38 / 73
第8章 鬼退治
11話 私がアビーより劣るなんてことはありえない!
しおりを挟む
瘴気のせいで赤黒く染まった空の下に、今にも崩壊しそうな小さな神殿が建っている。封印は二重になっていたらしく、神殿を取り囲むように三つの柱らしきものが見えたが、どれも瘴気の影響で跡形もなく崩壊して土台のみを残している。
「ラヴァ様、あれが魔物を封印している神殿です」
シューラ族のヒレンが言った。
瘴気の息苦しさを和らげるために、私はゆっくりと呼吸を繰り返した。
「ふう……瘴気の影響を受けないルートを選びましたから、ずいぶん時間がかかってしまいましたね」
「ですが、ラヴァ様のその判断は正しいと思います。封印の地から漏れる瘴気が強すぎて雑草すら生えない場所ですから、近道をすれば我々の身体が壊れてしまうでしょう」
「そうですね、早くこの状況を変えなければなりません」
私はここまで乗せてくれたオオカミの背中から降りて、私についてきてくれたシューラ族たちの顔を見回した。
「魔物を退治すれば、瘴気に苦しめられることもありません。大丈夫、あなたたちには十二神のラヴァがついています。自由のために戦いましょう!」
英雄のように、または人々が崇める聖女のように、自信に満ちあふれた声を響かせれば、それに応えるようにシューラ族たちは歓声を上げた。
高位魔術師である私が力を貸しているのだから当然の反応だ。
「ゴミ溜めにいる人間が、私の価値を正しく理解できるとは思えませんが……」
「ラヴァ様、何かおっしゃいましたか?」
「いいえ」
優越感にひたっていると、シューラ族のひとりがあわてて駆け寄ってきた。
「ラヴァ様! 大変です!」
「どうしたのですか?」
「それが、村に置いてきたはずの仲間が、こちらに向かってきて……」
「増援なら良いことじゃありませんか」
「増援ではありません! 俺たちを攻撃してきました!」
「は?」
悲鳴が上がっている方向を見れば、オオカミに乗った別のシューラ族の集団が見えた。
集団を先導している人物は、どう見てもシューラ族ではない。王都にいるような身なりの、見覚えのある女だ。
「いえ、まさか、私の見間違いですよね?」
現実逃避をしかけた私の思考をかき乱すかのように、あのうるさい声が響き渡った。
「ずいぶんとチンタラしてたのね! あっという間に追いついちゃったじゃない!」
「その声は……やはり、アビー!?」
アビーは、雲のようにモコモコとした毛玉に乗っていた。毛玉から伸びる肢が、バタバタと信じられない速度で動いている。
「何ですかそれ、羊!? 動き気持ち悪っ!!」
「同僚に気持ち悪いとは失礼ね! あなたこそ私の尻をかじる変態クソ女のくせに!」
「はあ!? かじってないですけど!?」
「ラヴァ様、我々はどうしたら……」
動揺したヒレンが指示を仰ぐように私を見た。
ちょうどいい、ここで私の十二神としての実力を見せつけてあげましょう。
「最弱魔術師風情が、この私を変態扱いするなんて万死に値します!!」
私は杖を掲げて、力強く呪文を唱えた。
「王者の血!」
地面が割れて、そこから大地が血を流すようにマグマが噴き出した。
シューラ族を乗せたオオカミたちの足が止まる。
「ふふ、私と同じ火属性の、大した魔法も使えない最弱無能魔術師であるあなたには、これを突破することは不可能! 灼熱の海で溺れなさい!」
「さすがラヴァ様! これが王を守護する十二神の力!」
ヒレンの称賛の声に、私の気分は高まった。
近頃、王都では冷遇されてばかりだったけれど、これが本来の私の価値だ。
十二神の予言をすこーし外したくらいで、私がアビーより劣るなんてことはありえない!
「得意気になっているところ、申し訳ないけど」
溶岩の向こうにいるアビーが、不敵に笑った。
「出番よフロスト! 全力で凍らせなさい!」
「何ですって!?」
アビーの右手が光ったと思ったら、目の前にはなぜかフロストが立っていた。青い瞳が、冷たく私をにらんでいる。
「な、フロスト!? あなた今どこから……」
「大魔法、雪花の海」
フロストが剣を掲げると、冷たい風が吹き荒れて、どろどろと流れる溶岩の上を白い雪が覆った。
冷えて固まった溶岩の上を、シューラ族を乗せたオオカミたちが駆け抜ける。
私はあっという間に、アビー率いるシューラ族たちに取り囲まれてしまった。
「おーほほほほ! 形勢逆転ね!!」
「そ、そんな馬鹿な!」
「さて、ここまで来たら、もう必要ないわね」
アビーは、ぜえぜえと息を切らしている羊の頭をなでて微笑んだ。
「いい走りだったわ、ロック。今後も使ってあげる」
「モーフモフモフモフ!」
アビーが地面に降り立つと、モコモコの羊は野太い声を上げて、ぽんっと弾けるようにして消えた。
「今、聞き覚えのある声が……いえ、今はそんなことを気にしている場合じゃありません!」
私は恨めしげにフロストをにらんだ。
「フロスト! どうしてアビーの味方をしているんですか!? 何か弱みでもにぎられているのですか!?」
フロストはゆっくりと首を横に振って、穏やかな顔で微笑んだ。
「とんでもない。俺はご主人様に椅子兼ペットとして所有されることで幸福になった。きみも所有されてみないか?」
「嫌に決まってますよね!?」
「ああ、この鼓動の音が聞こえるかい?」
フロストはちらっとアビーを見て、ぽっと頬を染めている。それに対してアビーは気づかぬふりをして、まったく応えようとしない。
私は何を見せられているのだろう。話が通じないというのは、ここまで恐怖を覚えるものだったとは知らなかった。
「ラヴァ様、あれが魔物を封印している神殿です」
シューラ族のヒレンが言った。
瘴気の息苦しさを和らげるために、私はゆっくりと呼吸を繰り返した。
「ふう……瘴気の影響を受けないルートを選びましたから、ずいぶん時間がかかってしまいましたね」
