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1章:荒涼たる故郷
11.公共事業の準備
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執事室に行く前に厨房からワインを持って来て執事室の部屋をコンコンコンとノックした。
「どうぞ」と声が聞こえて来たので入ると、机に座ってペンを走らせていたオブリがこちらの顔を見て飛び上がった。
「ヲ、ヲルター様。どうされましたか?」
「夕食前の忙しい時間に悪いね。今時間大丈夫かい?」
「お気遣い痛み入ります。ですがお気になさらずにお申し付けください。どうされました?」
現在の状況について簡単に話をすると、オブリは頷いて意見を聞かせてくれた。
「なるほど、でしたらギルドに頼んだ方がよろしいでしょう」
それならばと、ギルドに頼むデメリットについて話しもう一度話を聞くことにした。
「と言うがね、給与の支払いが不透明になるのが怖くないかい?横領とかが発生しても分かりづらいし」
「でしたら仕事の発注条件にそれを組み込むことが可能です。この時期ですから多少条件を飲んだとしてもどこのギルドも仕事を請け負いたいでしょう。それか、いっそのこと落札形式で最も条件の良いギルドを見つけるという手もございます」
「お仕事をオークションにかけるのかい?」
「はい。複数のギルドに見積書を提出してもらい、最も条件の合うところと契約を結べば双方にとって有益でしょう?」
仕事の落札というのを、ここまで言語したのはもしかすると彼が初めてかも知れないと思った。
確かにそうすれば、効率的かつ計画の透明性が高まる。これからインフラを整備する際に余計な揉め事や癒着の抑制に繋がるだろう。
俺の話を聞いてすぐに思いついたのだとしたら、やはり彼は比肩する人間がいない優秀な執事である。
「なるほど…よくそんな方法を思いつくね。凄いや」
「光栄でございます。もしよろしければそのお仕事を私にお任せいただけませんか?」
オブリにはオブリの仕事があるはず。それにもかかわらず手伝ってくれると言う事だろうか。
とても助かるし彼の気遣いを無下にもしたくないが、何の報酬も無しに働かせると言うのも気分が悪い。
特別な働きをしてくれると言うのであれば特別な報酬を出すべきだろう。
「分かった。じゃあちょっと待って」
そう言って紙に俺の顔と十シリンと表記して渡した。
「コレは?」
オブリは紙を受け取って、不思議そうに紙をヒラヒラと手でつまんで遊んでいる。
「俺と君との間にだけ成立する十シリン札だ。書斎にきて渡してくれれば貨幣の十シリンと交換するし、十シリン分の何かを俺に頼むことも出来る。もちろん物と交換でもいい。コレはそういう紙だ」
吸血鬼の国の一部地域で行われている兌換紙幣という仕組みである。彼らは空を飛ぶため、なるべく硬貨のような重い物を持ちたがらない種族で、近年では硬貨よりも紙幣による取引が活発になっている。
彼らに倣ってこの街で後に流通させようと思っている兌換紙幣の第一号を彼に渡してみた。彼ならばこの兌換紙幣で一発面白いネタをやってくれるだろう。
「よろしいのですか?」
「ああ。チップだと思って好きに使ってくれて構わないよ」
それから数日後、庭で作業をしているとオブリがやって来た。それからオブリはポリポリと頭を掻いて、五枚の俺の顔が書いた十シリン札を見せてきた。
「これをヲルター様に年利二十パーセントで一生貸したいのですが」
オブリはハニカミながらそう言った。中々に面白い発想だ。確かに俺が自分で顔を描いた程度の紙幣ならば、紙の材料を揃えるのも簡単だろうし、複製も可能だろう。
こういった悪知恵も彼は働くと言うことがよく分かった。
「…なるほどそうきたか。見かけによらずキモイことを考えるね」
「お褒めに預かり光栄です」
