23 / 49
(23)
聖女の価値
しおりを挟む
「お呼びですか、お父様」
執務室にユリアを迎え入れた男爵は、なんとも言えない表情を浮かべた。
「ユリア…少し困ったことになってしまったよ」
王家の刻印が押された召集令状、文書には、大地の龍浄化の命が下されたという内容が記されていた。
褒賞は次代の男爵継承権と少なくない賞金だけれど、私に対する保証はなし。
つまり、失敗は許されないということだ。
全て読み終わり、ユリアは男爵に向き直る。
「大丈夫です、お父様。私、北の地へ参ります」
「すまない、私がもっと高い位の貴族であれば断る事も出来ただろうが…」
本気で心配してくれているのが、その表情や仕草から伝わる。
ユリアは微笑んでその腕に触れた。
「ただの村娘であった私をここまで守り育てて下さった、今度は私がお返しをする番です」
「ユリア?!知っていたのか」
「はい」
「そうか…」
次の言葉を探し、戸惑う男爵にユリアはそっと言葉をかける。
「それでも、お父様の愛を疑ったことは有りません。では、早速、旅支度を始めますので、失礼いたします」
扉へと向かう背に、男爵は慌てて声を発した。
「ユリア!」
「ーーはい?」
「これからも、私の娘でいてくれるかい?」
「そんなの、当たり前じゃないですか」
ユリアは花が綻ぶような笑顔で答え、今度こそ扉の外へと向かった。
(ああ、なんて嬉しい答えだ)
男爵は掌を額に当て、微笑んだ。
ユリアは聖女だ、その価値が証明されれば、男爵程度の手に負えない事態に巻き込まれる。
「願わくば、彼女の未来が幸せであって欲しいものだな」
窓の外では、もうすぐ夏を思わせる木々の緑が目に沁みた。
二日の準備期間を経て、王宮からの馬車がやってきた。
「ご準備はこれだけでよろしいのですか?」
「ええ、大丈夫です」
ユリアの側には侍女一人と、トランクがニつだけ。
使いの者が戸惑うのも無理はない、貴族令嬢の支度としては少なすぎる荷物なのだ。
道中はなんの問題もなく、王宮に到着すると、直ぐに謁見の間に通された。
「表を上げよ。そなたが、ドルチェラン男爵令嬢か」
「はい、ユリア・ド・ドルチェランが国王陛下にご挨拶申し上げます」
仰ぎ見た国王の顔は、婚約の挨拶をした前世の記憶そのまま。威厳を感じる深い青の瞳も、白髪の混じる白金の髪も、まさに王族を象徴するに相応しい姿だった。
(前回の通りなら、後5年足らずでこの方が急逝されるというの?)
複雑な思いを胸に、王の言葉を受ける。
「うむ、ドルチェラン嬢。神より聖女のギフトを賜ったのは、そなたで間違い無いな?」
「間違い御座いません」
「では、先に通達をした通り、大地の龍の浄化に当たってもらいたい」
「謹んでお受け致します」
儀礼的な定型通りの会話が繰り返され、謁見の間を後にする。
廊下を侍従に案内されて進んで行き、一つの部屋に通された。
(豪華な応接間ね、どなたのお部屋かしら?)
