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転生したら、側室でした

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「――そなた、私に抱かれたくないんだろう?」



 まるで石畳に落とされた一粒の雨粒のようにポツリと落とされたその言葉。

 あまりに切望しすぎて、勝手に喉から漏れ出たのかと思った。

 それが、今の私の唯一の願いだったのだから。











***











「お前、沢田さんのせいにしたんだってな」

 目の前で仁王立ちしている自分の彼氏の発言に、言葉を失った。

 今、颯志そうしはなんと言った?

「……なんのことか、全く分からないんだけど」

 颯志は私の彼氏のはずだ。なのに今、彼が庇っているのは、彼女の私ではなく、現在颯志に撓垂れかかっている沢田さんらしい。

「しらばっくれるなよ! 何の罪も無い沢田さんを犯人にするなんて、そんな奴だとは思わなかった!」

 彼の目が怒りに震えていた。その燃えるような瞳を目にして、きっと今、何を言ってもこの人には何一つ伝わらないんだろうと悟った。それと当時に感じた、途轍もない絶望感。自分の彼女を信じずに、沢田さんの言うことを信じるなんて。

 彼が言っているのは今日私のクラス内で起こったいざこざのことだろう。とある女子の机の中に、心ない誹謗中傷の手紙が入れられていたのだ。ご丁寧にプリントアウトされたA4の紙では、字筆からの犯人の特定は不可能。その犯人を、私が沢田さんだと言ったということに颯志の中ではなっているのだろう。

 完全に罠に嵌められたのだ。沢田さんに。

 確かに私は今日、移動教室の際に忘れ物をしてしまい、一人で教室に取りに戻っていた。その時間を犯行時刻だと言われてしまえば、言い逃れは確かに難しいのかもしれない。勿論私はそんな卑劣な行為は一切していなかったけれど。

 でも、今の私にはそれを立証する術がない。恐らく真犯人は沢田さん本人だろう。中傷相手を私とあまり仲が良くない女子に設定する辺り抜かりがない。沢田さんがここまでする人だなんて思わなかった。

「何を言っても無駄だと思うけれど、私は何もしていないし、何も言ってない。言った・言わないを繰り返しても水掛け論にしかならないと思うけど」

 腸が煮えくり返るほど頭にきていたが、だからこそ逆に冷静になれた気がする。簡単に沢田さんの策に嵌り、自分の彼女に疑いの眼差しを向ける颯志に悲しみを通り越して呆れるしかなかった。

「言い訳もしないのかよ!」

「だって、今何を言っても、聞く耳持たないでしょ?」

 虫唾が走り、一刻も早くここから逃げ出したかった。彼の隣で偽りの涙を浮かべている沢田さんに吐き気を催しそうだった。

 机の上に置いてあった鞄を引っ掴み、ずかずかと教室の出口へと向かう。あまりの怒りで唇を噛みちぎりそうになっていれば。

「――ほらね? 言った通りでしょう?」

 勝ち誇ったような沢田さんの声が背後から私を貫き、目の前が血の色に染まったような気がした。



 そこからのことはあまり記憶に残っていない。気付けば目の前には白線の伸びる横断歩道があった。沢田さんが何故あんな行動に出たのかは容易に想像できた。沢田さんが颯志に想いを寄せているらしいという噂が前々からあったからだ。だとしても、あんなに簡単に自分の彼女を疑うなんて。颯志は今まで私の何を見てきたの?

 いや、何も見てくれてなかったのだ。

 だから、こんなにも簡単に、私を疑ったのね。

 ぼうっと見つめていた歩行者用信号が青に変わる。周りの人々に合わせて歩を進めた私に、叫び声が響いてきた。

「あぶない!! 避けろ!!」

 知らない男性の声を最後に、私の意識は遠のいてしまった。











***











 ――そこまでが、確かに私が意識を失う前の記憶だった。

 しかし現況、私は豪奢なベッドの上に横たわっていた。

 これは一体、どういうこと???



