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1章 底辺冒険者の俺をプロデュースする理由は何ですか?

ep17.決意の頂

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「そんな人を放っておいたらお兄ちゃんに怒られちゃうよ」

そう話し終わったパルモは苦笑した。

彼女の話を聞き、俺は脳の整理が追い付かずしばらくの間ボーっとしていたが、彼女の話を二周ほど頭の中でループさせて、ようやくその彼女が気になっていたという無能の正体が分かった。

話の中に出てきた無能、そいつは俺じゃない。俺に関係のある話かと思ったら全然違う人の話だ。

「…お兄ちゃん?」

「遠征先で死んだ無能は私の兄。名前はドルーソ・マジスター。たった一人の私の残念なお兄ちゃんです」

彼女はそう言ってまた口に酒を含んだ。

なるほど…彼女の口が重いわけだった。

まさか俺と同部屋だったドルーソの妹とは…、と言うか無能無能言い過ぎだろ。どれだけ俺達のこと馬鹿にしているんだ、この小娘―――いや大人か。

「あの時、あの場所で兄の代わりに騎士団長を殴って下さってありがとうございました。スカッとしました」

いつもとは違う真面目な雰囲気で彼女は俺にお礼を言った。

確かに、そういう真面目な話をするときの雰囲気はドルーソに近いものを感じる。

「アイツが見たら怒りそうな光景だけどな。アイツは真面目で毎日頑張って騎士であろうとしたのに、俺は殴って騎士を止めた」

平民にも騎士なる資格を与えるという女帝の気まぐれで作られた平民特別枠、その貧乏くじを引いてアイツは、本気で騎士として成り上がろうとしていた。

「…そうだね。でも天国できっとよくやったって。それでも言っていると思うの」

パルモはそう言ったが、俺はそうは思えなかった。

アイツなら「どれだけ相手に非があったとしても、暴力を振った時点でコチラが悪い」と、そういう甘いことを言う気がしたのだ。

(アイツは…もっと平和な時代に生まれるべきだった。それで軍人じゃなくて、本でも読んでゴロゴロしてれば良かったんだ)

俺はそんな気持ちを胸に抱えていたが、「そうだな…」と、彼女に返した。

「それで…お兄ちゃんとどこか似ている彼方には幸せになって貰いたいなって思ったの。私にはきっとそれを叶えるだけの力があると思うから」

そういう話の流れになるのか、と思った。

なるほど、確かにアイツと俺は底辺を争う同じ穴のムジナと言っても過言じゃなかった。俺にアイツの影を重ねるのも分からない話じゃない。

だけど、君の兄貴が死んだことと俺がS級冒険者になること。一体なんの繋がりがあるんだ?

「ズルいな…パルモ。お前そんな理由で俺をS級冒険者なんてモノにしようとしていたのか?」

(君って一応、寮生活で頑張って勉強して官僚にまでなったんだよな…自分のキャリアを捨てることが怖くないのか?)

それに「S級冒険者限定」なんだ?フワッと幸せになって欲しいって要望なら、別のもっと楽な仕事でもいいだろう。

「私のコネがあるのなんて、政府と冒険者ギルドぐらいだからね。本当は政府の仕事を手伝って貰いたかったんだけど…その、やっぱり適材適所って言葉があるから…」

パルモは流暢に話していたにも関わらず途中から途端に歯切れが悪くなった。

さっきから無能無能って見下しているんだ。今更何を躊躇うことがある?

つまりは…つまり貴様は…!

(無能には政府の仕事を任せられないということだろうがー!)

顔には出さなかったが心の炎を爆発させ、心の中で叫んだ。

そして心の中で叫び終わると少し冷静になれた。

(なるほど。馬鹿な俺を納得させるには十分な理由だ。確かに俺がお役所仕事なんてしたら国が滅んでしまう)

彼女の配慮に胸が苦しくなった。

(パルモなり無能な人間をどう動かすか考えた上での決断だったようだ………ん?ちょっと待てよ?)

彼女の話が本当なら、現在の彼女の仕事は重大不正捜査局の局員、つまり冒険者プロデューサーなどという役職ではないということだ。

「冒険者プロデューサーなんて適当な肩書き名乗りやがって。とんだ大ウソつきだな、全く…パルモも俺の嫌いな役人だったってことか」

その言葉にパルモは儚げにはにかんだ。

冒険者ギルドの人間なのかと思っていたから違うってことじゃないか。

「…うん。冒険者プロデューサーって肩書きが一番気に入っているんだけどね。本当はオリエンドルフのギルドと帝都ミクトランの貴族院を監査する人なの」

俺はパルモの告白でようやくオリエンドルフのギルドで起こった奇妙な一件に納得がいっていた。

(ギルド嬢があんなに手のひら返しに依頼を見せてくれたのが、変だと思っていたんだよな)

つまりギルド嬢は、冒険者プロデューサーなどと名乗るいつも監査にくる役人が、新人冒険者を一人連れてきたので、話を合わせるしかなかったのだ。

(堅気のやり方じゃないな…)

