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第12章 対決、神官長アリーズ!

1話 私はこの国のすべてを手に入れるのだ!

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 宮殿内の会議室にて、ダンッと机を叩く音が響いた。

「どういうことか説明してもらえるか、神官長アリーズ」

 机を殴った男、総神官長ヘリオスが鋭く私をにらんでいる。私は鷹揚にうなずいた。
 神官長アリーズと呼ばれるのも、これで最後かもしれない。次の会議では私が総神官長なのだから。

 私は冷笑の浮かぶ口元を手で隠しながら、ヘリオスをじっと見返して言った。

「グロウスの手記によると、グロウスとアビーは共謀きょうぼうし、陛下を殺害したようです」
「ふたりが、陛下を殺害した? なぜ?」
「グロウスは、元帝国魔術師のシニストラとつながっていたようです。その証拠に、彼は願いの薬壺を盗み、魔術師の墓場にいるシニストラに譲渡した」
「つまり、グロウス殿はスパイだったと?」
「残念ながら……」

 スパイという言葉に会議室がざわめいた。しかし、ヘリオスだけは訝しげな目でこちらを見ている。

「それが本当なら、一刻も早くグロウスやアビゲイルを捕らえるべきでは!?」

 会議室にいる人々が口々に叫んだ。
 私は声を整えてから、ゆっくりと発言した。

「ご安心を。すでに手は打ってある」
「おお! さすがアリーズ殿!」
「だが……」

 私はあえて深刻な表情をして言った。

「アビーはドラゴンに食い殺され、グロウスは自ら命を絶っていたと連絡があった」

 犯人死亡という意外な結末に、会議室内は騒然となった。
 私は懐から一通の手紙を取り出した。

「これがグロウスの遺書です。『私は帝国から送られたスパイでありながら、たしかに陛下を敬愛していた。その陛下を殺めた罪悪感から命を絶つ』と書いてあります」

 私はその遺書をヘリオスに渡した。
 ヘリオスは封筒を開いて、中の遺書に素早く目を通した。
 
「間違いなく、グロウス殿の筆跡だな」

 ヘリオスは腑に落ちない様子でうなずいた。
 馬鹿な男だ。私はひっそりと薄笑いを浮かべた。

 私は「アビーはドラゴンに食い殺されて死んだ」というグロウスの連絡を受けて、アングイス兄弟を魔術師の墓場に送りこみ、グロウスに遺書を書かせて始末した。
 すべて筋書き通りに事が進んでいる。
 
「それで、陛下のご遺体はどこに?」
「アビゲイルが処分したようです」
「アビゲイルくんが?」

 ヘリオスは疑り深い目で私を見ている。

 陛下の遺体はまだ見つかっていない。どれだけ探しても見つからないので生存を疑ったが、あの怪我ではまず助からないだろう。

 ならば、遺体を隠したと思われるアビゲイルを殺害してしまえば、遺体が表に出てくることはない。

「彼女はなぜ遺体を処分したんだ?」
「発見を遅らせるために決まっているでしょう。ただ、ひとつわかったことと言えば……」
「何かな」
「グロウスが彼女を追放したのは、王殺しに加担したアビゲイルを王都から逃がすためだったのでしょう。結果、ドラゴンに食われるという天罰が下った」

 会議室内がしんと静まり返る。
 これで誰も、私が陛下を殺害したとは思うまい。私の計画は完璧だ。

 今後はデケンベルの名前で売っていた商品を、私の支配下にある魔術師の名義に変更して売れば、利益が私の元に流れこむ。
 魔術師の墓場で発見された新しい資源も私のものだ。

 安心しろ、アビゲイル。すべて私が有効活用してやる。

「アリーズ殿」

 長い沈黙を破り、ヘリオスが口を開いた。

「そこまで把握しておいて、なぜ総神官長である私に報告してくれなかったのかな」
「それは大変申し訳ありませんでした。ただ、ヘリオス様も何やら調べものでお忙しそうでしたので……」

 ヘリオスは黙りこんだ。私は内心ほくそ笑む。
 お前が私を調べていたことは知っている。だが、もう遅い。私の勝ちだ!

「さて、いつまでも悲しんでばかりはいられない。これ以上、陛下の不在を国民に隠すことは不可能でしょう。すみやかに対応を……」
「その必要はない!」

 私の発言をさえぎるように、ひとりの青年が部屋に入ってきた。
 来たか。私は口の端に笑みを浮かべる。
 ヘリオスは、会議室に入ってきた人物を見て目を見開いた。

「テンペスタ様?」

 テンペスタと呼ばれた青年は、ヘリオスの顔を見て鼻を鳴らした。
 生意気そうな顔をした小太りの青年で、これでも陛下の弟である。
 テンペスタはえらそうに胸を張って言った。

「兄上が亡くなられた今、王位を継ぐのはこの僕だろう? 今日から僕がラピスブルーの王になるぞ!」

 抗議するように、ヘリオスが椅子から立ち上がった。

「お待ちください、テンペスタ様。陛下が亡くなられたかどうかを判断するのは早計でしょう」
「黙れ! 王たるこの僕に逆らうのか!?」

 テンペスタはヘリオスを強引にねじ伏せると、会議室の奥へずんずん歩いていく。そして、国王だけが座ることを許される「宣言の座」と呼ばれる椅子に勢いよく座った。

「おい、アリーズ! 今からお前を、新たな総神官長に任命する。そしてヘリオス、お前は神官に降格だ!」

 ヘリオスは驚愕し、私の顔には勝利の笑みが浮かんだ。

「そして、いなくなった十二神の代わりに、アリーズが推薦すいせんした魔術師四名を新たな十二神とする!」
「な!? それではアリーズ殿に権力が集中して……」

 神官長や神官たちは、私に聞かれるのを恐れるように口をつぐんだ。

 この日を、どれほど待ちわびたことか!
 この馬鹿な国王を操り、私はこの国のすべてを手に入れるのだ!

 我ながら完璧な計画であった、とえつっていると、頭上からびちゃびちゃと赤い液体が降り注いできた。

「うおお!?」

 突然のことに驚いた私は、椅子を倒しながら立ち上がった。
 においと味からして果実酒のようだ。
 倒れた椅子の隣には、果実酒をかけた神官らしき人物が立っていた。白いフードをかぶっていて、顔はよく見えない。

「き、貴様! 何のつもりだ!?」
「今日はめでたい日ですから、浴びるように飲みたいと思いまして」
「よくもこの私に対してそのような態度を……今すぐ貴様を処刑してやってもいいんだぞ!」
「やってごらんなさいよ」

 神官がフードを脱いだ。その下に隠されていた顔があらわになる。

「き、貴様は!?」

 ここにいるはずのない人物の登場に、私は目をみはった。
 私だけではなく、会議室にいる全員があっと驚きの声を上げた。

「ふふ、みなさまご機嫌よう! 今話題のアビゲイルが参上いたしました!」

 アビゲイルはドレスの裾をつかむ仕草をして、うやうやしく一礼した。

「ば、馬鹿な……貴様は死んだはずでは!?」
「あら、誰がそんな面白いことを言ったのかしら? ねえ、グロウス」
「グロウスだと!?」

 アビゲイルの視線の先には、神官の格好をして、おどおどしながら立っているグロウスの姿があった。
 死んでいない、だと!?

「残念だったわねぇ、アリーズ。そろそろ決着をつけましょうか」

 アビゲイルは殺意に満ちた目を輝かせて、心から楽しそうに笑った。
 私は初めて、この女に恐怖を覚えた。
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