 恐る恐る起き上がり、辺りを見回す。室内には品の良い家具が揃えられていた。何が起きたのか全く理解できずに頭を抱えていると、扉のノック音が響いてきて肩をビクリと震わせた。

「リコリス様、お早う御座います。今日もとても良いお天気ですよ」

 メイド服を着た女性がツカツカとそのまま窓辺に歩み寄る。彼女の手によって開かれたカーテンから溢れる朝日に瞳を細めた。

 リコリス……誰が? もしかして、私のこと??

 私は純日本人で、そんな洋風の名前ではなかったはずだ。

 これはなに?

 夢でも見てるのかな?

 唐突な変化に対応できずに頭を抱えたままでいれば、メイドの彼女は眉を顰めて私の顔を覗き込んでくる。

「リコリス様? もしかして、お体が優れないのですか?」

「あ、いや、そういうわけではないんだけど……」

 とりあえずそう答えたが、本当は船酔いでもしているかのように頭がぐわんぐわんと回っていた。

 ここは何処で、私は何者なの?

 今まであった当然の現実が木っ端みじんに砕かれ、足元が波に攫われるような不安に襲われる。

「お顔の色も優れませんし、そのまま少しお休みになられてはいかがですか?」

 メイドにそう促され、とりあえず頷いてベッドに再度沈ませて貰う。とにかく考える時間が欲しかった。メイドは私を心配そうに一瞥すると、『今、お茶をお持ちしますね』と短く告げて扉へと向かう。

「ね、ねぇ! 今日は何日だったっけ?」

 とにかくどんなものでも情報が欲しかった。なので思いつく限りで一番単純な質問をしてみれば。

「……今日は5月22日で御座います」

 私の記憶が確かだったならば、私がさっきまでいた世界の季節は、秋だったはずだ。

「な、何年だったっけ……?」

 恍けた様子で尋ねれば、メイドの眉間の皺が深くなる。

「今年はエミリア歴503年で御座います」

 答えてくれたメイドの声に、私は瞳を大きく見開いたまま固まった。

 エミリア歴は――私が愛読していた小説の暦だったのだ。



「転生したら、王様の側室だった件について」

 ボソッと吐き出した己の言葉に、我ながら笑ってしまいそうだった。どこのライトノベルのタイトルよ、それ。

 ここはブリッツェルン王国。新王アイザックの治世が始まってまだ半年ではあったが、先王の手腕を引きついたアイザックにより国民は豊かな暮らしを送っていた。そうして私は、どうやらこの国の一国民に転生していたようだった。

 表紙が擦り切れるくらい、何度も何度も愛読した小説の世界。私は現世で横断歩道を横断中に右折してきた車に跳ねられ、運悪く頭を強打し、そのまま還らぬ人となったらしい。私の中で残された記憶はそこまでだった。

 そうして目覚めたら、小説の中の世界でした――というよくある転生ネタの話。そんなことが自分の身に起こるなんて、小説を読んでいた時には誰も考えないじゃない?

 いやでも、大好きだった小説の中に転生できたんだから、よかったじゃない! ってお考えのそこの貴方。世の中そんなに甘くはないのよ?

 現世でただの一般市民だった私が、突然ヒロインに転生したりすると思う? そんな簡単な話じゃないのよ、これは!

 いやいやさっき、あなた自分で『転生したら、王様の側室だった』って言ったよね? って、数行前を振り返ってるでしょ、今。そうです、確かに私は、今、王様の側室になってます。



 でもね、その側室は――正妃によって、毒殺されるんです!!!



 そんなことってある?!

 現世でも沢田さんに濡れ衣を着せられて、汚名を返上することもなく即死したんだよ?

 なのに、何故転生してまで、毒殺されなきゃならないのよ!!

 もう犬死にするなんて絶対にイヤ!

 だから、私は断固決意する。擦り切れるくらい愛読した小説の世界。事の顛末を知らないわけがない。私が正妃に毒殺されるのには理由がある。一般平民だった私が正妃より先に懐妊するからだ。

 だとしたら、毒殺ルートを回避する方法は、ただ一つ。



 そう! 王様とイタさなければいいだけのこと!!



