久遠ノ守リ人

颯海かなと

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Episode:1

新たな事件

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「…っふ、くくっ……ふふふ……っ」

「………………陛下」

「い、いや……すまないな。だが……くくっ、まさか……いやはや……あははっ!」

「っ陛下!」

リナトを見て笑うローズマリー。
彼の隣には、先程暴れていた密航者が恥ずかしそうに、同じく頭を垂れている。

「…いえ、陛下にどうこう言うよりもまず、謝罪でした…っ、この度は、誠に申し訳ございません……!!ほら、お前も頭を下げるんだ……!!」

「うぅ……すみませんでした……」

「馬鹿!!『誠に申し訳ございません』だこの阿呆!!」

「はい…、誠に申し訳ございません……!!」

「はっはっはっ…!お前達、いつもそんななのか?本当に面白いな!」

二人を面白がる王女の隣で、頭を抱えるベルク。
その傍には、セシルの兄にあたる第二王子のジャスパーと第三王子シリルが控える。
困ったように笑うジャスパーと対照的に、シリルは少し機嫌が悪そうな様子だった。

「それで?その者は…リナト、お前の幼馴染みと言ったか?」

「はい。彼女は、エリカ・マーレイ……こちらへ渡る前の幼少期を共に過ごした、正真正銘の幼馴染みです」

不安気な様子でリナトの隣にいる女性、エリカ。
薄桃の髪に金色の瞳を持つ美しい彼女には、彼女の母の予想通り、花の名が似合う。

「間違いはないな?エリカとやら」

「もちろんです!嘘偽りはございません!」

「ふっ……元気の良いお嬢さんだな」

「母上、笑っている場合ではないでしょう。さすがに、事実上密航してしまったような者を見逃す訳にはいきません」

「……シリル殿下のおっしゃる通りでございます」

リナトが、密航者の正体がエリカであったことを悟ると同時に、大体のことは察していた。

『乗る船を単純に間違えた』だけ。

エリカが話すには、きちんと船賃を払い、券も持っていた、と。
実際、調べたところスイレンの港で乗船券を買った記録があり、至極申し訳なさそうに持っている券もつい先程提示したのだ。

「だがなぁ……リナトも彼女も言っていたが、間違えて乗ってしまっただけだからなぁ……」

「陛下、このような事態を招いておいて、処罰なしを希望するつもりは一切ございません。この世間知らずには、私からもきつく言い含めておきますので、どうか一日だけ……牢へ入れるのみで、恩赦を頂けませんか」

「えぇっ…!?牢!?さ、さすがに怖いよ……!」

「頼むから黙っていてくれ!?お前がしたことは、この国の反逆にあたるかもしれなかった行為で、処刑されてもおかしくなかったんだぞ!それを、陛下や殿下達が優しさで俺の顔を立ててくださったから…!ここにこうしていられるだけでも感謝では足りない程なんだ!!分かるか!?」

一気にまくし立てると、エリカはしゅんと黙りこくってしまう。
さすがに状況が分からないほどではないらしい。
その様子を見ていたローズマリーはまた笑い、つられてジャスパーも吹き出す。
シリルが少し申し訳なさそうに口を開いた。

「いや、うん……リナト、そこまで言わなくても……俺もあぁは言ったけどな?別に牢まで入れなくても……一日、城の雑用をさせる程度でいいんじゃないか?」

「いいえ、それでは私の気が済みません。この度の不始末、私も連帯責任として負わせて頂きますので…」

「いやいやいやいや!リナトくん!?どうしたんだ、いつもの君らしくもない…!」

ジャスパーもついに止めに入る。
ベルクも、処罰には乗り気ではないようだ。
どうするか判断を仰ぐように、ローズマリーを見遣る。

「うぅん……どうしたものか……わざとでないだけに責めにくいだろう。それに、嘘が一切ないのは、二人を見ていれば分かるものだしな……」

「陛下っ!!」

「…!?」

またしても、扉が力強く開かれる。
だが、今度は騎士ではない。
セシルの乳母を務め、現在も彼女の侍女として仕える者であった。

「今日の忙しなさは一体何なんだ…。…それにしても珍しいな、お前がここに来るとは……まさか、セシルに何か?いつもの発作か?」

「お話の途中に申し訳ございません!ですが、一刻も早くと…、発作ではなく、セシル様が……!セシル様が、いなくなられました!!」

「何だと!?」

ローズマリーは思わず立ち上がる。
その他の者も、驚愕といった面持ちで侍女を見つめた。

「リナトは確かにセシルを自室まで送り届けたと話していたぞ!?」

「俺もリナトがセシルを抱えて部屋に向かうところを見てる。発言に間違いはないし、送り届けた後のリナトと話もしてる。嘘は絶対にありえない!何かの間違いじゃないのか!?」

