シリウス・イントルーダー・ロード〜暗黒神に見染められた前作のラスボスは異世界で猛威を振るう〜

アンジェロ岩井

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アールランドリー大陸編

定例報告

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シャーロットは縄で縛られた少年と少女を眺めながら、潜入時の格好のままで紅茶を啜っていた。二人は助けを求めて彼女の部屋の中で泣き叫んでいたものの、魔王シリウスの血を受け継ぐ優秀な脳が即座に魔法を覚えさせたのだろう。
彼女は防音の魔法を掛けて、恥という外聞を捨て去り、いつまでも泣く少年と少女を眺めていたのだ。
そのためか、この日の紅茶はいつもよりも上手く感じたように気がする。
なぜなら、自分を虐めていた生意気な貴族の子供は全員がもう表舞台に出れない状態にあるのだ。
泣き叫ぶマルグリットの声をBGMに本を読もうとした時だ。
突然、自分の前に緑色の着物に緑色の袴という見た人の誰もが日本の侍を連想する格好で現れる。
突如として、得体のしれない男が現れたことに、両眼を見開いている大公の子供二人とは対照的に、アリスは冷静な表情で彼を迎え入れた。
得体の知れない奇妙な服を着た男は丁寧に一礼をすると、彼女の前に跪く。
キョトンとする子供二人を他所にシャーロットは跪く男に向かってここまで来た事の礼を述べ、兄から義務付けられている定例報告を行う。
そして、定例報告が終わるのと同時に奇妙な格好をした男が縛られている少年と少女の二人を男が人差し指で指差す。
「失礼ですが、副頭領。あのお方々はどなたなのですか?何故、あのように縛られているのでござりますか?」
長い金髪の髪の女は口元の右端を吊り上げて得意そうな笑顔を浮かべながら答えた。
「それはね、あの二人が私の正体を掴んだために、やむを得ずに縛ったのですよ?分かりますわよね?」
その言葉に男は勢い良く平伏し、ゆるりと起き上がると、二人を始末するためか、腰に下げていた日本刀を抜こうとするが、その動きは他ならぬ主人である女の手によって止められてしまう。
「ダメですわ。直ぐに面白くは無いでしょう?それに、あなたが刀で二人を斬り殺したらその後の死体の処理はどうするのかしら?私がやるのかしら?」
その言葉に返答できず、男は言葉に詰まったらしい。
それを見て、シャーロットは大きな声で笑って、怯える少年と少女の二人を椅子に縛られたまま彼の前に放り投げる。
「好きになさい。あなたにとっては絶好の料理素材になると思いますわ。けれども、二人が犯した罰に相応しい仕置きを与えてくれると期待しておりますけれども……」
シャーロットの言葉に、誠一郎は上目遣いに命令する態度に少し向かっ腹が立ったのか、露骨に反発する態度を少し見せたが、直ぐに少年と少女の二人を両脇に抱え、移動の魔法の詠唱を唱えて、魔界へと戻っていく。
シャーロットは定例報告が終わった事を確認すると、部屋に備え付けられた大きな本棚の上に様々な分野に分けられた大小の本から一冊の本を取り出す。
元の世界と違って、ロシア文学を楽しめないのは彼女にとって世知辛いものがあったが、我慢してこの世界の歴史について本を読んでいく。
彼女はいい時間になり、床に着くまでの時間を使用して、この本を読む事を決めたらしい。
部屋には両親の用意してくれた座り心地の良い一人用の椅子が用意されており、彼女はその椅子の上にもたれて、読書を続けていく。












「聞いたか?ヴィクトリア。隣のアールランドリーの最北端にあった二つの王国が『世界皇帝』を名乗る男の手によって奪い取られたらしい」
その言葉を聞いて、皇帝の新たなる寵妃となったヴィクトリア・オランプは不安そうな表情で主人である皇帝の手を握り、涙目で訴え掛ける。
「陛下ッ!私は怖うございます!聞くに、この大陸を乗っ取った男は市民を占領して、城を奪い取ったそうではございませんか!もし、陛下にこの二つの王国の王と同じ事が起こると考えたら……私、私……」
震えを起こし掛けたヴィクトリアの両肩を優しく持って、皇帝は優しく彼女の小さな額に口付けを与える。
それに気が付いたのか、ヴィクトリアは放心した様子の後で、
「……陛下」
と、だけ呟き、以降は口を閉ざしてしまう。
皇帝の考えに感涙したのか、その後、皇帝が秘め事を行ったためなのかは分からない。
それでも、ヴィクトリアは黙って促されるまま彼に付き従っていく。
翌日、皇帝はヴィクトリアの部屋で目を覚まし、携帯型のベルで配下を呼び、朝食を持って来させた。
腰に僅かな布を纏っているだけの皇帝を見た黒色のタキシードと思われる衣服を着た老齢の従者は朝食を皇帝の私室の机に置くと、タキシード状の衣服において上着と思われる黒色のコートの裾を握り、涙目ながらに訴える。
「陛下!お願いでございます!どうか、玉座の間においでくださいませ!配下の者どもは全員が全員、陛下が玉座の間においでなさる事をお待ちしております!軍事も政治も経済も現在の所は臣下一同で集まって、話し合っておりますが、それももう限界でございます!どうか、どうか、玉座の間に……」
老齢の従者の勇気を振り絞っての訴えであったが、皇帝は一蹴し、執事を追い返す。
「黙れッ!余はこの後もまたヴィクトリアと過ごすッ!この決定に異論を挟む事は許さぬ!それは幼少の頃より儂に仕えし、お主であってまだッ!分かったのなら、下りおれッ!」
皇帝は乱暴に老齢の従者を突き飛ばし、同じ様に鍵を締めると、完全に愛するべき寵妃と情事に及ぶ事を決めたらしい。
扉の前でワッと泣く老齢の従者を他所に、皇帝は情事の続きを始めるらしい。
その話を聞いた時、皇帝より国の金庫を任された男、オスカー・フォン・ザレアは若く有望でハンサムな男であったが、同時に血気が盛ん過ぎるという欠点もあったために、彼は老齢の従者が突き飛ばされたという話を聞くなり、剣を右手に持って、皇帝の私室へと乗り込もうとしたが、周囲に止められ、ようやく息を落ち着かせ、評議席の上に座る。
ディスペランサー=ディングル帝国は通常は皇帝の独断により、政治が決められるのであるが、有事の際には皇帝の信頼され、各部署を担当する評議員達が話し合いで政治を行うというものであった。
その中でも重視されるのは老齢の評議員であり、その中での最年長が政務を担うオットー・フォン・クロイーゼルであり、その次がラムジー・ホリスター将軍であったが、現在は病のために、クロイーゼル政務委員が不在であるため、一番発言が重視されるのは彼に次ぐ老齢の人間にして皇帝の信の厚い男、ホリスター将軍であった。
ホリスター将軍はオスカーが席に戻るや否や剣を持って皇帝の部屋に向かった事を咎め、彼を罰するべきだと主張したが、他の委員の反対により、それは否決されたらしい。
その後、委員による政治の話し合いが始まっていく。
オスカーはこの話し合いをするたびに、ディスペランサー=ディングル帝国の政治は今や混乱の真っ只中にいる事を実感させられた。
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