 イタさなければ、勿論懐妊することもない。だから私が殺されることもない。私が生き残る術は、もうこの方法しか残されていなかった。

 そうと決めた私は、即座に行動に移すことにした。一刻の猶予も残されてなどいない。王に組み敷かれてしまえば、そこから逆らうことなどほぼ不可能なはずだからだ。

 この世界の現王、アイザックとイタさないためにはどうしたらいいか。

 意図的に王様に嫌われる行動を取ればいいだろうかとまず考える。不遜な言動、乱れた着衣、不衛生な身だしなみ、王様が嫌がりそうなものはどれかと考え始めた時点でなんだか泣きたい気持ちになった。

 だって、それはそうだろう。大好きな小説の世界。その世界を統べる王。その彼のことが嫌いだなんてこと、あるわけないでしょ?

 この小説に入れ込んだのは、アイザックの描写があまりに格好良かったからだ。外見もさることながら、彼のその内面の暖かさが大好きだった。二次元の世界の彼にさえ、抱かれてもいいと思っていたのに、三次元化した彼を好きにならずにいられると思う?

 転生してからまだ彼を一度も目にしていないが、恐らく出会った瞬間にそんなの無理だったって痛感するはずだ。そのくらい、彼に入れ込んでいたのだから。

 何の策もなく頭を抱えていれば、どうも数時間も経過していたらしい。コンコンコンと控えめにノックされた扉越しに先程のメイドの声が響いてくる。

「リコリス様、お加減は如何ですか? 王様がいらして下さっております」

「王様がっ!?」

 思わずガバッと飛び起きる。あのアイザック王が扉の向こうに来て下さっているなんて! そう考えるだけで鼓動が速くなる。

 小説の描写では、彼は長身で均整の取れた躰、サファイアブルーの髪にアレキサンドライトのような光の加減で色が変わる不思議な瞳を携えていたはずだ。声は一体どんな響きをもっているんだろうと想像していると、扉がすうっと開かれてサファイアブルーの髪が姿を現す。

「具合が悪いと聞いたが、大丈夫なのか?」

 響いてきたバスに背筋がぶるりと震える。容姿も最高なのに、声まで良いなんて卑怯すぎやしませんか?

「ご、ご心配いただき、有難う御座います」

 この国の言葉使いまでは分からなかったけれど、とりあえず持てる知識の中で最上の敬意を払った言葉を並べる。その合間に彼は私が横たわるベッドサイドに歩み寄って来ていた。

「そなたは後宮に来てからまだ日が浅い。気を遣うことも多かったであろう」

 ベッドサイドに置かれていた椅子に腰掛けたアイザックは、少しだけ身を乗り出して私の顔を覗き込んでくる。間近に迫ったアレクサンドライト。今は陽光を浴びて緑色を呈していた。

「確かにあまり顔色が良くないな。私を気にせず、横になるがいい」

 ごつごつとした大きな手が伸びてきて、私の肩をそっと押す。布越しに初めて触れた彼の熱に、息が止まりそうになった。

 あぁ、神様! あまりに酷い仕打ちではありませんか!

 こんなに素敵な男性、この世に二人と居ないだろうに、私は彼に抱かれることが出来ないなんて!!

 あまりの悲しみに、その夜は空が白みだすまで一睡も出来なかった。



 その翌日から私は策を講じることにした。リコリスは本来は街中で暮らす一般平民だったはずだ。その彼女が何故王命を受けて後宮入りしたのかまでの詳細は、愛読小説には書かれていなかった。それはそうだろう、恐らく正妃に殺されるためだけの所謂『モブキャラ』だったのだから。

 実際鏡に映るリコリスの姿は、想像していた通りの中の中レベルの女性だった。ココアブラウンの髪にセピア色の瞳。胸が大きいでもなく、スタイルが抜群にいいわけでもない、本当に普通の女性。アイザック王を目にした後では、明らかに彼に釣り合わないと実感できる。

 まぁ、現世でもパッとするような容姿ではなかったものねと、死ぬ前の自分の姿を思い出す。あの時の私に比べたら、私を嵌めてきた沢田さんの方が幾分マシだった。

 せめて転生するなら、抜群の美女にでも転生させてくれれば良かったのにと、信じてもいなかった神様を呪う。そもそも転生の必要性もあったのかって話だけど。

 この世界のリコリスは、正妃であるナミルよりも、もう一人の側室であるコーネリアよりも早く懐妊した。そのためにナミルの恨みを買い、毒殺される設定なのだ。毒殺されるために転生するって……私Mっ気なんてなかったはずなのに。

