シリウス・イントルーダー・ロード〜暗黒神に見染められた前作のラスボスは異世界で猛威を振るう〜

アンジェロ岩井

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アールランドリー大陸編

トールキールランド攻略戦ーその③

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勇者、パキラにとってこの三ヶ月近くはあまり落ち着けない日々が続いていた。
なぜならば、彼と勇者の一行が帝国に向かおうとする時に限り、魔物が襲い掛かり、自分達の命を狙っていたからだ。
その度に、パキラは自慢の剣を振るって、魔物を返り討ちにしてきたのだが、中盤からはやたらと強い敵も現れ、その度にパキラは足止めを食らって、結局、帝国に行き着く事はできなかったからだ。
パキラは眠い目を擦りながら、起き上がると、目の前には眠る事なく、見張りを続ける赤い肌の青年がいた。
確か、今日の見張りは自分が担当する筈だ。パキラは慌てふためこうとしたが、その前に赤い肌の青年により、頭を優しく撫でられて彼は落ち着きを取り戻す。
「……。ずるいや、コウタロウは……」
「子供は大人しく大人の厚意に甘えておくものさ、パキラ。お前は勇者と言えどもまだ子供なんだからな」
「こ、子供じゃあないさ!」
すると、彼の腹の虫が鳴くのを確認し、彼は両頬を微かに赤くする。
「お腹空いたか?」
視線を下に俯かせて、両耳を赤く染めながらパキラは首を縦に動かす。
「なら、ご飯にしようか、確か、お前とパーティの仲間たちが寝ている場所にーー」
と、その時だ。コウタロウはそれまでの柔和な視線を引っ込め、代わりに鋭く尖った鋭利な刃物を思わせるような視線で自身の近くの木に懐から隠していた思われる小さな刃物を放り投げる。
刃物は確かに何かに命中し、木の上に隠れている何かにヒットした筈だ。
だが、その後には呻き声が聞こえる事もなく、悲鳴も聞こえずにただ沈黙のみが辺りを支配していた。
コウタロウが何らかの異常を察し、近くに聳え立つ木に向かって行こうとした時だ。
パキラが突如、背後から大声を上げて自分の頭上に向かって剣を振るう姿を見た。
コウタロウは仲間のパキラが気でも狂ったのかと思い、咄嗟に頭を下げたが、頭上にて集まれば人一人作れそうな程の大量の群れの蝙蝠が分裂し、そして、その蝙蝠の群れが自身の目の前に集まり、一体の紳士となった事に気が付く。
現れた正装の姿の紳士は丁寧に頭を下げてから、
「お初にお目に掛かる。私の名前はヘンリー、ヘンリー・ラキュドーム。偉大なるお方に仕えし、魔界の吸血鬼である」
紳士はそう言うと、腰に下げていたレイピアを鞘から抜き取ると、それをパキラとコウタロウに向けて、
「さて、貴君らにはあのお方より抹殺命令が下っている。私を敵視する目障りな小僧の始末をな。あのお方の摂政殿下のために大人しく死んでくれ」
レイピアの先端を見て、パキラは恐怖を覚えたのだが、それでも足を前へと動かし、再度剣を振るっていく。
だが、先程と同様に吸血鬼は蝙蝠となり分裂するばかりであり、攻撃を与える事は出来ない。
そればかりか、剣を振るうたびに大きく隙が生じて、その隙を吸血鬼に突かれそうになるというのが大体のパターンであった。
吸血鬼としての素早さ、凶悪さだけでもパキラとコウタロウにとっては脅威であったのだが、この戦闘の中で二人が何よりも恐れたのは吸血鬼の持つレイピアであった。
レイピアで攻撃を振るわれるたびにパキラもコウタロウも身動きが取れなくなってしまう。
二人で互いに背中を預け合いながら、何処から吸血鬼が来るのかを見届けていると、不意にコウタロウが呟く。
「そう言えば、あいつらはどうなった?まだ寝たままなのか?」
その言葉にパキラの顔が青く染まっていくのと、何処かに隠れて二人を翻弄していた吸血鬼が叫んだのは殆ど同時であったと言っても良いだろう。
「フハッハッハッハッ~!!!バカめッ!どうして、貴様らは背後の仲間に目を向けなかった?背後には神具を構えた我がご主人様マイ・マスターがあの二人の仲間を狙っているわ!」
二人が互いに背中を預けながら、仲間が眠っていた背後の方角を眺めると、そこには聖職者の服を着た女性が十字架の中に仕込んでいたと思われる小さなナイフを向けて、二人の仲間を動けなくしていた。
「み、みんな……」
パキラはその様子を見て絶句してしまう。この様な状況ではもう勝つ事は不可能だろう。諦めたという表情を浮かべていたが、コウタロウはそれを見たのか、大きな声で叫ぶ。
「ふざけるな!オレはお前達のような外道には絶対に屈しない!それこそ、分かりやすい映画の悪役みてーな行動を取るお前らなんかには絶対にッ!」
「えいが……というのがよく分からんが、まぁいい。我々を悪役というのならご勝手にどうぞ、だが、きみの仲間はここで死ぬ運命にあるだろう。きみの仲間二人の命は我がご主人様マイ・マスターの手の中に委ねられているのだからな……」
「ふざけるなッ!生殺与奪の権利をお前達に与えた覚えはないッ!もし、お前たちがそんな理屈を通らせる気だったら、オレはそのテメーらのふざけた考えなんてハンマーでビスケットを砕く様に、簡単にぶっ壊してやるッ!」
「……。お前の不可解な言動には心底から不快だったが、今の言葉で私は失望の底へと叩き落とされたよ。まるで、海の上を飛んでいる最中に石を投げられて、海の底へと落とされた気分だ」
そう言うと、ヘンリーは再び姿を蝙蝠の群れへと変えて、コウタロウとパキラに向かって行く。
群れとなった蝙蝠という打撃攻撃を殆ど無効化する状態になった高揚感のためか、彼は大きな声を上げて、
「どうしたァァァァァ~!!!コウタロウとやらッ!この状況の私ならば、さすがのお前でも殺す事は不可能だろうッ!貴様の首筋に噛み付いてやるわッ!」
だが、大量の蝙蝠がコウタロウの喉元に飛び掛かろうとした時だ。
コウタロウは喉元の前に右手の掌を広げていく。
僅かな抵抗の意思と見たのだろう。大量の蝙蝠は喉の血をもらう前に、手の血を貰おうと感じたに違いない。
大量の蝙蝠の群れが喉から手へと標的を変えた時だ。
集まれば人一体形成できそうな程の蝙蝠の群れは右手に触れられて消えていく。
そして、それに気が付いた何体かの蝙蝠は慌ててその場から逃げ出そうとしたが、彼らを逃す事なく、コウタロウはその白く光る右手で消していく。
そして、最後の蝙蝠を消し終わった時に、彼は相棒である勇者に向かって右手を伸ばす。
「行こう、パキラ……オレ達の仲間を助けに……」
パキラはコウタロウの考えを首肯し、右手の助けを受けとると、真っ直ぐに仲間の捕らえられている方向へと向かう。
その様子をクレイトン・グンシルは信じられないと言わんばかりに目を見開かせて眺めていた。
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