だからオブリはこの数日間で、俺が渡した十シリン札を偽造して五枚に増やしたらしい。そうすると年利二十パーセントで毎年十シリン彼の懐に入ることになる。
「十シリン分のお願いを聞くという条件をこう逆手に取ったか。一枚の一シリン札をこう使ったか。なるほど。では貸して貰おうか」
犯人の思考になれる彼ならば偽造されない紙幣を作ることが出来るかも知れない。
そう感心しながら、彼の給料を要望通り十シリン上げてやることにした。
「かしこまりました。ミロード」
俺のことをマイロードというほど上機嫌なオブリを見て、こちらも嬉しくなる。
なんていったって、この数日でこれほどの悪知恵が働く人材が、たかが十シリンを追加で払うだけでずっと傍で働いてくれるというのだ。
彼は十シリン給料が上がったと思っているのかも知れないが、彼の価値は実はそれよりももっと高い。
本来であれば三十代後半になった辺りでやっとなることが出来る、使用人の最上級職である管理職の執事を十代のうちに卒なくこなし、執事の技能以外にも金融的な知見も持ち合わせ悪知恵も働く。
そんな普通はありえないことを平然とやってのける人材が、たった十シリンの賃上げで気分よく働いてくれているのだ。これほど愉快な話はない。
そしてそんな優秀な執事の働きもあり、ギルドの入札日はすぐに決まることになった。
日付が決まり、様々なギルドが仕事を入札をするために見積書を提出してくる中で、自分は見積書の数字と睨めっこ、カレンスはこの街に立てる街灯の種類を決めていた。
街灯なんて機能さえ果たしていればなんでもいいと言ったが、彼女は街のイメージが街灯でガラリと変わると言って最後まで街灯選びを慎重におこなっていた。
それから廊下がなぜかバタバタと何時もより騒がしい。なにかあったのだろうか。
「どうかしたのかい」
廊下に声をかけると、オブリの小さな声が聞こえてくる。何かと思って扉を開けるとオブリが小汚い子供達に囲まれていた。
「お仕事中に申し訳ございません。ミロード、彼らを雇ったと言うのは本当ですか?」
子供が嫌いなのか、オブリの声は若干怒気を孕んでいる。
「うん。彼らと直接契約を結んでいる。さ、入っておくれ」
子供の一人は知った顔で、俺に石を投げて来た少年だ。
彼がちゃんと仲間を集めてやって来たらしい。
言った通りに動いたため謝礼金を出してやると、子供達は大はしゃぎしてすぐに邸から逃げようとしたので全員の前に立ちはだかって彼らを止めた。
「君達に仕事を頼みたいだけどいいかな」
そう言うと代表して石を投げて来た少年が俺を見上げるように顔を上げて返答した。
「なんだ?お金次第じゃあ考えてやってもいいぞ」
十歳にも満たないような子供がそう上威張ったような口ぶりで可愛く言った。
他国の子供であれば容赦なく奴隷送りにしていたところである。
こういう口の利き方を知らない領民の子供達が少しでも目上の人を敬うよう、教会には是非啓蒙活動に勤しんでいただきたいものである。
「いろんな職業のギルドを回ってどんな雰囲気だったか俺に教えてくれるかい。それと君達に優しい人がいたらその人の名前も教えてほしい。 雰囲気を教えてくれた人には一ペングを、更に優しい人を見つけた人には追加で一ペングをあげよう」
職場の雰囲気はその職場の将来的な生産性を教えてくれる。感情の機微を敏感に感じ取れる子供だからこそ、良い雰囲気悪い雰囲気を無意識のうちに察しやすい。
コレでもし、子供が泣かされて帰ってくるような職場なら、随分とその職場にストレスが蔓延している証拠になる。イライラしている人間が多い職場ならそれだけミスも増える。ミスの多い職場に仕事を任せることは出来ない。
こうしてギルド同士が内情に探りを入れるのと同時に、子供達が密にそのギルドの将来性について目を光らせることで表には出てこない内情を探ろうという考えである。
そして時はあっという間にすぎ落札日当日の朝、子供達はやって来た。
