久遠ノ守リ人

颯海かなと

文字の大きさ
上 下
8 / 10
Episode:1

夢の続き

しおりを挟む
____束の間の安らぎだった。


くだらないことでエリカと喧嘩をして、父に諭され、幼馴染みの母は微笑んでくれる。
そんな何気ない日常が幸せだったことを知るのは、後のこと。

そう、悲劇はすぐそこまで迫っていたのだ。


動物や美しい花に囲まれながら、彼女が大好きな本を読む。
あまりにも嬉しそうで、毎度付き合わされることになるリナトも、思わず笑みが溢れた。
つい色々聞いてしまい、子どもらしからぬ意見まで交わしていた程だ。

「そろそろ寒くなってきたな。帰るか」

「そうだね。あんまり遅いと、怒られちゃう」

「ああ、行こう」

リナトはエリカの手を引いた。
ゆっくり、ゆっくり。二人で一緒に、同じ道を歩く。
何も言わず、ただただ歩く。
この時間が、お互いに好きだった。
……が、この日はそれまでと違う。

「…ねぇ」

「ん?」

「それでもわたしは……やっぱり、素敵だと思うな」

読んでいた本の話。
エルフと人間の恋模様。
彼女は、笑顔で話す。

「エルフさんが天に昇ってくるときに、きっとその恋人さんがお迎えに行くの。おかえりなさい、って。そしたら抱きしめ合って、長い間会えなかった分、たくさん言葉を交わして。…わたしはそうだと思うな!」

彼女は笑顔でそう言った。
眩しすぎるほどの笑顔で。
忘れられないくらい、綺麗な笑顔で。
そう言った。

「………いいんじゃないか、それ」

突飛な思いつきの話に、リナトも耐えきれず笑っている。
エリカもまた笑う。



(____あぁ、幸せ、だった)



夢を見るリナトは、噛み締めるように思った。
同時に、夢故に何も手が出せないことに、歯痒さも感じた。





……………
………………
……………………





「あっ!?」

突然、声を上げたエリカが転んだ。
少し大きな石に躓いたらしい。
「あーあ…」と呟いて、リナトは彼女の元にしゃがみ込んだ。

「何やってるんだよ、大丈夫か」

「転んじゃった…。いたた……」

「ったく……お前、そんなドジじゃないだろ」

「う、うん……あんまり普段転ばないんだけど」

「血が出てる。化膿したら面倒だな。見せろ」

頷いた彼女が、擦りむいた膝を前に出した。
リナトがそっと、手を彼女の膝にかざすようにして止める。
すると、鮮やかな光が浮かび上がり、ぽうっと辺りまで照らした。
たちまちエリカの傷は塞がっていき、小さな砂利がまとわりついているのみになる。

「わあ…!相変わらずすごいね…!」

「いつでも俺が傍にいるわけじゃないんだから、気をつけろよ。ほら、砂も落とせ」

「うん!ありがとう、リナト!」

砂を払う姿を見て、もう大丈夫だと立ち上がる。
リナトが発した光は、治癒の魔術によるもの。略して治癒術とも言う。
彼は幼い頃から治癒術に長けており、またあらゆる魔術の才能を持っている。
村では自身の力を活かして、程度に限界はあれど怪我を治したり、焚き火や灯り、採取や狩りの協力など様々な面で力を貸していたのだ。

「歩けるか?」

「大丈夫だよ。……それにしても」

「どうした?」

「…あ、えっと、ごめん。なんだか……、嫌な予感がするの」

「嫌な予感?ぱっとしない答えだな」

「うん、だよね。きっと大丈夫。気のせいだから………」

エリカが困ったように笑った次の瞬間だった。


____ドンッ!!!


…………大きな爆発音が聞こえた。
気づいて、体が強ばる。エリカも動けずにいた。

「っ……なんだ!?一体何が……っ!?」

どさりと、本が落ちる。

「ね、ねぇ……!リナト、あれ…!!」

震えながらエリカが指を差す方向に視線を向ける。____それは。

「…………村だ」

「……っ…!」

「間違いないっ……イベリスだ、俺達の村だ……っ!!」

爆撃のような音がした方向。
住んでいる村から、火と煙が見えている。
幼い二人には、到底受け容れきれない惨状だった。
距離はそう遠くない。
間近で火の手の上がる村。
至る思考はひとつ。

「っそうだ、父さん…っ!!カトレアさん……!!」

「お、お母さっ……!」

「行こう!!」

かたかたと酷く震えるエリカの手を握って、走り出した。
なりふり構わず、無我夢中で走る。

……後ろから聞こえる、漏れるような小さな嗚咽は聞こえないフリをした。
でないと、自身も泣きそうだったから。

走って、走って、走って。

ようやく着いた村は、姿を変えようとしていた。

「…………嘘だろ」

逃げ惑い、響き渡る叫び声。
そして、倒れ伏す見知った村人達。

「なん……なんで、どうしてっ……、」

帰るはずの家を見遣る。

……そこは、強く燃え上がっていた。

「、お母さんっ……!!」

「エリカ!!待て……っ!?」

エリカの家は、リナトの家から少し離れている。
まだ燃えていないように見えるが、時間の問題なのは目に見えていた。
走り出すエリカを追いかけようとするも、突如掴まれた手によって動けなかった。
振り返ると、焦った表情の隣人がいた。……彼の家も当然、燃えている。

