上 下
42 / 73
第8章 鬼退治

15話 魔物種の頂点? すぐにひざまずかせてやるわよ! 

しおりを挟む
「ちょっと、ラヴァ? 死んだ?」

 生存確認のために何度かデコピンをしてみたけど、まったく反応がない。
 ちょっと刺激が強すぎたかしら。

「死んだか」
「アビー様、呼吸してますよ。気絶してるだけみたいです」
「ぷっ、あははは!! 何それ、ざまぁないわね、ラヴァ!!」

 今のラヴァには何も聞こえていないのか、地面に座りこんだまま「あーあー……」と意味のない言葉を発している。

「あらあら、壊れちゃってお可哀想。約束通り、アンデッド化は解除してあげるわよ」

 パチンと指を鳴らすと、青白くなっていたラヴァの肌が元の色に戻った。アンデッド化は解除されたが、ラヴァは放心状態になったままだ。
 シルバーは砂のようになった指輪を払い落しながら、くすっと笑った。

「お見事です、アビー様。容赦ありませんね」
「当たり前じゃない! 前回……じゃなくて、予知夢ではこいつに殺されたようなものだったからね! まあまあスッキリしたし、私の家具にしてあげるわ」

 私は瘴気に侵食されたラヴァを治療してから、紋章に吸いとらせた。何だか、屋敷にあった掃除機みたいね。

「さて、動作確認よ。出でよ、第七の守護者ラヴァ! 省エネ版!」

 ぽんっと弾けるような音を立てて、小さな赤い猿が目の前に現れた。赤い猿はぺたんとその場に座りこんで、目をきょろきょろと動かしている。

「あら~、可愛いお猿さんじゃなーい! 私のペットにしてあげてもいいわよ!」
「あ、あれ? お猿さん? ペット?」

 ラヴァは正気を取り戻したらしく、不安そうに視線を泳がせた。
 私はしゃがみこんで、ふわふわの毛に包まれた額を指でつんつんと突いた。

「ねえ、毛むくじゃら」
「毛むくじゃら? って私のことですか!?」
「猿ってシューラ族にとって貴重な食べ物なんですって」
「え!?」
「私のペットになるか、シューラ族に捕まるか……どっちがいい?」
「猿とか久しぶりだな」

 とイスカがよだれを垂らしそうな顔でつぶやくので、ラヴァは恐怖に震え上がって、泣きながら私の右手にしがみついた。

「きっとお役に立ちます! アビー様に従います! もう二度とひどいことを言いません! だから、私をペットにしてください!」
「あら、猿ってしゃべれるの?」
「ウキー! ウキキー!」
「おーほほほほ! いいわ、飼ってあげるわよ、哀れなお猿さん!」

 ラヴァがほっと安心したように私の右手にすり寄ると、小さな身体は紋章に吸いこまれて消えた。

「ふふ、四人目の十二神も家具兼ペットにしてやったし、アンデッドの魔力も手に入った。あとはインペラトルをぶっ潰せば、魔術師の墓場は私にひざまずいたも同然よねぇ!」

 シルバーが同意するようにうなずいた。

「ええ、その通りでございます。地獄の果てまでお供しますよ」
「重い! でも最高の返事だわ。さすが私の所有物!」
「ええ、あなたの所有物です」
「この私とシルバーがインペラトルに負けるとは思えないけど、油断はできないわ。捕虜から情報を引き出して、すぐに出発するわよ!」

 こうして私は膨大な魔力と新たな家具、そしてシューラ族という戦力を手に入れて、威勢よくインペラトル討伐戦を開始した。
 
 しかし、私の目の前にはインペラトルの屍ではなく、炎の海が広がっていた。

「は?」

 廃村と穢れた大地しかない見晴らしのいい場所だった。
 遠くにイスカが倒れているのが見える。イスカ以外のシューラ族たちも、私が召喚した十二神の四人も倒れて動かない。

「あれ!? いつの間にか全滅してる!?」

 私たちはインペラトル本部に向かう途中で、何者かに襲撃された。
 状況確認のために周囲を見渡していると、私の上に覆いかぶさるように影が落ちた。
 とっさに顔を上げた私は、目の前の光景に圧倒され、息をのんだ。

「ドラゴン……」

 視線の先には、巨大な翼を広げて空を飛ぶ、漆黒のドラゴンの姿があった。魔物種の頂点に君臨する最強の魔物だ。
 最強の名にふさわしい威風を漂わせたドラゴンは、威嚇するように、雷鳴のような咆哮を上げた。

「じょ、冗談でしょ!? ドラゴンなんてアンデッド以上の強敵じゃない!!」

 突然大声を出したせいか、酸欠にでもなったかのようにめまいがした。

「しまった、魔力不足で意識が……」

 十二神を四人も召喚して、何度も大魔法を使わせたせいで、私の魔力は底をついていた。
 ドラゴンが私を食らおうと、大きく口を開ける。
 まずい、その前に死に戻りをしなきゃ……。