子供達から意見を聞く中で、どうやら蝋燭ギルドと大工ギルドが危険だということが分かった。
「他は大丈夫だったのかい?」
「他の大人達は俺達のこと知らんぷりしてたけど、悪い人達じゃないと思う。多分」
子供達のグループの一人がそう言った。
「邪険に扱われたのは二つのギルドだけか」
そしてそれから子供達に怪我をしている人がいると言う話を聞いた。
聞くところによると片足を戦争で失ったとかって人がいるらしい。それでその人が優しくしてくれたらしく、優しい人として選んだらしい。
「道に座っている人達だろう?」
そう聞くと子供達は頷いた。浮浪者がこの冬を越せるとは到底思えないため、そんな人間を雇用するのは金の無駄だと思ったが、一応その優しい人とやらに会ってみることにした。
『無駄だと思ったところに思わぬ金脈がある』現在も刑務所に服役中である俺の師の金言だ。
そう言うワケで子供達に連れられ邸を出て路地裏の方へと入っていくと、相変わらずジャンキーにフッカーと治安の悪さが目についた。そんないつ人さらいに在ってもおかしくない場所を子供達はずんずんと歩いていった。
「おいおい…どこまで行く気だ?」
そしてしばらく歩いていくと、ダークヘイヴンでも特に治安の悪い地区に子供達は入って行った。
木のバリケードとドクロマークで危険と書かれた張り紙を無視をして子供達についていくと古びた教会についた。
「ここかい?」
子供達は頷いた。教会の天井は無人の劣化による損傷が激しく、天井が吹き抜けになっていた。それになんだかなじみ深い香りもしてくる。
床の染みを見ると、茶色い板材に黒い血痕が付着している。それもそこら中に。血痕の種類や色で、日常的にココで誰かが血を流しているのが分かった。
「優しい人間は既に亡霊でした、みたいなオチかい…?悪いけどそう言うのは見えないんだ」
子供達はその教会の中を奥へと歩いていき、一番奥の長椅子に横たわっている男の元で止まった。
男は確かに右足が無かった。そして足を失ってからまだあまり時間が経っていないのか、赤黒く染まった包帯を足に巻いていた。
「どうも。おはようございます」
そう声をかけるとその男性は、おずおずと「…おう」と返した。どうやらちゃんと生きているらしい。戦場で戦っていた兵士というのは嘘ではないようで、服装も陸軍の物だった。
それがなぜこのような教会のベンチで寝泊りをしているのか疑問に思った。
「スーツで、シルクハット、それにステッキ、アナタは…貴族様のような恰好だな。…だが違うのは雰囲気だな…どこか野性味を感じるような…」
男はそうブツブツと呟きながら俺を観察した。
「俺はこのダークヘイヴンを任されているオリョール・ヲルターというものだよ。子供達が貴方に優しくして貰ったようなのでお礼をしに来たのさ」
そう言って一礼すると、男は無精ひげを触りながら顎をクイッと下げた。どうやら彼流の礼らしい。それから男は大きな欠伸をした。
「そうか。そいつは殊勝な心掛けだな。じゃあとりあえず酒をくれないか?あとそうだな、肉とパンもくれ」
「あぁいいとも。良ければ名前を教えてくれないかい?」
そう言うと、男は踏ん反りかえって鼻くそをほじりながら、
「嫌だね。アンタが貴族ってのはどう見ても怪しいからな。名前を使って悪さをされるのは敵わん」
と、返事をした。男は俺が貴族という事を信用していないようだった。かといってどう呼ぼうかと考えていると、ふと髭が目に入った。
「では青髭と呼ぶが、問題ないかい」
「勝手にしろ。自称貴族様よ」
中々に無礼なオッサンだと思いつつ、本当に子供に優しくしてくれたのかともう一度子供達に確認をとったが間違いないようだった。
「馬車はないのか?…ますます怪しいな。貴族がこんな場所に子供と一緒に一人で来るか?普通よぉ」
青髭は貸してやったステッキを使い、足を引きずるようにして歩きつつそう言った。
