ダークヘイヴン

ミリカン

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1章:荒涼たる故郷

6.ランプシェードの専門店

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ゴンドラの感想を話しながらランプシェード専門店『ボナンザ』に入ると、そこは音の波から一変して落ち着いた別世界のような空間だった。

壁一面にランプが並び、その上に目当てのランプシェードがかぶさっている。

ランプシェードの特徴は布の材質や模様にあり、組み合わせによりランプの色を変質させ幻想的な空間を演出することが出来る。

それらそれぞれが美しい光を放ち、店内の幻想的に変えていることが目で見て分かった。

店の奥のカウンターには年老いた婆さんが座っており、彼女の手には制作中のランプシェードが丁寧に作られている最中であった。

婆さんは作業にのめり込み客の来店には気が付いていないようだったので、声を掛けられることもなく店内のランプシェードを見て回った。

後ろから店の中について来たオーキッドは、物珍しそうにランプシェードを見ては何かをメモに残しているようだった。

「昔からある店じゃないのかい?」

「こんな高級店に庶民は入らないっすよ」

「そうなんだ」

そう言って、その割には店内には婆さんが一人と警備体制が杜撰だと思っているとオーキッドが近くによってきた。

「あんまりお婆さんの方見ない方がいいっすよ」

「どうして?」

「アレ、防犯用の魔法動物っスから。モノを盗もうとしたり怪しい動きをしたりすると襲ってくるっす」

なんだ、その化物は。陸はそんなことになっているのか。

「怖いなぁ~」

「そっすか」

あのお婆さんの正体が魔法動物?どこからどう見てもただのお婆さんだ。

しかし、この街の情報ツウが言うなら間違いないだろう。人の親切は直に受け取るが吉である。

「防犯意識はバッチリというワケだね。となると店主はいずこに?」

「お店の中のどこかにいるっす。でも噂ではホビットらしいんで、見つけるのが大変かも知れないっすね」

そう言いつつ、オーキッドは周囲を見渡すとコチラの肩を叩いて店員の位置を知らせてくれた。

「あっ、いたっす」

眠りこけている少女を指さしてオーキッドが言った。手首ほどの大きさしかないホビットの女性の近くに寄ると、彼女の鼻提灯が割れ、人形のような小さな瞳がゆっくりと開いた。

