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第8章 鬼退治

3話 こ、こいつ死んでる!?

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 男は焦っている様子だったけど、私たちの姿を見てホッと安心した表情を浮かべた。

「ああ、良かった、人がいた!」
「うわっ、何よこいつ!?」
「お願いだ、助け……」

 男の言葉が不自然に途切れた。その理由はすぐにわかった。男の頭に、二本の赤いツノを生やしたおじいさんが噛みついている。

「ちょっと、そのシューラ族のおじいさん、ひどい怪我してるわよ! ね、シルバー!」
「そっちですか。ですが、たしかに、身体中あざだらけですね。何者かに激しく殴られたかのような……」

 シルバーは私を背後にかばいながら、シューラ族のおじいさんと、おじいさんに噛まれている男の様子を観察している。

「ちょ、助け……あ、もうだめ」

 男がその場に倒れると、頭をかじっていたおじいさんは、ようやく身を離した。

「ちょっと今更だけど、あなた大丈夫? しっかりしなさいよ」

 倒れた男に近づいて、仰向けにする。男は白目をむいて気絶しているように見えたけど、念のため頸動脈に触れてみた。

「は!? 死んでるんですけど!?」
「嘘だ、こんなの……」

 イスカが震える声でつぶやいた。顔は真っ青で、呼吸も早い。
 異変に気づいたシルバーが眉をひそめた。

「イスカ、どうしたんですか?」
「あんたたち、長老に近づくな!」

イスカは、苦痛に顔をゆがませながら叫んだ。

「長老はとっくに死んでるはずなんだよ! 俺が……俺が殺したんだからな!」
「な、何ですって!?」

 嫌な予感がして、私はシルバーの腕をつかんでおじいさんから距離をとった。
 おじいさんがふらふらとこちらに近づいてくる。その顔は死人のように青白く、目は白く濁っていた。開いたままの口から、獣のようなうなり声が聞こえてくる。

「も、もしかして、アンデッドーー!?」

 私の悲鳴が、二度三度と山々にこだました。

 生者の肉を求めさまよう生きるしかばね、アンデッド。生物に菌を感染させ、魔物へと変貌へんぼうさせるという最恐で最悪な魔物の総称。

 感染した場合の致死率は百パーセント。アンデッドが発生した場合は、十二神総出で殲滅せんめつしなければならない。
 長老のうなり声に反応したのか、アンデッド化したシューラ族たちが次々と姿を現し始める。

「どうやら囲まれたみたいですね」
「最悪だわ! 戦闘民族のアンデッドなんて厄介すぎるでしょ!?」
「アビー様、お下がりください」

 飛びかかってきたシューラ族たちをシルバーが蹴り飛ばし、イスカが殴り飛ばす。
 イスカは応戦しながら、泣き出しそうな顔をして、苦しそうに叫んだ。

「くそっ、なんでこんな! これ以上みんなを苦しめたくなかったのに!」
「やめなさい、ふたりとも! ここは逃げるのよ!」
「私なら殲滅できますよ」

 私はあわてて、やる気満々のシルバーの腕をつかんで引き止めた。

「やめなさい! 体液が付着するだけで感染してアンデッド化するのよ! 致死率百パーよ!?」
「しかし、逃げるにしても、このままではアビー様が危険です」
「ああもう、出でよフロスト! 私たちを守りなさい!」

 人型のフロストを召喚すると、フロストはアンデッドたちのほうへ向き直って、剣を掲げた。その剣先が青く輝き始める。

「彼らを守れ。氷晶壁クリオライトウォール!」 

 フロストが呪文を唱えると、アンデッドたちを押し退けるように、けない氷の壁が出現した。

「来なさい、ロック!」

 つづけてロックを召喚する。が、ロックはアンデッドを前にして情けない悲鳴を上げた。

「いやぁ~~~~!? アンデッドとか無理無理無理無理!!」
「無理言わないの! アンデッドを蹴散らしなさい!」
「ひぃ!? 嫌なのに身体が勝手に愚者の剣パイライトエッジ!」

 ロックが怯えながら呪文を唱えると、地面から無数の黄金色の剣が出現し、アンデッドたちを貫いた。

「よし! これで何体かは身動きを封じることができたわね! できた、けど……」

 突然めまいがして、その場に倒れそうになるのを必死で耐えた。
 ロックを召喚してから、どっと疲れが増した気がする。

「ふたりを召喚しただけで、ここまで魔力を消費するなんて予想外だわ……」

 あまりに魔力の消費が激しいので、すぐにふたりを紋章の中に戻した。

「ふたりの魔法が消えないうちに逃げるわよ! イスカも早く!」

 イスカはアンデッド化した同族たちを見つめて、一歩もその場から動こうとしなかった。

「聞いてるの!? 早く安全な場所まで避難するわよ!」
「俺がみんなを引きつけるよ。あんたたちはその間に逃げろ」
「何言ってるのよ! 死にたいの!?」

 イスカは私に右手を見せた。噛みつかれたのか、真っ赤な血がしたたっている。
 私はその手を見て一瞬絶句した。

「ば……馬鹿っ、何やってんのよ! さすがにアンデッドの感染は聖女クラスじゃないと治せないのに!」
「治せなくていいよ」
「はあ!?」

 イスカは、じわじわと近づいてくるアンデッドたちに視線を向けて言った。

「こいつら、さっきから血に反応してるみたいなんだ。だったら、これで何人かは俺についてくるはずだ。どうせ致死率百パーなんだから、これくらいやってやるよ」
「イスカ!」
「いいんだよ。大罪人の俺には、お似合いの最期だ」

 イスカは悟ったように言って、わざと血をまき散らしながら木の幹を駆け登った。枝に乗って、私たちを見下ろす。

「ラヴァじゃなくて、あんたと先に出会っていれば、何か変わったのかな」

 イスカは運命を受け入れたように穏やかに、すこし寂しそうに笑った。
 私は言葉を失い、立ち尽くしてしまった。
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