久遠ノ守リ人

颯海かなと

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Episode:1

最悪の夢に終止符を

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…………
……………
………………


「……ッ!?」

温かな匂いがして、目が覚めた。
飛び起きて感覚を取り戻すことに集中すると、多量の汗に気付く。

「…目が覚めた?」

「っえ、あ、あぁ……うん、覚めた……」

「ふふ……昔みたいな喋り方してどうしたの?急に柔らかくなったね」

「いや、違っ……」

「寝惚けてる?眠いならまだ寝ていても大丈夫だよ。起こしてあげるから」

ベッド脇に座るエリカが、冗談交じりに話している。
その様子は至って普通で、違和感も何も無い。

「……何か、」

「ん?」

「何か、余計なことは、言ってなかったか」

リナトはぐっとシーツを握りしめて、彼女から顔を背けた。
……もし夢の内容にあてられて何かを口走っていたなら、彼女に合わせる顔が無いと思ったからだ。

「余計なことって何?……ううん、ごめん。わたしが聞く番じゃなかったね。…リナト」

「………なに」

「もし、余計なことを口走っていたとしても、わたしはあなたを軽蔑したりしないよ」

ぴくりと、リナトの肩が揺れる。
驚いたような、面を食らった顔でエリカの方へ振り向いた。

「ちょっと、何なのその顔」

「お前、何言ってんだよ……?」

「軽蔑しないよって」

「そうじゃなくて……!分かって言ってるのか!?」

「っ……分からないよ!!」

共に過ごした時間の中でも、一度も声を荒らげなかったエリカが憤ったことに、驚きを感じたリナトは、またもや面を食らった顔で彼女を見る羽目になった。

「分からないから…!わたしはどんな言葉もかけてあげられないし、推測でしか何も言えない」

「知らなくていいことだ、俺がどう思ってるかなんて、お前が背負うことじゃない!」

「でも…!ずっと苦しそうな顔してるし、思い当たることなんてひとつしかない!だったら、わたしがリナトにできることもひとつしかないんだよ!?」

ぐっと、エリカはリナトの肩を掴む。
そして、勢いのままに言い放った。

「あなたが自分を責めてることくらい分かってる…!全て自分のせいだって、そう考えてしまう性格なのはもう充分、分かってるよ…っ!わたしとお母さんの反対を押し切って、アドニスさんを追いかけたあの時から!」

「っ、落ち着けよ…!俺が悪かったから、」

「落ち着いていられるものですか……!!そうやってすぐ自分が悪いって思い込んで、先周りして、自分を苦しめる!」

「……っそんなことは!」

「あるよ……っ、ある……」

ずるずると力を無くしたように、エリカは椅子に戻る。
肩を掴む拍子に、勢いのまま立ち上がっていたようだ。
そんなことに気づけないほど、リナトは気圧されていたらしい。

「わたし、リナトが何を求めてるのか、どうしてほしいのかは……分からない」

「エリカ………俺は」

「黙って聞いて!!」

「!?………あ、あぁ……」

「……リナト。わたし、あなたのこと、憎くないよ。会いたくないなんて思ったことない」

リナトの目が見開かれる。
その瞳は揺れていた。

「許す、なんて言葉使えないよ。そもそも、リナトは悪くない。何も。……リナトはわたしを守ってくれた。助けてくれた、感謝してるの。本当にそう思ってるよ」

「…………」

「でも、もしあのとき、わたしがしたことがあなたにとって呪いになっているなら…っ!生き長らえることなく、あのとき……!」

「そんな……、そんな風に、言うなよ」

「違うの……?」

「っ、そんな訳ないだろ!!俺は…!俺も、カトレアさんも、必死だった。生きていてくれて本当に良かったと思ってる。後悔なんかする訳ない……!」

ぎゅっと、エリカの手が握られた。
稽古でぼろぼろの無骨な手が、包み込んでいる。

「……悪かった。そんな悩ませ方をするくらいなら、俺も素直に気持ちを打ち明けてたら良かった」

「リナト……」

「………、話す。精算しよう。…いや、したいんだ。いずれ、向き合わなきゃいけないことなのは分かってた」

「…こんなこと言っておいてだけど、無理にとは」

彼は首を振り、まっすぐエリカを見据えた。
瞳も体も、震えているようには見えない。
覚悟の決まった顔つきだった。

「俺は、あの日からずっと、お前や、カトレアさん……ふたりと、村の人達皆と。……二度と顔を合わせてはいけないと思ってた。実際、惨劇の後に俺の面倒を見てくれたのはカトレアさんだけで、他の人達には怯えるように避けられてた」

「……そう、なんだ。…うん。……そうだったかも」

「知ってなくても無理はないさ。お前は……からな」

「…………」

「…もう二度と会うことは許されない。本気でそう思ってた。……でもその反面、何があっても大切な人達を守れる力があれば………、俺がもっと魔術や剣の扱いが優秀だったなら、側にいても守れるかもしれないと……思ってしまった。俺の手で今度こそ…、そう思うのを止められなかった」

苦笑する彼が痛々しく、切なく。
エリカは、ぽろぽろと涙を零した。
そんな彼女を見て、また困ったように笑い、そっと涙を拭う。

「泣くなよ。…と言っても無理か。……お前が、カトレアさんが、俺の代わりに泣いてくれたから、………俺はあの村を出る決意ができたし 、振り向かずになんとかここまで来れた」

「っく………ひっく……」

「……今でも思い出すだけで怖いよ。けど、カトレアさんに口止めしてたから、多分、聞いてないだろうし」

「……?な、に……」

「お前が眠ってたときの話。___全部話す。…………」





…………
……………
………………





ただ呆然と、苦しげに息を吐き、もがき、足掻き、死にたがる父を。
見つめることしか、できなかったあの日。

(どうしたら____)

あぁ、いっそ。
このまま、父さんと死んでしまえたら。
……アドニスの手放した剣に目を遣る。

本当に、これしかないっていうのか。

これ程の苦痛はなかった。
こんなにも迷うことなどなかった。
今までの、一度も。

思うほどに、考えるほどに幸せな日々が脳裏にちらついて、離れない。

「……あ、ぁ……っああぁあぁ…!!」

リナトは頭を抱えて叫び出す。

(無理だ、俺には……っ!!)

