上 下
67 / 133
第二部 王国奪還

人生とは流れいく川

しおりを挟む
ヴィトはマリアに小説の内容を自分も読みながら、話していた。
そして、マリアも熱心にヴィトが話す内容にすっかり心を奪われており、気がついた時には深い夢の世界へと向かっていた。
「おやすみ」
ヴィトはマリアの頰に口づけをすると、彼女をいわゆるお姫様抱っこという形で、寝室に運び、ベッドに丁寧に置いた。
そこで、彼も自分の寝室へと戻ろうとした時だった。ルーシーの部屋から光が漏れているのに気がつく。普段ならもう寝ている時間なのだが……。
ヴィトは何かあったのだろうかとルーシーの寝室のドアをノックする。
「どうしたのよ、ヴィト?」
部屋の扉を開けたルーシーは相変わらずの黒のネクジェという姿だった。
「いいや、キミの部屋から光が見えていたもので……」
「大丈夫よ、わたし今晩は眠れなくて……部屋で本を読んでいたのよ」
ヴィトは書斎に置いてあった本と同じ本だろうか、と考え、ルーシーに尋ねるも、ルーシーは否定の言葉を発した。
「違うわ、わたしが読んでいたのは『007カジノロワイヤル』よ」
ヴィトはルーシーが読んでいた小説のタイトルが意外だったので、思わず苦笑する。
「キミが007を?」
「そうよ、わたしだってスパイ小説くらい読むわ」
「悪い、悪い、そう言えば『カジノロワイヤル』ってどんな話だっけ?」
ヴィトの疑問にルーシーは丁寧に物語を説明してやった。
この物語はル・シッフルと呼ばれる男が、ソビエトから預かったお金を派遣ビジネスに投資したものの、その国で取り締まりが強くなったために失敗をくらい、それを取り返そうとするが、阻止しようとしたのが、007こと、ジェームズ・ボンドであった。
「で、最終的にボンドは勝つのかい?」
だが、この問いにだけはルーシーも答えたくないようで、うふふと笑って誤魔化す。
「それを言うと、お楽しみがなくなるでしょう?あらかじめ結末が分かった物語なんてつまらないと思わない?」
ルーシーは大抵映画を観る時に雑誌を読むのを避け、予備知識なしに未知の世界へと踏み込むタイプであった。
「そう言えば、去年に出た新刊だろ?何回も読んだのかい?」
「もう三回も読んだわ」
ルーシーは自信満々に言った。
「そんなに面白いのか?」
「勿論よ、今度貸しましょうか?」
ルーシーの質問に対し、ヴィトは了承の印として、親指を上に挙げた。
「うふふ、そう言えば……今日ねお父さんの事を思い出したの」
「ゴッドファーザーの?」
ルーシーはヴィトの問いに頷く。
「父さんが死んだ日の事は鮮明に覚えているわ……」
それは、遠くない昔の話だった。

