ダークヘイヴン

星島新吾

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1章:荒涼たる故郷

20. セイズの魔術師

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不安が残るままドワーフの国へと向かう航海は続き、我らは次の獲物を視界に捉えていた。

同じ方法で相手の退路を断つと、カレンスを連れてナグルファル号から再び飛び上がった。

先行して敵の視察をすることで今回の敵についての情報をとるためだ。

上空から見ると商船らしき船影で、その周囲には護衛の船として傭兵団が付き従っているようだった。

"また襲撃なさるのですか"とカレンスは静かに確かめた。

「うん。また少し動くから気分が悪くなったら言ってね」

「…常識の範囲でお願いします」

カレンスはそういって俺の脇のシャツを引っ張った。

そして俺たちはそのまま上空で狩りの対象を観察し、襲い掛かる時を待った。

そしてその後、遠くに見える船は接近する我々に気づいたのか防御陣形を取り始めた。

どうやら我らの商船の装いを看破しているようだった。

その迷いのなさから、背後に蠢く敵の影がより濃くなったように感じる。

こちらの情報をつかんでいる敵が背後にいるならば、少し用心しなければならないだろう。

そしてそれと同時にドワーフ国にいるというザリンのことを考えた。

もし知らせを受けた彼がこの三週間という短期間に船を用意したとしたらどうだろうか、と。

しかしそれはいくら何でも無茶だという考えになった。

大金を動かすには時間がかかることは自分がよく分かっていることだ。前々から準備を、それこそ最低でも二カ月はかかるだろう。とてもではないが、三週間やそこらで全てを計画立案し実行に移すには時間が足らない。

別の知らない相手がさらにこの件に絡んでいるのは間違いないだろう。

それが個人なのか組織なのかは知らないが厄介な相手である。

「こちらの情報を事前につかんでいるなら何か仕掛けてくるだろうね。空からしばらく様子を見てみようじゃないか」

いつも以上に警戒をしつつ敵船の上を旋回しながら情報を取っていると、今度の敵は魔法使いを豊富に用意した構成であることに気づいた。

(商船の護衛に傭兵の…それも値段の張る魔法使いの集団?)

味方の船が敵商船に近づき、戦闘の開始が目前に迫る中、その異様な光景に本当にその船が商船なのか、豆粒のような大きさの船が手のひらに収まるほどに近づくと、自分たちが今から戦おうとしている相手の正体に気づきギョッとした。

