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第3章 魔術師の墓場攻略

2話 村人の治療? 造作もないわね!

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 俺たちは最初、世間知らずのお嬢様が迷いこんできたのかと思った。これなら俺たちでも勝てる。
 しかし、その認識は一瞬でくつがえされた。
 俺たちは従者の少年に制圧され、少女の強力な火属性魔法によって完全敗北した。

 相手は本物の魔術師だ。魔法が使えない俺たちにとっては雲の上の存在である。
 従者の少年が、冷たい目で俺たちを見下ろして言った。

「どうしますか、アビー様。処します?」

 しょ、処される! そう覚悟したが、少女は俺たちの命には興味がないという。
 そして、なぜかこの村で流行している病気を治すと言い出した。
 治療するための実験体を探しているようなので、俺はおずおずと名乗りを上げた。

「あ、あの、じつは俺もその病気にかかっていて、昨日から高熱が出ているんです」
「は!? それを早く言いなさいよ! あなた実験体一号ね!」
 
 実験体と呼ぶからには、生きたまま切り刻まれるのかもしれない。俺は全身から血の気が引いた。ただでさえ体調が悪かったのに、あともうすこしで意識を失いそうになった。

「さ、シルバー、やってちょうだい!」
「はい、アビー様」

 何が始まるのだろうとびくびくしていると、従者の少年が突然大声を上げた。

「今日も毒舌仕上がってます! 声帯筋がシックスパック!」

 暴言!?
 俺たちは少年の奇行に震え上がったが、少女は満足そうにうなずいた。

「意味がわからないけど、褒めようとしているのはわかる! その努力は認めてあげるわ!」
「ありがとうございます。さて……」

 従者の少年は、口をぽかんと開けている俺たちに視線を向けて言った。

「さあ、あなたたちもアビー様を褒めてください」
「え!?」
「早く」
「は、はい! アビー様マジで女神!」
「アビー様の炎に抱かれたい!」
「天下無双最強お嬢様!」
「アビー様こそが法律!」
「アビー様こそ宇宙!」

 男たちが少女を取り囲んで必死に声援を送る。
 事情を知らない人間から見れば異様な光景だろう。いや、俺たちもよくわかってないけど。

「うーん、来たわ!!」

 少女はかっと目を見開くと、俺に向かって両手を突き出した。

「痛みを、病を流せ。癒しのほたる火フローライトヒール

 少女の両手が青白く輝いて、その光が俺の全身を包みこんだ。変化はすぐに訪れた。

「あれ? 今まで感じていた全身の痛みや発熱が消えた?」
「ふふ、大成功ね!」
「ま、まさか……これは治癒魔法ですか!?」

 少女は得意げ胸を張って言った。

「そうよ! これは私の『楽しい』という感情に反応して発動する治癒魔法! 聖女と比べればまだまだ弱いけど、いつか死者すら復活させてやるわよ! おーほほほほ!!」

 弱い? 強力な火属性魔法と病をも治せる治癒魔法を使いこなすこの人が?
 俺の全身は高揚感に包まれ、手足が震えていた。
 こんなすごい人がいるなんて信じられない……これが本物の魔術師なんだ。

「さ、次の実験体はどこかしら? 私の気分がいいうちに案内なさい!」
「は、はい!」

 少女は従者の少年と俺たちの声援を受けながら、次々と治療をほどこしていった。

「高熱で寝たきりになっていた娘が、自力でベッドから立ち上がれるようになるなんて……信じられない!」
「母は明日生きているかわからないと言われていたんです。それが、こんなに元気になるなんて! なんと感謝を申し上げればよろしいのか!」

 死を待つばかりだった者たちが、次々と回復していく。俺たちは奇跡を目の当たりにしていた。
 俺は村長に家のことを話すと、村長は喜んで家を譲り渡してくれた。村には移り住める空き家があるし、命の恩人に使ってもらえれば光栄だと言っていた。

 村人全員の治療を終えた少女は、村長の家に入ると、真っ先にソファーに倒れこんだ。

「あー、さすがに疲れたわー。使い慣れていないせいね」
「アビー様、お疲れ様です。お水をどうぞ」

 少女は上体を起こすと、少年から水の入ったコップを受け取り、ぐいっと一気に飲み干した。

「あ~、生き返った!」
「あまり無理をなさらないでください。アビー様のお身体が心配です」
「わかってるわ。でも、力を磨くには実践しかないでしょ? まだまだ未熟な力だもの。そして、未熟ということは伸びしろがあるってことよ!」

 病を治す貴重な力を持っているのに、彼女はおごることもなく、その力を向上させようとしていた。その努力に頭が下がる思いだ。
 すると、少女は何かを思い出したように声を上げた。

「あ、そうそう、実験体一号」
「はい、ここに!」
「例の山賊って、いつこの村に来るの?」
「えっと、ちょうど明日、貢ぎ物を取りにくると思いますが……」

 少女はきちんと座り直してから、にやりと口の端を上げた。

「ちょうどいいわね。私がその山賊どもを燃やし尽くしてあげるわ」
「え!? あの山賊たちと戦うつもりですか!?」
「あら、不可能だと言いたいのかしら?」
「いえ、おふたりの力があれば可能だと思います。でも、どうしてそこまでしてくれるんですか? 山賊と戦ったって、おふたりには何の得もないはずです」

 少女は不思議そうにまばたきしてから、悪巧わるだくみをするような顏で言った。

「私も悪いことは大好きよ。でも、正真正銘の弱者から奪うなんて退屈だわ。だから教えてさしあげるのよ。本当の悪ってやつをね」

 言っていることは悪人のようだったが、彼女のやろうとしていることは救済に他ならなかった。 
 見捨てられた土地で生きる俺たちのことなんて、誰も見向きもしなかったというのに、この少女は違う。

「女神様だ……」

 誰かがそうつぶやく。
 俺たちに命を狙われたというのに、俺たちの罪を見逃して、村人全員の病気を治してくれた。そして、山賊に支配された俺たちを救ってくれるというのだ。
 俺たちは今初めて、神の存在を強く感じた。

「あの、あなたのお名前は!」

 俺がたずねると、少女は勝気そうな瞳を輝かせて自信たっぷりに答えた。

「アビゲイル・デケンベルよ! 特別にアビー様と呼ばせてあげるわ!」

 俺たちは顔を見合わせて、力強くうなずいた。

「アビー様、俺たちはあなたについていきます!」
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