「まあまあ。俺が貴族のフリをしてまでアナタを騙す理由もないでしょう?」
邸に帰って食事を与えると、そこでようやく青髭は俺のことを信用したようで感謝の言葉を述べた。
「いやぁーうんめえな貴族様の食事ってのはよぉ。こんなうまいもんは久しぶりに食ったぞ。プハー、ただ飯最高!」
青髭が楽しそうに食事をしているのを見て、少し羨ましく思いながら本題に入らせて貰う事にした。
「さっ、そろそろ話してくれても良いだろう?君はどうしてあんな場所にいたんだい?」
ライトクラウン王国の陸軍というのは貴族に人気の職業で、庶民が簡単になれるものではない名誉ある職業だ。その服を着ていると言うことは彼もまたどこかの貴族の次男、三男という可能性が高い。
そんな男がなぜあのような浮浪者しかいないような地区で横になっていたのか気になった。
しかし青髭は食事をし終わっても、一息ついて癖なのか足の先を撫でるだけで何かを語ろうとはしなかった。
流石にコレはおかしいと思っていると、青髭は食事の後で眠くなったのか大きな欠伸をして、
「んな事よりよぉ、もっと慈善活動する気があるならよぉ、仕事を紹介してくれよ。寝泊り出来るともっといいんだがな~」
と図々しく仕事もねだってきた。この無遠慮さ、まさしく俺の嫌う貴族のものだ。いよいよ、この男の今の立場が分からなかった。
なぜ貴族があんな場所にいたのだろう。
そのことについて詳しく探りを入れようとしたが、自身の話となるとあからさまにしたがらないため、子供達とどのように接していたのかその話を聞くことにした。
「いいだろう。ただし少し子供達にどんな風に優しくしたのか聞かせてくれないか」
「はぁ?…何言ってんだテメェ。おれはガキども虐めて遊んでただけだ。特別優しくしたわけじゃねえ」
「じゃあどんなことをしていたのかだけでも教えてくれないかい」
そう言うと青髭は渋々と、子供達とどのように戯れたのかを教えてくれた。元々軍内で流行っていた遊びを子供に教えただけらしく、それで子供達と賭けをし、金を巻き上げていたらしい。
話を聞くに子供達は気づいていないのかも知れないが普通に悪い大人である。
「とりあえず子供達から巻き上げたお金を返してあげようよ」
すると青髭は笑って、
「嫌に決まってんだろ」
と言った。どうやら彼は状況が上手く呑み込めていないようだった。
フリントロック銃を取り出して青髭の眉間に銃口を当て、撃鉄を上げる。
「説得なんてしたことないからね。よーく考えてみるといい」
「ハッ、下手な脅しよ」
そう言うのと同時に、青髭の耳に向かって引き金を引いた。
バン!と破裂音が部屋に響いて壁に弾痕が残る。
すると青髭は冷や汗をかきながら懐からゆっくりと痩せた銭袋を取り出して、机の上に滑らせた。
「ほらよ‥‥おい、いい加減その危ないヤツを降ろしてくれ。怖いだろ」
青髭はそう言って口角を歪ませで笑みを作った。
「残念。袋を返すのが早すぎるよ」
久しぶりに銃口から出る煙の匂いを嗅ぎ、相変わらず臭いと思いながら銃口を降ろした。
子供達に袋に入った金を渡して出て行かせると、改めて男には仕事を紹介することにした。
「…話が脱線したね。仕事を紹介するには勤勉に働くことが条件だけど、大丈夫かい。青髭君」
「もちろん、勤勉に働くと約束しよう」
ニヤニヤと笑う男はまだ何かあるように見えたが、今回はこの男の言葉を一旦信じてみることにした。
そしてもしも俺を裏切るようなことがあれば、それはそれでまた笑い話になるだろう。
「そっか、それは良かった。俺も君のことを信用するよ。紹介状を書いてあげるからそこで働くといい」
店員にするかは実際のところとても迷ったが、普通に肉体労働をさせるのも厳しそうなので実験がてら紹介することにした。
「悪いなヲルター君。この青髭、君の善行を忘れはしないぞ~ハッハッハッハッ…」
