シリウス・イントルーダー・ロード〜暗黒神に見染められた前作のラスボスは異世界で猛威を振るう〜

アンジェロ岩井

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アールランドリー大陸編

パチャテク帝国攻略史ーその11

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パチャテク帝国皇帝、ビラコマクはこの様な日が来るのを知っていた様な気がする。だが、彼は慌てる事もせずに、ただ黙って石で作られた固い玉座の上に座りながら、玉座の周りを囲む自身の息子とそれに従う部下を眺めつつも、彼は何もしようとはしない。
彼は達観した様子でクーデターを眺めていた。
そして、自身の首元に刃物を突き付ける息子に向かって問う。
「これで、お前の計画は終わりか?随分と呆気ないのだな」
「お黙りなさい!父上!これはあなたがしてきた事の報いですッ!」
「儂が何をした?言ってみろ」
玉座の上で平然とした様子を続ける父の様子にこの若者はやせ我慢をしているのだと思ったのだろう。
ナイフを彼の首元に近付け、威嚇の目標もあるのか、僅かに刃を立てて、彼の首から血を流させていくのだが、皇帝は一切動じる様子を見せようとはしない。
血を流しても動じないこの老人にワアンは思わずたじろぎ、石の玉座の前から離れてしまう。
その様子を皇帝はじっと玉座に座りながら、問い掛ける。どうやら、この剣幕にワアンと同時に決起した若い兵士達も動けずにいられないらしい。
それぞれが、制圧した近衛兵の上に覆い被さりながらも、恐ろしいものを見るかのような目で玉座の上の皇帝を眺めていた。
「儂がこの国に、お前に対して何をした?儂が余分な税を取ったか?儂が無意味な戦争を仕掛けたか?儂が自分の贅沢のためだけに無意味な物を作らせたか?言ってみろッ!ワアンッ!」
血気盛んな若き指導者はその剣幕の前に思わずたじろいでしまう。
男がたじろぐ隙を見て、老皇帝は無言で玉座から立ち上がり、両手の掌を広げて、何やら口で何かをぶつぶつと呟いていく。
すると、彼の体の周りを多くの光の玉が包んでいき、ワアンはそれがもう使えない筈の精霊魔法や神々の力であるという事を悟る。
「な、何だ?その力は?」
ワアンが言葉を震わせて自身の父であるビラコマクに尋ねるが、父は無言のまま息子に近付いていき、その両手に秘められ力を解き放つ。
すると、玉座の間全てを真っ白な光が包み込んでいく。
真っ白な光に照らされた後に、老皇帝は大きく溜息を吐く。
それから、辺りを見渡し、側に息子の死体が転がっている事に気が付く。
それと同時に、息子に同調していた若い兵の殆ども死に絶え、残った兵も力を失ったのか、王の側に付いていた近衛兵に制圧されていた。
「残念じゃな、我が息子よ。若者共よ。お主らがよもや異形のものに唆されていたとは……儂の魔法は太古の昔に英雄、ククルカンを助けた我が一族に伝わる闇の神を聖なる光で浄化する魔法よ。これに触れた魔に魅入られし者は眩しさに耐え切れずに死亡する。まさか、息子や我が軍の兵士に使う事になるとは……」
皇帝がもう一度溜息を吐こうとした時だ。彼は背後からの殺気を感じ、咄嗟に足を右足で蹴り、その場から離れていく。
その彼の判断は間違いでは無かったらしい。なぜなら、彼の背後には弓と矢を持った一人の美少年が立っていたからだ。
恐らく、クーデターの間は何処かに隠れていたに違いない。
彼は苦々しい顔を浮かべて、
「チッ、惜しかったか、もう少しでその眉間を射抜けたのに……」
「お主、何者……いや、正体は分かっておる。お主が息子を唆した人間じゃな?誰の部下じゃ言うてみろ?」
皇帝の言葉が聞こえたのか、弓と矢を側の近衛兵から奪ったと思われる真っ白な肌を持つ美少年は丁寧に頭を下げてから、芸術品のように穏やかで愛らしい声を奏でながら、
「お初にお目にかかりまする。私の名前はナルシー。偉大なる魔界の摂政殿下にお仕えし者でござりまする」
皇帝の両眉が微かに上がった。どうやら、『魔界』という名に聞き覚えがあるらしい。
「魔界……噂でしか聞いた事が無いが、そこは異形のものが支配する地らしいな?」
「ええ、摂政殿下はそこを支配されるお方、魔王は今の所はライジア様となっておられまするが、私はあのお方こそが真の統治者に相応しいと思うておりまする!」
美少年は愛らしい声で勇ましく叫んだのだが、皇帝は意に返さないどころか、嘲笑した様子で、
「なるほど、どうやら、儂の息子がこの国に招き入れたのは想像以上に厄介な闇らしいな。が、勿論降り掛かる火の粉は払うまでッ!おい、剣を貸せッ!」
そう叫ぶと、皇帝の側にいた近衛兵の一人が鞘に収められた剣を手にとり、皇帝に向かって放り投げる。
投げられた剣を受け止め、そのまま鞘から彼は剣を抜き取り、その剣の刃先の先端を美少年、ナルシーに向ける。
が、ナルシーも流石は魔界のものと称賛するべきなのだろう。
弓と矢を下ろす事なく、皇帝に向かって矢を向ける。
「摂政殿下よりの御命令はこの国の乗っ取りの手助けじゃが、この場で主を殺したとしてもあのお方も文句は言わぬだろう。まぁ、後に明治の世を治める帝を始末する前の小手調べとしてお主をッ!」
その言葉を発した際にナルシーはこれまで味わった事のない頭痛を味わう。
まるで、中々破れない殻を破ろうとする蛾や蝶の成虫のように。
『明治』という言葉の意味が彼には理解できなかった。『明治』という言葉が何処かの国を指しているものだとしても、その様な国は二つの大陸のうちの何処にも存在しない。
なぜ、自分は知らない国を示す言葉を知っていたのだろうか。
加えて、それを治める帝と先程、自身の口から発した事を思い出す。
その人物は一体何者なのだろうか。その人物はとにかく偉大であったというのは覚えているのだが……。
ナルシーはどうしても思い出せない。
懸命に首を横に振ってその考えを頭から追い出そうとするが、その隙を突かれて目の前から皇帝、ビラコマクが剣を構えて突っ込む。
間に合わないと両目を閉じて、死を覚悟した時だ。
突如、玉座の間と王城のバルコニーを繋ぐ大きな石の扉が開かれ、そこに荒い息を吐く一人の中年の兵士が現れた。
「へ、陛下!大変でございます!先に、二王国の国王を処刑し、今、その領土を支配する〈世界皇帝〉なる男が旗を掲げて、攻め入って来ました!」
「やはりな、アタワルパめ、魔王と内通しておったか……待っておれ!アタワルパもろとも〈世界皇帝〉を始末してくれるわ!」
その時意気込んだのが、悪かったのだろう。ナルシーはその隙を逃す事なく、咄嗟に弓を引き、彼の肩を射抜く。
ナルシーはそれから、入り口の前にて動揺している兵士の眉間を撃ち抜く。
彼は一人が殺され、皇帝が負傷して動揺している近衛兵の隙を突いて、空いている扉からバルコニーへと出ていく。
かくして、ナルシーはこういう卑劣なる手段を取る事によって脱出に成功したのであった。
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