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1章 底辺冒険者の俺をプロデュースする理由は何ですか?

ep14.中腹_自然

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一息ついて、木の裏側からグロリアスマンティスの動きを見る。

奴は俺の事を敵とすら見ていないのか、それとも今は蝶を食べたせいでお腹がいっぱいなのか、蕾のまま動こうとしなかった。

「その柔らかそうな腹、叩き潰してやるからな…!」

『動かないのか?』

(それはもうちょっと休憩してからだ。…そういえば弾の方は撃てそうなのか?)

『威力は分からないが、問題ない』

(ヨシ…コレで終わることを願うぞ、食らえ!)

照準を蕾状態のグロリアスマンティスに定める。

威力によって後ろに吹き飛ぶことが無いように腰を落とし、構え何が出るか分からない一撃を射出した。

“ポヒュ”と音を立てて出たフワフワとした光る弾は、グロリアスマンティスの近くまで飛ぶと、その周囲をフワフワと舞い始めた。

(思っていたのと違う…!なんだ、なんなんだ!これは!)

『待て、メディオ。アレは…あの軌道は蝶と同じだ』

それがどうしたと言おうとした瞬間、光るフワフワは蕾に落ち、グロリアスマンティスは蕾を開いてソレを捕食した。

(えっ…食べている?)

『奴が気を取られているうちに側面へ回れ‼』

コンはそう命令を送ると共に、俺は側面に向け走った。横からならあの柔らかそうな腹にも攻撃が届く。

(コン、攻撃と同時に腹に食いついてくれ)

『ああ』

この恐怖が一秒でも早く終わるように、俺は側面から腹に攻撃を仕掛けた。

鋭い一撃がグロリアスマンティスに命中し、体液の飛沫が空を舞う。そしてその直後、食事中のグロリアスマンティスの首がグルリとコチラに向いた。

その一瞬に口の奥から焦りが湧き出て、背筋が凍りつく。

しかし、後ろ脚が貧弱なのかコチラを向くのに時間がかかるようで、すぐ後ろに下がることで攻撃をされずに木の裏に走って逃げることが出来た。

死神の鎌は確かに今、自分の命を刈り取ろうと動いていたという事実に戦慄する。

(いま…確かに奴の殺気を肌で感じた…)

相手は追ってきていないというのに足が笑い、ヘタリと木にもたれかかった。

(こ、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い…!)

『どうやら本来待ち伏せをして獲物を狩る魔物のようだな』

コンは現状から推測できることを俺に伝える。こんな時は無神経な俺の相棒が心強かった。

「…追いかけまわすタイプじゃないってことか?」

『ああ。あの後ろの細長い足を見るに、花の香で敵を誘い、正面に来た獲物だけを絶対に逃さないようにしているんだろう。生粋の暗殺者だ』

「それで生きてきたってことは今まで全員一撃必殺だったってことか?…たいしたものだ」

裏を返せば、奴は一度見つかった相手と戦った経験が少ない、という風にもとれる。

勝機はきっとそこにあるはずだ。そう自分を鼓舞する。

『ちなみに先ほどの攻撃でまた弾が撃てるようになった。どうやら深い攻撃に成功するとコチラが喰える量も増えるらしい。活用してくれ』

次もまた同じように都合よく行けばいいと思いつつ、その確率を上げる提案としてコンにこの身を委ねられないか聞いてみる。

(全部コンが動かすことは出来ないのか?こう、俺の体も動かして捕食も、みたいな)

『私もソレを考えたが、喰うにはそれなりに集中力が必要でね。それを習得するにはまだ時間がかかりそうだ』

不可能だと口にしないところにコンの武器としての不完全さのようなものが感じられて、ますますこいつは本当に武器なのかと疑念が深まった。

『メディオ、そろそろ息は整ったか?』

(あぁ。撃つぞ)

またフワフワが出るのだと思って、棒立ちのまま照準だけ一応グロリアスマンティスに向けて弾を射出した。

すると、次は光弾が出てグロリアスマンティスに当たると大きな衝撃波と共に光弾は破裂した。

しかも光弾を発射したコチラにも反動が肩に伝わり、鈍い痛みが響く。

(痛った!?マジでなんなんだ。飛んでく弾は統一してくれ!)