邸を出る前にステッキの代わりになる木の棒と紹介状を渡すと、青髭は去って行った。結局彼の名前も、なぜあの場所に彼がいたのかも分からなかった。
「どうぞ」と声が聞こえて来たので入ると、机に座ってペンを走らせていたオブリがこちらの顔を見て飛び上がった。
「ヲ、ヲルター様。どうされましたか?」
「夕食前の忙しい時間に悪いね。今時間大丈夫かい?」
「お気遣い痛み入ります。ですがお気になさらずにお申し付けください。どうされました?」
現在の状況について簡単に話をすると、オブリは頷いて意見を聞かせてくれた。
「なるほど、でしたらギルドに頼んだ方がよろしいでしょう」
それならばと、ギルドに頼むデメリットについて話しもう一度話を聞くことにした。
「と言うがね、給与の支払いが不透明になるのが怖くないかい?横領とかが発生しても分かりづらいし」
「でしたら仕事の発注条件にそれを組み込むことが可能です。この時期ですから多少条件を飲んだとしてもどこのギルドも仕事を請け負いたいでしょう。それか、いっそのこと落札形式で最も条件の良いギルドを見つけるという手もございます」
「お仕事をオークションにかけるのかい?」
「はい。複数のギルドに見積書を提出してもらい、最も条件の合うところと契約を結べば双方にとって有益でしょう?」
仕事の落札というのを、ここまで言語したのはもしかすると彼が初めてかも知れないと思った。
確かにそうすれば、効率的かつ計画の透明性が高まる。これからインフラを整備する際に余計な揉め事や癒着の抑制に繋がるだろう。
俺の話を聞いてすぐに思いついたのだとしたら、やはり彼は比肩する人間がいない優秀な執事である。
「なるほど…よくそんな方法を思いつくね。凄いや」
「光栄でございます。もしよろしければそのお仕事を私にお任せいただけませんか?」
オブリにはオブリの仕事があるはず。それにもかかわらず手伝ってくれると言う事だろうか。
とても助かるし彼の気遣いを無下にもしたくないが、何の報酬も無しに働かせると言うのも気分が悪い。
特別な働きをしてくれると言うのであれば特別な報酬を出すべきだろう。
「分かった。じゃあちょっと待って」
そう言って紙に俺の顔と十シリンと表記して渡した。
「コレは?」
オブリは紙を受け取って、不思議そうに紙をヒラヒラと手でつまんで遊んでいる。
「俺と君との間にだけ成立する十シリン札だ。書斎にきて渡してくれれば貨幣の十シリンと交換するし、十シリン分の何かを俺に頼むことも出来る。もちろん物と交換でもいい。コレはそういう紙だ」
吸血鬼の国の一部地域で行われている兌換紙幣という仕組みである。彼らは空を飛ぶため、なるべく硬貨のような重い物を持ちたがらない種族で、近年では硬貨よりも紙幣による取引が活発になっている。
彼らに倣ってこの街で後に流通させようと思っている兌換紙幣の第一号を彼に渡してみた。彼ならばこの兌換紙幣で一発面白いネタをやってくれるだろう。
「よろしいのですか?」
「ああ。チップだと思って好きに使ってくれて構わないよ」
それから数日後、庭で作業をしているとオブリがやって来た。それからオブリはポリポリと頭を掻いて、五枚の俺の顔が書いた十シリン札を見せてきた。
「これをヲルター様に年利二十パーセントで一生貸したいのですが」
オブリはハニカミながらそう言った。中々に面白い発想だ。確かに俺が自分で顔を描いた程度の紙幣ならば、紙の材料を揃えるのも簡単だろうし、複製も可能だろう。
こういった悪知恵も彼は働くと言うことがよく分かった。
「…なるほどそうきたか。見かけによらずキモイことを考えるね」
「お褒めに預かり光栄です」
だからオブリはこの数日間で、俺が渡した十シリン札を偽造して五枚に増やしたらしい。そうすると年利二十パーセントで毎年十シリン彼の懐に入ることになる。
「十シリン分のお願いを聞くという条件をこう逆手に取ったか。一枚の一シリン札をこう使ったか。なるほど。では貸して貰おうか」
