上 下
5 / 29
1章 底辺冒険者の俺をプロデュースする理由は何ですか?

ep5.冒険者

しおりを挟む
用水路から帝都を抜けだした俺たちは東の町オリエンドルフへと歩みを進めていた。

人の手の入った道を歩きながら、遠目に冒険者達が魔物と戦っているのが見える、そんな平原だ。

「パルモはオリエンドルフがどういう町か知っているのか?」

「うん。旅人達でいつも賑わう場所だからね。そこなら山を登る準備も出来ると思うの」

そもそもいつの間にか流されてこんなところにまで来たが、別に山に登る必要なんてないのではなかろうか。

少し東の町に隠れて落ち着いた頃に顔を出せば、この騒がしいご時世だ。

誰も俺達のことなど覚えていない気がする。

「どうして山に登るんだ?潜伏するなら別に東の町でも…」

「チッチッチー、忘れたの?私たちの目的はS級冒険者になること。こんなところで活動したら捕まっちゃうでしょ。山一つ越えれば流石に追手もついてこないだろうし、そこでやり直すの」

彼女の笑顔には潜伏なんてしていられないと書いてあった。

パルモは一刻でも早くS級冒険者を目指したいらしい。

どうして彼女がそこまでしてその称号に憧れるのか未だに謎だが、山を越えたら答えてくれるらしいし、気長に待ってみるとしよう。

「パルモは楽しそうだな」

「だってほら、さっそくクルさんが魔物を倒したから。あぁまた一つS級冒険者に近づいたんだなって、嬉しくなったんだ」

「魔物ってスライムの事か…?アレ倒しただけでそんなに喜ぶのか…」

蟻を潰して褒められた気分だった。

ただ誰かの喜ぶ顔が見られるなら、怖い魔物退治に精を出すのも悪くないと思えた。

そんな二人旅の道程で、パルモは突然足を止めた。

「向こうの冒険者たちが倒し損ねた魔物が一匹コチラに来るよ。準備して」

パルモが指し示す方向から一頭のイノシシのような形の魔物が走ってコチラへ向かってきているのが見えた。

「スライムからいきなりハードル上り過ぎじゃないか」

敵意が合って攻撃をしてくる魔物と初めて戦うため、背中に冷たい汗が滝のように流れる。

「今回は少しだけ私も力を貸すよ。そうそう、間違っても相手の攻撃を受けようなんて思わないでね。防具もつけていない状態で一度でも突進をまともに食らったら死んじゃうからね!」

そういわれると、途端に目の前に迫ってくるあのイノシシが鎌を振り上げた死神のように見えてくる。

様々な思考が駆け巡る中、結局突進してくる相手の攻撃を横に避けつつ棒でひたすらに叩くしかないという結論に至った。

「ウルァアアアア!!!」

スライムと違って思いっきり叩きつけてもいいため、イノシシの突進を避けると同時に棒を上から振り下ろした。

「ピィギァ!」

棒の先から毛皮と肉を両方叩いている感触がし、イノシシが鳴く。

一度だけでは殆どダメージを与えられていないようで、動きを止めたイノシシは首を振って尖った牙を体に当てて来ようとするが、棒のリーチ分コチラが遠くから一方的に殴打することが出来た。

「大地より生み出されし棘よ、我が敵を縛りしめよ。バインディングソーン」

パルモは魔法の詠唱を終えると、足元から茨が出現し、イノシシが動けないよう足首から縛り付けた。

「今のうちに!」

パルモの声に頷くと、身動きの取れなくなったイノシシの頭上から大きく振り上げ棒を叩きつけた。始めの頃は鳴き声こそ上げていたにせよ、次第にその声も小さくなり二十回以上殴った頃、イノシシ型の魔物は動かなくなった。

「よし、倒せたか」

「どうかな」

笑顔のパルモを背に、恐る恐る棒を振りかぶって近づくと、先ほどまでピクリとも動かなかったイノシシが首だけ動かして脇腹に食いつこうとしたので、「ウッ」と声を出してのけ反り、安全な位置から脳天にトドメの一撃を放った。

「ヒィン…」

イノシシの最後の悲鳴が聴こえ、本当に最後かと思いながらもう一度ゆっくりと歩いて近づくとパルモが後ろからスタスタと歩いて首にナイフを突き立てた。

「もう死んでるよ」

「パルモ、分かるのか?」

パルモは頷いた。

すると体から力が抜けるような感覚がして疲れが体から噴き出し膝をつく。

「フゥー…」

(こんなところで膝をついていたらまた別の魔物が来た時に対応が出来ない。すぐに呼吸を直さないと…)

そう思い深呼吸をしつつも、呼吸が正常に戻らない。

ごっそりと自分の生命エネルギーを抜き取られたような感覚だった。

「魔物って言っても生き物を殺すって、初めの方は結構メンタルやられるよね」

パルモはニヘラと笑ってそう言った。

それにつられて笑い返すと、少し気が楽になるのを感じた。

「はじめから魔物を殺しても全く何も感じないタイプは、冒険者に向いているってよく言われているね」

「ハァ…ハァ…そんな奴らを…すなおに凄いとは…思えないな」

そういう輩が何を考えて魔物を倒しているのか見当もつかないが、俺には理解出来そうにないと思った。

そして胸の鼓動も落ち着き始めた頃、先ほどのイノシシを取り逃がした冒険者グループが歩いて寄ってきた。

「おぉ。お前ら俺達の獲物横取りしてんじゃあねえよ」

下卑た笑いを浮かべながら、冒険者の一人は俺達が仕留めたイノシシを蹴り上げた。

イノシシから剥ぎ取ったのだろう皮で作られた皮鎧や別の魔物の鱗で作られたのであろう腰巻を巻いており、コイツらはこの一帯を狩場にしているようだった。

「おたくらの尻ぬぐいをしたんだ。礼を言われる筋合いはあっても難癖付けられる道理はないぞ」

ついていた肘を払い立ち上がると、冒険者達にそう言った。

「ほう。新人みてぇなナリしてやがるからてっきり、肝っ玉も小さい野郎かと思ったが、お前中々度胸がありそうだな」

冒険者グループのリーダー格の男がそう言って笑みを浮かべた。

「ヒヒヒッ、ヒッヒッヒッ…!コイツ何にも装備を付けてないぜ、オカシラぁ!帝都から出てきたホヤホヤの新人ダァ!コイツぁ教えがいがありそうだぜ」

後ろで両手にナイフを持つスキンヘッドの男がナイフをしゃぶりながらそう言った。

(こいつら…見るからにヤバイ…!)