「!!ネグさん……!?」

「リナト、ダメだ!!俺らの家はもう間に合わねぇ!!行くな……!」

「なっ……奥さんは!?生まれたばっかの娘さんだっていたろ!?」

「やめろ!!」

「…!?」

「あいつはもう火の海だ!!娘だけ外に放り投げてっ…!助けられたのは娘だけだった!先に避難させてる…っ」

怯えるように、それでも芯を保つように、泣きながら必死に訴える彼に、耐えきれずリナトの顔も歪む。

「じゃあっ……じゃあ父さんは!?今どこに!?こういうとき真っ先に行動しそうな父さんが見当たらないんだよ!!」

「っ…あ、アドニス、さんは……っ!」

言い淀む隣人。
何かがおかしいと、服に掴みかかった。

「その反応、知ってるな!?知ってるんだろ!?教えてくれよ!!父さんは何をしてる!?」

剣幕に耐えかねたのか、ネグの口が開いた。
振り絞るような声だった。

「そんなの俺達が知りてぇよ!!アドニスさんは……っ、アドニスさんが……!!あの人が急に暴れ出して、村に火を放ったんだ!!」

掴みかかった手が、するりと落ちる。

「まるで人間じゃないみたいにおかしくなっちまって……っ!!炎の魔術で村を燃やして、仕舞いには……っ剣で皆を斬り殺しちまって……!!」

「………………………は?」

ネグはこれ以上は無理だと言うように、村の外へと逃げて行く。
呆然とその背中を見送るも、じんわりと広がる何かがリナトを突き動かした。





____冗談じゃない。





「ッ……!!」

気づいたときには、駆け出していた。

(嘘だ、そんなわけない……!!誰よりも優しい父さんが、こんなことをする人なわけがない……!!絶対ありえない!!)

息が切れる。動悸がする。
それでも、父を探す足も、声も、止まらない。

「父さん……っ!!父さん、どこ……!!」

「リナトくんっ!!」

「っあ、カトレアさっ……!?」

聞き覚えのある声がして辺りを見ると、まだ火の手のない家の並ぶ陰にカトレアがいた。……エリカも横にいる。合流していたようだ。

「良かった…っ、本当に無事で良かった…!」

涙を流し、リナトを抱きしめるカトレア。
まるで母のようだった。
ぐっと堪えながら、彼女に問う。

「カトレアさんこそ……っ!怪我は……傷は!?俺が治しますから…!」

「大丈夫、大丈夫よ…!私は何も、どこも痛めてないからっ……」

「それなら……っあ!?そ、そうだ、父さんっ……父さんはどこに!?」

瞬間、びくりとカトレアの体が跳ねた。

「……え、」

「…っ、リナトくんっ、これは」

「まさか……違いますよね?…カトレアさんまで、父さんがこの惨状を招いたなんて、言わない……、ですよね……?」

火の爆ぜる音と、泣き崩れるエリカの声しか聞こえない。


嫌な静寂だった。


「…………わかりました。もう、いいです」

「リナトくん…!?」

「これが父さんの招いたことなら、経緯はどうあれ、父さんのやったことでしかない。……息子の俺も、責任を負うべきだ」

「何を言ってるのっ…!!そんなことが言いたかったんじゃないわ…!ごめんなさい、リナトくんにはなんの罪もない…!!だから、私達と一緒に逃げましょうっ……!?」

「父さんを残して!?」

リナトの怒号に、カトレアはぴたりと止まる。
口をはくはくとさせ、かけられる言葉が見つからなかったようだ。

「……俺は…!父さんだけ残して、逃げるなんてしたくないです、絶対に。…カトレアさん」

「……っ」

「エリカを連れて村の外に逃げてください」

ぱちぱちと、音はどんどん近くなる。

「ちょ、ちょっとまって……!?リナトはどうするの!?だめだよ!?」

突然名指しされたエリカは動揺の表情で叫んだ。
必死に訴えているのが伝わる。

「父さんを探す。……探し出せたところで、何ができるわけでもないけど」

「やめなさいっ!!リナトくん!!」

「いいえ」

強い眼差しに涙を蓄えて、リナトは言い放つ。

「あの人が、まだ俺の父さんであってくれるなら……きっと、きっと、俺の声だけは届いてくれると、そう信じてるから」

全てを悟った顔。
希望を持ったようで諦めてもいるような表情は、悲痛な程に幼い子どもには似つかわしくなかった。

どうしてこんなにも、大人びた決断をしてしまうのだろう。

カトレアは、泣きながらリナトを抱きしめた。
それも一瞬、すぐ離れると、エリカを抱えて走り出す。

「おかぁさんっ!!いやっ!!やめてぇ…!いや、いやだよ!!っ、リナト……!!」

「…………」

「いやぁあぁぁああ!!」

泣き叫ぶエリカの声が響いた。
どうしようもなく辛い。
自身を思って泣いてくれる存在に、本当は心から思う。離れてほしくなかった。
死ぬまで、家族と皆で笑い合っていたかったのに。