犯人の思考になれる彼ならば偽造されない紙幣を作ることが出来るかも知れない。
そう感心しながら、彼の給料を要望通り十シリン上げてやることにした。
「かしこまりました。ミロード」
俺のことをマイロードというほど上機嫌なオブリを見て、こちらも嬉しくなる。
なんていったって、この数日でこれほどの悪知恵が働く人材が、たかが十シリンを追加で払うだけでずっと傍で働いてくれるというのだ。
彼は十シリン給料が上がったと思っているのかも知れないが、彼の価値は実はそれよりももっと高い。
本来であれば三十代後半になった辺りでやっとなることが出来る、使用人の最上級職である管理職の執事を十代のうちに卒なくこなし、執事の技能以外にも金融的な知見も持ち合わせ悪知恵も働く。
そんな普通はありえないことを平然とやってのける人材が、たった十シリンの賃上げで気分よく働いてくれているのだ。これほど愉快な話はない。
そしてそんな優秀な執事の働きもあり、ギルドの入札日はすぐに決まることになった。
日付が決まり、様々なギルドが仕事を入札をするために見積書を提出してくる中で、自分は見積書の数字と睨めっこ、カレンスはこの街に立てる街灯の種類を決めていた。
街灯なんて機能さえ果たしていればなんでもいいと言ったが、彼女は街のイメージが街灯でガラリと変わると言って最後まで街灯選びを慎重におこなっていた。
それから廊下がなぜかバタバタと何時もより騒がしい。なにかあったのだろうか。
「どうかしたのかい」
廊下に声をかけると、オブリの小さな声が聞こえてくる。何かと思って扉を開けるとオブリが小汚い子供達に囲まれていた。
「お仕事中に申し訳ございません。ミロード、彼らを雇ったと言うのは本当ですか?」
子供が嫌いなのか、オブリの声は若干怒気を孕んでいる。
「うん。彼らと直接契約を結んでいる。さ、入っておくれ」
子供の一人は知った顔で、俺に石を投げて来た少年だ。
彼がちゃんと仲間を集めてやって来たらしい。
言った通りに動いたため謝礼金を出してやると、子供達は大はしゃぎしてすぐに邸から逃げようとしたので全員の前に立ちはだかって彼らを止めた。
「君達に仕事を頼みたいだけどいいかな」
そう言うと代表して石を投げて来た少年が俺を見上げるように顔を上げて返答した。
「なんだ?お金次第じゃあ考えてやってもいいぞ」
十歳にも満たないような子供がそう上威張ったような口ぶりで可愛く言った。
他国の子供であれば容赦なく奴隷送りにしていたところである。
こういう口の利き方を知らない領民の子供達が少しでも目上の人を敬うよう、教会には是非啓蒙活動に勤しんでいただきたいものである。
「いろんな職業のギルドを回ってどんな雰囲気だったか俺に教えてくれるかい。それと君達に優しい人がいたらその人の名前も教えてほしい。 雰囲気を教えてくれた人には一ペングを、更に優しい人を見つけた人には追加で一ペングをあげよう」
職場の雰囲気はその職場の将来的な生産性を教えてくれる。感情の機微を敏感に感じ取れる子供だからこそ、良い雰囲気悪い雰囲気を無意識のうちに察しやすい。
コレでもし、子供が泣かされて帰ってくるような職場なら、随分とその職場にストレスが蔓延している証拠になる。イライラしている人間が多い職場ならそれだけミスも増える。ミスの多い職場に仕事を任せることは出来ない。
こうしてギルド同士が内情に探りを入れるのと同時に、子供達が密にそのギルドの将来性について目を光らせることで表には出てこない内情を探ろうという考えである。
そして時はあっという間にすぎ落札日当日の朝、子供達はやって来た。
子供達から意見を聞く中で、どうやら蝋燭ギルドと大工ギルドが危険だということが分かった。
「他は大丈夫だったのかい?」
「他の大人達は俺達のこと知らんぷりしてたけど、悪い人達じゃないと思う。多分」
子供達のグループの一人がそう言った。
