ダークヘイヴン

星島新吾

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1章:荒涼たる故郷

1.鷲の夢

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良いリーダーとはどういう人だろうと俺は常に考えてきた。悪いリーダーなら分かる。無能な独裁者や、既得権益にしがみつく貴族だろう。

ではそんな奴らから地位を簒奪することが良いリーダーと言えるだろうか。それもさして前者と変わらぬ愚昧のような気がする。

視点を変えて経済的に社会全体を裕福に出来たリーダーは優秀だと言えるだろうか。これに俺はイエスと答える。

金を稼がせてくれるリーダーが良いリーダーだとはそう思う。


「オリョール船長、本なんか読んでないで喧嘩の仲裁に入ってくださいよ!」

大きな声でがなる船員の言葉に本の世界から現実へと引き戻された。

今日は船員たちが待ち望んだ寄港日。俺も欠伸を堪え、椅子から腰をゆっくりと起こして三角帽子を被った。本を閉じて船長室から出ると腰にぶら下げたフリントロック銃を取り出す。

甲板へと上がり、喧嘩をしていると言う男達に聞こえるようにドォンと頭上に発砲した。

「持ち場に戻ろうよ」

一言声をかけると真面目で働き者の船員は静かになり仕事へと戻って行った。

船員たちがはけると甲板からは海の向こう側に陸が見えていた。そしてその更に向こうには懐かしき山々が枯れ葉を積もらせ、我々の帰還を歓待していた。

清掃は船員たちに任せ、船首で酒を煽っていたら、後ろから声が聞こえた。

「しんみりしているようだな、キャプテン。古巣にノスタルジーでも感じていたのか」

「…サーティン―――そうかもね」

声をかけて来たのは全幅の信頼を持つ副船長サーティンだった。彼は俺の足りない頭を補いつつ、臨機応変に状況に対応できる優秀なナンバー2であり、この海賊団の中でも古株の男だった。

「それにしても海賊から貴族になるとはな」

サーティンはそう呟いた。

「俺が貴族だなんて何かの冗談かって思うだろう?」

俺もまだ実感が湧いてこなかった。それもそのはずだ。昨日女王から直々に手紙が届いたのだから。

「いいや、刑務所にいた頃からアンタは何か違うとは思ってたさ。もしかしたら生まれつき貴族になるべき星の元だったのかも知れんぞ」

「サーティンは相変わらず生まれつきだとか、血筋だとかの話が好きだねぇ」

「俺も生まれが良ければと何度思ったことか。…だが、今はアンタが俺の光だ。俺達も大きな功績を上げれば貴族になれるかも知れない。そんな希望の象徴だ」

サーティンはそう大袈裟に俺を褒め称えた。

「貴族達に追放されてガッカリさせないと良いけどね。フッフッフッ…」

「おいおい、作るんだろう?自分の巣を」

帰る場所を持たなかった俺の最後の航海が終わりを告げるラッパの音が港の方から聞こえてくる。

「まあね」

船が港へ到着すると、ファンファーレと共に女王がいらっしゃるという名誉に預かった。

船員たちは、捕まることを恐れてか、兵士たちに怯えながら船を降りて並び、最後に船長である自分が降りて海賊の象徴たる三角帽子を取って女王に一礼した。

「今お戻りしました。ヘル女王陛下」

「無事の帰還喜ばしく思う。オリョール。面をあげよ」

ヘル女王に言わるがまま顔をあげる。

そこには女王となった彼女の姿が映った。

互いに大切な人を亡くし、その墓標の上に今がある。かつての王女の面影を少し覗かせる彼女はこれからこの国をより大きくしていくことだろう。それを近くで見られることがたまらなく嬉しかった。

そんな感慨深い気持ちになっている俺のことなどお構いなしに式は足早に進んだ。形式に沿った賛辞を受け取り、彼女から騎士の称号の証として勲章のバッチが授与される。彼女に会わせて中腰になり、そしてその最も距離が近くなったタイミングで、

「チビ助、三日も余を待たせるとは何事だ。遅れるなら手紙を出せ」

と小声で文句を言われた。授与式に遅れたことを少し怒っているようだった。

「待たせてゴメンね。でも仕方なかったんだよ。封を開けたのが船の上だったからさ」

そう言うと彼女は許してくれた。

昔から謝れば何でも許してくれる、そんな優しい子だ。

そんなやり取りがあった後にも粛々と儀式は続き、騎士の称号とこの港町ダークヘイヴンを授与することを告げると馬車に乗ってすぐに帰って行ってしまった。

もっと一緒に居たかったが仕方がない。彼女のスケジュールは分刻みだと言うのに三日遅刻したコチラが悪い。

それから船員たちが荷運びをしているのを監視中に、記者の女性が紙とペンを持って近寄ってきて恐る恐る質問をしてきた。

「初となる海賊から、貴族として認められる栄誉を授けられることになりましたが、感想はありますか?」

元々犯罪者なのに女王様と旧知の中ってだけで国の私掠船のクルーにされて、挙句に海賊行為を続けていたら知らないうちに貴族にされちゃって大変ですよ。なんて馬鹿正直に言ったら彼女はきっと困惑するだろうな。