「アビー様!」

 その声にはっと顔を上げると、崩れ落ちそうな家の屋根にシルバーが乗っていた。

「シルバー! 無事だったのね!」

 シルバーは跳躍し、ドラゴンの頭に飛び蹴りを食らわせて、私の前に着地した。
 ドラゴンは痛みを訴えるように絶叫し、口から火をまき散らしながら空へと飛び立った。

「すごいわ、シルバー! あのドラゴンに一撃を食らわせるなん、て……」

 私は目の前の光景に絶句した。
 シルバーの右肩から先が、綺麗になくなっていたのだ。

「私のシルバーの腕がぁぁぁぁ!? どこに落としたの!? すぐくっつけてあげるから!!」
「私のことはいいので……早く、ここから逃げて……」
「シルバー!!」

 私は崩れ落ちるシルバーを抱き留めて、ゆっくりと地面に寝かせた。
 毎日手入れしていた灰色の髪は真っ赤に染まり、十二神を圧倒した肉体はズタズタに引き裂かれていた。
 私はあまりに悔しくて、血が出るほど唇を噛みしめた。今の私には、シルバーを治療するための魔力すら残っていない。

「大丈夫よ、シルバー! 私が絶対に治してあげるわ!」
「私のことは、もういいですから、よく聞いてください。あのドラゴンは人を食らう……私を餌にして、早く逃げて……」
「ふざけないで! あなたをドラゴンなんかに渡すわけないでしょ!?」

 シルバーは困ったような顔で笑った。その間にも地面に血だまりができて、シルバーの呼吸が小さくなっていく。

「アビー様は、全人類をひざまずかせるんでしょう? あなたを死なせるわけにはいかないんですよ」
「シルバー……」

 痛覚が麻痺しているのか、シルバーは穏やかに微笑んでいる。
 私をかばって死んだ、痩せた少年の姿が脳裏に浮かんだ。

「だから早く、ここから逃げて、ください」
「指図するんじゃないわよ。主人である私は、所有物を管理する義務があるの。置いて逃げたりなんてしないわ」

 シルバーは目をみはった。
 ねぎらうように頭をなでてやりながら、私は不敵な笑みを浮かべて言った。

「地獄の果てまでお供するって言ったじゃない。私の命令なしに勝手に死ぬんじゃないわよ」
「アビー、様」
「死ぬ時は、私の炎で死なせてあげる」

 シルバーは嬉しそうに目を細めて、小さくうなずいた。
 私は顔を上げて、怒りの咆哮を上げて向かってくるドラゴンをにらみつけた。

「覚えてなさいよ、クソドラゴン……あなたもすぐにひざまずかせてやるんだから!!!」

 私は怒りと殺意を爆発させて、シルバーとともに炎に包まれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

玲眠の真珠姫

紺坂紫乃
ファンタジー
空に神龍族、地上に龍人族、海に龍神族が暮らす『龍』の世界――三龍大戦から約五百年、大戦で最前線に立った海底竜宮の龍王姫・セツカは魂を真珠に封じて眠りについていた。彼女を目覚めさせる為、義弟にして恋人であった若き隻眼の将軍ロン・ツーエンは、セツカの伯父であり、義父でもある龍王の命によって空と地上へと旅立つ――この純愛の先に待ち受けるものとは? ロンの悲願は成就なるか。中華風幻獣冒険大河ファンタジー、開幕!!

【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!幼女篇

愚者 (フール)
恋愛
プリムローズは、筆頭公爵の末娘。 上の姉と兄とは歳が離れていて、両親は上の子供達が手がかからなくなる。 すると父は仕事で母は社交に忙しく、末娘を放置。 そんな末娘に変化が起きる。 ある時、王宮で王妃様の第2子懐妊を祝うパーティーが行われる。 領地で隠居していた、祖父母が出席のためにやって来た。 パーティー後に悲劇が、プリムローズのたった一言で運命が変わる。 彼女は5年後に父からの催促で戻るが、家族との関係はどうなるのか? かなり普通のご令嬢とは違う育て方をされ、ズレた感覚の持ち主に。 個性的な周りの人物と出会いつつ、笑いありシリアスありの物語。 ゆっくり進行ですが、まったり読んで下さい。 ★初めての投稿小説になります。  お読み頂けたら、嬉しく思います。 全91話 完結作品

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

スライムの恩返しで、劣等生が最強になりました

福澤賢二郎
ファンタジー
「スライムの恩返しで劣等生は最強になりました」は、劣等生の魔術師エリオットがスライムとの出会いをきっかけに最強の力を手に入れ、王女アリアを守るため数々の試練に立ち向かう壮大な冒険ファンタジー。友情や禁断の恋、そして大陸の未来を賭けた戦いが描かれ、成長と希望の物語が展開します。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...