 天にまします神に唾棄したい気分に陥り、そんな場合でもなかったと自分を叱咤する。どうやって生き残るか。ナミルに殺されずに済むには、どうしたらいいか。もんもんと一人悩んでいると、私付きのメイドであるベルダが心配そうに声を掛けてきた。

「リコリス様……今日もお加減が優れないのですか?」

「え? あ、いや! そんなことはないんだけど……」

 気づけば難しい顔で頭を抱えていたようで、ベルダの心配を煽ってしまっていたようだ。

「そうですか? 本日も間もなく王様がいらして下さると先程連絡がありました」

「え!? 今日も王様がいらして下さるの!?」

 昨日の今日でまたしても訪ねてきて下さるなんて、どこまでお優しい方なのか。

 彼は、本当に魅力的すぎるのだ。容姿は勿論のこと、佇まいも立ち居振る舞いも。長身の躰は見事に鍛え上げられているのが服の上からでも分かる。その上、私みたいな一般平民出の側室にまで配慮してくれるって完璧すぎないかな?

 本来であれば、彼に好かれる努力を死ぬほどするのにと、再度天を恨まずにはいられない。大好きな彼が目の前にいるのに、触れて貰うことすら願えない。私の願いは、真逆の彼に引かれることだけなのだから。憂鬱な気分になりかけていると、扉がノックされてアイザックの到着を告げられる。

「調子はどうだ?」

「あ、は、はい! 今日は大分気分が良くなりました」

 そもそも昨日もそんなに気分が悪かったわけではない。突然の転生に目が回っていただけだ。

「そうか、それなら良かったが、あまり無理をするな」

 大きな掌が伸ばされて、私の頬をするりと撫でる。あまりに突然の触れ合いに、息が止まるかと思った。普通に生きてるだけでイケメンなのに、アイザックはこんなことまでしてくるの!? 私を何度瀕死にさせれば気が済むのかな!?

 頬がかぁっと熱を帯びるのを感じる。絶対に顔が赤くなってるはずだと思い、慌てて顔を伏せるけれど、アイザックの長い指に捕らわれて上向かされた。

「顔が赤いが、熱でもあるんじゃないか?」

 額に掌を当てられて熱を測られるけれど、貴方のその手のせいで熱が上がってるんです! なんて死んでも口にできない。

「だ、大丈夫です! 具合はすっかり良くなりましたので」

 本当はその手を永遠に離さないで欲しかったけれど、そんなことしてはいられないとそっと額の掌を離すように促す。ずるずると後退するように距離を取れば、彼はそのままお茶の用意されたテーブルへと歩み寄った。アイザックが着席したことを確認してから私もゆっくりと腰を落とす。それを合図にメイドのベルナがカートをテーブルへと寄せてカップに紅茶を注いでいく。

 さて、ここからどうしようか……。

 彼とイタさないためにはどうすればいいか色々考えてきたが、まずはこれから始めるかと覚悟を決める。ベルナが用意してくれた紅茶を口にしながら、アイザックにテーブルの上の菓子を勧める。彼がその内の一つを手に取るのを確認してから、私も同じ物を手に取る。それを一口大に千切り、徐に肘をついて食べ始めた。

「……っ!」

 隣でベルナが息を詰めるのが分かる。そりゃそうよね、この行為はこちらの世界でも恐らく重大なマナー違反にあたるのだろうと分かっていたから。お菓子を咀嚼しながら横目で王様を伺えば、彼は口端をすぅっと引き上げた。

「なるほど、そなたの前では礼儀を気にせずに寛いでいいということか」

 独り言のように呟くと、アイザックは長い脚をすっと組み、肘掛に肘をついて躰を緩ませる。これには私の方が度肝を抜かれてしまった。まさかそんな風に返されるとは思わなくて。眉間に皺を寄せてさぞかし嫌そうな顔をされることを想像していたのに、アイザックは皺一つ寄せることなく穏やかにお茶を楽しんで帰って行った。

