シリウス・イントルーダー・ロード〜暗黒神に見染められた前作のラスボスは異世界で猛威を振るう〜

アンジェロ岩井

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アールランドリー大陸編

トールキールランド攻略戦

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「失礼致しまする。内親王殿下……紅茶を持って参りました」
声を聞いた途端に皇帝の愛する娘、アリステリアは声色を変えて茶を持ってきた小物を部屋の中に迎え入れる。
紅茶とビスケットの載った盆を運ぶ降魔霊蔵の顔は実に満ち足りており、彼女の浮かべる顔とは正反対であったと言っても良いだろう。
その正反対の少女は今回は敢えて自身に掛けている魔法を解く事なく、少女の姿のまま男を迎え入れる。
男は少女の招きに応じるがまま部屋の中に入り、盆の中に載った紅茶を二つあるカップのうちの一つに注ぎ、もう片方のカップにも紅茶を注ぐと、それを机の上に載せて、自らの手で椅子を引いて、その上に座る。
彼女もそれを見届けると、黙って椅子の上に座り、紅茶を届けに来た従者に扮した男の顔を睨む。
だが、男はそれを見てもニヤニヤとした笑顔を引っ込めない。むしろ、睨まれれば睨む度にその輝きが増しているかのようだ。
アリステリアはいや、シャーロットは一瞬両眉を顰めた後に、大きく溜息を吐いて、改めて目の前に座る男の前に向き直る。
凛とした表情を自身の仕えるべき頭領の妹に向けられているためか、霊蔵もようやく両肩を軽く揺らして、おっとという言葉と共にシャーロットに向き直る。
ようやく互いに腹を割って話し合う日が来たのだとシャーロットは確信し、ここ三ヶ月の間に帝国内で集めた情報を霊蔵に話していく。
「まず、アールランドリー大陸の南部の方ですが、あそこにはエルフとダークエルフの村々があり、そしてその中央にはその村々を統治する大きな町があり、そこに二つの種族を代表する王が居るらしいですわ。我々の目下の敵はその王という事になりますわね」
「続けてくだされ」
霊蔵の言葉にシャーロットは黙って首を縦に動かしてから、淡々とした様子で手に入れた情報を話していく。
エルフとダークエルフの住むアールランドリー大陸の南部はトールキールランドと呼ばれている事、かつてはエルフとダークエルフが対立関係にあった事。
対立は二種族が互いの一族から出た優秀な人物をそれぞれ交代に王の地位に就ける事で終結した事。
それでも、未だに南部では年寄りを中心にかつての因果が残っている事。
シャーロットが全ての情報を喋り終えるのと同時に、彼は満足そうな顔を浮かべてうんうんと何かを首肯していく。
それから、顔一杯に満面の笑みを浮かべて、
「流石ですなぁ、まさか、この短期間にそこまで情報をお調べになられるとは、帝国なるものも侮れませぬな。しかし、話を聞くに、その話、我が国の南北朝の話に大変似てござる」
「南北朝?」
首を傾げたシャーロットの様子から、彼はあの東洋文化に造詣の深い頭領の妹が日本の南北朝の動乱の事を知った驚きを隠せなかったらしい。
わざとらしい悲鳴をあげてから、彼は南北朝の動乱について説明していく。
南北朝時代というのは鎌倉時代の後、室町時代の前期の間に生じた時代とも言え、彼の記憶が正しければ鎌倉幕府の滅亡前からその片鱗を見せていたのだという。
始まりは後嵯峨天皇が二男の恒仁親王(後の亀山天皇)を殊の外、溺愛し、皇室財産である所領の多くを譲ろうとした事から発生したのだという。
それだけではなく、後嵯峨天皇は恒仁親王の兄の後深草天皇が結婚してまだ子供ができていないうちに恒仁親王を皇太弟とし、加えて後深草天皇がその後に病気に陥るのと同時に強制的にその地位を弟に譲らせたのだという。
奇しくも、その対応に当たらなければならない幕府は『元寇』という脅威に対処している話であり、その話が先送り、先送りになった事も朝廷には痛手であったに違いない。
やがて、後嵯峨天皇は遺言書を残して亡くなるものの、誰が朝廷内にて実権を握るのかは明記されておらず、それが後々の南北朝の動乱に繋がったのだという。
時の鎌倉幕府は亀山天皇親政を決めたものの、宮廷争いに敗れた後深草上皇に同情し、後深草上皇の皇子を亀山天皇の子とみなす事により、その場は治ったのだと言う。
以後は後深草天皇の系統を持明院統と呼び、亀山天皇の系統を大覚寺統と呼ぶ。
そして、それぞれの派閥が交代に即位する事で、盤石になったのかと思われたのだが、大覚寺統の後醍醐天皇は交代の法則を守らずに、自分の皇子を次の天皇として即位させようとした。
これに幕府も反発し、幕府及び亀山天皇の系統と後醍醐天皇との系統の間に国全体を覆う大戦が起こったのだという。
その最中に足利尊氏が室町幕府を京都に建国し、三代義満の代に南北朝の動乱が収まったのだという。
降魔霊蔵はそこまで喋り終えると、流石に喋り疲れて喉が渇いたのか、机の上にあった紅茶を一気に飲み干す。
シャーロットはその南北朝の動乱を聞いた後に、椅子の上でジッと考え事をしていたのだが、顔に邪悪な笑顔を浮かべて、
「なるほど、あなたはその南北朝の動乱を再現しようという訳ね?もう一つの大陸で」
シャーロットのその言葉を聞くなり、霊蔵はポンと手を叩いて、
「おおお、まさにその通りでござる!流石は副頭領でござりますなぁ、それがしの考えをお見抜きになるとは!」
「つまらないお世辞はよして頂戴、でも、私の考えた作戦を実行するには実際にアールランドリー大陸の方に渡らなければならないと思われますの。実際にどちらの国王が王位に就いているのか確かめなくてはなりませんから……」
シャーロットがそう言って席から立ち上がろうとするのを霊蔵が彼女の腕を掴んで引き止める。
「待たれよ、何もあなた様が行く必要はござらぬではありませぬか?ここは降魔霊蔵にお任せあれ、必ずや尖った耳族の人間どもを屈服させてご覧に入れましょう!」
そう言って、霊蔵は転移魔法を使用したが、その前にシャーロットに止められて、
「そう言えば、私達の邪魔をしようと目論んでいるあの少年はどうなったの?三ヶ月も経つのでしょう?」
霊蔵はそれを聞くと途端に視線を落として、
「残念ながら、あのお方は敗れました。恐るべしですな。まさにあれこそかつて江戸の時代に名を轟かせた剣豪、柳生十兵衛の生まれ変わりではござらぬか?」
「そんなくだらない事はどうでもよろしいの。そう、負けたのね……ならば、アールランドリー大陸のエルフとダークエルフの国に行く前に魔界に寄って、お兄様にこうお伝えくださらない?」
「何でござろうか?」
「次は時雨を向かわせなさいと……あの少年を始末するためには戦力を惜しんでいてはダメよ」
霊蔵はそれを聞くと、黙って頭を下げて姿を消す。
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