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第1章 処刑台エンド回避への道

3話 新たな所有物を手に入れた!

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 私はへたりこんだ状態で、呆然と少年を見上げた。
 少年は血を吐きながら、ふっと小さく笑った。

「何して……どうして避けなかったのよ! せめて槍を砕いていれば……」

 そこで私はようやく気がついた。彼が避けていれば、槍は私を貫いていたのだ。それに、槍を砕きたくても、傷だらけの身体にそんな力は残されていなかったのかもしれない。

 血だらけの槍が引き抜かれて、少年は私の前に膝をついた。
 私は駆け寄ろうとして、自分のドレスの裾を踏んで転んでしまった。何とか顔を上げて、少年の顔を覗きこむ。私は馬鹿みたいに、必死だった。

「ねえ、ちょっと! しっかりして!」
「ごめんなさい、お嬢様。恩を、お返し、したかったのに……」
「恩って……」

 恩と聞いて頭に浮かんだのは、この子に押しつけたイチゴタルトだ。

「え、嘘でしょ? あのタルトひとつで、命をかけて私を助けようとしたの?」

 信じられない理由に、私の声はすこしうわずっていた。
 少年は何かを答えようとして、激しく血を吐いて倒れた。
 とっさに支えようとしたけど、手足を拘束された私には、見ていることしかできなかった。

「ねえ、しっかりして! 返事をしなさいよ!」

 少年は、今にも消えそうな浅い呼吸を繰り返している。目の瞳孔がゆっくりと大きく広がっていくのが見えて、私は彼を引き止めるために必死に声をかけつづけた。
 その命の火をかき消すように、人々の野次が激しさを増した。

「なんだよあいつ! なんでそんなクズ女を守ろうとするんだよ! つまらねぇことすんな!」

 うるさい。

「おい、さっさと処刑しろー! それを楽しみにしてんだからよ!」
「そうよ、そうよ! 聖女様を傷つけた大罪人を早く殺して!」

 うるさい、うるさい、うるさい。

 正気を取り戻した執行人が、少年の身体を退かせようと手を伸ばす。
 その行為が私の怒りに触れた。頭の奥がかっと熱くなる。

「触らないで!! これはこのアビゲイルの所有物なんだから!!」
「うおぉ!? いきなり炎が!?」

 私の身体から放出される炎を見て、執行人が腰を抜かした。私の炎は、少年の身体にも燃え移った。
 熱なんて感じないくらい、頭が煮えたぎっている。髪が燃えようが、皮膚が焼けただれようがどうだっていい。

「理解したわ……やってやるわよ」

 私の何気ない行為が、彼をここへと導いた。
 それがきっと、この処刑台を回避するための鍵だ。

「神が呪いを与えたならば、それを祝福に変えてやる。永遠の死という罰を与えたならば、それをほうびに変えてやる。絶対に抜け出してやるわよ……こんなふざけた死の牢獄からね!! おーほほほほ!!」

 私は炎に包まれながら、天を見上げて高笑いした。



 気がつくと、目の前にステラがいた。彼女はティーカップに口をつけようとしている。

「飲んじゃだめよ」

 今度は手首をつかんで止める。
 ステラはきょとんと首をかしげた。

「アビーさん?」
「ハーブが古くなっていることに今気づいたわ! 新しいものを取り寄せるから飲まないでちょうだい!」
「腐る、平気! 私の胃、ひじょーに頑丈!」
「だから、あなたがそれを飲むと私が死刑になるから困るって言ってるの!」
「死刑!?」

 ステラがおびえたように、ティーカップをそっとソーサーに置いた。
 それでいいのよ、と私は内心ほっとする。
 でも、「デケンベル家の娘は、お茶会に誘っておいてお茶ひとつ出さない」なんて噂されても困る。

「仕方がないわね……」

 私は右耳につけていた青紫色の石がついたイヤリングを外して、ステラに差し出した。

「デケンベル家の紋章が入っていない宝石よ。これなら売っても盗品だと怪しまれないはず。これを売って好きものを買いなさい」
「え? 売る、できない! これ大切なもの!」
「そうね、だからこそよ。それが今、私にできる最高のもてなしってこと」

 ステラは頬を紅潮こうちょうさせて、感激したように目を輝かせた。

「か、かっこいい!」
「当然よ。ほら、受け取りなさい」

 私はステラに無理矢理イヤリングをにぎらせると、素早く椅子から立ち上がった。

「あら、ごめんなさい、私用事を思い出したわ。では、さようなら!」
「え!? アビーさん、待って!」

 必死に呼び止めるステラを無視して、私は足早に家に戻った。
 なぜなら私は、早くあの子に会わなきゃいけないから。私を助けるために、命をかけてくれたあの子に。

 息を切らしながら家に帰り、少年を探す。例の少年は中庭で掃除をしていた。
 
「ねえ、そこの下僕!」
「え!? あ、はい! お帰りなさいませ、お嬢様!」

 小さく飛び上がり、あわてて振り返った少年の身体に傷はない。
 良かった……。私はほっと胸をなで下ろす。
 そうよ、私の所有物が傷だらけなんて格好悪いもの。

「あなた、イチゴタルトが好きでしょ? 好きそうな顔してるもの!」
「イチゴ、タルト?」

 私が自信満々に言うと、少年は困ったような顔をして言った。

「えっと、食べたこと、ありませんが……」
「じゃあ、食べなさい! 今すぐ! あなたは筋肉をつけて十二神を倒さなきゃいけないのよ!」
「え!? 十二神を倒す!? 僕が?」

 少年は私の言葉に、ぎょっと息をのんだ。

「そうよ、私のふざけた未来を変えるには、あなたが必要なの!」
「僕が必要、ですか?」
「そう言ってるでしょ! だから、イチゴタルトでも何でも好きなものを食べさせてあげる! 返事は?」

 少年はびっくりしたように目をしばたたかせて、あわててうなずいた。

「は、はい! タルトを食べて十二神を倒します!」
「いい返事ね! さあ、やるわよ私の所有物! 私の望む未来のために何度だって死に戻ってやるんだから!!」

 私が天に向かって右手の拳を突き上げると、少年もぎこちない動きで、天に拳を突き上げた。
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