ダークヘイヴン

星島新吾

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1章:荒涼たる故郷

19 仕来りのマニュアル

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他の船の戦いが続く中、一足早く仕事の後始末を始めることにした俺達は、いつも通り投降した人々を横一列に並べ選別を始めた。 

残った相手はなぜか落ち着いた様子でこのまま自分達がどのような運命を辿ることになるのか分かっているようだった。 

「船長、こいつら妙に大人しいですね」 

遅れてやってきた船員達が武器を捨てた捕虜達を並べる中、その指揮を執っている班長が俺にそう聞いて来た。 

「諦めたんじゃないかな。よくある事だと思うけど?」 

「いえ目に力があるように思うんです。希望がまだ残っているような目をしている気がして」 

班長は捕虜を縛るために持ったロープを他の船員達に預けサーベルを抜いた。 

少数の船員をまとめる班長も役割柄、捕虜となった人間を前にすることが多い。いつもとは違う捕虜達の反応に違和感を覚えたのだろう。 

「そっか…じゃあ、ちょっと船の中を調べて来てくれるかい。もし彼らの希望になるようなものがあるなら処分しておいてくれ。こっちは俺がやっておくからさ」 

「アイサ―!」 

班長は班のメンバーを半分にわけ、半分を船内の捜索に当たらせた。彼もまた自ら自分の違和感を正すために船内へと足を運んだ。 

残った船員と共に、俺は仕事の続きを始める事にした。 

船の中央部に捕虜を集め、一人ずつ船首に捕虜を移動するように船員達に言う。 

そうして船首にきた捕虜と一対一で、今回はカレンスも抱えているため二対一で話し合いを行う。 

その結果で相手をどういった処遇を下すかを決めるというものだ。 

そんな面談の始めの人間が船首へ上って来た。 

ロープで腕を後ろに縛られた捕虜は、揺れる海の中フラフラとした足で俺の目の前に立った。 

俺は儀式用の剣を腰から抜き捕虜の首に当てた。 

この段階になるとゲロを吐いたり失禁したりするものなのだが、この捕虜にはそういった絶望を感じなかった。 

「裏切りか、死か」 

どんな捕虜でも質問はこの二択から始まる。 

『はじめまして、こんにちは』ぐらいの意味である。 

「死だ」 

捕虜の男はすぐにそう答えた。 

その言葉に俺は頷く。ココでもし『裏切り』と答えると奴隷に落ちる。捕虜になってすぐに裏切るようなヤツは俺の船には要らないからだ。 

しかし妙だった。最低でも五分はかかるこの問にこの捕虜はあっさりと返事をしてしまった。一応そう答えると死ぬってことが伝わっていないのかと思い確認を取る。 

「死ぬんだぞ?良いんだな?」 

男の腕が縛られている縄を持ち船の外に吊るす。握られた縄を放せば男は海へと真っ逆さまである。 

「ふぅー…」 

船外で宙吊りになった男の息遣いが波と混ざる中、捕虜の男の決断を待った。彼は現在神に祈ったり、昔のことを思い出したりしている途中である。 

「お前の帰りを待つ人間がいるだろう。それでも考えは変わらないか」 

そう最終確認を行うと、男は諦めた様子で「…家族に手紙を書かせてくれ」と言った。 

それに頷き、男の体を引き上げた。そして縄をほどき、ペンと紙を渡して手紙を書かせた。 

「ムゥ…」 

書いている途中に俺は内容を見て唸り声を上げた。ヤケに書きなれている。多少手が震えたり涙で手紙が濡れたりするもののはずだが、そう言う気配も一切ない。 

「どうかしたのか」 

内容としては自分の母に向けて“海賊となって仕事をすることにした”という文言が書かれていたので男に書き直しを要求した。 

「君は自ら進んで海賊をするつもりかい?」 

「何か不満があるなら書き換える。言ってくれ」 

捕虜の男は毅然とした態度で俺にそう言った。逆にそこまで冷静でいられるとコチラも調子が狂う。 

「そうかい…じゃあ、手紙には君は無理やり海賊をやらされていると言う文言を追加するんだ。そうしたらこの航海で行う海賊行為も俺が強要したものという証拠になる」 

そう言うと、男は少し笑ったような気がしたがすぐに無表情になり、 

「分かった。そのように書こう」と言って男は従順に手紙を修正した。 

海賊たちは陸で資材を調達する際、しばしば現地の兵に逮捕されるリスクがある。 

そこで古くから、船員を守るためのシステムが存在している。船長が船員に強制的に仕事をさせたと偽装し、主従関係にあるかのように体裁を整えるのだ。こうすれば陸での逮捕を免れられるというわけだ。 