「叔父様…どうかしたんですか?」

俺の動揺を感じ取ったのか、カレンスは抱えられた状態から首を上げて俺を見上げた。

「ロープの結び方が違う…!」

「細かい人は嫌われますよ?」

彼女はすました顔でそういった。

いやそうではなくて、商船ならばされていなければならない荷の運ばれ方がされていないのだ。

つまり多くの品物を載せていると思われた商船の装いはフェイクであり、恐らくは我々を招くための餌の役割を果たしているのだ。

恐らくこのまま戦えば、完全に弱点を突かれた相手に船を沈められてしまう。

昔被害にあった大商人が報復に人を雇い傭兵団を組織するという話はよく聞いたが、当事者になりたかったわけでないため冷たい汗が頬を伝った。

「…」

「…どうかしました?」

感情が伝染してしまったのか、抱えられたカレンスは何かあったのかと少し不安の混じる声で聴いてきた。

「沈没するかも…」

そう言うとカレンスは「えっ?」と言った瞬間に、俺は“しまった”と思った。そして彼女を不安にさせるだけの言葉を漏らしたことに反省しつつ、

「というのは冗談…だよ」

と、苦し紛れの一言を添えて船に戻った。

そしてすぐに船に戻って進路変更を伝達した。

「商船はフェイクだ!進路変更!敵の傭兵団から逃げるぞ!」

ナグルファル号や他の船に乗る船員全員が一斉にどよめき立った。

それもそのはず、今までの敵は例えどんなに強大な敵でも真正面から粉砕してきたからだ。

しかし今回はカレンスがいる。

彼女に少しでも危険が及ぶような選択肢は取れなかった。

そんな俺の勝手な考えに動揺する船員達を代表してサーティンは、

「船長、もう既に敵の進路に入っていますが」

と若干焦りの混じった声で俺に言った。

そんなことは分かっているし、途中で進路変更すればこの船がどういうことになるかぐらいも当然知っている。

だが戦って出る被害よりも、脱兎のごとく逃げる方が被害を抑えられると判断した。

「多少の犠牲は構わない、なるべく早く逃げてくれ!それと他の船にも伝達を急げ!」

船員達が初めての撤退で慌てふためく中、相手の詳細な数と種類の分析をするため再度カレンスを連れて再び空へと上がった。

敵の魔法が届かない距離を保ちつつ旋回していると、大多数の魔法使いで編成された傭兵団の中に、奴隷のエルフや竜族がいることが追加の情報で分かった。

彼らが魔法を使ってこれ以上こちらの船に近づけないように透明な球体の壁を船の周りに貼り防御を担当しているようだった。

「あの方たち…奴隷の首輪をされていますね」

カレンスは魔法を使う奴隷達を見て嫌悪感を露わにした。

うちの領地にはボルが生前立てた政策の結果奴隷は減っているが、同じ土地に住んでいない他種族や異端の魔法使いを人ではなく、家畜やそれ以下として扱う習慣は他の領地や別の国ならば普通にあるものである。

「あぁ、これは酷いや。魔法が使えるから連れてこられたんだろう」

人間が魔法を自在に使えるようになったのは他種族と比べて最近の出来事で、未だに貴族階級でさえ魔法使いや魔術師を奴隷として連れてきて師事しなければ本格的な魔法が使えない。

そのため他種族の奴隷で魔法が使えるものは奴隷として重宝されるのであった。

そんな魔法奴隷達は意識を集中させ、上空にいる俺たちを警戒して早いうちから壁を張り続けていた。

そしてその内側から銃に魔法効果を載せた魔法使い達が、空に浮かぶコチラ目掛けて銃の発砲を開始した。

船に乗った状態で空にいる標的に銃弾を当てようなんて滑稽である。

しかしカレンスに万が一のことがあってはと思い、空を滑るようにスライドしつつそれらを避けた。

まだこちらが進路を変えたことが伝わっていないようで、こちらが攻撃を仕掛けてくることを警戒して彼らは防御魔法を解こうとはしなかった。

そんな張り詰めた状況の中でカレンスは呑気に指を指して俺に何かを伝えようとしてきた。

「あのサボっているように見える人は何でしょう。…あの人には首輪がありませんね」

今気になることなのかと思いつつ目をやると、雲のような乳白色の霧が、人の形となって豪華なローブをその身に包んでいる姿が目に映った。

「…あれはセイズの魔法使いだね。珍しい」

「セイズの魔法使い?」

彼女はその他の魔法使いよりも目立たないソレに興味を惹かれたようだった。

「体から魂だけを飛ばす魔法さ。聞いたことあるかい?」

「それじゃああの霧のようなのは…」

「仮の姿だろうね。本体は別にどこかにいる。なに、害はないさ」

セイズの魔法は魂の魔法。その姿を魂に変えどこにでも表すことができる。それゆえ索敵などに使われる優秀な魔法だ。

雇い主への情報伝達に雇われたのだろうと思われる。

「なんだか不気味ですね」

彼女はそういった。

そしてセイズの魔術師はこちらを見上げると、その霧は一層深まったかのように見せる。

そして次の瞬間には疾風が吹いたように霧散し、跡形もなく消えてしまった。

「…消えた」

彼女は目をパチクリさせてそこにあったはずの姿を探しあたりを見渡す。

「仕事が終わったんだろうね」

「それってつまり私たちを見つけることが、あの魔法使いの仕事だったってことであっています?」

「そうかも知れないね」

見えない敵は思ったよりも用心深くこちらの動向を知りたいということが分かった。

「誰だか知らないけど、情報の価値が分かっているようだね」

彼らの弾切れを待ちつつ、彼らが再装填をするタイミングを見計らって一発火球をお見舞いするも、やはり大した攻撃にはなっていないようだった。

「こりゃ駄目だ…引き返そう」

カレンスを連れてナグルファル号に一度戻ることにした。

船に戻ると背後を取られた船は砲撃と魔法の雨に晒されていた。

「叔父様、いつの間にそんなに怪我をされたんですか?」

「…ん?…あぁ、気にしないでいいよ。ちょっとこの船が傷ついているんだろうね」

ナグルファル号は自分と繋がっているため、船が傷つくと俺の体はそこかしこから肉が裂け、血が滲み出ていた。

「ご自分で船をお守りにならないのですか?」

「いったろ、多少の犠牲は問題ないって。乗船している仲間達も命を張っているんだ。今は逃げることにリソースを割くのが先決だよ」

防御魔法よりも先に、他の船員達に混じって船の移動速度を上げることに魔法を使った。ノーガードにはなるが、早く戦場から離脱できる。これが最善の策だった。

「みんな~!逃げろ~~!!!」

そう叫ぶ。

船がさらに壊れ瞼の上が出血し眼前が赤く染まるも、魔法を使い続け、やっとのことで俺たちは戦場から脱出した。
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