シリウス・イントルーダー・ロード〜暗黒神に見染められた前作のラスボスは異世界で猛威を振るう〜

アンジェロ岩井

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アールランドリー大陸編

トールキールランド攻略戦ーその⑦

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「率直に伺うが、ブラウン議員、あなたの提示した今度提出する法案はあまりにも無謀だとも言えるだろう!国境の警備兵達を全て国内に従わせるだと?そんな事は認められん!」
「どういう事ですか?ミン議員」
タレーラ・ミンは用意された机を強く叩いて、
「良いかッ!今、我々は外敵にかつてない程の脅威に晒されている事が分からんのか?」
「外敵というのは何でございますか?生憎、私には検討が付きませぬが……」
ミン議員は二人の新人議員を信じられないと言わんばかりに見開いた目で見渡す。
次にまるで、事の発端が分かっていないと言わんばかりに鋭く尖った視線を二人に向けていく。
通常の人間ならば、先程の彼の貫くような視線に怯えていたかもしれない。
だが、二人は通常の人間ではない。
そんな彼の視線さえも涼しい顔で流していく。
二人を威嚇しても拉致があかないと考えたのか、ミン議員は大きく両目を見開いて、
「分からぬのか!世界皇帝を自認する頭のおかしい勢力の事だッ!聞けば、奴は北部の二王国と中部の広大なパチャテク帝国とを平らげて、次は我が国に目を向けているというではないかッ!そんな勢力にーー」
「その勢力に対抗するために兵を置けと?そんな事を言うためだけに、ここに来られたのですか?」
シャーロットは背を椅子の背もたれに深く腰掛けると、心底呆れたような深い溜息を吐く。
それを見た議員はもう一度強く机を叩く。その時、霊蔵は横で討論の際に喉を潤すものが必要だろうと台所で密かに紅茶を用意していたのだが、まだお盆に載っているのに振動が机のみならず空気中にも伝わったのか、載っている琥珀色の液体が震えている事に気が付く。
だが、彼はそんな事などお首にも出さずに、ミン議員の怒りが落ち着いた瞬間を狙って、二人の机の上にお茶を置く。
だが、ミン議員はそんな事すら気が付かなかったらしい。
彼は大きな声で、拳を振り上げながら、
「良いですか!あの連中が我が国に攻め入った時の事を想像してください!もし、あの国の連中が国境を越えて、侵入してきた暁には我が国に兵士が雪崩込みーー」
それ以上喋ろうとするミン議員の言葉をシャーロットは右手を突き出して無理矢理止めさせる。
それから、顔に微笑を浮かべて、
「向こうが野蛮だから何だというのですか?我々には口があるではありませんか?どうして対話をするのがダメなんですか?」
「だが、国境に蹂躙されて、近くの村を襲われでもしたらーー」
「たかが、村の一つなんて向こうの国に与えれば良いでしょう?それに、ミン議員、あなたは国境近くにて軍事挑発を繰り返す帝国に対し、断固たる策を取るべきだと主張するべきだと言っておるそうではありませんか?失礼ですが、あなたのような人がいるから、戦争が無くならないのでは?」
シャーロットは自分の語った言葉が自分の心の中にある言葉とは正反対である言葉である事を知っている。
また、この場合、ミン議員の態度が正しい事も彼女は軍事の勉強をかつて所属していた帝国から学んだ際に知っていた。
別の国が一つでも領土を取れば、その国は国家としての発言権を失ってしまう。
また、一つ領土を取った国はこれに味を占めて、もっと多くの土地を欲しがるだろう。
そして、その国の欲しがるままに領土を渡していけば、いずれは国そのものが別の国に乗っ取られてしまうだろう。
また、挑発行為を繰り返すというのも問題である。ここの世界ではどうなるのかは知らないが、元の世界、23世紀の世の中では悪戯に軍事挑発を繰り返せば、非難されるのは挑発を行った国であり、それに抗議したり、断固たる姿勢を取ったとしても非難される事は少なかった。
だが、シャーロットはあくまでも嘘の主張を曲げる事なく主張していく。
彼女はミン議員と話し合う中で、説いていく。
軍事行動に対して同じ様な行動を取ったすれば、向こうは攻撃とみなしこちらを攻撃する事、その事が戦争に繋がり、多くの国民を危機に陥れるかもしれない事を主張していく。
だが、その中に含まれている本質は敢えて隠しておく。そう、常に無抵抗主義を貫き、反撃をしなければ国家が失われてしまうかもしれないという危険性を。
だが、彼女はその事をミン議員に言わせる前に、様々な言葉で捲し立てながら彼を追い詰めていく。
シャーロットが語り継げるだけの言葉を継ぎ終わった後、ミン議員は何も言えずに黙っている。恐らく、反論するための二の句が告げずに困っているのだろう。
シャーロットはクスクスと笑うと、ミン議員に帰るように右手を払って追い払う真似をする。
ミン議員は自身の目の前に用意された紅茶を一気に飲み干し、そのカップを勢いよくテーブルの上に置いてから、咳を立ち上がり、玄関へと向かって行く。
反論の言葉が思い浮かばないというのも悲惨なものだ。
そんな事を考えながら、シャーロットは霊蔵の用意した紅茶を啜る。
霊蔵はシャーロットの先程のあしらい方を見て、両手の中にお盆を抱えたまま素直な称賛の言葉を浴びせ掛ける。
「見事な腕前でしたな!先程の腕をどこでお身に付けになられたのですか?良ければ、後学のためにも教えて頂けると嬉しゅうございますが……」
「なぁに、あなたでは到底行けないような遠い場所ですわ。最も、今は私もそこには行けないのだけれども……」
シャーロットは自分で過去の傷を抉り取ってしまった事に気が付いたのだろうか、視線が霊蔵の用意した琥珀色の液体の中に落ちていた。
だが、それを見ても霊蔵は世間一般の人間がやるような下手な慰めの言葉を掛けたりはしない。
ただ、黙って彼女の気が紛れるまで、呆けた顔のまま壁にもたれて、彼女を眺めていた。
霊蔵はその後も何も言う事なく、彼女の前に置かれていたティーカップが空になったのを見届けると、それを回収し、カップを洗ってから、欠伸を出して自分の部屋へと戻っていく。
シャーロットは霊蔵が去るのを見届けると、ふぅと小さな溜息を吐いて、椅子の上に深く体を埋める。
思えば、あの降魔霊蔵と言うのはいまいち掴み所の分からない男だ。
帝国竜騎兵隊デュヴァイン・ドラグーンに所属していた頃から、そこの隊長であった兄と共に多くの人間を眺めていたが、その中でも霊蔵程、変わった人間は居なかっただろう。
特に兄に苦言を呈そうものならば、直ぐにその部下は処刑されただろう。
実際に10年近い勤続年間、更に日本に来ての時を超える聖杯奪取の任務の際にも、そんな部下は居なかった。
いや、一人だけ彼と似た性質の老人の部下が居た筈だ。
その事を思い出そうとしていると、閉まった筈の扉が開き、彼女に向かって三本の鋭くて長い剣が飛んで来た。
シャーロットは咄嗟に目の前にあった机を盾にして防ぐ事により、飛んで来た剣を防ぐ。
彼女が盾にした机の上を見上げると、そこには先程、退出した筈のタレーラ・ミン議員があろう事か、空中に五本程の剣を漂わせて自分を眺めていたのだ。
そして、その老人はこう言った。
「お久し振りですな。シャーロット副隊長殿」
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