「うわっ!」

ホビットの女性は声をあげて自分の乗っている商品棚の上で後ずさりした。

「おぉっとと…驚かしてしまってすいません。店員さん?」

目線を合わせるように腰を屈めると、実入りが良いのか随分とオシャレな服をきている。

「私はこう見えてオーナーさんなのですがぁ、やはり分不相応だと思われるのでしょうかぁ…シクシク」

手を瞳の近くに持って来て、子供がするような泣きの仕草をやって見せるホビットの少女。ホビットという種族は総じて被害者意識が強い種族なので、コレが標準である。

「【小人語】泣き真似は良いから、質の良いランプシェードをいくつか見繕ってくれないか」

「【小人語】あらお客さん小人語が話せるの?それに我々についてもよく分かってるみたい。大変よろしいことだワ。ちょっとお待ちになってっ」

店長は商品棚から飛び降りると、ステテテーっと店を回って商品を集め始めた。それを見ていたオーキッドが不思議そうに聞いてくる。

「今のホビットの言葉っスか?」

「おっ、よく分かったね」

「何となく雰囲気で分かるじゃないっすか。どこの言語かぐらい」

確かに各種族の言語には特徴がある。オーキッドは以前にも小人語をどこかで聞いたことがあるのかもしれないな。

「ところであのオーナーさん、なんて言ってたんすか?」

「ランプシェードをいくつか持ってきてあげるってさ。ココで待っていればすぐに来てくれるよ。彼らは足が速いからね」

そう言って待っていると、すぐにオーナーは両腕にランプシェードを抱えてやってきた。

ホビットにしてみれば大きな店だろうに、汗一つかかずに店の奥から走って持ってこれるところを見ると彼らの運動神経はやはり目を見張るモノがある。

「お待たせしましたぁ~」

机の上に並べられたランプシェードには、一般的な布製の物や珍しいガラス製のものまで揃っている。

ガラス製は本場ホビットの国から船を使って運ぶため、大変希少な品である。値段も凄い値がつけられることが殆どである。

「オーナーさん、このキラキラのランプシェードいくらっスか」

オーキッドがそうガラス製のランプシェードを指さして聞くと、「二百シリン200万円ですぅ」とオーナーは答えた。

オーキッドは目をパチパチとさせた後、触れようとしていた手を引っ込めて顔を近づけてその繊細さに心を奪われたように見入っている。

「ほぇ~コレが二百シリン200万円っすか。コレとアタシの給料の一年と半年分が一緒…!」

「そ、そうなんだ…オーキッドの勤め先ってなんて名前だっけ?」

かなり貰っていることに驚いたので一応聞いてみた。

「新聞ギルドのジェラルドっす。それがどうかしたんすか?」

リーダーは情報を握ることがまず一番重要だ。そのためにもどこか一つの新聞ギルドとは仲良くしておきたいところだ。いまオーキッドがココにいるなら一度断られるかも知れないが頼んでみるか?

「何かを民衆に伝えたい時にジェラルドに頼みたいと思ってさ」

「そーすか。じゃあそれとなく主筆さんに伝えとくっス」

聞いたことない役職だが、たぶん偉い人なのだろう。

「うん。頼むよ。君は俺の一番始めの盟友だからね」

「何スか?盟友って」

「このダークヘイヴンをもっと大きくしていくために必要な仲間のことさ」

「そうなんすか。よく分かんないけど、なんかカッコいいのは伝わるっす…!」

そう言ってオーキッドはメモに、盟友とその意味を書き記した。明日の記事には盟友という言葉が使われているかも知れないと思うと、少し明日の新聞が楽しみになった。

「勝手に決めちゃったけど、大丈夫だった?」

「良いっすよ!友達ってことっすよね!」

「ん…?…んー中らずと雖も遠からず」

盟友は支持してもらうためにお金を払うが、友達にお金は払わない。言われると違う気がしたが、会話の流れを断ち切るのもどうかと思い彼女に会わせて頷いた。そしてそれからなぜか友達という単語に恥ずかしくなってきて、会話を聞いていたオーナーに会話を振った。

「オーナー、今並べて貰ったランプシェードを実際にランプにつけて見てくれないかい」

「かしこまりましたぁ」

舌足らずな声でオーナーはそう言って頭を下げると、一つずつランプに取り付けて見せてくれた。

予想していた通り、布のシェードは暖かい光を作りだす。カレンスの案ではこの布のシェードを街の人間に作って貰い、売ることで冬越しの金にしようという案だった。

その案が実際に可能なのか、オーナーに聞いてみる事にした。


「布のランプシェードを街の人間が生産でしゅかぁ?」

ランプシェード専門店のオーナーはそう言って腕を組んだ。

「街の人間で作った物を国内で売れば、食べるのに困っている人達にも新しい職が出来ると思ったんだけど…どうだろう?」

「領主様の頼みでもそれはぁーうーんー」

オーナーは困ったように唸る。何か障害があるのならば聞きたいと思い、彼女の母国語で聞くことにした。

「【小人語】何か問題があるのかい?」

「【小人語】街の人間にランプシェードの作り方を私が教えるという事でしょう?私になんのメリットがあるのかしら?」

「【小人語】確かに」

ごもっともである。

彼女がもし善意でランプシェードの作り方を教えれば店の収益が下がるどころではない。彼女はランプシェードが作れるからこの人間の国で尊敬され、この立場に居られるのだ。

もし誰もがランプシェードを作れるようになればホビットの彼女の社会的立場は死ぬだろう。

遠回しに彼女に死ねと言ったようなものである。

言ってみて気づいた。いやぁ、コレは酷いことを言ってしまった。

「どうしても私にランプシェードの作り方を教えて欲しいなら、一つ私から提案があるのですがぁ…どうされますぅ?」

オーナーは人の言葉に戻してそう言った。

「ヲルターさん!今の二人の会話、何かカッコいいんで新聞に書いても良いっスか」

オーキッドはそう言って、許可も取らずに既にペンをメモ帳に走らせてインクの入った小瓶にペンを刺していた。仕事道具とはいえ紙もインクもまだまだ高級品だろうによく使うものだ。