家族を殺す選択を取ることはできない。
そう思ったときのことだった。

「リナト…!!」

聞き覚えのある、甲高い声が聞こえて。
駆ける足音と、悲痛にも聞こえる雄叫び。
たくさんの音が感覚を刺激する中、顔を上げた。

「……ぁあッ…、」

目の前を覆う真っ赤な飛沫。
そして____声にならない悲鳴を上げた、幼馴染みの姿があった。

鼓動が早まる。血が上る。
……瞬間、何をしたら良いのか理解が及んだ。


___この時のことは、正直よく覚えていない。


倒れる幼馴染みを片手に抱えながら、いつの間にか剣を握っていて。
長い爪を振り抜いた反動で動けずにいる目の前のヒトを………深く貫いていた。


「ガ…ッ…ぁ…!あがっ………!!」

剣は引き抜かれることなく刺さったままで、体ごと後ろに倒れていく。
既に手を離していたリナトは、後ろへよろけた。

「……っう、ぅ…!」

嘔吐きそうになりながら膝をつき、それでもなんとか、抱えた彼女を見遣る。

「っは…、!エリカ……!?エリカッ!?しっかりしてくれ!!頼む……!なんで俺を庇った!?」

「…………き、な……ぃ、ょ」

「は…!?」

「……りなと……、は…やさし……ぃひと、……だから、…たし達…か、おと、さまか……なんてっ………」

「え……エリカ……?」

「えらっ…べ……、な……っ」

ぐったりと、片手からずり落ちるように地面へと彼女の体は叩きつけられた。

「エリカ!?どこ!?どうして急に走り出したりなんかしたの…っ!!エリカーーッ…!!」

はっとして、振り返る。

「エリ……ッ、!?」

「っ、カトレアさ…」

「ぃ、いや……エリカ…っ!?アドニスさっ……!?」

こちらを見て急いで駆け寄るカトレア。
エリカを抱き上げて、泣き叫ぶように呼びかけている。
それを見て、薄情ながらも父を思い出し、急いで駆け寄った。

「父さん!!」

深々と刺さった剣。
血は止まらず、呼吸は浅い。
……もう、長くなかった。

自分が嫌になる。
庇ってくれた危篤の幼馴染みよりも、他を優先しようとした。
指先から光が発せられようとして、……止められる。

アドニスの手によって。

「………やめなさい、その、力は………あの子に……、」

「エリカも助ける……!必ず!!けど、父さんだって……っ!」

「言っただろう、私はもう……いいのだと」

「納得できるかよ……!!ひとりで勝手に決めて、死のうとするなんて……っ!!」

「…っ、……リナト、やめるんだ…!」

弱々しかった手に、グッと力を入れられて再び止められる。
痛みを感じる程の力だった。……最後の力を、振り絞っている。

「あぁ……、カトレアさんが…、泣いている……っ」

「………っ、父さんっ……」

「私はもう………こんな汚れた手で、拭ってはやれないから……、駆けつけたいのに、もう、動けない、から」

そう零すアドニスに、カトレアは顔を上げて、耐えきれないとでも言うように首を振った。

「……っふ、…っう、」

「すまな、かった………本当に、すまない」

謝るアドニスを責めることもなく、ただカトレアは泣いていた。
……それが、アドニスには何より効く叱責だったのかもしれない。

「父さん!!諦めるな!!俺が絶対っ…ふたりともたすけるから……!!」

「…、力というものにはね、……リナト。限りが…あるんだよ……だからこそ、それは、エリカちゃんに……あの子を助けるために、使ってほしいん、だ」

「嫌だ…っ!!」

「もうわかっているんだろう……、父さんの体が、もたないことは…」

分かりたくなどなかった。
けれど、時間が経てば経つほど。
自分の父親の体は砂のように崩れてきている。
足の先が、もう無かった。

「私の、最後の願いだ。………聞いてくれよ、リナト……、…私の最愛の、息子…」

「………っ」

言葉が出ず、手を握り返すのみ。
結局、治癒術は使わなかった。

「……それでいいんだよ」

「ごめん……、ごめんなさいっ……」

「謝らなくていいさ、…本望……だ」

「アドニスさんっ…!!」

「………先に逝くよ、………………」

そう言って、安らかな顔をしたアドニスは………禍々しかった姿とは裏腹に、淡い光を発して、消えていった。
存在した証拠は剣のみとなり、それもカラカラという音を立てて地面に倒れる。

「………………」

あんなに出ていた涙が、止まる。
温もりがあっという間になくなって、虚無感が襲ったからだろうか。

ふっと息を吐いて、一呼吸置いてからリナトはカトレアとエリカの元へ駆け寄る。

「カトレアさん、俺を、信じてくれますか」

「っ……」

「今この時だけでいい。……エリカは生きてるんだ。絶対に助けなきゃ……絶対に、死なせない」

揺らぐ彼女の目が、リナトを捉える。
……不快感や猜疑心を感じない。

「……助けて、くれるの…?」

「エリカがこうなったのは俺のせいです、当たり前です!……すみません、取り乱しました……分かっていながら、あの人を、優先してしまったっ…!…っまだ息がある、大丈夫です、助かります、必ず。俺が…!」

カトレアは涙を拭いて、エリカを抱き上げて立ち上がった。
リナトも倣って立ち上がる。

「時間がありません!急ぎましょう!!…たとえ何日かかったとしても、エリカの命は俺が繋ぎます、奪われてたまるか」

「そうね…っ……そうよね」

「俺の家は燃えてしまってもう使えません。……無理を承知で言いますが…、」

「良いのよ。この子は私の娘。何より、あなたも……私の家族だわ。命に優劣はない。そしてあなたになんの罪もない。……一緒に帰りましょう、この子を助けてちょうだい…!」

「……ありがとう、ございます…っ」





…………
……………
………………





「………アドニスさんの最期、そんなだったんだ」

「あぁ。……灰すら残らなかった。人間じゃないみたいな…、死というより、消えるような最期だった」

「…嫌なこと思い出させちゃったね」

「いや、いい。案外…、落ち着いてる。もっと俺自身、取り乱すと思ってたんだけどな。……向き合う気力が、今やっと湧いてるからかもしれない」

「そっか。……あっ!そういえば熱は…っ!」

「それも落ち着いてる。具合も大して悪くないし、気にしなくていい」

「もう大丈夫そうだ」と、ベッドから起き上がったリナトは、部屋の中央に置かれたソファに座り、エリカを手招きして、対で置いてあるソファへと案内した。

「それで…、わたしが気を失った後は?確かお母さんに聞いた話だと、四日間目を覚まさなかったって」

「聞いてたんだな。…そう。術で傷は塞がってはいたが、処置が遅れたせいか高熱が酷くて、意識も全然戻らないからカトレアさんもだいぶ参ってたよ。……覚えてないか?」

「ま、全く……そんなことになってたなんて。大体のことは聞いてはいたけど…」

「……悪かった。俺を庇ったせいで苦しい思いをさせた。……けど、お前が言いたいのはそういうことじゃないんだろ」

真っ直ぐリナトを見てエリカは頷く。
そして、笑って言った。

「あなたを守れたのはわたしの誇り!そして、その誇りが消えないよう、助けてくれてありがとう!……あと正直、高熱で苦しんだ記憶は本当にないから、気に病むことじゃないよ!わたし気にしてないもん!」

めちゃくちゃなことを言うエリカ。
リナトは面を食らったような顔をしていたが思わず吹き出し、……いや、思い切り破顔する。

「っおまえ、なんてこと言ってるんだよ!」

リナトの笑う姿に、エリカも涙を滲ませながら微笑んだ。





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