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アールランドリー大陸編
パチャテク帝国攻略史ーその②
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シリウス・A・ペンドラゴン。その名前を聞き、同時に見聞魔法で彼の顔を見る度に、パキラはあの夜の日の事を思い返す。
ゴブリンに山の麓の村が襲撃されたあの日、彼はゴブリンの群れから救えなかった村人達を思うと、何とも思えない気持ちになったのである。
後悔の淵に叩きのめさせている時に出会ったのが、現在のパーティーの紅一点、シャリアと出会ったのである。
彼は瓦礫の側にいた男を怒鳴り、安全を確保させた後に、シャリアを瓦礫の山から救い出し、彼女だけでも救えて良かったという気持ちになったのだが、次の瞬間に、たまたま居合わせたあの死人のように白い肌に短い金髪の男はこう言ったのであった。
人間は争いを繰り返す生き物なのだと。下らない感情を持つなと。
この言葉にパキラは果敢にも反論しようとした。自分は間違っていないと。
それに加えて、瓦礫を退かす際に、自分にただならぬ殺意を抱いていた事も追及しようと考えていたが、彼が一方的に会話を打ち切った事により、彼はシャリアを連れてその場から立ち退かざるを得なかったのだが、その際にシリウスが吐いた台詞が忘れられずに必死に反論した事を覚えている。
必死に紡いだあの男への反論。その言葉で男が氷の彫像のように凍った事を覚えている。
その男は現在、魔界の摂政となり、魔界を掌握していると言っても良いだろう。
ならば、安定した地位にいる自分を狙う目的は何なのだ。
パキラが考えていると、彼は頭の中に二つの帝国で謁見した皇帝二人の様子がすっかりと変貌している事に気が付く。
ディスペランサー=ディングル帝国の皇帝はあれ程、勇敢で有望な皇帝であり、尚且つパキラが暗黒神に魅入られた闇の戦士を倒した事を報告に向かった折にはそれを喜び、褒美まで与えてくれた皇帝が別人のように堕落してしまっているという。
また、ルーベルラント帝国の皇帝と皇后は新たに迎え入れた養子の美しい少女に夢中になっているという。
そのせいで、元々進むのが悪かった政治がより一層遅くなっているという。
だから、それらの事実を中部の王に伝えたのだ。
だが、彼らはパキラの折角の進言も聞かずに、帝国の軍事力のみを恐れて、動こうとはしない。
パキラやこの世界の住民からすれば効果が無い事なのかもしれないが、少なくとも、この件を報告し回って焦る人物がいるかもしれないという進言をあの赤い肌の青年が言い、パキラはそれに従ったのである。
もし、その進言が的を射ており、パキラのこの行動に焦りを感じているのが、シリウスだとすれば……。
パキラの脳裏に全ての点が一本の線に結ばれていく像が鮮明に浮かぶ。
美しき寵妃により、堕落した皇帝、新しく迎え入れた養女により、完全に政治への関心を失った暗愚な皇帝、それらの皇帝と皇帝が背後に抱える軍事力のために、重税を納める中部の諸王、そして、それによって貧困に喘ぐ民衆達。
もし、それらの出来事が全て仕組まれているのだとしたら……。
パキラがその考えに達した際に、リーダーのただならぬ雰囲気に気が付いたのか、赤い肌の青年が「その通り」と口を挟む。
「恐らく、奴の仲間だろうな。皇帝二人を堕落させ、政治から遠ざけているのは……そうさせるようにシリウスが自分の手下を差し向けたんだろう。で、それを嗅ぎ回るオレ達が邪魔だから、刺客を送り込んだ。こんな所かな?」
青年の言葉を聞くと、いよいよ自身の考えに現実味が帯びてくる事に気が付く。
もし、これ以上の詮索を辞めろという意味の刺客ならば、あの程度でも充分だろう。
パキラはそう考えると身震いを起こしている事に気が付く。
同時に、少し前に森に迷っていた所を保護した青年の事を思い返す。
赤い肌の青年は妙な服を着ており、尚且つその姿はボロボロであった。
加えて、記憶が奪われている事がパキラとしては痛かった。
パキラはシャリアやその後に迎え入れた仲間、ドリューと共に食堂で話を聞き、彼が自分達と同じ言葉を話せる事、彼自身の頭が良い事、そして、彼は名前だけはハッキリと覚えており、自分に向かってこう名乗った。