ゆっくりと立ち上がる。

外へ外へと走る村人達。
リナトを見て怯える様子も見受けられた。

(どうか……どうか今ある命だけでも、生き延びてほしい)

手を引いてくれる者は誰もいない。
ただ、悲鳴を上げながら走り去る大人達を見つめるのみ。
そうして、たくさんの足音が鳴り止んだ頃。

……背後から、ゆっくりと土を踏みしめる音が聞こえた。

「……っ、とうさ…、」

振り返った先にいたのは、変わり果ててしまった姿の父、アドニスだった。

綺麗だった亜麻色の髪は漆黒になり、まるで堕天でもしたかのように、耳の上には片方だけ折れた状態の角が生えている。
……優しい面影など、微塵もなかった。

「…、父さん、どうしちゃったんだよ……昨日までそんなじゃなかっただろ……はは、もしかして最初から人間じゃなかったとか…?そんな角だって生えてなかったのに」

「っが…、ぅ………」

「………もう、言葉まで発せないのか」

アドニスは手に持った剣を強く握り締め、顎にはぽたぽたと涎を滴らせている。
体中に返り血のようなものが付いているが、恐らく彼のものではない。
思わずむせ返りそうになる匂いに、リナトは顔をしかめた。

「父さん…!目を覚ましてくれ!!」

「ぁ、ぐっ………ウゥ……!」

「もうこれ以上誰も殺すな!!俺が、俺が一緒に償うから……!」

「あ、ぁ……!ぁ、がっ……っぐ、」

「父さん…!?」

アドニスは突如呻き出し、膝から崩れ落ちた。
リナトが慌てて駆け寄り支えると、小さく、息子の名を呼ぶ声が聞こえる。

「……、リ…ナト……」

「父さんっ……目が覚めたのか!?大丈夫か、怪我は!?どうしてこんなことにっ…!!」

「っいい、リナト…ッ、私のことは…、気に、するな…」

治癒術をかけようとしたところを、アドニスは静止する。

「お前は……優しいなぁ……本当に、本当にっ…人思いに、ぅ、育ってくれて………こんな俺を、まだ父と呼んでくれるのか」

「当たり前だ…!!俺の父親はこの世で一人だけだし、これまでもこれからも変わるはずがないだろ…!とにかく治療を…!後のことは一緒に考えよう、二人で必ず報いは受けよう…っ」

再び手を伸ばすも、またアドニスに止められる。
苦しげに微笑んだ彼は、掴んだリナトの腕をゆっくりと離した。

「ごめんな……私はもう、この手でお前を抱き締めてやることも、……できない…っ」

「っ、爪が…!?い、いや、こんなの俺は気にしないから……!」

浮かび上がる思考を止めることができない。

これではまるで、魔物ではないか____

「っぐ、…気味の悪い姿を見せて、悪かった……、私はもう、自我を保つことができなくなってきてる……っ今にもお前を殺してしまいそうだ……だから、…!」

「ど、どうして…!?なんで!?理由は!?こうなった理由を説明しろよ!!さっきから、謝ってばっかりじゃないか…!!」

「お前が…!!お前がっ、止めてくれ、殺して…くれっ…!!」

覚悟が、無かったと言えば嘘になる。
予感はしていた。それほどにリナトは賢かった。
だが、いつでも理性的な行動がとれるほど、父を簡単に見捨てられるほど、精神的に成熟してはいなかった。

(………大人ぶっておきながら、俺は冷静な判断ができなかった。自分を過信していた。その結果、自分も、幼馴染みも、傷つけるとは知らずに)

ただ呆然と、苦しげに息を吐き、もがき、足掻き、死にたがる父を。
見つめることしか、できなかったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

王都交通整理隊第19班~王城前の激混み大通りは、平民ばかりの“落ちこぼれ”第19班に任せろ!~

柳生潤兵衛
ファンタジー
ボウイング王国の王都エ―バスには、都内を守護する騎士の他に多くの衛視隊がいる。 騎士を含む彼らは、貴族平民問わず魔力の保有者の中から選抜され、その能力によって各隊に配属されていた。 王都交通整理隊は、都内の大通りの馬車や荷台の往来を担っているが、衛視の中では最下層の職種とされている。 その中でも最も立場が弱いのが、平民班長のマーティンが率いる第19班。班員も全員平民で個性もそれぞれ。 大きな待遇差もある。 ある日、そんな王都交通整理隊第19班に、国王主催の夜会の交通整理という大きな仕事が舞い込む。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...