「うーん、それは…まだ実感が湧かないですね。でも、これから新たな人生が始まると思うと、わくわくしています」

そう答えると、記者の女性は喜んで帰って行った。そしてまた別の記者がやってきて今度は若い女の子が不思議な機械を首から下げてやってきて質問をしてきた。

「気分どんな感じですかー?」

別にどんな感じもないですと言ったら少女の期待を裏切りそうで嫌だったため、とりあえず嘘をつくことにした。

「最高ですね。女王様には感謝してもしきれません。ヘル女王万歳。これからも彼女のため、そしてこの町のために頑張ります」

とんだ皮肉があったものである。

「そーですか。良かったです。なんか目標とかってあるんすか?」

友との誓いを守りこの街をより良い明日へ導くこと、それと友達を殺した貴族連中とこの街にいる裏切者を殺すこと、とは口が裂けても言えない。

「海関係の仕事だったので、やはりそう言った人にもっと寄り添った港町にしたいですね」

「ココダークヘイヴンは別名犯罪者のたまり場と言われていますが、それに対しては何か対策をされますかー?」

穏便に対応していきたいですね。

「はい。見つけ次第射殺しようと思います」

しまった、考えと言葉が逆になってしまった。

「なるほどぉ。随分と過激な発言をされましたが、何か過去に因縁があるのでしょうか」

少し長旅で疲れているのかも知れないと思い、その問にはデコピンで返事をした。

「女王様とは以前からもお知り合いなのでしょうか」

カンの良いガキだと思いながら、もう一発デコピンをした。

「アイタタタタ…なるほどー。あっ、最後に一枚写真いっすか」

写真とは何か分からなかったが頷くと、記者の女の子は、首から下げた機械の照準を俺に合わせると機械の右に備え付いたレバーを引いた。

その瞬間四角い箱から熱と光が溢れ、攻撃されたように感じたがすぐに熱と光は収まった。彼女の箱は何かの魔法道具のようだった。

そうして彼女はペコっと頭を下げると去って行くのかと思われたが、すぐに引き返してきた。

「これからまたお邸に取材に行っても大丈夫っすかー?」

「キミ名前は?」

「オーキッドっす!」

記者の子オーキッドは早速手に入れたネタを記事にするのか軽快に走り去っていった。

その後ろ姿が消えると、船員たちが集まるであろう酒場に向かった。彼らと飲む最後の酒だ。

同じ金を稼ぐという目的で船に乗っていたとはいえ、互いに命を預け他国と戦い略奪の限りを尽くしてきた戦友達だ。彼らはそんな事ないだろうが、船長として少しの情が湧いてしまうのも無理からぬことだった。

それにしても、長い航海だった。多くの仲間と共に戦い、笑い、時には泣きながら共に過ごした日々が頭をよぎる。それらの記憶は、時が経つにつれてかけがえのない宝物となっていた。

酒場に入ると船員たちが陽気に歓迎してくれ、酒が振る舞われ、乾杯の音が響いた。俺も微笑み、彼らとの最後の乾杯を楽しんだ。

「みんな、ありがとう。これからは別の道を歩むけれど、俺たちはずっと戦友だ。それぞれの道が重なり合う時、また共に仕事をしよう!」

そう言うと、みんなは「似合わないねえ」「キザだ」「カッコつけだ」「気持ち悪いです!」とゲラゲラと笑い、大きな拍手が起こった。

その後、笑い声や歌声が酒場に響き渡る。

海賊として最後の夜だ。

だからこそ、最後まで楽しみ、一緒に過ごした日々を思い出しながら、新たな道への一歩を踏み出す勇気をこの酒場で得た。

次の日の明朝、町へと向かう道すがら、酒場から酒瓶を片手に手を振る船員たちの姿がエールとなって背中を押した。

壮大な海の話、過酷な戦いの日々、そして何よりも共に過ごした時間。それらはすべて、これからの旅路を歩む力になる。

新たな貴族としての生活が待っている。その中には苦難もあるだろうが、それを乗り越えていく力は、海賊として過ごした日々から学んだ。

酒場から手を振る仲間達に帽子を取って一礼し、気を引き締めるように三角帽子を被り直す。

酔いは覚めた。眼前には時代に取り残され色町として存続する荒涼としたダークヘイヴンが目に入る。

(今日からココが俺の船…。精々頑張って領民達を導いてやるとしよう)

オリョール船長の物語は、ここからが本当の始まりだ。


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