「ですが、ラヴァ様のその判断は正しいと思います。封印の地から漏れる瘴気が強すぎて雑草すら生えない場所ですから、近道をすれば我々の身体が壊れてしまうでしょう」
「そうですね、早くこの状況を変えなければなりません」
私はここまで乗せてくれたオオカミの背中から降りて、私についてきてくれたシューラ族たちの顔を見回した。
「魔物を退治すれば、瘴気に苦しめられることもありません。大丈夫、あなたたちには十二神のラヴァがついています。自由のために戦いましょう!」
英雄のように、または人々が崇める聖女のように、自信に満ちあふれた声を響かせれば、それに応えるようにシューラ族たちは歓声を上げた。
高位魔術師である私が力を貸しているのだから当然の反応だ。
「ゴミ溜めにいる人間が、私の価値を正しく理解できるとは思えませんが……」
「ラヴァ様、何かおっしゃいましたか?」
「いいえ」
優越感にひたっていると、シューラ族のひとりがあわてて駆け寄ってきた。
「ラヴァ様! 大変です!」
「どうしたのですか?」
「それが、村に置いてきたはずの仲間が、こちらに向かってきて……」
「増援なら良いことじゃありませんか」
「増援ではありません! 俺たちを攻撃してきました!」
「は?」
悲鳴が上がっている方向を見れば、オオカミに乗った別のシューラ族の集団が見えた。
集団を先導している人物は、どう見てもシューラ族ではない。王都にいるような身なりの、見覚えのある女だ。
「いえ、まさか、私の見間違いですよね?」
現実逃避をしかけた私の思考をかき乱すかのように、あのうるさい声が響き渡った。
「ずいぶんとチンタラしてたのね! あっという間に追いついちゃったじゃない!」
「その声は……やはり、アビー!?」
アビーは、雲のようにモコモコとした毛玉に乗っていた。毛玉から伸びる肢が、バタバタと信じられない速度で動いている。
「何ですかそれ、羊!? 動き気持ち悪っ!!」
「同僚に気持ち悪いとは失礼ね! あなたこそ私の尻をかじる変態クソ女のくせに!」
「はあ!? かじってないですけど!?」
「ラヴァ様、我々はどうしたら……」
動揺したヒレンが指示を仰ぐように私を見た。
ちょうどいい、ここで私の十二神としての実力を見せつけてあげましょう。
「最弱魔術師風情が、この私を変態扱いするなんて万死に値します!!」
私は杖を掲げて、力強く呪文を唱えた。
「王者の血!」
地面が割れて、そこから大地が血を流すようにマグマが噴き出した。
シューラ族を乗せたオオカミたちの足が止まる。
「ふふ、私と同じ火属性の、大した魔法も使えない最弱無能魔術師であるあなたには、これを突破することは不可能! 灼熱の海で溺れなさい!」
「さすがラヴァ様! これが王を守護する十二神の力!」
ヒレンの称賛の声に、私の気分は高まった。
近頃、王都では冷遇されてばかりだったけれど、これが本来の私の価値だ。
十二神の予言をすこーし外したくらいで、私がアビーより劣るなんてことはありえない!
「得意気になっているところ、申し訳ないけど」
溶岩の向こうにいるアビーが、不敵に笑った。
「出番よフロスト! 全力で凍らせなさい!」
「何ですって!?」
アビーの右手が光ったと思ったら、目の前にはなぜかフロストが立っていた。青い瞳が、冷たく私をにらんでいる。
「な、フロスト!? あなた今どこから……」
「大魔法、雪花の海」
フロストが剣を掲げると、冷たい風が吹き荒れて、どろどろと流れる溶岩の上を白い雪が覆った。
冷えて固まった溶岩の上を、シューラ族を乗せたオオカミたちが駆け抜ける。
私はあっという間に、アビー率いるシューラ族たちに取り囲まれてしまった。
「おーほほほほ! 形勢逆転ね!!」
「そ、そんな馬鹿な!」
「さて、ここまで来たら、もう必要ないわね」
アビーは、ぜえぜえと息を切らしている羊の頭をなでて微笑んだ。
「いい走りだったわ、ロック。今後も使ってあげる」
「モーフモフモフモフ!」
アビーが地面に降り立つと、モコモコの羊は野太い声を上げて、ぽんっと弾けるようにして消えた。
「今、聞き覚えのある声が……いえ、今はそんなことを気にしている場合じゃありません!」
私は恨めしげにフロストをにらんだ。
「フロスト! どうしてアビーの味方をしているんですか!? 何か弱みでもにぎられているのですか!?」
フロストはゆっくりと首を横に振って、穏やかな顔で微笑んだ。
「とんでもない。俺はご主人様に椅子兼ペットとして所有されることで幸福になった。きみも所有されてみないか?」
「嫌に決まってますよね!?」
「ああ、この鼓動の音が聞こえるかい?」
フロストはちらっとアビーを見て、ぽっと頬を染めている。それに対してアビーは気づかぬふりをして、まったく応えようとしない。
私は何を見せられているのだろう。話が通じないというのは、ここまで恐怖を覚えるものだったとは知らなかった。
63
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?
今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。
しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。
が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。
レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。
レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。
※3/6~ プチ改稿中
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる