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令嬢の矜持

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カツッ!カツッ!カツッン!!

迫力のあるヒール音を響かせ馬車から降り立った緋色のドレスの淑女は、純金を溶かしたような美しい縦巻きロールを、サッと後ろに撫でて、エメラルドの瞳を細めた。
「貧相な家…」
小さく呟いてから、目の前の強敵ユリアに目線を合わせる。
「ミュゼリア様、ようこそいらっしゃいました!」
ユリアはどこまでも明るく、楽しげに両手を広げて迎え入れる。
どことなく、愛犬・ラッキーの天真爛漫さに重なりヨシヨシと頭を撫でてしまいそうになるのを堪えた。
「ふんっ!」

ーースパコーン!!

振り下ろした扇子がユリアの脳天に綺麗に入り、高らかな音を響かせた。
公爵家の娘が訪れたと聞いて、同じく出迎えに立った男爵夫妻がアワアワと慌てている光景が目の端に映るがそれは無視だ。
「いったぁぁっ!ミュゼリア様なにするんですか、いきなり」
頭を押さえて、瞳にうっすら涙を滲ませたユリアが見上げてくる。
「貴女こそ何をしていらっしゃるのかしら?来客への対応がなってなくてよ!」
今しがた彼女を打ち据えた扇子で彼女の顎先をクイッと持ち上げる。
「淑女たるもの、常に冷静であれ、優雅であれ!フフフッ、そう、ここからなのね?それでこそ、教え甲斐があるというものよ」
完璧主義でもあるミュゼリアの心に、完全に火がついたのだった。

午前のティータイムに合わせて訪れたはずのミュゼリアの指導は、晩餐前までもつれ込んでいた。
「まさか、お茶の淹れ方一つで、こんなに苦労をするとは思いませんでしたわ」
ぜぇ、はぁ、と肩で息をして、ミュゼリアは顎の汗を拭った。
「覚えが悪くて、ごめんなさい」
もう何度目かも分からなくなるほどの失敗を重ね、流石のユリアも弱気だ。
「謝罪など不要です、私がお教えすると申したのですから諦めませんわ。貴女の身体に完璧に所作がなじむまで、徹底的にやりますわよ!」
「ミュゼリア様…!もう一度、私、頑張ります!!」
「ええ、任せておきなさい!」
スポ根アニメもかくやと言うほどの情熱によって、二人の間に何かが芽生えた瞬間であった。
それは同時に、本日、ミュゼリアの男爵家へのお泊まりが決定した瞬間でもあった。

それから十数日が経過し、本日、無事にユリアのお茶会が開催される。
「ユリア様、ごきげんよう」
「良いお天気に恵まれましたわね」
「本日のお茶会、ミュゼリア様もいらっしゃっるとお聞き致しましたわよ」
時間に合わせて様々な家紋を掲げた馬車が停車場を賑わせた。
(ミュゼリアの教え、その一、出迎えの際は駆け寄らない、相手が来るまで待ち構え、複数が同時でも焦らずに…目の前での一言を受けてから、よしっ!)
「ごきげんよう、皆様。本日はようこそいらっしゃいました!サロンに案内させていただきます。今日は天気が良いので、庭を散策なさりたい方は遠慮なくお申し付け下さいね」
使用人に目配せすると、彼らは上手く客人を誘導していった。
ミュゼリアに「まさか、自分が案内するつもり?」と、ドン引きされるまで、使用人に案内をさせるという発想は無かった。
(ミュゼリア様に、マジ感謝だわー)
次々訪れる令嬢達を、無事案内し終わった頃、頃合いを見計らったかのように、ミュゼリアが訪れた。
「ユリア、調子はいかが?」
「はい、順調です。ミュゼリア様、ようこそいらっしゃいました」
ドレスの裾を摘んでの優雅な礼、ミュゼリアは頷きで応え、一言を添えた。
「ええ。さあ、ここからが本当の勝負よ、頑張りなさい」
男爵家の家令と共にサロンへと消えたその背を見送って、ユリアは気合を入れ直す。

ティーワゴンを押しながら、ミュゼリアにお茶会をどう進めるか、聞かれた時を思い出す。
「えっと、招待リストはこれです。お茶会の会場はもちろん男爵邸、庭にテーブルを並べて、お茶とお菓子と景色を味わって貰おうかなって…」
受け取ったリストにざっと目を通したミュゼリアは、すぐにそれを突き返してきた。
「ダメね、やり直し」
「え?なんでですか?」
戸惑うユリアに、リストを指差して、ミュゼリアは迷いなく告げた。
「この3名は家が貴族派、我が家を含むここのあたりの方は保守派、中立派はこの方の家と、あ、この方たちもそうね」
「派閥…」
「そう。呼んではいけないわけではないけれど、わざわざリスクを高めるのは、初心者向けではないわね」
「なるほど!全く考えて無かったです!」
「でしょうね、だからやり直しよ。それに、庭でやるのもやめた方がいいわ、どうしてもやりたいなら止めないけれど」
「それはまたどうして?」
ゲームなどでは、お茶会といえばガーデンパーティーのイメージがあっただけに、ダメ出しされて、なんとなくショックを受けた。
「まず、失礼だけどこちらのお庭、社交会で話題になるほどの何かがあるかしら?例えば、人気の彫刻家が彫った彫像、流行りの噴水、系譜の古い薔薇などが有れば話題になるわね」
「そういったものは…ないですね」
あるといえば、父が趣味で集めたガーベラが最盛期であるということ位だ。
「それなら、お茶会自体はサロンで開いて、庭を開放して散策して頂くくらいが妥当ね」
他にもあるわよ、とミュゼリアはさらに畳み掛ける。
「雨が降ることも想定しなければいけないし、更に、虫が出た時の大騒ぎを貴女が捌き切れるとは思えないわ」
「ごめんなさい、なんだか自分の浅はかさに打ちのめされました」
ガックリと項垂れたユリアの肩に手を当ててミュゼリアは優しく微笑む。
「自分の浅はかさに気づくことは大切なことよ、大丈夫、私にお任せなさい」
あの時のミュゼリアは本当に女神に見えた。そこから、親身になってお茶会指南をしてくれた彼女のためにも、今、この場を成功させたい。

ーーさあ、はじめるわよ!

会場の扉を開き、最高の笑顔で宣言する。
「皆さん、お待たせをいたしました。お茶会を始めましょう」
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