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あの日の夕暮れ
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「この戦いが終わったら、直ぐに君を迎えに来るから」
「うん、待ってる」
整然と並ぶ軍の先頭に彼は立った。
国王となり初の戦。
アクシアは焦っていた。
正妃として後宮に押し込まれてくる令嬢たちを丁重に送り返すにも限界がある。
「我々には聖女の加護が付いている!負ける事など有り得ない!我は其方たちの武勇を信じておる!ーー出立!!」
(必ずこの戦い、勝利をもぎ取る!ユリアを正妃へと迎え入れるんだ)
聖女の加護を強調する事で、国民からのユリアへの支持を更に集めるのが目的だった。
国王の親征に国中が沸き立った。
出陣のパレードは多くの国民で埋め尽くされ、歓喜の中をアクシアは進む。
ユリアは、まだ遠い愛しい人の背を見送って、ただ祈りを捧げる事しかできなかった。
(どうか、どうか無事でいて…)
だけれど、その祈りは虚しく、陰謀の前に散ったのだ。
「どうせなら、アンドレ殿をーー」
「ええ、色ボケした王の愚策にはこれ以上…」
暗躍する者たちの下卑た笑いが聞こえるようだった。
その背後の闇で、薄紫色の瞳が密かに光っていた。
ユリアは、ある日、リカルドに呼び出された。
「何ですって?!陛下が怪我を?」
「命に別状は無いようですが、ただ、目覚められるか分からないような状態との事です」
調査によれば、おそらく王弟派の貴族から敵国への密告によって、陣形が筒抜けになり、裏をかかれた国王は、左目に矢を受けたのではないかという事だ。
「貴女には、知らされなかったでしょうから、お伝えしました」
王の後ろ盾がなければ、婚約者であってもただの下流貴族の小娘。
国の機密情報を知らされる立場にはない。
「これから政権模様は変わりますよ、恐らくアンドレ様が執政に立たれる。そうなると貴女の立場は悪くなるかもしれない。本当であれば貴女を我が家で匿ってあげたい所でしたが…」
教師であった頃から変わらない、いつでも彼は心配してくれている。
だから、縋るわけにはいかなかった。
「いいえ、大丈夫です。ミュゼリア様の件で公爵様は私をよく思っておられないのは確かです。同じ屋根の下に置いていただこうなんて思っておりません」
卒業式の後、ミュゼリアを断罪したのはアクシアと自分だ。その責任は取らなくてはならない。
「では、失礼します」
現実から逃避しそうになる思考を必死で留め、男爵家に戻る。
その道中、人を不安にさせるような黄昏の朱の中を進んだ。
ハッと目覚めれば、見知らぬベッドの天蓋が目に入る。
窓にはあの日と同じ色の朱が滲んでいた。
(もしかして、まだあの日のままじゃないのかしら。2度目の人生なんて私が見た夢の世界なんじゃないの?)
黄昏に照らされた部分から、不安が身体に染み込んでくるみたいにヒリヒリした。
「目、覚めたみたいだね。水でも飲むといい」
隣に優しく響く声、白金の髪を後ろでまとめた姿、穏やかな海のような碧い瞳。
どちらが夢でどちらが現実かもわからなくなってしまった中で、ただ一つ、彼が無事な姿でここにいるという事実がユリアに衝動を起こさせた。
瞳から溢れる涙をそのままに、幼子のようにアクシアに齧り付いて泣き喚いた。
「こわっ….こわかったぁぁぁ!!」
頬を擦り付けるようにして、彼の温もりに安堵する。
最初は少し戸惑う様子を見せたアクシアも、初めて赤子を受け入れるような不器用さで、ユリアの背に、髪に手を触れてその涙を受け止めた。
ひとしきり泣き、やがて落ち着いた頃、アクシアが先に声をかけた。
「怖い思いをさせて申し訳ない、貴女のような可憐な人に縋るしかない私たちを許して欲しい」
(ああ、そうか。私、アンドレ王子を見て倒れたんだったわ)
ようやく現実の実感が湧いて、ユリアは気付く。
どうやら、アクシアはユリアが大地の龍浄化に関してプレッシャーを感じて気絶したと誤解しているらしい。
(わざわざ正す必要はないよね…)
ユリアは誤解するままに任せ、アクシアに答えた。
「私こそ、不甲斐なくてごめんなさい。倒れちゃうなんて情け無い。これからはちゃんとしますね!」
腫れた目元をさりげなく押さえて、照れ笑いを浮かべる。