「どうしてあんなことなさったんですか! 肝が冷えましたよ!」

「ご、ごめんなさい」

 アイザックの退室後、即座にベルナに大目玉を食らう。彼女は平民出身の私の指導役でもあったからだ。

「今回は王様のご配慮で事なきを得ましたが、次回からはお気をつけ下さいませ!」

「は、はい……」

 いや、まぁ、王様のご機嫌を斜めにするべくやったんだけどなんて口を滑らせた日には、こんなものじゃ済まなかっただろうなと背筋を凍らせた。

 マナー違反が通用しないとなれば、次は身だしなみを乱すしか……と目論んでみたが、もちろんそんなのベルナが許すはずもなく、計画を実行に移すこともなく失敗に終わった。

 どうしよう、これ。完全に詰んでない?

 アイザック王に嫌がられるべく色々講じなければならないのに、その手段がもう浮かばない。このままでは私は無事に懐妊し、正妃に毒殺されてしまう。懐妊だけは避けなければと焦っていれば、とある一つの可能性に気が付いた。

「……イタさなければいいんじゃない?」

「イタすとは何のことですか?」

 脳内の声が口からそのまま溢れ出ていたらしく、カップに紅茶を注いでいたベルナの手が止まる。

「あ! いいえ、なんでもありません」

 『オホホ』とわざとらしい笑みを浮かべてベルナの訝しむ視線を掻い潜る。

 そうよ! そうだよ! 何も嫌われるまでしなくてもいいはず。アイザック王のヤル気が起きないようにすればいいだけのこと。幸い……と、自分で言うのも些か悲しい気分になるが、リコリスは突出してスタイルが良いわけでもなく、妖艶な色香を放つような顔でもない。当たり障りなく接していれば、王様だって押し倒そうなんて思わないんじゃない? よし、これでいこう! と方向性が決まれば、あとは意外と簡単なことだった。

 アイザックには今のところ後宮に抱える女性は私を含め3人だけ。正妃のナミルと側室のコーネリアと私。なので、彼が私の部屋を訪れるのは約3~4日に一度だった。

 あまり強くはない酒と軽くつまむ物、お茶を用意して彼が訪れるのを待つ。そうして現れたアイザックと談笑しながら彼がその気を起こさないように細心の注意を払う。一番手っ取り早いのは、彼が興味を持つような話を振ること。ここで私の前世の記憶が役に立った。

「これは、なんだ?」

 テーブルの上に置かれているのは、王宮に出入りしている職人に頼んで作成して貰った一枚の板だった。9×9マスの線が引かれた、日本人ならお馴染みの板である。

「これは、ボードゲームの一種です。相手の王を取った方が勝ちという簡単なルールのものです」

 『王を取る』という私の言葉に、アイザック王の眉がピクリと反応する。そりゃあそうよね、現役の王様としては王を取られるなんて不吉そのものだもの。

「駒の種類は8種類。全て異なる動きをします。相手の駒を取った場合、その駒も利用することができます。頭脳的なゲームなので、面白いと思われますが、ご興味がおありですか?」

 私も将棋に詳しい方ではなかったが、別に勝ちにい行くわけではないし、寧ろ接待将棋なのだから私が弱い方が好都合。要は王様が将棋に夢中になってくれればいいだけなのだからとそっとアレクサンドライト色の瞳を覗き込めば。

「全て異なる動き? ではこの駒はどう動くのだ?」

 ほら、きた! と、私は釣り師が糸を引く気分だった。

「そんなに難しくはないのです。この駒は、こう動いて、こちらの駒はこう……」

 そうして将棋を王様と打っていれば、気付けば時間はもう夜半を過ぎていた。

「あら、もうこんな時間ですわ。王様、そろそろお休みになられては?」

 『明日の執務に響きます』と促せば、アイザックは『もうそんな時間か』と腰を上げる。

「実に面白いゲームであった。また次回やらせてくれるか?」

「もちろんです! お気に召していただけたのなら、もっと良い盤を作るように申し伝えておきましょう」

 ニッコリと満面の笑みで返せば、王は満足そうに一つ頷き部屋を後にした。

 ――これよ、コレ! これなら、私を押し倒そうなんて、夢にも思わないはず。

 万全の策が浮かんだと、私はほくそ笑みながら一人ベットへと横たわった。


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