このシステムは海賊同士の酒席でも語り継がれており、広く知られた慣習となっている。 

そうして仲間となった男に、この儀式中は無言でいるように言っておき、縄を再度巻いて列の最後に戻した。 

隣に立っていたカレンスが「裏切りか死かなんて選べるワケないじゃないですか」と言ってきたが、「人間というのはギリギリにならないと本性が分からないだろう」と返すと、ただ「性格が悪い」と端的な罵倒を受けた。 

そして一呼吸おいて、彼女は続けて「でも何か変じゃありませんか?」と聞いて来た。 

「そうだね」と返すと、カレンスは少し顎に手を当てて何かを考え始めた。 

彼女は既にこの環境に早くも順応し、人の生き死にが関わる場で相手のことを冷静に観察できるようになっていた。 

彼女の恐怖心を引き出したかったが、早くも残念な結末になりそうだと思いつつ残りの捕虜も捌いていくと、結果に明らかな異質さが表れた。 

武器を捨て捕虜を選んだ人間全てが同じ方法で俺の仲間になった。全員が死を選び、全員が直前になって意見を変えた。 

誰一人として始めの選択肢で裏切りを選ぶことはなく、また最後まで俺に抗い死んでいく者もいなかった。 

淡々と不気味に彼らは、手紙を書き終えその内容もまた統一された内容だった。 

そしてそれを見ていたカレンスはポツリと呟いた。 

「誰かが、小父様の癖を見抜いた…?」 

俺の、というより船長同士で語られる船員の選別の仕方が外部に漏れたと言うのが正しいだろう。 

「始めの人間に倣って全員が先頭の男のマネをしたって事かい?」 

そう聞くと彼女は首を振った。 

「いえ、それよりももっと前から彼らは知っていたのでは?」 

「知っていた…と言うのは俺がこういう方法で仲間にするって事をかい?」 

彼女は先ほどまで捕虜が手紙を書いていた机に座ると、紙にペンを走らせる。 

紙には図で俺のことを調べた人間と、その情報を買った人間達がいることが書き表されていった。 

「はい。彼らがもしもの時の保険として第三者からその情報を買っていて、今回それが役に立ったと。そしてその第三者というのは不特定多数ではなく恐らくは個人、なぜなら…」 

「全員同じような手紙の内容だったから、か」 

そう言うと、カレンスは頷いた。 

「えぇ。そうです。ですから小父様の問に対する完全なマニュアルを作成した人物を喋らせることが重要かもしれません」 

「なるほど…この船にそのマニュアルを作った人間がいる可能性もあるしね」 

しかしそれには彼女は首を振った。 

「いえ…それは考えにくいと思います。そこまで小父様について調べるような人間が、命のかかった戦いを前に無策で小父様に挑むでしょうか?―――私はそうは考えない」 

「確かに銃弾が効かないと言うのも後から分かったようだったね。事前にもっとコチラの情報を収集している相手なら銃で戦いを挑んできたのも不自然だ」 

我々オリョール海賊団はエルフや竜人の魔法には弱いが、銃や剣と言った武器には強い。前情報があれば船のメンバー構成を大きく変えて挑んでくるはず。 

それがなかったと言うのは、その情報は握っていなかったと言うこと。船員の一員であればその情報を隠す必要もないから、この中に情報を流布した人間はいないと彼女は考えているようだった。 

「個人的に恨みでも買うようなことをしたんですか?」 

カレンスに言われて、「いやぁ~…」っと言葉に詰まった。 

 
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