ドン・ドメニコ・カヴァリエーレは娘のルーシーを庭に呼び出して、話をしていた。
その日は太陽が照りつける暑い日であり、同時に青空が雲一つない快晴の日だった。
「近頃良くワインを飲む……昔は好きでは、いやエマが入れてくれたワインは飲んでいたがな……」
話に出たエマーー彼の相談役コンシリエーレであるエマ・ロマゾワーノは引退し、二年前からカリフォルニアで平穏に暮らしているらしい。
現在は見習いを終えたルーシーが相談役コンシリエーレとして活躍していた。
「どんな味だったの?」
ルーシーは父親のグラスにワインを注ぎながら尋ねた。
「うむ、甘いブドウの味だった……山の奥にある新鮮なブドウ……その場で取れたような味わい深さがあったよ」
ドメニコは飲み終わったグラスをしみじみと眺めていた。余程美味かったのだろう。彼の頰に赤みがかかっている。
「昔のことも良く思い出すよ、今でこそお前は冷静沈着だが、中学を卒業するまでは、短気だったんだ」
ルーシーは過去の自分は粗野で男勝りの腕白な子どもだという事を思い返す。
中学を出るまでのルーシーは短気な性格で、学校中の人間は彼女に従うか、或いは彼女を恐れるかの二択だった。
ルーシーが恐れられた原因は父親も原因の一つだったが、何より彼女の戦闘スタイルであった。
彼女が男に負けなかったのは身軽な動きとそれから、急所への適度な攻撃であった。不意を突かれたところを一網打尽に叩く。それは複数の場合でも同じ事だった。だからこそ、彼女は恐れられていたのだった。
「そんな事もあったわね」
「だが、お前は変わったよ、今にして思えば、ワシがナポリ人のヤクの売人に襲われ、負傷を負った時だったな、あれ以来お前は短気をやめたんだったな」
ルーシーは父が自分の短気のために負傷したのをずっと心に覚えていた。
そこから、彼女は冷静に物事を考えるようになり、また戦略や戦術等を張り巡らせる事を意識し始めた。
「そんな事もあったわね……」
ルーシーは庭の木を見つめながら言った。あの木は彼女が小さい頃からお気に入りの場所であり、父と喧嘩をした時はよく、あの木の下で泣いていたのを覚えている。
「お前に一つ言っておこう、これから先にワシが死ぬ事があれば、それはミラノリアにチャンスを与える事になる。あいつ個人は麻薬を売りさばく事と人に媚を売る事しか能がないが、奴のファミリーとメアリー・クイーンズには気をつけなけねばならん、いいな、お前がこの先この街の暗黒街の女帝として君臨するのならば、まずミラノリアを全力で排除しなければならん」
ドメニコの言葉には重みがあった。同時に彼がルカを追い出せなかった申し訳なさも混じっていた。
「分かったわ、わたしは必ずこの街を手に入れるわ」
「うむ、最後になるが……ワシは人から恐れられる事はあっても、人から侮られたり、バカにされる事はなかった。お前もそうしろ、友情と尊敬は何よりも大事だ。友こそが、ファミリーの存続に繋がるのだ。だから、麻薬や派遣ビジネスにも手を出すな、あの二つはいかん、人と人との関係を壊す。だからこそワシはファミリーの若い者にもそう教えてきた。いいな、仁義と友情だ……この二つを忘れるなよ、カリーナ、ワシの愛する娘よ」
ドメニコは彼女の手の甲に口づけを交わし、そのまま座っていた椅子に全体を預けた。
その瞬間に彼の視界が揺れていくのが感じられた。突然今までの自分の人生がまるで、映画を観ている時のように駆け巡る。クリミーネに母親を殺された時。アメリカへ渡った時。ジーノを殺害し、街の人から尊敬を集めた時。最愛の妻と結婚した時。最愛の娘が産まれた時。全てが彼の頭の中をよぎった。彼は自分の人生は恵まれたものだと、涙を流し、最後に呟いた。
「人生とは流れ行く川のようなもの……どこまでもワシの魂は流れていくだろう」
ドメニコは安らかに目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎貴族の学園無双~普通にしてるだけなのに、次々と慕われることに~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
田舎貴族であるユウマ-バルムンクは、十五歳を迎え王都にある貴族学校に通うことになった。 最強の師匠達に鍛えられ、田舎から出てきた彼は知らない。 自分の力が、王都にいる同世代の中で抜きん出ていることを。 そして、その価値観がずれているということも。 これは自分にとって普通の行動をしているのに、いつの間にかモテモテになったり、次々と降りかかる問題を平和?的に解決していく少年の学園無双物語である。 ※ 極端なざまぁや寝取られはなしてす。 基本ほのぼのやラブコメ、時に戦闘などをします。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される

中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。 実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。 それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。 ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。 目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。 すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。 抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……? 傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに たっぷり愛され甘やかされるお話。 このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。 修正をしながら順次更新していきます。 また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。 もし御覧頂けた際にはご注意ください。 ※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。

逃げるが価値

maruko
恋愛
侯爵家の次女として生まれたが、両親の愛は全て姉に向いていた。 姉に来た最悪の縁談の生贄にされた私は前世を思い出し家出を決行。 逃げる事に価値を見い出した私は無事に逃げ切りたい! 自分の人生のために! ★長編に変更しました★ ※作者の妄想の産物です

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ある日、人気俳優の弟になりました。

樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

追放から始まる新婚生活 【追放された2人が出会って結婚したら大陸有数の有名人夫婦になっていきました】

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
 役に立たないと言われて、血盟を追放された男性アベル。 同じく役に立たないと言われて、血盟を解雇された女性ルナ。  そんな2人が出会って結婚をする。 【2024年9月9日~9月15日】まで、ホットランキング1位に居座ってしまった作者もビックリの作品。  結婚した事で、役に立たないスキルだと思っていた、家事手伝いと、錬金術師。 実は、トンデモなく便利なスキルでした。  最底辺、大陸商業組合ライセンス所持者から。 一転して、大陸有数の有名人に。 これは、不幸な2人が出会って幸せになっていく物語。 極度の、ざまぁ展開はありません。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...