見渡す限り、高級そうな調度品や家具が並ぶ部屋で紅茶をすする。
「謁見、お疲れ様!」
しばらくして、扉が開く音とともに、聴き慣れた声が響いた。
「タイラン!」
「急な呼びかけにお答えいただきありがとうございます。危険に巻き込んで申し訳ありませんが、よろしくお願いしますね」
「リカルド先生もいらっしゃったんですね!大丈夫です、頑張らせてもらいます」
「今回は浄化の旅は災害地へ向う過酷なものになるから、その前に、君に少しゆっくりして貰おうと思って、僕の部屋に案内してもらったんだ」
「アクシア王子の、お部屋…」
前回の人生で、この部屋を訪れたことは無かった。
婚約はしたものの王族を含む貴族からの反発は強く、気軽に王宮に訪れることは出来なかったのだ。
ここに来て、前回の記憶や感情が色濃くなり、胸を締めつけた。
「少しはくつろげるだろうか?」
「はっ!はい、ありがとうございます」
部屋をノックする音が聞こえ、アクシア王子が入室を許可する。
「紹介しよう、弟のアンドレだよ。アンドレ、こちらは僕の学友のタイラン君とユリア嬢だよ」
紹介されると、アンドレはまずタイランに「よろしくお願いします」と握手をし、次にユリアの側に歩み寄る。
父王や兄と同じ白金の髪、親戚であるリカルドに似た緑の瞳、まだ幼さの残るあどけない顔立ちなのに、確かに死刑を言い渡された時のあの顔をしている。
近づくほどに心臓が早鐘の如く鳴り響き、血の気が引いていくのが判る。
(あ、だめ!)
プツリと意識が途切れる最後に、誰かに受け止められた感覚だけが残った。
執務室にユリアを迎え入れた男爵は、なんとも言えない表情を浮かべた。
「ユリア…少し困ったことになってしまったよ」
王家の刻印が押された召集令状、文書には、大地の龍浄化の命が下されたという内容が記されていた。
褒賞は次代の男爵継承権と少なくない賞金だけれど、私に対する保証はなし。
つまり、失敗は許されないということだ。
全て読み終わり、ユリアは男爵に向き直る。
「大丈夫です、お父様。私、北の地へ参ります」
「すまない、私がもっと高い位の貴族であれば断る事も出来ただろうが…」
本気で心配してくれているのが、その表情や仕草から伝わる。
ユリアは微笑んでその腕に触れた。
「ただの村娘であった私をここまで守り育てて下さった、今度は私がお返しをする番です」
「ユリア?!知っていたのか」
「はい」
「そうか…」
次の言葉を探し、戸惑う男爵にユリアはそっと言葉をかける。
「それでも、お父様の愛を疑ったことは有りません。では、早速、旅支度を始めますので、失礼いたします」
扉へと向かう背に、男爵は慌てて声を発した。
「ユリア!」
「ーーはい?」
「これからも、私の娘でいてくれるかい?」
「そんなの、当たり前じゃないですか」
ユリアは花が綻ぶような笑顔で答え、今度こそ扉の外へと向かった。
(ああ、なんて嬉しい答えだ)
男爵は掌を額に当て、微笑んだ。
ユリアは聖女だ、その価値が証明されれば、男爵程度の手に負えない事態に巻き込まれる。
「願わくば、彼女の未来が幸せであって欲しいものだな」
窓の外では、もうすぐ夏を思わせる木々の緑が目に沁みた。
二日の準備期間を経て、王宮からの馬車がやってきた。
「ご準備はこれだけでよろしいのですか?」
「ええ、大丈夫です」
ユリアの側には侍女一人と、トランクがニつだけ。
使いの者が戸惑うのも無理はない、貴族令嬢の支度としては少なすぎる荷物なのだ。
道中はなんの問題もなく、王宮に到着すると、直ぐに謁見の間に通された。
「表を上げよ。そなたが、ドルチェラン男爵令嬢か」
「はい、ユリア・ド・ドルチェランが国王陛下にご挨拶申し上げます」
仰ぎ見た国王の顔は、婚約の挨拶をした前世の記憶そのまま。威厳を感じる深い青の瞳も、白髪の混じる白金の髪も、まさに王族を象徴するに相応しい姿だった。
(前回の通りなら、後5年足らずでこの方が急逝されるというの?)
