上 下
43 / 73
第9章 神官長アリーズの策略

1話 アビゲイル抹殺の協力者

しおりを挟む
 私は、とある人物の部屋の前に立っていた。同僚であり、先輩神官長であるアリーズ殿の部屋だ。
 扉をノックすると、中からアリーズ殿が顔を出して、部屋の中へ招いてくれた。

「待っていたよ、グロウス殿。さあ、こちらへ」
「夜分遅くに申し訳ありません、アリーズ殿」

 アリーズ殿にうながされて、私はソファーに腰を下ろした。
 彼のもとへと訪れたのは、アビーをどうにかして抹殺するためだ。
 同じようにアビーを敵視しているアリーズ殿なら力を貸してくれる。そう思い、私はこれまでの経緯を説明した。

「ふむ、方法はわからないが、送りこんだ四人の十二神たちがアビゲイルに捕らえられたと……逃げ帰ってきた彼らの部下がそう報告したのか」
「その通りでございます。ラヴァに関しては、まだよくわかっておりませんが……」
「捕らえられた可能性が高い、と?」

 向かいのソファーに座っているアリーズ殿の目が、ギラッと輝いたように見えて、私は思わず息をのんだ。

「は、はい。魔力でおとっているはずのアビーが、どのようにして十二神を捕らえたのかわかりませんが、悪知恵を働かせて汚い手を使ったに違いありません!」
「それで、要件はつまり、アビー抹殺に協力してほしいということかな?」
「ええ、ぜひ、アリーズ殿の知恵を貸していただきたいのです!」

 アリーズ殿はあごをさすりながら、しばらく黙考していた。さすがに次期総神官長候補と言われるだけの貫禄がある。

 噂では、裏社会の人間とつながっていて、どのような手段を使ってでも敵を排除するという恐ろしい男だそうだ。
 もっとも敵に回したくない相手だが、同じ敵を共有した場合は、これ以上頼もしい存在はいない。

 考えがまとまったのか、アリーズ殿が口を開いた。

「私は元々アビゲイルを排除すべきと考えていたからな。その申し出はこちらとしても好都合。実はすでに手は打ってあるのだよ」
「さ、さすがです、アリーズ殿!」
「ええ、すべて私に任せていただきたい」

 アリーズ殿がにっこりと微笑んだ。顔のしわが深い影を刻んでいて、ちょっと不気味だ。

「ところでグロウス殿、ここだけの話ですが……」
「はい?」
「陛下が行方不明になっていることは、ご存知ですかな」
「は!? 陛下が行方不明!?」
「声が大きい」
「も、申し訳ありません!」

 陛下が行方不明になっているなど寝耳に水である。たしかに、近頃宮殿でお見かけしないとは思っていた。

「陛下が宮殿を抜け出した、ということですか?」
「いや、誘拐されたのではないかという話だ」
「誘拐!?」
「しかも、誘拐犯はあなたではないかと、総神官長は疑っているようだ」
「なっ!? 違う、私ではありません!」

 アリーズ殿は見定めるように私の反応を見ていた。
 この私が疑われている!? 私は恐怖で頭の中が真っ白になってしまった。

「ちが、アリーズ殿、信じてください! このグロウス、誓って陛下を誘拐などしておりません!」
「私もそう信じたい。いいかなグロウス殿、このままでは、あなたは神官長の立場どころか、命が危ういかもしれない。なんせ陛下の誘拐を疑われているのだから」
「そ、そんなぁ! 私はどうすれば……」
「私に全面的に協力するならば、助けてあげよう」
「本当ですか!? 協力とは、私は何をすればよろしいのでしょうか?」

 私はすがるような気持ちで、アリーズ殿を見つめた。

「ふん、簡単なことだ」

 アリーズ殿の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
 さっきまでと雰囲気が違う。完全に私を見下した顔だ。
 戦慄が私の全身を走った。

「グロウス殿の権限を使用して、魔道具をとってきてほしい。アビゲイルをこの世から排除するためにな」
「ま、魔道具?」
「お前には、それしか使い道がないということだ」
「だ、誰だ!?」

 突然話に割って入った第三者の声に、私は跳ねるように立ち上がった。
 声のした方向に視線を向けると、薄暗い部屋の隅から人影が近づいてきた。
 年は二十歳くらいだろうか。眼鏡をかけた、端正な顔立ちの青年である。
 名家の魔術師だろうか? 見覚えはないが……。

「ああ、紹介が遅れたな」

 アリーズ殿が立ち上がる。

「彼は我が同志、シニストラ。リヴァイアサンを倒したと聞けば、彼の実力がおわかりいただけるだろう」
「なんと! 最強の海の魔物と言われるあのリヴァイアサンを!?」
「ええ。彼はアビゲイル抹殺の協力者だ」
「なんと心強い!」

 勝った! 私は思わず拳を強くにぎっていた。
 リヴァイアサンを倒せるような魔術師は、十二神でもほとんどいない。
 勝利を確信したその時、シニストラ殿がかすかに笑いながら言った。

「ではグロウス殿、早速協力してもらおうか。宮殿内の保管庫から、願いの薬壺くすりつぼを持ってきていただきたい」
「願いの薬壺だと!? 不可能だ! 願いの薬壺は陛下の許可がなければ持ち出すことはできない!」

 バシンと何かが弾けるような音が響き、私は驚いて床に尻餅をついた。
 恐る恐るシニストラ殿を見上げると、その手には黒いむちがにぎられていた。

「できる、できないの話ではない。僕がやれと言ったらやれ」
「ひっ!?」

 彼に冷たく見下ろされた瞬間、私は激しい恐怖に襲われて、全身に鳥肌が立った。
 逆らってはいけない。本能がそう警告している。
 アリーズ殿は私のことなど目もくれず、シニストラ殿と話し始めた。

「油断するなよ、シニストラ。アビゲイルは何らかの方法で十二神を捕らえている」
「ふん、送りこんだ十二神は魔力に頼ってばかりのカスどもじゃないか。王の守護者が聞いてあきれるよ。そいつらを捕まえたって大した戦力にもならないだろ? アビゲイルもただのカス魔術師だ」

 彼らを従えていた自分まで否定された気分になり、かっと顔が熱くなる。
 大声で抗議したかったが、身がすくんで床から立ち上がることすらできない。
 アリーズ殿はわずかに肩をすくめて言った。

「まあ、そう言うな、退屈しのぎにはなるだろう。遊び終わったら殺せばいい」
「そうだな、ちょうど魔術師の実験体が欲しかったんだ。無能で役立たずのカスでも有効活用してやらないとな」

 シニストラ殿の悪魔のような高笑いが響く。私はひたすら震えることしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!幼女篇

愚者 (フール)
恋愛
プリムローズは、筆頭公爵の末娘。 上の姉と兄とは歳が離れていて、両親は上の子供達が手がかからなくなる。 すると父は仕事で母は社交に忙しく、末娘を放置。 そんな末娘に変化が起きる。 ある時、王宮で王妃様の第2子懐妊を祝うパーティーが行われる。 領地で隠居していた、祖父母が出席のためにやって来た。 パーティー後に悲劇が、プリムローズのたった一言で運命が変わる。 彼女は5年後に父からの催促で戻るが、家族との関係はどうなるのか? かなり普通のご令嬢とは違う育て方をされ、ズレた感覚の持ち主に。 個性的な周りの人物と出会いつつ、笑いありシリアスありの物語。 ゆっくり進行ですが、まったり読んで下さい。 ★初めての投稿小説になります。  お読み頂けたら、嬉しく思います。 全91話 完結作品

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

【完結】大聖女の息子はやり直す

ゆるぽ
ファンタジー
大聖女の息子にして次期侯爵であるディート・ルナライズは義母と義姉に心酔し破滅してしまった。力尽き倒れた瞬間に15歳の誕生日に戻っていたのだ。今度は絶対に間違えないと誓う彼が行動していくうちに1度目では知らなかった事実がどんどんと明らかになっていく。母の身に起きた出来事と自身と実妹の秘密。義母と義姉の目的とはいったい?/完結いたしました。また念のためR15に変更。/初めて長編を書き上げることが出来ました。読んでいただいたすべての方に感謝申し上げます。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

令嬢戦士と召喚獣〈2〉 〜 ワケあり侯爵令嬢ですが目が覚めたら王子と婚約していました。冗談は大概にしてください 〜

Elin
ファンタジー
【24/4/24 更新再開しました。】目が覚めたらベッドで王子様に抱きしめられていました。親同士(片方は王)がOKを出して寝ている間に勝手に婚約者になったようです。 ......はあ? しかもいじわる公爵令嬢の差し金で国のキャンペーンガールもやらなければならなくなりました。 ......ふざけてます? 瀕死の眠りから目覚めて早々、ライラの頭の中は大パニック。無理難題を押し付けられて大混乱――――かと思いきや。 見てなさいマリアンナ。 あなたよりも優秀な春の乙女になってやる。 大丈夫、今の私には使い魔ギルバードがついているのだから。 ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷ 『令嬢戦士と召喚獣』シリーズ 第一巻(完結済) シリーズ序章 https://www.alphapolis.co.jp/novel/841381876/415807748 第二巻(連載中) ※毎日更新 https://www.alphapolis.co.jp/novel/841381876/627853636 ※R15作品ですが、一巻は導入巻となるためライトです。二巻以降で恋愛、バトル共に描写が増えます。少年少女漫画を超える表現はしませんが、苦手な方は閲覧お控えください。 ※恋愛ファンタジーですがバトル要素も強く、ヒロイン自身も戦いそれなりに負傷します。一般的な令嬢作品とは異なりますためご注意ください。 ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」 数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。 ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。 「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」 「あ、そういうのいいんで」 「えっ!?」 異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ―― ――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

処理中です...