ダークヘイヴン

星島新吾

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1章:荒涼たる故郷

9.ガラス工房の中

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店の奥にある工房の中にお邪魔すると、工房の中は思ったよりも静かで粛々と作業員達が働いていた。もっと怒号、もとい活気溢れる声の掛け合いを聞けるかと思ったが、作業をしている職人たちは大声を上げるような見た目ではなかった。 


全員が服の上から看板と同じ色のエプロンを首からかけていて、スキンヘッドで特殊なゴーグルをつけている。窓は少なく、部屋全体が薄暗い。その代わりに二つの炉が稼働し、中は赤々と火が燃えているためその場所だけが明るくなっていた。 


そして見て回っていると時折ガシャンとガラスの割れる音がし、その度にその音の発生源の方を向くと職人が自分の作ったガラスの作品を叩きつけているのだった。 


「職人たちはガラスを叩きつけているようだけど、床に落ちたガラスが勿体なくないかい?」 


割れたガラスは地面に落ち、砕けたガラスの山がそこには出来ている。 
 

「ソレについては心配ございません。あのように上手く出来なかったガラスは所定の位置で砕き、集めた端材はまた炉で溶かして利用します」 


「なるほど…。でもそんなに割るほど出来が悪いようには見えないけどなぁ」 

そう言って、かがんで落ちたガラスの欠片を拾い上げた。質の良い綺麗なガラスだ。割るほど出来が悪いとは思えない。
 

「彼らの作品の底には自身の刻印をつけることを許可しているんです」 

 
「?―――…それが何か作品を壊すことと関係が?」 


「世に出る作品が彼らにとって全てという事です。売れる、売れないではなく彼らは満足がいくまで一つの作品の出来栄えにこだわります。まあ、それが原因で店頭に並ぶまでに随分と時間がかかってしまうのですが」 


「効率よく次から次へと作ることは出来ないのかい?」 


「始めは私もそのように思って早く提出するように言っていたのですが、出てくるのは陳腐なモノばかりで、そこには魂が宿らなかったのです。そういう作品は輝きが違いますから、当然お客様の購買意欲を刺激することもないわけです」 
 

店主の言葉を自分の言葉として咀嚼するなら、『提出期限を短くしたらクオリティの低下を招いてしまった』という事だろうか。 
 

「ノルマとかは決めてあるのかい?」 
 

「いえ、ウチはある程度余裕もありますから、良い作品が出来るまでのんびりと待たせていただいています」 


そんな会話をしている間にまた職人の一人が吹き棒の先にあるガラスの作品を“パリンィン”と大きな音を立ててハンマーで粉砕した。 


「ふうん。そうなんだ。俺ならすぐに品物を店頭に並ばせたくなってどうしても急かしたくなっちゃうなぁ」 


「ええ、それは私も同じ気持ちです。ですがそこは『良い物を作っているんだ!』と言う気持ちでグッと堪えている感じです。コレは工房の職人たちへのリスペクトの気持ちだと思っています」 
 

「リスペクトか。それを有言実行しているのかぁ…凄いねぇ」 


相手を尊敬して仕事の納期を伸ばすという考え方はしたことがなかった。もし納期を伸ばしても成果を出さないような人間であればこちらが大損するからだ。 
 

職人とは利害を超えた関係なのかも知れない。そうでないと理解ができない。 


「いえいえいえ、ハハハッ。滅相もない」 


そう笑う店主に、やはり何かカラクリがあるのではないかと思い、俺は巻尺を出してこの工房にあるモノを調べることにした。 
 

「ちょっと失礼」 

 
炉の大きさや形を頭の中でパーツに分解して図解し、使っている道具も見せて貰いその全てを自分の手帳に記録していく。この作業は何度やっても楽しい徒労だった。 


「ちょ、ちょっと何をなさっておられるのです…?」 

 
「いやぁ、なに。ちょっと記録をつけたくなったのさ。記録をつけて残すことが俺の娯楽でね」 

 
そうして一通り工房の中の物を手帳に書き写すと、ココにはもう用はなくなった。 
 

元々予定ではなかった工房の見学だ。 
 

遊びはそこそこにして本題に入るとしよう。 
 

「そう言えばこの工房、後何人か雇う事って出来ないのかい?」 


「見込みのある人ならいつでも大歓迎ですが…、特にどこかで似た作業をしていた方などいらしたら」 


実務経験アリなら欲しいらしい。 


「未経験から雇うってなると?」 


コチラ領主という立場としては、雇用機会の創出が目的なのだ。 


とどのつまり何の知識もない領民達にガラス細工のイロハを教え、雇用してくれるかどうかまでを聞いているのだ。そして出来れば沢山。 


「今でしたら少し厳しいかと…」 


店主はそう言って申し訳なさそうに首を横に振った。 


「そっか。まあそうだよね。そう言えば話は変わるけど炉の増設とかは検討してないのかい?」 

炉を増やす予定があるならば、炉を作る仕事を作ることが出来る。そして炉を作るためのレンガを作る仕事や、運搬する仕事も作ることが出来る。その機会が作れないか店主に聞いた。


「一個設備を増設するにもとてもお金がかかり、特に炉はとてもじゃないですがしばらくは難しく…」 


このダークヘイヴンの名産品を売る店で納税額から見てもかなりの売り上げを上げている店だから、新規雇用や新しい設備を考えても良い頃かと思ったけど、随分と腰が重いようだった。 


