上 下
6 / 49
(6)

おかえり、さあ、今日から始めよう

しおりを挟む
夏になりユリアは13歳の誕生日を迎えた。
いよいよ冬にはデビュタントがあり、春先には学園へ入学となる。

「明日はいよいよ入学前説明会ですね」
侍女のリノが髪を梳いてくれる。
「そうね、緊張するわ」
「実際に勉学が始まるわけでは無いのですから、もう少し気楽になさいませ」
「それはそうなんだけどね…」
入学前説明会とは、入学の際に必要な物品の説明、制服の試着や販売、学用品や教科書の配布、学習スケジュールの説明などを行う。
全入学生を大体4分割して開催されるため、攻略対象が一堂に会する訳ではないが、一人だけ出会いイベントが用意されている。

闇属性魔法の使い手で、卒業後は魔塔のエリートとして名を馳せる、タイラン・ル・クルセインである。

伯爵家の跡取り息子で、もう一人のギフト持ちである事が、今度のデビュタントで発表されるだろう。
彼のギフトは「空間転移」というヤバい代物だった。
この能力を使えば、誰にも察知されずに敵地に間者を送り込む事もできれば、嫌いな奴の頭上に岩を落とす事も可能だ。

家族からは腫れ物のように扱われ、学園でも彼の能力を恐れ、誰もが近づかない。
そんなタイランに、同じギフト持ちであるヒロインだけが恐れずに接する事で恋心が生まれ、同時にタイランは独占欲に駆られる。
タイランルートだけは、バッドエンドだと友情エンドではなく、そのままヒロインは軟禁されるため、前回は王子ルートに逃げたのだ。
(さて、今回はどうしようかなぁ)
出会いイベントの回避はもはや難しいと諦めて、早々にベッドに潜り込む。

そして、入学前説明会の朝を迎えたのだ。

「お嬢様、行きましょう」
「分かったわ、うー、緊張する!」
リノと2人、馬車に揺られて学園へ向かう。
学園に通う生徒は、付き添いの従者1名を帯同することができる。
もちろん、ユリアはリノを選んだ。

「では、お嬢様また後で」
「ええ、待っているわ」
学園の停車場で馬車を降り、リノは従者専用の講堂へ向かっていった。
ユリアも勝手知ったる学園内、迷う事なく生徒用の会場へと向かった。
(本当はここで、案内係の男子生徒について行くと、タチの悪いナンパされて、タイランに助けられるのよね)
前回はこの出会いイベントを避けたが為に、本当に迷子になった。
「2度目ともなると余裕だわ」
フフフと、不敵に笑うユリアの背中に思わぬ声が掛かる。
「何が余裕なのかな?」
「な、何のことかしら…」
「誤魔化すのが下手だね、ユリア?」
「何で私の名前を?!」
振り向けば、黒い髪、赤い瞳が印象的な少年が手を振って応えた。
「何故って?それはボクがキミを回帰させた本人だからさ」
「な?!」
何ですって!と、叫びそうになった口に、タイランの人差し指が押し当てられた。
「しぃーっ。ほら、説明会が始まるよ、ボクとの話はその後だ」
前を向いて、と、促されてユリアは渋々向き直る。

ーーおかえり回帰者。さあ、今日から始めよう、やり直しの学園生活を。

タイランは笑みを浮かべ、この僥倖に胸を震わせた。
しおりを挟む

処理中です...