(それにしても、今回はただの隣の席のクラスメイト程度の関係なのに、だ、抱きついちゃった!恥ずかしい)
「あ、あのそれにしてもこのお部屋凄いですね!青と金色の部屋って感じで」
「それほどでも。ここは僕の寝室。あっちがさっきの応接室だよ」
指差す方角には焦茶色の重厚な扉があった。
やはり、この寝室も前世のユリアが訪れたことのない部屋だ。
また、複雑な感情に絡め取られる前に、ユリアはしっかりと自分で立ち上がった。
「アクシア様の寝室を使わせてもらったなんて畏れ多い事です!直ぐ戻ります!」
「待って、侍女の…リノ?を連れて来よう。そのままだと、皆が心配するよ」
アクシアは自分の目元を示して別の扉から出て行く。
「用意ができたら皆の所に戻っておいで」
じゃあね、と手を振ってそのまま彼は出て行った。
(はぁっ、完璧だよ。さすが王子様)
ストンとまたベッドに腰を落としてユリアは考える。
(また私、王子ルートに進んでいるのかな?)
ゲームには無かったストーリーを進む今、それは誰にもわからない問い掛けだった。
一方で、ユリアが目の前で倒れたアンドレは不信感を抱いていた。
(あの女、私を見るなり倒れやがった…あの瞳の色は恐怖だ、何故だ?私の何を見た?)
自室に戻されて、ユリアの側を離れてしまっては探りようがなかった。
(ギフト「聖女」にはどんな力があるというんだ?まさか、邪を見抜く力があるとでも)
自身を邪だと謳うだけの自覚はある。
兄のアクシアは16歳になれば申し分のない王太子となるだろう。
でも、能力でいけば自分も引けを取らないと自負している。
(ただ生まれた順が少し違うというだけで…でも、私はなんとしても王になりたいのだ)
「聖女、ユリア・ド・ドルチェラン。邪魔な女だ」
もうすぐ陽が落ちる、その不穏な風にアンドレの言葉が溶けて広がった。
「うん、待ってる」
整然と並ぶ軍の先頭に彼は立った。
国王となり初の戦。
アクシアは焦っていた。
正妃として後宮に押し込まれてくる令嬢たちを丁重に送り返すにも限界がある。
「我々には聖女の加護が付いている!負ける事など有り得ない!我は其方たちの武勇を信じておる!ーー出立!!」
(必ずこの戦い、勝利をもぎ取る!ユリアを正妃へと迎え入れるんだ)
聖女の加護を強調する事で、国民からのユリアへの支持を更に集めるのが目的だった。
国王の親征に国中が沸き立った。
出陣のパレードは多くの国民で埋め尽くされ、歓喜の中をアクシアは進む。
ユリアは、まだ遠い愛しい人の背を見送って、ただ祈りを捧げる事しかできなかった。
(どうか、どうか無事でいて…)
だけれど、その祈りは虚しく、陰謀の前に散ったのだ。
「どうせなら、アンドレ殿をーー」
「ええ、色ボケした王の愚策にはこれ以上…」
暗躍する者たちの下卑た笑いが聞こえるようだった。
その背後の闇で、薄紫色の瞳が密かに光っていた。
ユリアは、ある日、リカルドに呼び出された。
「何ですって?!陛下が怪我を?」
「命に別状は無いようですが、ただ、目覚められるか分からないような状態との事です」
調査によれば、おそらく王弟派の貴族から敵国への密告によって、陣形が筒抜けになり、裏をかかれた国王は、左目に矢を受けたのではないかという事だ。
「貴女には、知らされなかったでしょうから、お伝えしました」
王の後ろ盾がなければ、婚約者であってもただの下流貴族の小娘。
国の機密情報を知らされる立場にはない。
「これから政権模様は変わりますよ、恐らくアンドレ様が執政に立たれる。そうなると貴女の立場は悪くなるかもしれない。本当であれば貴女を我が家で匿ってあげたい所でしたが…」
教師であった頃から変わらない、いつでも彼は心配してくれている。
だから、縋るわけにはいかなかった。
「いいえ、大丈夫です。ミュゼリア様の件で公爵様は私をよく思っておられないのは確かです。同じ屋根の下に置いていただこうなんて思っておりません」
卒業式の後、ミュゼリアを断罪したのはアクシアと自分だ。その責任は取らなくてはならない。
「では、失礼します」
現実から逃避しそうになる思考を必死で留め、男爵家に戻る。
その道中、人を不安にさせるような黄昏の朱の中を進んだ。
ハッと目覚めれば、見知らぬベッドの天蓋が目に入る。
窓にはあの日と同じ色の朱が滲んでいた。
(もしかして、まだあの日のままじゃないのかしら。2度目の人生なんて私が見た夢の世界なんじゃないの?)