「お姉さんも小人語分かるのですかぁ…?」

「え?全然?なんで?」

オーキッドはあっけらかんと答えた。そしてそれを聞いてオーナーはニコリと笑って頷く。

「いえいえ他意はないのですぅ。そうですかぁ。今の会話でしたら私は別に問題ありませんよぉ。領主様はどうでしょうか?」

「まあ別に悪い話をしているワケではないからね。…で?提案と言うのは?」

「領主様が所持されている海運ルートの一つに、私の商品を運んで欲しいんですぅ」

彼女の言葉に少し眉間にシワが寄る。

なぜ彼女は人間の国では公表していない海運ルートについて知っているのだろうか。

「何の話だい」

彼女が欲しているのは、海賊時代に奴隷売買を主な目的として使っていた航海ルートの事だろう。適当にはぐらかして探りを入れてみる。

「ホビットの国であれだけ騒ぎを起こしておいてはぐらかせるとでもぉ?海賊オリョール」

「ヲルターさん!騒ぎってなにしたんッスか!」

目を輝かせてそう聞いてくるオーキッドには申し訳ないが、オーナーの言う騒ぎ(・・)と言うのが一体どれの事を言っているのか分からなかった。

「【小人語】販売経路に使いたいという事なら交渉人に話をしに行けばいいだろう」

記事にされたくないため小人語に変えてそう言うと、彼女は頭に手を当てて照れるように、

「【小人語】いやぁ~取り合って貰えなかったのよ。売れるかどうか分からないからって。信用なかったのだワ」と言った。

確かに海賊(うち)の交渉人ならそう言うだろう。

ランプに布やガラスを被せるなんて発想がそもそも中流階級や上流階級の考え方で、我々海賊からしてみればランプは光っていることが仕事なのだから色や模様などどうでもいい。

「分かった。商品を運べばいいんだな。掛け合ってみよう」

「【小人語】後…できればいいのだけど、お金貸してくれなぁい?」

コレはまた別の話だと思った。基本的になんの関係もない人間にお金を貸すことは基本しないのだが、お願いをした手前無下にもしにくい。

「【小人語】いくらだ?」

「【小人語】お店を大きくしたくって千シリン1億円…」

それはコチラとしても歓迎できる話だ。店が大きくなれば必然的に人を雇う事に繋がる。この街で人が働ける場所は多いに越したことはない。

「【小人語】その話はあなたがしっかりと街の人間に布シェードの作り方を教えられたら考えてもいい」

「【小人語】えっ!?本当に?」

「【小人語】本当だ」

こうして笑顔で握手を交わして俺は契約書を作成した。
それからオーナーは満面の笑みでその契約書に殆ど目も通すことなくサインをした。

「歴史的瞬間っす!」

オーキッドはそう言って肩にかけた四角い魔法道具の箱でバシャッと熱と光を出した。

「前から気になっていたんだけど、何なんだいそれ」

「コレっすか?カメラっす!」

「へぇ~カメラって言うのか」

他種族の国じゃ魔道具の躍進の波が来ているし、人間の文明にも日常的に魔道具が使われるようになる時代がもしかしたら来るかも知れないなぁ、などと思いながら魔法で作った契約書の複製をオーナーに渡した。

「次いでに幾つか商品を買ってもいいかな」

「はいぃ。どれに致しますか?」

「どうせだから布のシェードとガラスのシェードを」

「まあそれは素晴らしい買い物ですぅ。二百二シリン202万円になりますぅ」

懐から百ずつに分けたシリン硬貨の入った袋を二つ取り出して渡す。

「ニシリンまけてくれ」

「しょうがありませんねぇ…とっても大サービスですぅ!」

こうしてガラスのシェードと、実質タダで布のシェードを購入すると、割れないようにと専用の木箱に入れて貰い渡された。

これがこの領地の将来を握る鍵だと思うと、始めてモノを大切に思う気持ちが芽生えたような気になり、慎重にゴンドラまで運んだ。
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