「何を教えるって…?」

俺はそう言いつつ武器を構えた。

多勢に無勢だろうと、ケンカを売られたら買うのが下町魂だ。

「なんでお前そんな弱そうな癖にケンカ腰なんだよ…まあ嫌いじゃねえが」

冒険者達はニヤニヤと笑いつつ、腰につけているナイフを取り出し柄の部分を俺に向けて手渡した。

警戒しつつ、差し出されたナイフの意味について考える。

「イノシシの捌き方、知ってんのか」

「ンなもん適当にやりゃいいだろ。アンタらの世話になることじゃない」

冒険者達はため息をついて腰を屈めた。

両手にナイフを持っていたスキンヘッドの男もため息をつき武器を収め、そして腰から別のナイフを取り出し、俺達が仕留めたイノシシに傷をつけ始めた。

「おい!何を…」

「ヒッヒッヒッまあ見てろぉ。ココと、ココ、それからココの順番にナイフを入れてくんだ。ほおらやってみろ」

いつ奴らが攻撃を仕掛けてきてもいいように警戒をしつつ、印のついた部分からイノシシの体に渡されたナイフで切り込みを入れていった。

「良く切れる良いナイフだろう」

男は自分のナイフに自信があるようだった。

最終的にイノシシの皮と肉を分離するのに皮をはぐのに協力してもらい、三十分もかからないうちに首から下の皮と肉の分離に成功した。

「ヒッヒッヒッ…まぁ初めはそんなもんだな」

ナイフの男は俺からナイフを奪い取ると、舌で血を拭き取りホルダーに収めた。

他の冒険者達はバラバラにしたイノシシの肉をさらにブロック状に切り、大きな一枚の葉で包んで持ち運びやすいよう加工し始めている。

(コイツらなんなんだ…普通に良い奴らなのか?後ろで見ているパルモは腕を組んで訳知り顔で頷いているだけだし、一体どういう状況なんだ)

「これからオリエンドルフに向かうのか?」

「あ…ああ」

(なんだ?待ち伏せでもして襲うつもりなのか?いや…だとしたら既に襲われていても不思議じゃない)

「だったらオリエンドルフの冒険者ギルドにもよるな?」

冒険者のうちのリーダー格のような男が俺にそう聞く。

「さあな、気分次第ではよるかも知れないな」

気分次第、というよりパルモ次第なのだ。

実際どのくらいオリエンドルフにいるのか俺も知らないのだから。

「冒険者ギルドにいる受付嬢にこの手紙を持って言ってくれ」

「あぁ?なんで俺達が…」

男から差し出された手紙を前に事情が呑み込めない俺に代わってパルモが間に入った。

「ちょ、ちょっとクルさん、これは正式な依頼だよ。そこは私を通して貰わないと」

「嬢ちゃんと話せばいいのか?」

リーダー格の男はパルモの方を向いて再度手紙を差し出した。

「はい。そのご依頼ですと、相場は五ベルから十ベルほどになりますが、どうされますか?」

「八ベル出すからなるべく早く届けてくれ。俺たちは帝都ミクトランに向かわなきゃならんのでな」

「了解しました」

パルモはそう言って冒険者から金と手紙を受け取ると、リュックのポーチにそれを入れた。

「あばよ。新人ども」

冒険者達は俺達の仕留めたイノシシの死体に目をやってからゲラゲラと笑いながら去って行った。

「なんでお前らそんなに親切なんだ!!!」

俺達とは反対方向へと歩いていく冒険者達の背に俺はずっと思っていたことを吠えた。

それが聞こえていても男たちは振り返ることなく手を上げて別れの挨拶をした。

「冒険者は助け合いだからねぇ…」

パルモはそう言ってうんうんと頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

頭にきたから異世界潰す

ネルノスキー
ファンタジー
気ままな高校生活を送っていた葉山弓弦は不良で名が通った荒くれ者だった。 気に入らない奴は拳で黙らせ、筋が通らない事は許さない。 例えそれが間違った方法であっても彼は決して止まらず己が道を進み続けた。 そんなある日。 突如彼は彼を含めた友人とクラスメイトと共に異世界への転移を果たしてしまう。 異世界へと転移してきた彼らは『勇者一行』と呼ばれ魔王復活により、血みどろの戦争が行われようとする世界から生き抜き、皆で地球に戻るために奔走する。 しかし葉山弓弦は早々にクラスメイト達から抜け出す事となった。 他のものとは比べられないほどの圧倒的脆弱なステータス。 名称だけでも危険すぎるスキルや称号によって彼は一人生き抜く術を磨いて行くことに決めた。

【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜

きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…? え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの?? 俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ! ____________________________________________ 突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった! 那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。 しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」 そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?) 呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!) 謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。 ※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。 ※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。 ※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎ ⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。

あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。 電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。 信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。 そうだ。西へ行こう。 西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。 ここで、ぼくらは名をあげる! ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。 と、思ってた時期がぼくにもありました…

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...