コウタロウと。
「今宵の月は綺麗だな?そうは思わぬか?ナルシー」
パチャテク帝国の褐色の肌を持つ端正な皇太子、ワアンは新しく入った美少年の従者に向かってそう問い掛ける。
美少年は笑顔でその考えを首肯して、
「ええ!勿論でございます!ワアン様!私はあなた様のような立派なお方にお仕えさせていただき光栄でございます!」
ナルシーは丁寧に頭を下げて、ワアン皇太子に媚び諂う。
最も、彼の媚は卑しい小男の商人が、悪徳役人に媚び諂う時に浮かべるような気色の悪い顔では無い。
見る者全員に思わず庇護欲をそそられたくなってしまう程の可愛らしい顔だ。
ワアン皇太子はその彼の可愛らしい顔と声を聞く度に、何とも言えない気持ちになってしまう。
彼の雪のように白い肌に飛び付きたい。あの美しい芸術品を思わせるような顔を舐め回したい。
あの可愛らしい口を永遠に自分の口で奪ってやりたい。
ワアン皇太子はそんな心の底から溢れ出る願望を押さえ付け、部屋に持ち込んだ政務の書類に目を通していく。
必死にナルシーという少年を愛でたい気持ちを抑えつけて……。
彼は北に存在していた二つの国が王の政務怠慢によって滅んだ事を知っていた。
また、二つの国のトップが『大陸皇帝』やら『世界皇帝』やらを名乗る危険な人物であり、彼が就任の際に大衆に向かって叫んだ演説の中に発生した女王惨殺事件の犯人はこちらにいるかもしれないという発言があり、ワアンはその人物が次に目を向けるのは自分の国だろうと考え、彼相手に隙を作らないために、懸命に仕事を持ち込んでいたのだが、最近になり、その美しさに惚れだし、自身の給仕として召抱えたナルシーであり、初日に彼と王としての楽しみを済ませた後にはこのままずっとこの部屋に居たいとさえ思ったのだが、彼はそうしたい気持ちを抑え付けて、懸命に仕事に打ち込む。
だが、自身の欲望は抑え切れない所にまで噴き上がっている。
活火山が爆発した際に発生する炎のように。
ワアン皇太子が執務の続きを行おうとした時だ。
背後から彼の手が回っている事に気が付く。このような美しい腕を見せ付けられては彼の手を跳ね飛ばしてまで、執務の続きを行う気にはなれない。
ワアンは無言で椅子から立ち上がり、専用の給仕の首に優しく口付けを与えた。
ゴブリンに山の麓の村が襲撃されたあの日、彼はゴブリンの群れから救えなかった村人達を思うと、何とも思えない気持ちになったのである。
後悔の淵に叩きのめさせている時に出会ったのが、現在のパーティーの紅一点、シャリアと出会ったのである。
彼は瓦礫の側にいた男を怒鳴り、安全を確保させた後に、シャリアを瓦礫の山から救い出し、彼女だけでも救えて良かったという気持ちになったのだが、次の瞬間に、たまたま居合わせたあの死人のように白い肌に短い金髪の男はこう言ったのであった。
人間は争いを繰り返す生き物なのだと。下らない感情を持つなと。
この言葉にパキラは果敢にも反論しようとした。自分は間違っていないと。
それに加えて、瓦礫を退かす際に、自分にただならぬ殺意を抱いていた事も追及しようと考えていたが、彼が一方的に会話を打ち切った事により、彼はシャリアを連れてその場から立ち退かざるを得なかったのだが、その際にシリウスが吐いた台詞が忘れられずに必死に反論した事を覚えている。
必死に紡いだあの男への反論。その言葉で男が氷の彫像のように凍った事を覚えている。
その男は現在、魔界の摂政となり、魔界を掌握していると言っても良いだろう。
ならば、安定した地位にいる自分を狙う目的は何なのだ。
パキラが考えていると、彼は頭の中に二つの帝国で謁見した皇帝二人の様子がすっかりと変貌している事に気が付く。
ディスペランサー=ディングル帝国の皇帝はあれ程、勇敢で有望な皇帝であり、尚且つパキラが暗黒神に魅入られた闇の戦士を倒した事を報告に向かった折にはそれを喜び、褒美まで与えてくれた皇帝が別人のように堕落してしまっているという。
また、ルーベルラント帝国の皇帝と皇后は新たに迎え入れた養子の美しい少女に夢中になっているという。
そのせいで、元々進むのが悪かった政治がより一層遅くなっているという。
だから、それらの事実を中部の王に伝えたのだ。
