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大地の龍

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「ここから先は、ボクが連れて行くよ」
眼前には大地の裂け目、吊り橋もない断崖である。
「え?大地の龍アースドラゴンが居るのって…」
「その下だね、だから、ボクのギフトで一緒に行こう」
目的地に到着したのは、昨日の夕刻。
朝から準備を始め、そろそら作戦を開始しようという運びになったのが今しがたである。
「ちょっと、ちょっと待って!心の準備が」
「大丈夫だよ、今日は挨拶だけだって話だし」
タイランはユリアの肩に触れ、顔を覗き込むようにして「ね?」と、微笑む。
「そうですよ、それに、私がスキル「念話」で通訳もしますから安心してください」
後方から訪れたリカルドもそれに続いた。
(龍の事も心配だけど、ここのところタイランの距離感が近いのよね…)
何がそうさせたのか、何故そうなったのかは全く見当がつかない。
(気にしても分からないものは、考えても仕方ないんだけど)
誰にも気取られない程度の小さなため息を吐いて、気持ちを切り替える。
「そうね、いつまでも躊躇ってたらダメね、先へ進まなくちゃ」
「うん、ユリアその意気だよ!」
サッとユリアの腰に手を回して、タイランはそのまま術式に入った。
(やっぱり近い!)
「ギフト「空間転移」発動!」
(……)
二人の様子を、リカルドが一人無言で見守った。

谷底に降り立った三人は、大地の魔素を頼りに大地の龍アースドラゴンの元へと進んだ。
大地の龍アースドラゴン、お待たせいたしました。約束通り、ギフト「聖女」を持つ者を連れて参りました。今日は挨拶程度ですが、明日からは本格的に浄化を開始します」
大岩と見紛うほどの体躯、背は苔むした深緑に覆われて、腹のほうは"優里亜"の世界で見た、象のような質感をしている。
ゆっくりと開かれた翡翠色の瞳がゆっくりと動いてユリアを映した。
威圧感はあまり感じない、むしろ優しげな目元の与える印象のお陰か、安らぎのような不思議な安心感を受けた。
「ぐあぉぉう」
薄く開いた口から出た鳴き声が、腹に重く響いた。
「名前は、ユリア・ド・ドルチェランと言いますよ。ユリア嬢、ご挨拶をどうぞ」
「ユリアと申します、どうぞ明日からよろしくお願いします」
「ぐおぉぉぅん、ぐあぅん」
返事をするように鳴いた龍の声を合図に、足元の地面がボンヤリと光り出す。
「これは?」
タイランが少しだけ警戒の滲んだ声を発した。
「タイラン君、落ち着いてください。大丈夫です」
「わあっ!綺麗!!」
足場からニョキニョキと、色とりどりの鉱物の結晶が生えた。
まるでエメラルドグリーンの水底に、たくさんの珊瑚が生息する海の中のようだ。
「ぐうぅぅあっ!」
ユリアの反応を見て、大地の龍アースドラゴンは、満足そうに一鳴きした。
「貴女の来訪を歓迎する贈り物みたいですよ、受け取って欲しいと言ってます」
「これ、かなり純度の高い地属性の魔鉱石だよ」
タイランは興味津々で、その一つを覗き込んだ。
「まだ何もしてないのに良いんですかね?」
ユリアは躊躇いがちに辺りを見渡した。
「良いと思いますよ、大地の龍アースドラゴンにとっては、この位の鉱物の生成など、何の負荷にもならないのでしょう」
「じゃあ、リカルド先生!歓迎の贈り物に見合うよう、しっかり頑張りますと伝えて欲しいです」
「分かりました」
リカルドが念話を終え、一旦この日は野営基地へと戻った。

翌日、ユリアは再び谷底で龍と対面した。
今日は聖職者たちも一緒だ。
彼らは最初こそ畏怖し動揺が有ったが、昨日のユリアと同じく、大地の龍アースドラゴンの安心感のようなものを受けたのか、徐々に落ち着きを取り戻した。
今は、龍を囲むように神聖印と呼ばれる、聖職者たちのみが使用する幾何学模様のようなものを、聖水を利用して描いている。
「もう直ぐ神聖印が完成します。印が結ばれますれば、聖女様には中央にお立ち頂き、その神聖なる御力にて浄化を開始して頂きとうございます」
一番年上と思しき、男性神官が恭しく頭を下げる。
「分かりました。あの、頭をお上げください、私は偉い人じゃないですから、その…そんなに畏まらないで欲しいです」
「とんでもない!聖女様とは大司教様と同等の位と定められておりますれば、敬うのは当然のことでございます」
(年上に畏まられるなんて、優里亜の時も前回もなかったから何だか居た堪れない)
ユリアが聖職者たちとの関係に四苦八苦している中、次々に声が挙がる。
「こちら、完成しました!」
「こちらもです!」
「聖水が足りません、こちらに回してください」
「こちら確認お願いします」
やがて、その声も途絶え、ユリアと話していた男性神官に、一人が完成を報告に来た。
「ハリアス様、神聖印の刻印が完成いたしました」
「分かりました、ご苦労様です。では、聖女様、浄化を開始致しましょう」
ユリアは頷き、印の中央に歩む。
大地の龍アースドラゴンが首をもたげて、ユリアを迎え入れた。
愛し子を包み込むように、龍はユリアをその身体で包み込む。
そうされても怖くなかった。
既にユリアの意識は深い瞑想に沈んでいた。

ーー神聖なる慈悲ホーリーヒールーー

大声ではないのに、口から溢れでた言葉が、癒しの光と共に場に満たされていく。
中央から末端へ向かって、神聖印がオパールのような虹色の白い輝きに染め上げられていく。
聖職者たちからどよめきが漏れた。
「なんと美しい癒しの光か!」
「この一瞬でこれだけ大規模の印を染め上げるとは…圧巻ですね」
皆、この光景に見惚れるばかりだ。
そこに、ハリアスの声が響いた。
「皆のもの何をしているか!聖女様の癒しの力が四方に漏れ出さぬよう、しっかりと留め置くのです」
ハッとして、彼らは神聖印の周りを囲むように等間隔に並ぶ。
それを見届けて、ハリアスは告げた。
「参りますよ…!我ら神の手足となりて地を光で満たすもの」
歌うように、だけれど旋律の無い祝詞が発せられる。
それに次々と彼らは声を連ねた。

ーー祈れ神の愛を、伝えよ神の声を
  我らは神の耳、人の声を拾う者
  我らは神の目、人の業を見る者
  伝えよ神への声を
  祈れよ神への愛を      ーー

やがて十数人の声が一つに溶け合った。
それを合図に一斉に手をあげる。

ーー神の領域サンクチュアリ!!ーー

どこまでも広がり続けようとする、神聖なる慈悲ホーリーヒールの癒しの光がドーム状に築かれた神の領域サンクチュアリの中に押し留められた。

スノードームのような大きな結界の中で、龍は光を浴び続ける。
「グオオオオンッ!」
時折り痛みを我慢するように、顰めた顔で咆哮を放つ。
その度に、じわりと黒い靄のようなものがその身体から滲み出て、光に溶けて消えてゆく。

こうして、浄化の作業が始まった。
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