「邪険に扱われたのは二つのギルドだけか」
そしてそれから子供達に怪我をしている人がいると言う話を聞いた。
聞くところによると片足を戦争で失ったとかって人がいるらしい。それでその人が優しくしてくれたらしく、優しい人として選んだらしい。
「道に座っている人達だろう?」
そう聞くと子供達は頷いた。浮浪者がこの冬を越せるとは到底思えないため、そんな人間を雇用するのは金の無駄だと思ったが、一応その優しい人とやらに会ってみることにした。
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「おいおい…どこまで行く気だ?」
そしてしばらく歩いていくと、ダークヘイヴンでも特に治安の悪い地区に子供達は入って行った。
木のバリケードとドクロマークで危険と書かれた張り紙を無視をして子供達についていくと古びた教会についた。
「ここかい?」
子供達は頷いた。教会の天井は無人の劣化による損傷が激しく、天井が吹き抜けになっていた。それになんだかなじみ深い香りもしてくる。
床の染みを見ると、茶色い板材に黒い血痕が付着している。それもそこら中に。血痕の種類や色で、日常的にココで誰かが血を流しているのが分かった。
「優しい人間は既に亡霊でした、みたいなオチかい…?悪いけどそう言うのは見えないんだ」
子供達はその教会の中を奥へと歩いていき、一番奥の長椅子に横たわっている男の元で止まった。
男は確かに右足が無かった。そして足を失ってからまだあまり時間が経っていないのか、赤黒く染まった包帯を足に巻いていた。
「どうも。おはようございます」
そう声をかけるとその男性は、おずおずと「…おう」と返した。どうやらちゃんと生きているらしい。戦場で戦っていた兵士というのは嘘ではないようで、服装も陸軍の物だった。
それがなぜこのような教会のベンチで寝泊りをしているのか疑問に思った。
「スーツで、シルクハット、それにステッキ、アナタは…貴族様のような恰好だな。…だが違うのは雰囲気だな…どこか野性味を感じるような…」
男はそうブツブツと呟きながら俺を観察した。
「俺はこのダークヘイヴンを任されているオリョール・ヲルターというものだよ。子供達が貴方に優しくして貰ったようなのでお礼をしに来たのさ」
そう言って一礼すると、男は無精ひげを触りながら顎をクイッと下げた。どうやら彼流の礼らしい。それから男は大きな欠伸をした。
「そうか。そいつは殊勝な心掛けだな。じゃあとりあえず酒をくれないか?あとそうだな、肉とパンもくれ」
「あぁいいとも。良ければ名前を教えてくれないかい?」
そう言うと、男は踏ん反りかえって鼻くそをほじりながら、
「嫌だね。アンタが貴族ってのはどう見ても怪しいからな。名前を使って悪さをされるのは敵わん」
と、返事をした。男は俺が貴族という事を信用していないようだった。かといってどう呼ぼうかと考えていると、ふと髭が目に入った。
「では青髭と呼ぶが、問題ないかい」
「勝手にしろ。自称貴族様よ」
中々に無礼なオッサンだと思いつつ、本当に子供に優しくしてくれたのかともう一度子供達に確認をとったが間違いないようだった。
「馬車はないのか?…ますます怪しいな。貴族がこんな場所に子供と一緒に一人で来るか?普通よぉ」
青髭は貸してやったステッキを使い、足を引きずるようにして歩きつつそう言った。
「まあまあ。俺が貴族のフリをしてまでアナタを騙す理由もないでしょう?」
邸に帰って食事を与えると、そこでようやく青髭は俺のことを信用したようで感謝の言葉を述べた。
「いやぁーうんめえな貴族様の食事ってのはよぉ。こんなうまいもんは久しぶりに食ったぞ。プハー、ただ飯最高!」
青髭が楽しそうに食事をしているのを見て、少し羨ましく思いながら本題に入らせて貰う事にした。
「さっ、そろそろ話してくれても良いだろう?君はどうしてあんな場所にいたんだい?」