『しかし…肩を痛めたかいは合ったようだぞ』

グロリアスマンティスの腹には明瞭に光弾によって焼けた痕がついており、少しは効果があったように見えた。

相手の動きも先ほどよりさらに鈍足になっているように見える。

『油断するなよ』

(するわけないだろ!?当たったら死ぬんだぞ!?カスってもこんなところじゃ医者も呼べないしズッと心臓バクバクなんだぞ!)

『そ、そうか』

木の裏から、擬態もせずコチラを警戒しているグロリアスマンティスにどう近づくか悩んでいると、コンがとある提案をした。

『あの状態であれば、たとえ警戒されていても走って側面に回りこめば攻撃をするぐらいの猶予は稼げるだろう。それと今度は私をあの魔物の腹に突き刺して放置してくれないか?』

(そうしたら俺の武器がなくなるが?)

『問題ない。おそらくこの攻撃が最後の攻撃になるだろう』

もしその想定通りにいかなければ俺は素手で戦わなければならなくなるのだが、コイツは最悪の状況を想定していないのだろうか。

(大丈夫なのか?)

『とらすとみー』

恐怖の中に身を置き過ぎて感覚が麻痺してきた俺はその提案に乗ることにした。

(死んだら呪ってやる…)

『非現実的だな』

(クソッ…)

グロリアスマンティスは木の間を移動する俺の姿を目で追っているのが分かった。正面から行けば間違いなく体は両断され、頭からあの蝶のように貪り食われることだろう。

生唾を飲み込み、コンを握る手に力が入る。

「いくぞッ!」

奴の首が回らなくなる体の側面へと地を蹴り駆ける。

そしてその勢いのまま花畑に入ると、山の斜面を利用して上から下へと転げるように移動しつつ、グロリアスマンティスの側面へと回った。

「行ってこい!」

グロリアスマンティスの腹部へとコンを突き刺し、すぐさま俺は相手に背中を向けて逃げ出した。

そして木の陰からコッソリその後どうなったか見ると、刺さったコンは、腹の奥へと深く侵入するように食い破っていき、ソレに伴ってグロリアスマンティスは苦しそうにのたうちまわっているのが分かった。

そしてコンが体の大事な器官を食い散らかしたのか、グロリアスマンティスは遂にその生命活動を停止させた。

(うぅ…動くな…二度と…!)

死んだフリをしているのではないかと思い、足音を立てずにヒッソリとコンに近づく。

(だ、大丈夫かー)

心の声だというのに聞かれていないかと不安になり小さくコンに語り掛ける。

『問題ない』

グロリアスマンティスから聞こえてくるような気がして気持ちが悪いが、どうやら無事のようだった。

コッソリと近づいてコンを引き抜くと、腹の内容物が一緒になって出てきた。小さな小動物や先ほどの蝶に加えて未消化のままの冒険者のドッグタグが五つだ。

(うわっ…最悪だ)

いつ頃被害にあったかは知らないが、拾って確認するとE級冒険者のドッグタグが二つ、D級冒険者のドッグタグ三つ、手の中で鈍い光を反射した。

『そんなものを拾ってどうするんだ?メディオ』

(冒険者ギルドに渡せばまわりまわって渡るべき人に渡るだろ)

可哀そうに。俺と同じように欲に目が眩んでココに来たんだろう。

いや、もしかするともっと崇高な夢や理想を掲げてきたのかも知れないが…。

とにかく、ドッグタグだけでも持って帰ってやるからな。

『人間のやることはたまによく分からないな』

武器と人間とでは死生観が違うのだから当然だろうなんて思いながら、グロリアスマンティスの腕を折って鎌を入手する。

正面から戦っていないため、両方の鎌が綺麗な状態で残っている。報酬も問題なく貰えるだろう。

しかしその大金の元を手に入れても、思うことは“割に合わない”だった。これだけ無い脳みそをこねくりまわして動き回り、運も味方につけてやっと手に入った物が一ヵ月分の給料だというのなら、俺はもう…働きたくない。