黄昏に照らされた部分から、不安が身体に染み込んでくるみたいにヒリヒリした。
「目、覚めたみたいだね。水でも飲むといい」
隣に優しく響く声、白金の髪を後ろでまとめた姿、穏やかな海のような碧い瞳。
どちらが夢でどちらが現実かもわからなくなってしまった中で、ただ一つ、彼が無事な姿でここにいるという事実がユリアに衝動を起こさせた。
瞳から溢れる涙をそのままに、幼子のようにアクシアに齧り付いて泣き喚いた。
「こわっ….こわかったぁぁぁ!!」
頬を擦り付けるようにして、彼の温もりに安堵する。
最初は少し戸惑う様子を見せたアクシアも、初めて赤子を受け入れるような不器用さで、ユリアの背に、髪に手を触れてその涙を受け止めた。
ひとしきり泣き、やがて落ち着いた頃、アクシアが先に声をかけた。
「怖い思いをさせて申し訳ない、貴女のような可憐な人に縋るしかない私たちを許して欲しい」
(ああ、そうか。私、アンドレ王子を見て倒れたんだったわ)
ようやく現実の実感が湧いて、ユリアは気付く。
どうやら、アクシアはユリアが大地の龍浄化に関してプレッシャーを感じて気絶したと誤解しているらしい。
(わざわざ正す必要はないよね…)
ユリアは誤解するままに任せ、アクシアに答えた。
「私こそ、不甲斐なくてごめんなさい。倒れちゃうなんて情け無い。これからはちゃんとしますね!」
腫れた目元をさりげなく押さえて、照れ笑いを浮かべる。
(それにしても、今回はただの隣の席のクラスメイト程度の関係なのに、だ、抱きついちゃった!恥ずかしい)
「あ、あのそれにしてもこのお部屋凄いですね!青と金色の部屋って感じで」
「それほどでも。ここは僕の寝室。あっちがさっきの応接室だよ」
指差す方角には焦茶色の重厚な扉があった。
やはり、この寝室も前世のユリアが訪れたことのない部屋だ。
また、複雑な感情に絡め取られる前に、ユリアはしっかりと自分で立ち上がった。
「アクシア様の寝室を使わせてもらったなんて畏れ多い事です!直ぐ戻ります!」
「待って、侍女の…リノ?を連れて来よう。そのままだと、皆が心配するよ」
アクシアは自分の目元を示して別の扉から出て行く。
「用意ができたら皆の所に戻っておいで」
じゃあね、と手を振ってそのまま彼は出て行った。
(はぁっ、完璧だよ。さすが王子様)
ストンとまたベッドに腰を落としてユリアは考える。
(また私、王子ルートに進んでいるのかな?)
ゲームには無かったストーリーを進む今、それは誰にもわからない問い掛けだった。
一方で、ユリアが目の前で倒れたアンドレは不信感を抱いていた。
(あの女、私を見るなり倒れやがった…あの瞳の色は恐怖だ、何故だ?私の何を見た?)
自室に戻されて、ユリアの側を離れてしまっては探りようがなかった。
(ギフト「聖女」にはどんな力があるというんだ?まさか、邪を見抜く力があるとでも)
自身を邪だと謳うだけの自覚はある。
兄のアクシアは16歳になれば申し分のない王太子となるだろう。
でも、能力でいけば自分も引けを取らないと自負している。
(ただ生まれた順が少し違うというだけで…でも、私はなんとしても王になりたいのだ)
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もうすぐ陽が落ちる、その不穏な風にアンドレの言葉が溶けて広がった。
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