ライトクラウン王国の陸軍というのは貴族に人気の職業で、庶民が簡単になれるものではない名誉ある職業だ。その服を着ていると言うことは彼もまたどこかの貴族の次男、三男という可能性が高い。
そんな男がなぜあのような浮浪者しかいないような地区で横になっていたのか気になった。
しかし青髭は食事をし終わっても、一息ついて癖なのか足の先を撫でるだけで何かを語ろうとはしなかった。
流石にコレはおかしいと思っていると、青髭は食事の後で眠くなったのか大きな欠伸をして、
「んな事よりよぉ、もっと慈善活動する気があるならよぉ、仕事を紹介してくれよ。寝泊り出来るともっといいんだがな~」
と図々しく仕事もねだってきた。この無遠慮さ、まさしく俺の嫌う貴族のものだ。いよいよ、この男の今の立場が分からなかった。
なぜ貴族があんな場所にいたのだろう。
そのことについて詳しく探りを入れようとしたが、自身の話となるとあからさまにしたがらないため、子供達とどのように接していたのかその話を聞くことにした。
「いいだろう。ただし少し子供達にどんな風に優しくしたのか聞かせてくれないか」
「はぁ?…何言ってんだテメェ。おれはガキども虐めて遊んでただけだ。特別優しくしたわけじゃねえ」
「じゃあどんなことをしていたのかだけでも教えてくれないかい」
そう言うと青髭は渋々と、子供達とどのように戯れたのかを教えてくれた。元々軍内で流行っていた遊びを子供に教えただけらしく、それで子供達と賭けをし、金を巻き上げていたらしい。
話を聞くに子供達は気づいていないのかも知れないが普通に悪い大人である。
「とりあえず子供達から巻き上げたお金を返してあげようよ」
すると青髭は笑って、
「嫌に決まってんだろ」
と言った。どうやら彼は状況が上手く呑み込めていないようだった。
フリントロック銃を取り出して青髭の眉間に銃口を当て、撃鉄を上げる。
「説得なんてしたことないからね。よーく考えてみるといい」
「ハッ、下手な脅しよ」
そう言うのと同時に、青髭の耳に向かって引き金を引いた。
バン!と破裂音が部屋に響いて壁に弾痕が残る。
すると青髭は冷や汗をかきながら懐からゆっくりと痩せた銭袋を取り出して、机の上に滑らせた。
「ほらよ‥‥おい、いい加減その危ないヤツを降ろしてくれ。怖いだろ」
青髭はそう言って口角を歪ませで笑みを作った。
「残念。袋を返すのが早すぎるよ」
久しぶりに銃口から出る煙の匂いを嗅ぎ、相変わらず臭いと思いながら銃口を降ろした。
子供達に袋に入った金を渡して出て行かせると、改めて男には仕事を紹介することにした。
「…話が脱線したね。仕事を紹介するには勤勉に働くことが条件だけど、大丈夫かい。青髭君」
「もちろん、勤勉に働くと約束しよう」
ニヤニヤと笑う男はまだ何かあるように見えたが、今回はこの男の言葉を一旦信じてみることにした。
そしてもしも俺を裏切るようなことがあれば、それはそれでまた笑い話になるだろう。
「そっか、それは良かった。俺も君のことを信用するよ。紹介状を書いてあげるからそこで働くといい」
店員にするかは実際のところとても迷ったが、普通に肉体労働をさせるのも厳しそうなので実験がてら紹介することにした。
「悪いなヲルター君。この青髭、君の善行を忘れはしないぞ~ハッハッハッハッ…」
邸を出る前にステッキの代わりになる木の棒と紹介状を渡すと、青髭は去って行った。結局彼の名前も、なぜあの場所に彼がいたのかも分からなかった。
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言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
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