上 下
34 / 49
(33)

閃く火焔の剣

しおりを挟む
あと数刻で、カリーナの父が治める子爵領に到着するという頃だった。

ーーガガガッ!

と、大きな音をたてて、馬車が停止した。
「立派な馬車だな、おい、護衛はなしか?」
「無防備だなぁ、だから、狙われるんだぜ」
「御者の兄ちゃんよぅ?命が惜しけりゃこのままどっかに失せな!」
複数の男に、馬車が囲まれている。
そう気付くまでに時間はかからなかった。
「5、いや…8人、ジョシュア1人だときついか」
対面に座していたイルミオは独り言を呟いて、立ち上がる。
「ユリア嬢、俺が出たら必ずすぐに馬車の扉の内鍵をかけて欲しい。誰の馬車の前に立ちはだかったか、思い知らせてくる」
「分かった、ご武運を」
不安はなかった、イルミオがただの無頼漢ごときに遅れを取るはずがないと知っているからだ。
(イルミオルートの好感度イベントだもの)
「聖女様に祈ってもらったんだ、完全勝利しかないな」
その言葉を車内に残し、イルミオは勢いよく飛び出した。
リノが素早く内鍵をかけ、ユリアに寄り添う。

新たな人物の登場に、外の男たちも反応を示した。
「なんだよ、中にいたのは男かよ」
「お、やり合うつもりか?剣なんか抜いちゃって。金持ちのボンボンに人が切れるかね」
下卑た笑いを気にも留めず、イルミオの低い声が空気を揺るがせる。


ーー火焔一閃ファイア・フレーム!!


轟音とともに、空気を焦がす炎の波状攻撃が敵に襲いかかる。
反応が遅れた3人が、火だるまになって転げ回った。
なんとか掻い潜った残党も、既に間合いを詰めているイルミオの剣に打ち据えられて昏倒する。
ドサッドサ!と、音を立てて4人ほどその場に倒れた。
「くそぉぉぉ!」
馬車に駆け寄る残りの1人をイルミオは見送った。
「そいつの対応は任せた」
「仰せのままに!」
ジョシュアは御者台の手すりを上手く利用し、まるで体操選手があん馬で開脚旋回するようにして、突っ込んで来た男の顎を跳ね上げた。
面白いように、襲撃者は膝から崩れ落ちていく。
「ユリア嬢、終わりましたよ」
「そうみたいね。流石、瞬殺ね」
「殺してまではいない」
扉を解錠して迎え入れると、何事も無かったようにイルミオは静かに座面に腰掛けた。
「あの人たちは、どうするの?」
車窓から様子を見ていると、ジョシュアはどこから取り出したのか、荒縄で男たちを縛り上げ、道端に転がしていく姿が見えた。
「先に進んだ所に、警備隊の駐屯地がある。到着したらこの件を伝えて、連行してもらう」
「そう、それなら安心ね」
「怖い思いをさせた、以前はこんな所に馬車強盗など出なかったのだが…」
「馬車は無事?」
「ああ、脱輪するように落とし穴を掘ってあったみたいだが、あの程度の浅さなら問題ない」

言葉通り、御者台に戻ったジョシュアの匠な馬捌きで、見事に馬車は立て直された。
また、規則正しい揺れを取り戻した車内で、うつらうつらと眠気に身を任せていると、ポツリとイルミオが呟いた。
「これからも俺が守るから、安心して欲しい」
あんな事があった後なのに、無防備に眠りに落ちそうなヒロインを愛しく思って、イルミオが口にする言葉。
台本通り到来したそれに、ユリアは頭を悩ませた。
(イルミオルートなら、微笑んで「ありがとう、イルミオが居てくれるなら安心ね」の台詞を選択すれば良い)
でも、私はそれを望まない。
だから、ここでの台詞はこうだ。
「うん、は、よろしくね」
「ーーああ、任せておけ」
何か言いたそうにして、諦めた様子のイルミオが頷いて、会話は途切れた。

夕暮れと共に子爵領に入った。
ジョシュアは馬車強盗のことを伝えに警備隊の駐屯地に行き、イルミオとは宿内で別部屋に分かれた。
明日は子爵邸へ挨拶に向かい、魔塔の魔術師と対面する。その翌日からはいよいよ森へ入ることとなった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】 乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。 ※他サイトでも投稿中

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

処理中です...