だが、彼らはパキラの折角の進言も聞かずに、帝国の軍事力のみを恐れて、動こうとはしない。
パキラやこの世界の住民からすれば効果が無い事なのかもしれないが、少なくとも、この件を報告し回って焦る人物がいるかもしれないという進言をあの赤い肌の青年が言い、パキラはそれに従ったのである。
もし、その進言が的を射ており、パキラのこの行動に焦りを感じているのが、シリウスだとすれば……。
パキラの脳裏に全ての点が一本の線に結ばれていく像が鮮明に浮かぶ。
美しき寵妃により、堕落した皇帝、新しく迎え入れた養女により、完全に政治への関心を失った暗愚な皇帝、それらの皇帝と皇帝が背後に抱える軍事力のために、重税を納める中部の諸王、そして、それによって貧困に喘ぐ民衆達。
もし、それらの出来事が全て仕組まれているのだとしたら……。
パキラがその考えに達した際に、リーダーのただならぬ雰囲気に気が付いたのか、赤い肌の青年が「その通り」と口を挟む。
「恐らく、奴の仲間だろうな。皇帝二人を堕落させ、政治から遠ざけているのは……そうさせるようにシリウスが自分の手下を差し向けたんだろう。で、それを嗅ぎ回るオレ達が邪魔だから、刺客を送り込んだ。こんな所かな?」
青年の言葉を聞くと、いよいよ自身の考えに現実味が帯びてくる事に気が付く。
もし、これ以上の詮索を辞めろという意味の刺客ならば、あの程度でも充分だろう。
パキラはそう考えると身震いを起こしている事に気が付く。
同時に、少し前に森に迷っていた所を保護した青年の事を思い返す。
赤い肌の青年は妙な服を着ており、尚且つその姿はボロボロであった。
加えて、記憶が奪われている事がパキラとしては痛かった。
パキラはシャリアやその後に迎え入れた仲間、ドリューと共に食堂で話を聞き、彼が自分達と同じ言葉を話せる事、彼自身の頭が良い事、そして、彼は名前だけはハッキリと覚えており、自分に向かってこう名乗った。
コウタロウと。
「今宵の月は綺麗だな?そうは思わぬか?ナルシー」
パチャテク帝国の褐色の肌を持つ端正な皇太子、ワアンは新しく入った美少年の従者に向かってそう問い掛ける。
美少年は笑顔でその考えを首肯して、
「ええ!勿論でございます!ワアン様!私はあなた様のような立派なお方にお仕えさせていただき光栄でございます!」
ナルシーは丁寧に頭を下げて、ワアン皇太子に媚び諂う。
最も、彼の媚は卑しい小男の商人が、悪徳役人に媚び諂う時に浮かべるような気色の悪い顔では無い。
見る者全員に思わず庇護欲をそそられたくなってしまう程の可愛らしい顔だ。
ワアン皇太子はその彼の可愛らしい顔と声を聞く度に、何とも言えない気持ちになってしまう。
彼の雪のように白い肌に飛び付きたい。あの美しい芸術品を思わせるような顔を舐め回したい。
あの可愛らしい口を永遠に自分の口で奪ってやりたい。
ワアン皇太子はそんな心の底から溢れ出る願望を押さえ付け、部屋に持ち込んだ政務の書類に目を通していく。
必死にナルシーという少年を愛でたい気持ちを抑えつけて……。
彼は北に存在していた二つの国が王の政務怠慢によって滅んだ事を知っていた。
また、二つの国のトップが『大陸皇帝』やら『世界皇帝』やらを名乗る危険な人物であり、彼が就任の際に大衆に向かって叫んだ演説の中に発生した女王惨殺事件の犯人はこちらにいるかもしれないという発言があり、ワアンはその人物が次に目を向けるのは自分の国だろうと考え、彼相手に隙を作らないために、懸命に仕事を持ち込んでいたのだが、最近になり、その美しさに惚れだし、自身の給仕として召抱えたナルシーであり、初日に彼と王としての楽しみを済ませた後にはこのままずっとこの部屋に居たいとさえ思ったのだが、彼はそうしたい気持ちを抑え付けて、懸命に仕事に打ち込む。
だが、自身の欲望は抑え切れない所にまで噴き上がっている。
活火山が爆発した際に発生する炎のように。
ワアン皇太子が執務の続きを行おうとした時だ。
背後から彼の手が回っている事に気が付く。このような美しい腕を見せ付けられては彼の手を跳ね飛ばしてまで、執務の続きを行う気にはなれない。
ワアンは無言で椅子から立ち上がり、専用の給仕の首に優しく口付けを与えた。
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