複雑な思いを胸に、王の言葉を受ける。
「うむ、ドルチェラン嬢。神より聖女のギフトを賜ったのは、そなたで間違い無いな?」
「間違い御座いません」
「では、先に通達をした通り、大地の龍の浄化に当たってもらいたい」
「謹んでお受け致します」
儀礼的な定型通りの会話が繰り返され、謁見の間を後にする。
廊下を侍従に案内されて進んで行き、一つの部屋に通された。
(豪華な応接間ね、どなたのお部屋かしら?)
見渡す限り、高級そうな調度品や家具が並ぶ部屋で紅茶をすする。
「謁見、お疲れ様!」
しばらくして、扉が開く音とともに、聴き慣れた声が響いた。
「タイラン!」
「急な呼びかけにお答えいただきありがとうございます。危険に巻き込んで申し訳ありませんが、よろしくお願いしますね」
「リカルド先生もいらっしゃったんですね!大丈夫です、頑張らせてもらいます」
「今回は浄化の旅は災害地へ向う過酷なものになるから、その前に、君に少しゆっくりして貰おうと思って、僕の部屋に案内してもらったんだ」
「アクシア王子の、お部屋…」
前回の人生で、この部屋を訪れたことは無かった。
婚約はしたものの王族を含む貴族からの反発は強く、気軽に王宮に訪れることは出来なかったのだ。
ここに来て、前回の記憶や感情が色濃くなり、胸を締めつけた。
「少しはくつろげるだろうか?」
「はっ!はい、ありがとうございます」
部屋をノックする音が聞こえ、アクシア王子が入室を許可する。
「紹介しよう、弟のアンドレだよ。アンドレ、こちらは僕の学友のタイラン君とユリア嬢だよ」
紹介されると、アンドレはまずタイランに「よろしくお願いします」と握手をし、次にユリアの側に歩み寄る。
父王や兄と同じ白金の髪、親戚であるリカルドに似た緑の瞳、まだ幼さの残るあどけない顔立ちなのに、確かに死刑を言い渡された時のあの顔をしている。
近づくほどに心臓が早鐘の如く鳴り響き、血の気が引いていくのが判る。
(あ、だめ!)
プツリと意識が途切れる最後に、誰かに受け止められた感覚だけが残った。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
【悪役令嬢は婚約破棄されても溺愛される】~私は王子様よりも執事様が好きなんです!~
六角
恋愛
エリザベス・ローズウッドは、貴族の令嬢でありながら、自分が前世で読んだ乙女ゲームの悪役令嬢だと気づく。しかも、ゲームでは王子様と婚約しているはずなのに、現実では王子様に婚約破棄されてしまうという最悪の展開になっていた。エリザベスは、王子様に捨てられたことで自分の人生が終わったと思うが、そこに現れたのは、彼女がずっと憧れていた執事様だった。執事様は、エリザベスに対して深い愛情を抱いており、彼女を守るために何でもすると言う。エリザベスは、執事様に惹かれていくが、彼にはある秘密があった……。
【完結】転生悪役令嬢は婚約破棄を合図にヤンデレの嵐に見舞われる
syarin
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢として転生してしまい、色々足掻くも虚しく卒業パーティーで婚約破棄を宣言されてしまったマリアクリスティナ・シルバーレーク伯爵令嬢。
原作では修道院送りだが、足掻いたせいで色々拗れてしまって……。
初投稿です。
取り敢えず書いてみたものが思ったより長く、書き上がらないので、早く投稿してみたくて、短編ギャグを勢いで書いたハズなのに、何だか長く重くなってしまいました。
話は終わりまで執筆済みで、雑事の合間に改行など整えて投稿してます。
ギャグでも無くなったし、重いもの好きには物足りないかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
ざまぁを書きたかったんですが、何だか断罪した方より主人公の方がざまぁされてるかもしれません。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆
白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』
女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。
それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、
愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ!
彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます!
異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆
《完結しました》
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子
深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……?
タイトルそのままのお話。
(4/1おまけSS追加しました)
※小説家になろうにも掲載してます。
※表紙素材お借りしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる