シリウス・イントルーダー・ロード〜暗黒神に見染められた前作のラスボスは異世界で猛威を振るう〜

アンジェロ岩井

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魔界侵略編

ディスペランサー=ディングル帝国の公式寵妃

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ディスペランサー=ディングル帝国の皇帝、クラウス・フォン・ジュディベン三世は父よりの大国の伝統を重んじた若き王であり、同時に征服者でもあった。
彼は自ら馬に乗り、先端を駆け、敵の真ん中へと突っ込むのが好きであった。
また、改革精神にも精力を見せていたために、後世の人間は狂い始める前の彼の事を古き人と新しき人を宿した中立的な人間と評する事もあった。
だが、少なくとも彼の治世の中で貴族の数が大幅に減り、貴族と平民の差の無い公平な裁判が開かれ、酒税が免除されたりという万人にとっての政治を心掛けていた。
少なくとも、彼はある時期までは健全な皇帝であったのだ。
そう、英雄にして最も信頼する臣下、ラムジー・ホリスターが復活するまでは……。
ラムジー・ホリスターは座り心地の良さそうな玉座の前で、跪き、自らの不在と病に襲われた弱さを詫び、今後とも彼に忠誠を尽くす事を約束した。
そして、これまで倒れていたお詫びとして彼が知り合いから譲られたという女性を寵妃として差し出すという。
寵妃として差し出されたのは眠りかけの目も覚めんばかりの美しい顔をした黒い髪の女性であった。
皇帝は思わず玉座から身を乗り出し、名を尋ねる。
すると、女性は野原の花畑を思わせるような綺麗な声で、
「ヴィクトリア……ヴィクトリア・オランプと申します」
ちなみに、「オランプ」は南部から魔界を平らげて帰還したシリウスが彼女に与えた名前である。何でも、彼の元いた場所にあった本から名前を取ったらしい。
朱色のドレスに美しい白色の手袋という彼女の真っ白な肌に合う綺麗な衣装を身に纏った彼女はより一層美しく見えた。
まさに、宝石のような輝きである。
皇帝はこの美しさに魅せられ、思わず玉座から立ち上がり、玉座の前に敷かれた赤いカーペットの上に跪く女性の手を取り、彼女の手の甲に口を付け、
「よくぞ、私のために参ってくれた……。思えば、余はお主と出会うために今日まで生き抜いておったのかもしれぬ……」
玉座の周りを帝国の紋章を印した銀色の鎧を着た親衛隊の兵士達やまた、ホリスター将軍の連れて来た新たなる寵妃に負けず劣らずの美しいドレスを纏った女官達が普段は冷静な筈の皇帝のこの行動に誰もが驚きの声を上げた。
特に、宮廷の女官達はこの女性への嫉妬心に駆られた。
自分が皇帝の部屋に呼ばれた時には、そんな声を掛けられた事がないのにという実に短絡的な嫉妬心に……。
皇帝は新しい寵妃の耳元で今晩私室に来るように指示を出す。
その時に無垢な娘のように頬を赤く染めたのも、また、彼の独占欲を刺激したと思われる。










「流石は陛下です!まさか、このような賢い人物を養子におもらいになるとは!これで、帝国の未来も安泰ですな!」
皇帝の宮殿の庭に設置されたガーデンの中にある温室の中に設置された机の上に置かれた紅茶を啜りながら、彼の座る席の左隣に座る取り巻きである金色の髪をした中年の貴族は大袈裟な美麗を用いて彼が最近養子にしたという少女の事を褒め称える。
鼻の下に立派な黒色のカイゼル髭を生やした中年の男は大きな声で笑いながら、
「そうだろう!そうだろう!あの子は私の自慢だよ!今はまだ幼いがな、いずれは国外の有力な家に嫁がせ、そこの家系と婚姻関係を結ばせ、より強固な関係を保つつもりだッ!」
「流石は陛下でございます。これで、ルーベルンラント帝国も安定!あの忌々しいディスペランサーの小僧に悩まされる事もございませんな」
自身の右側の席に座る取り巻き貴族の歯の浮くようなお世辞であったが、皇帝は気にする事なく、それを素直な賛辞と受け取って豪快に笑う。
「そうだろう!そうだろう!あの子は自慢の娘さッ!私と家内の間に未だに子供はできんがね、私と妻とは子供を産むまで頑張るつもりだよ。あの子と協力して帝国はより一層の繁栄を保っていくさ」
皇帝がそう言って、温室の中に用意された花の香りと茶から生じる香ばしい匂いとを同時に楽しんでいると、中年の黒いドレスを纏った上品な婦人と共に可憐な美少女が庭に生えていたと思われる薔薇を持って入って来た。
「陛下!ご機嫌麗しゅうございます!今日は陛下に献上しとうものがあってここに参上しましたわ!」
幼い口調、舌足らずな言葉。それに、加えて美しい顔。それでいて、学習の際には宮殿の家庭教師も驚くという程の頭の良さを見せるという。
取り巻きの貴族は愛犬を愛でるような感覚で、少年や少女を愛した事はあるが、その誰も目の前にいる少女の前には負けてしまうだろう。
それ程、目の前の少女は可愛らしかったのだ。
可愛らしい少女は母親が微笑ましい目で見つめる中で、義父に庭で摘んだ花を手渡す。
義父は花の匂いを嗅ぐと、少女の口に軽く接吻をして、
「ありがとう。大事にするよ。これは私の一生の宝物になるかな」
「嬉しいですわ、陛下」
ペコリと頭を下げる彼女の姿が取り巻きの貴族達にも愛らしく感じられた。
すると、彼らの視線に気付いたのか、丁寧に頭を下げて、見る者を蕩けさせるような微笑で、
「初めまして、ルーベルンラント王家第一王女アリステリアです。ですが、皆様、気軽にアリスとお呼びくださいませ」
取り巻きの貴族達はそれを見て、和かに手を振る。
彼女はそれに対して、微笑み返す。
すると、彼女の背後から中年の老婦人が現れ、優しい声で、
「ダメでしょう。私の天使……お父様とお父様のお友達との会話の邪魔をしてはダメよ」
「あら、そうでしたわ。では、献上品もお渡し致しましたので、ここで退出させていただきます」
彼女は丁寧に頭を下げて、黒色のドレスを着た中年の婦人の手を取り、共に温室を後にする。
その様子を見て、ルーベルンラント帝国現皇帝、ジェームズ二世は心底からこの少女を養子にして良かったと感じた。
自身も妻もこんなにゆっくりとした気分を味わえているではないか。
大好きな狩猟をする時よりも、紅茶を楽しむ時間よりもずっとゆっくりとした気分を味わえている。
ジェームズは血こそ繋がっていないもののあの少女は自分の娘だと確信していた。
あの少女を自分の元に引き寄せた存在として、特使として派遣したあの男は大将へと昇格させ、近衛兵団の重役の地位に就けた。
これ以上の不足は無いだろう。
ジェームズは満足な表情で最後の一口を啜った。
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