結論がそうなってしまってはどうしようもないので、もうこのことについては考えないことにした。

『グロリアスマンティスの素材は他に持っていかなくていいのか?』

(背中のリュックは登山用の荷物でいっぱいだし、手は二つだけだからな)

持っていったら金になりそうだが、無理をして持っていくと別の魔物に襲われた時に対応が出来ないと思ったのだ。

『なら全部喰うぞ』

コンは俺が許可を出す前にグロリアスマンティスの元に自ら転げ落ち、先端の宝石が赤い獣の首に早変わりするとパクパクと死体を食べ始めた。

(死体掃除にはもってこいの武器だよな。証拠も見つからなさそうだし)

『好きに使え。私は何であれ喰うことが好きだ』

そして数十秒も持たずにグロリアスマンティスは花畑からその姿を消し、微かに地面に飛び散った体液だけが、生の足跡となった。

『さぁ。あの娘の所に向かうぞ』

(あぁ、今匂いで探している。…あまり位置は変わってないな)

パルモの匂いは山の山頂付近から殆ど動いていなかった。

(もしやあの騎士に殺されたのでは?)

そんな可能性を頭から追い出し、鎌を持って頂への道を歩き始めた。

どう急いでも、一時間以上はかかる道のりで彼女の匂いを辿り走り続ける中、森の中を縫うように飛びまわる大きな魔物を見つける。

クワガタのような、ムカデのようなその巨大な魔物はグロリアスマンティスのように縄張りを持っているようには見えず、“ズルルルル“と這いずるように山の濃霧に紛れながら木々の間をゆっくりと飛行して視界から消えていった。

その化け物は明らかにグロリアスマンティスよりも強そうな見た目をしていた。

『メディオ。先制攻撃を仕掛けるか?』

先ほど食べたグロリアスマンティスをエネルギーに変え終わったのか、コンは血気盛んな声が響く。

(追ってこない魔物を相手にしている時じゃないからな。コンの出番はまた後に頼む)

エネルギーを吐き出さずにどれだけ溜め込んでいられるかは謎だが、もしここで戦いを起こすと他の所からも魔物が寄ってこないとも限らないため、戦闘狂のコンには悪いが慎重にならざるを得なかった。

昆虫型の魔物が動く間は、木に隠れてやり過ごし、動物型の魔物は視界の外にいても臭いで大体の位置が把握できたため、それらを避けて安全なルートを選んで進むことが出来た。

『メディオ。性能テストをしたくないか?』

(後で…な)

その後も、ルートを選びつつ山を登っていると犬ほどの大きさをした蟻の魔物や、ダンゴムシの魔物にばったりと遭遇したが、相手側に敵意がなく俺を無視して目の前を素通りしていった。

(ふぅ…草食の魔物か…?)

同じ魔物でもあからさまにコチラを意識して動くタイプとそうでないタイプがいた。そしてそれは個体ごとにではなく種ごとにそうなのだという事が何となく観察していて分かった。

(危険な魔物かそうでないかの見分けがつけば、山を登る速度をもう少し上げられそうだ…)

容量の小さな脳に詰められるだけ魔物の情報を詰めこみ、蟻の魔物やダンゴムシの魔物の場合は無視をして先に進んだ。

しかしそれでも鋭利な歯を持つ、見るからに危険な魔物の個体数が圧倒的に多かったため、初めに上った時よりも山頂へと到着するのに多くの時間を必要とした。

事前に用意されていた水筒の水も三分の一を切り、空気も薄くなり始める。

「うまい…なんでこんなに水が美味しいんだ。美味すぎてヤバいな…」

誰もいない山の中で一人、水を飲んで呟く。

敵は魔物だけではなかった。

頂点に上った太陽が脳天をジリジリと焦がし、頭皮がジワリ汗ばむ。

常に周囲を警戒しているため、歩くスピードを上げられないことに疲労が溜まる。

パルモの匂いは未だに頂上の手前で残ったままで、そして微かにその場所へと近づくにつれて香ってくる微かな血の匂いに、山を登る足に力が入った。

(頼む…パルモ先生…無事でいろよ)
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