人材も経験がある人間ならば受け入れるが、未経験を育成する気がないと言うのがなんとも残念なところだった。 
 

ある程度どこかで実務経験を積ませる必要が出てくるが、そんな場所が都合よくあるわけもない。 
 

いっそのこと作ってしまおうかと、そんなことを考えていると、目の前の職人の一人がボソボソと何か店主と話を始めた。 


「あっ、今作品が完成したようです!」 


帰ろうとしていた矢先に店主はそういった。  


職人は満足そうに鼻の穴を膨らませ、細長い筒状の棒の先についたガラス細工をハサミのようなものでカットした。 


「どうです?会心の出来です。今日出会えた友好の印として是非後日邸に送らせていただきたい」 

 
確かに職人が置いたガラスのツボは美しい光を放っており、まさに職人の魂が表面の光沢となって表れているようであった。 

 
「ありがとう。ちょっと帰る前に一つ質問をしてもいいかな」 

 
「なんでしょう?」 

「領主の仕事のことなんだけどいいかな?」

「私にお応えできることでしたら」

「ありがとう。新しい政策として貧乏な方を対象に仕事を与えてお金を稼いで欲しいんだけどね。人の育成と収益の両方を兼ねるやり方を何か知っていたりするかなって。例えば今考えているのは布のシェードを作って販売するってやり方なんだけど」 


話をまとめることもなく現状をつらつらと述べてみると、ガラス細工の店主はうんうんと頷いて笑った。 

 
「ハハハッ、ええ。確かにそのお考えはよく分かります。ですがそれはいくら何でも欲張り過ぎというものです。貧乏人というのは魚の釣り方を教えるつもりで釣り竿を渡しても釣り竿を売るような連中のことですから。上手くそう言った人間を動かすには―――そうですねぇ、頭や技術を余り必要としない公共事業なんかから始めてはいかがです?」 


「公共事業?」 
 

「ええ。やはりそれが領主の最も強い権能でしょう。自らが雇用主となり、道路や下水路の整備をするのです」 

 
まさかそんなことも思いつかなかったのかと言いたげな店主の呆れ顔を見て、昨日領主になったのだから公共事業なんて思いつきもしなかったと、そんな言い訳を心の中でする。 

 
「なるほど…」 


道路や運河を作ってきたのは前任者たちだ。彼らも己が権力を振るいこの街を観光地として成り立たせるまでに盛り立てて来たと言うこと。頭が上がらない方達だ。 

 
「公共事業について一つ案があるのですが…聞いて頂けますか?」 

 
「なんだい?もったいぶらずに教えておくれよ」 

 
「公共事業で小さな学校を作ると言うのはいかがでしょうか。ガラス細工を学ぶ学校です。もちろん、定員はありますが。もしおたくで人を育てるまでの費用を請け負って下さるのでしたら、こちらもそのような人材であれば是非とも雇用したいと考えています」 

 
専門的に仕事でつかえる技術を学ぶ場所を作る案を店主は提案してきた。確かに人材を育成する環境を作れば個人の所得も上がり結果的に税収もアップするに違いない。しかしその案には問題がある。 

 
「なるほど…でも、結構それは時間がかかりそうだね」 

 
「そうでしょうね。一年以上は掛かるでしょう。それにお金もかかる」 

 
冬越しの金を必要としている貧民街の人間達に一年という時間は長すぎる。 


「もっとすぐに仕事を作ってやりたいな」 


そう思い、何かすぐに出来る仕事はないかを考えた。 


「領主様は海賊でいらっしゃいましたね?」 


「うん。そうだよ」 


「でしたら他の地域で便利だったものや、マネしたいと思ったモノなどございませんでしたか?」 

 
そう言われると確かに色々と不満がある。この街は色町以外に街灯が少ないし、水も不味いから紅茶にしないと飲めたものじゃない。 


そうか、こんな簡単な事だったんだ。不満が需要だ。俺が雇用主なら俺の不満を領民に叶えて貰えば良いんだ。 

「ある。あるよ。確かに沢山。街は古臭いし飲み水は不味い。それに観光地の癖に夜が色町以外に暗すぎる」 

店主にそう伝えると、店主はニコニコのままこう続けた。 

「まさにそれではありませんか。現状の不満=需要というワケです。貴方の需要を公共事業として領地で行えばよろしい」 

街を導くという漠然とした目標に、公共事業を続けて行くという目標が打ち立てられた瞬間のような気がした。 

「ああなるほど!その手があったか。道が見えた気がするよ」 

「街灯だけに?」 

ガラスの店主が何かよく分からないことを言っている。 

「もうこの店に来なく立って良いんだよ?」 

「なに、軽い冗談です」 

何が良くて何が悪いかはそもそも他の町を知らないと分からない。この街の良いところも悪いところも先入観を持たずに見れるのは海から来た俺だけに出来る仕事だ。 

やっとこの街での俺の存在意義が分かった気がした。 

「どうぞ学校の件もよろしくお願いします。それにもし、また私めに御用があればすぐに駆け付けますので」 

ガラス細工の店主と話すことが思いもよらない有意義な時間となった。これを持ち帰ってもう一度カレンスと相談してみることにしよう。 
 
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