おそらく何度もオリエンドルフのギルドには監査で顔を出していたため、名前を出すだけで多少の融通を聞かせ、本来のルールを捻じ曲げることが出来たのだろう。

しかしえらいことだな…重大不正捜査局なんて法務大臣直下のスーパーエリートだ。

「そんなエリートがあんなに沢山人を殺しちまったんだよな…」

そう言ってさり気なく鎌をかけてみる。

「殺してないって。魔物の仕業だよ?」

そう言って彼女は笑った。

俺は兵士たちの返り血を浴びて、兵士の頭に足を置いていた彼女の言葉を信用できなかった。

今では彼女の殺人に十分な動機がある。

実の兄を殺されているのだ。

その復讐と考えれば、彼女の行動は理解できる。

「ソレに…誰かが証明しないと人は罪には問われないからね」

彼女はポツリとそう言った。

彼女のその言葉はあまりに重かった。

とても冗談で返していいような話題ではないように感じた。俺は言葉を選ぶ必要がった。

「これからどうするんだ?」

復讐を終えたというのなら、せめて今後の生き方を教えてほしかった。

「え?」

「パルモは俺に幸せになって欲しいって言ったな。確かに無能の俺には体を張って金を稼ぐ以外に幸せになる道はないのかも知れない。だけど、ソレは俺の幸せだろ。パルモの幸せはどうするんだ?」

「クルさんの幸せが私の幸せだよ」

(ハッ…ハゥワッ!)

パルモの言葉に俺の恋心はまんまと撃ち抜かれ、大きな傷を受ける。

真面目に話す気がないのは分かった。

しかし、そんな告白まがいのセリフを言われてしまっては動揺せざるを得なかった。

「そんなわけ…あるか…!幸せになれ…!俺なんか…捨てて!」

「クルさん…!?」

大げさに胸を抑え、苦しそうな顔をしつつ彼女に訴える。

俺は彼女の言葉にあろうことか、おとぼけで返したのだ。

なんというチキン。なんというクソ野郎。

パルモさん、もしも真面目に勇気を出していったのなら俺も殺してください。

でも君の幸せは順調に出世街道を走って、高学歴高収入の広背筋の広いムキムキマッチョマンの有能男と楽しく暮らすことだろう。

たとえそのような出会いがなかったとしても、四カ月で騎士団を辞めさせられた低収入ナナフシモドキの汚物と一緒にいるべき人間じゃあない。

俺はもう一生分の愛を彼女から与えられた。一生忘れないだろう。

(もう十分だ。どっかいけ!どっか行って幸せになって下さい!お願いします!俺は君と過ごした四日間とこの恋心を抱いて墓に入るから!)

『この茶番はいつまで続くんだ?』

(もう少しやらせてくれ。彼女が臭いセリフを吐くから、コチラも同じように応戦中なんだ)

『なるべく早く済ませろ』

(……)

(コンの奴、俺が気持ちよく自分に酔っている時に冷や水をかけるようなことを言いやがって…!)と、心の中でコンを睨みつける。

胸を抑えて苦しむフリをする俺に、パルモは追いつけなくなったのか、大丈夫かコイツと言うような顔で、とりあえず心配するフリをしている。

「俺の幸せがパルモの幸せだって言うのなら…俺、絶対に幸せになるからさ。隣で見ていてくれよ」

歯の浮くようなセリフには歯の浮くようなセリフを。どっちが恥ずかしくなって辞めるかの勝負だった。

「うん、お兄ちゃんの分まで私が幸せにするから…安心して」

イケメン過ぎるパルモの言葉に、俺の乙女心がついに爆発する。

(抱けっ!!抱けっ!抱けっー!)

いや、むしろ今ここで彼女を抱きしめるか?

無理だ。なぜなら俺はまだ彼女と出会って四日目の男。

普通になんとも思われていない可能性も拭いされない初心な男なのだ。

『だんだん私は気持ち悪くなってきたぞ。メディオ』

(後ちょっとだから待ってろ。なんかパルモも乗ってくれているし。こういう時は行くとこまで行くんだよ)

「ありがとう…な。パルモ。俺、絶対にS級冒険者になるから」

俺の宣言を隣で聞いているパルモは頷いた。

あれ…もしかして若干少し引いている…?やり過ぎた…?

『君以外に同じ雰囲気を共有している者はいないとだけ言っておく』

そしてコンにまた冷たく言い放たれ、熱く煮えたぎる意志が沈下されていくのを感じる。

ソレはそれで別に良い。

熱すぎても後から燃え尽き症候群になるだけだからな…。今までありとあらゆる目標と言うものから逃げてきた俺だが、今回の目標は逃げるワケにはいかないのだ。

「スゥー…次の町はなんて名前だっけ?」

「えっ?…えっと、次の町はヴェオルザークっていう傭兵の町だね。そこを管理する子爵に渡したい書類があるんだぁ」

ヴェオルザーク…意味は分からんが、カッコイイ名前の町なのは分かる。俺はそこで少しでも冒険者として成長できるように頑張るのだ。

「よし…ヴェオルザークだな…!見ていてくれパルモ。すぐにS級冒険者になるからな」

「期待しているよ。クルさん」

パルモはそう返事をした。

きっと、彼女の俺への好感度は十パーセントぐらいだろう。

なんといっても好かれる要素が皆無だからだ。

彼女に同情こそされ、好感を持たれることなどまるでしていない!

(次の町では五十パーセントにはして見せたいな)

そんな思いを胸にこうして、ヴェオルザークへと俺達は歩き始めた。

長いプロローグが終わり、やっと冒険者としての成り上がりが始まったのである。
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