ?!」
「おっと!大丈夫、羽虫だよ」
「すみません、驚いてしまって」
(そう、これだ。虫に驚いて飛び退いた足下の木の根に躓いて、王子に抱き止めてもらって、上を見ると王子の顔があってってヤツね)
意図せずにまた、ゲームと同じ行動を取っている。
アクシアは、まだ手を解けずにいる。
「父が…君を王妃に迎えてはどうかと言っている」
「え?」
「勿論、正妃はミュゼリア嬢になるが、おそらく側妃としてね」
「私なんて身分違いもいいところですよ?」
(まさか、前世に近づけようと運命が動いてる?!)
首が胴から離れる寸前の恐怖を思い出し、息が詰まった。
「側妃ならば、身分は問われない。聖女である君が、神殿に所属すれば外交政治の交渉材料として簡単に使えなくなるし、まして、他国に取られたくないという思惑が有るのだろう」
「なぜ、今それを私にお話に?」
「本当にそうしてしまおうか、なんて私はひどい事を考えてしまってる」
目を見開いて、ユリアは王子の身体を押して突き放す。
そうしてしまってから、ハッと気付く
「ごめんなさい、私、王子殿下はこけそうな所を支えてくれたのに」
「いや、大丈夫。恋人でも婚約者でも無いのに、長くとどめすぎたのは私が悪い」
少しだけ、傷付いた表情。
心臓がドクドクとうるさく音を立てる。
「君が魔物の前に立って、浄化を施した時、失いたく無いと思ってしまった。きっと、そんな事があったから…だから、すまない、今の発言は忘れて欲しい」
「ーーはい、忘れます」
「ごめんね、動揺させた」
もうすぐテントの並ぶ野営地に辿り着く。
「もうお休み、また明日」
王子に促されて自分用のテントへと歩む。
ユリアの姿が見えなくなってから、王子は呟いた。
「私の妃となるのは相当嫌なんだな、彼女、酷い顔をしていた…」
宵闇にも蒼白とわかるほど血の気が失せて、今にも倒れそうだった。
龍の浄化に向かう前、倒れた時もそんな様子だった。
「聖女とはなんなのだ?何が見えている?」
散歩に出ていた王子を呼び止めて、ユリアが伝えた名を聞くと、星灯の下、王子は眉を顰めた。
「なぜ、今その名を?」
「少し気になって…坑道を掘るルートを決めた責任者だって聞いたんです。ほら、地脈の滞りもわざとだったんじゃないかって話しがあったので、それで調べたくなって」
上手く言えないもどかしさを抱えながら、ユリアは一生懸命に伝える。
「前にお茶会に招かれた事があって、その時も違和感を感じたんです。アルセイン家から招待に応じてやって来たのがリカルド先生一人だけだったから」
(他の人は婚約者選びのために来たと思っていたけど、あの時のリカルド先生には、そんなつもりがなかった事を私は知っている)
「なぜ、弟の方なんだろうって」
弟というフレーズを聞いて、アクシアは反応を示す。
しばらく沈黙が二人の間に訪れた。
参ったな、と先に折れたのは王子の方だった。
「ユリア嬢は、これまでの出来事が、王位を巡る争いに関与しているということまで気づいたんだね。そしてその首謀者がハインベル子爵ではないかと思っている」
「そう、思ってます」
ハインベル子爵が怪しいと知らせて来たのはタイランだが、王子の反応からその情報に間違いはないと確信した。
「ハインベル子爵はね、現アルセイン公爵の弟なんだ。それでなのか、弟という立場の者を贔屓している所があるようだ」
「だから、王弟派なんですか?なんだか安直な理由ですね」
「切っ掛けとはそんなものなのかも知れない。自分と境遇が似ていたからとか、私が嫌いだからだとか…でも、その後も支持を維持できているのは、アンドレ自身にそれだけの力を認めたからだろうね」
前世、アンドレが執政に出てから少しの間その手腕を見ていたユリアは納得する。
少し強引なところもあったけど、皆を引っ張って行くだけの力があったと思う。
「それで、ハインベル子爵が主犯だとして、君は協力者にも心当たりがあるんじゃないかな?」
突然歩みを止めたかと思うと、王子はユリアを覗き込む。
「それは!ーーはい、でも…言いたくありません」
「言いたくないなら仕方ないね、私だって、そうでないといいなと思っているよ」
王子も既に見当をつけているのだろう。
互いにその答え合わせをするのを躊躇っている。
いつかは答えを知るとしても。
「そうだとしても、きっと何か理由があると思うんです、だから、まだ今は…」
そこからは黙って二人で森を歩いた。
野営地に着くまでの道のりは、夜の帳の静寂に包まれて、ふとユリアは思い出す。
(前世でもこんな事あったな)
ゲーム内では、夏場に林間学校があり、その時点で好感度の高い相手と夜に偶然出会って散歩をするのだ。
前世、王子ルートを進んでいたユリアは、当然王子と散歩を共にした。
状況は全然違うけど、また同じように並んで歩いている。
(確か、あの時のイベントスチルは…)
「きゃっ?!」
「おっと!大丈夫、羽虫だよ」
「すみません、驚いてしまって」
(そう、これだ。虫に驚いて飛び退いた足下の木の根に躓いて、王子に抱き止めてもらって、上を見ると王子の顔があってってヤツね)
意図せずにまた、ゲームと同じ行動を取っている。
アクシアは、まだ手を解けずにいる。
「父が…君を王妃に迎えてはどうかと言っている」
「え?」
「勿論、正妃はミュゼリア嬢になるが、おそらく側妃としてね」
「私なんて身分違いもいいところですよ?」
(まさか、前世に近づけようと運命が動いてる?!)
首が胴から離れる寸前の恐怖を思い出し、息が詰まった。
「側妃ならば、身分は問われない。聖女である君が、神殿に所属すれば外交政治の交渉材料として簡単に使えなくなるし、まして、他国に取られたくないという思惑が有るのだろう」
「なぜ、今それを私にお話に?」
「本当にそうしてしまおうか、なんて私はひどい事を考えてしまってる」
目を見開いて、ユリアは王子の身体を押して突き放す。
そうしてしまってから、ハッと気付く
「ごめんなさい、私、王子殿下はこけそうな所を支えてくれたのに」
「いや、大丈夫。恋人でも婚約者でも無いのに、長くとどめすぎたのは私が悪い」
少しだけ、傷付いた表情。
心臓がドクドクとうるさく音を立てる。
「君が魔物の前に立って、浄化を施した時、失いたく無いと思ってしまった。きっと、そんな事があったから…だから、すまない、今の発言は忘れて欲しい」
「ーーはい、忘れます」
「ごめんね、動揺させた」
もうすぐテントの並ぶ野営地に辿り着く。
「もうお休み、また明日」
王子に促されて自分用のテントへと歩む。
ユリアの姿が見えなくなってから、王子は呟いた。
「私の妃となるのは相当嫌なんだな、彼女、酷い顔をしていた…」
宵闇にも蒼白とわかるほど血の気が失せて、今にも倒れそうだった。
龍の浄化に向かう前、倒れた時もそんな様子だった。
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