シリルがリナトを庇うように言う。

「いいえ!私も目を疑いましたが、間違いはございません…!セシル様が愛用されていた短剣と、略礼装のお召し物がなくなっており、書き置きだけが残されておりました……!」

「っ、見せてくれ!」

リナトが頼み、小さな紙切れを受け取る。
そこには、簡単なことしか書いていなかった。

「……『頭を冷やすために、少し旅に出ます』………」

「旅……!?何を考えているんだ、あいつは……!!」

今にも飛び出して行きそうなジャスパー。
無理もない。セシルは旅ができるような身体ではなかった。
病のせいで体力は長持ちせず、苦しい思いをするだけである。
故に、城の中で大切に育てられていた。
不満のないよう計らっていたはずであるが、そんな彼女が何故出て行ったのか。

「……リナト、何か心当たりがあるようだな?」

玉座に座り直したローズマリーは、頭を抱えている。
ベルクが「陛下、お気を確かに」と言うも、心配するまでもなく、強い凛とした声でリナトに問いかけた。
相当な心労であることには間違いないが。

「………はい。恐らく…、恐らく殿下は、私が城から出たところを見ていたのでしょう」

「……、そう、か」

リナトは聡く、そして察しの良い人間だった。
セシルが何を思い旅を決意したのか、必然とわかってしまう。

「申し訳ございません。私の不注意でした」

「いや、……何も言うまい。あの子が幼すぎるのだ。私達が、少し甘やかしすぎたのが悪い。……すまないな」

セシルは、リナトのことが好きだった。

城の人間も周知のことであり、好かれているリナトも知っている。
察しがいいのもなかなかに大変だ。
セシルが分かりやすいだけかもしれないが。

そんな彼女が、リナトが切羽詰まった様子で飛び出した挙句、女性を抱きしめていた場面を見ていたとしたら。
恋に恋していた節がある、それはそれはショックなことだっただろう。

(最ッ悪だ………タイミング……)

本当に、察しが良いのも困りものである。

「……えっと、わたしなんかが言うのもあれなんですけど……早く、探しに行かなくても大丈夫なんですか……?」

エリカがそっと手を挙げ、おずおずと発言した。
彼女の言う通り、行動を起こさなければ状況は何も変わらない。

「エリカ……そうだな。陛下、どうか私に殿下を追う許可を頂けませんか?」

「……では、エリカ。お前も一緒に行きなさい」

「!?私も、ですか?」

「ああ。無事、セシルを見つけここまで送り届けること。お前の処罰は、それで良いだろう。リナトという監督もいることだしな」

「…陛下、よろしいのですか?」

リナトが聞くと、迷うことなくローズマリーは頷く。
彼への信頼は変わらずのままだ。

「陛下がよろしいのであれば、私は責任を持って任務を遂行するまでです。……エリカ、お前は?」

「……頑張ります!絶対に、セシル様をお城までお連れします!」

それほどの間もなく、結論は出たようだ。

「では、市街地で聞き込みをし、行方が分かり次第、王都を立てるよう準備を進めて参ります」

「任せたぞ。だが、今日のところは出立せず、休むと良い。顔色があまり良くないように見える」

「ですが…、一刻を争うかと」

「セシルのことだ。きっとそう遠くまでは行けまい。王都内を歩き回っている可能性もある。やはり、こちらで聞き込みをしておく。お前は少し休め。エリカも、リナトの邸宅で預かればいい。…牢は嫌なのだろう?」

にやりと悪戯っぽく笑いながら、エリカを見る。
「うっ」と何かが刺さったように縮こまる姿を見て、更に楽しんでいるようだ。

「でしたら…、お言葉に甘えて」

「えっと…よろしくね、リナト」

「……あぁ、行くぞ」

失礼致します。
それだけ言い残し、城を去るリナトと、ついて行くエリカ。
その様子を見ていた王族達は、心配そうな面持ちをしていた。

「なんだかなぁ……あの二人、少しぎこちないよね」

「兄上、野暮なことは言うものではありません。男女の幼馴染みで、久しぶりに再会するともなれば、色々思うところがあるのでしょう」

「シリルが言うのも一理あるか…。でもなんとなく、エリカ嬢が現れてから、元々良くなかった顔色が更に悪くなった気がするんだよ」

「それは……まぁ」

ジャスパーもシリルも、良く仕えてくれるリナトがただ心配なようだ。
関係を探る気や悪意などない、曇りのない思いやりである。

「あれは二人の問題だろう。真面目なリナトのことだ、すぐに解決する。なぁ、ベルク」

「はい。私もそう思いますぞ。……今でも覚えております。……彼が、王都へ渡り、初めて謁見した日のこと」

「……そうだな。並々ならぬ事情があったんだろうさ」

懐かしい日に、皆で思いを馳せていた。
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